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朝の9時には閉まる、パン屋なのに。

また寝落ちしてしまった。引っ越してきてはじめての冬、部屋がとても寒いので在宅時には常に布団にいるような生活をしている。そこをさらに無印のフワフワ電気毛布がそっと包み込んでくれる。言わずともがな、すぐに寝てしまう。

明け方の四時、やってしまった!と目が覚める。そこから途中だったLINEを確認。時間が時間なので返信は控える。それと同時にSNSを開く。指癖だ。そしてそこから眠れない。時たまやってくるこんな時にすることと言えば。

世間一般的にパン屋といえば朝早く開くものだと思う。早くて6~7時といったところか。件のパン屋さんは朝の5時に開店する。そして遅くとも朝の9時には閉店する。売り切れになればもっと早い。売っているパンは揚げパンのみ。種類は3種類でドーナツかあんドーナツかカレーパンで一個数十円。店を訪れる人は何十個と大量買いしていく。(今思えば大量の揚げパン、どんな食べ方してるんだろう?)ちなみにカレーパンは売り切れるのが早いので、閉店間際など買えることは少ない。

ということで、バスに飛び乗った。と言っても少し出遅れて6時。思いの外バスは満員で立っている人も多い。いつもは朝6時なんかもちろん寝ている。当たり前なのだが、普段自分が起きる2時間前にはすでに化粧をして身支度をして「日常」を始めている人がいると言うことに驚く。まだこの季節の6時は夜があけていない。真っ暗の中、人々は静かに運ばれていく。

件のパン屋と言えば、子供の頃、毎年夏休みになると父に連れられていくのがお決まりだった。

まだ夜明け前、家族には内緒でこっそりと。バイクに二人乗りして全然車も通っていないまだ薄暗い中、商店街にエンジンを響かせながら爆走する。朝のすこしぬるい風を切りつつ、二人だけの秘密の旅路。まだ寝静まった街にひとつだけ明かりが点っている。つぎつぎと大きな釜で揚げられてはたっぷりと砂糖をまぶされていく。甘い香りが胸いっぱいに広がる。暖かい袋を抱えてまた風になる。少しずつ夜が明けてきてなんだかちょっぴり後ろめたい気持ちも晴れてくる。

二人の特別な時間が大好きだった。物心ついたころから父は単身赴任で、長期休暇の間だけ帰ってくる生活。夏休みは毎日一緒にいられて幸せだった。父は私が高校生の時に亡くなった。父との思い出といえば一番にこのパン屋が浮かぶ。

あんドーナツを8個とカレーパンを4個、すこし多目に買った。彼の朝早い出勤時間とタイミングが合えばと思ったけど「すでに会社にいる」といわれ断念。日中、あんドーナツを3個とカレーパンを1つ食べた。ここの揚げパンは次の日には固くなってしまう。昼、袋ラーメンを食べようとしたら家にひとつだけ残っていたのはごま味ラーメン。これしか食べない、父が大好きだった味。なんだか偶然だなあ。揚げパンは明日はもうおいしくないし、到底一人では食べきれない。残りはこれから、いつものバーに持っていこう。



普通の人の毎日はその人だけのもの。人の暮らしに興味があります。なので自分も書き残してみることにしました。いつか文フリに出るときの貯金にします。