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浅草雑芸団『悪病退散祭』とコロナ禍の夜

 先日の7月10日、浅草木馬亭にて、浅草雑芸団による、『悪病退散祭』〜ここらでおサラバ、いいコロナ〜を見てきた。
 浅草雑芸団は、大道芸の研究者で自らも数々の大道芸を伝承されている上島敏昭氏率いる雑芸団。大道芸とは、路上や街頭などで行われる演奏やパフォーマンスの総称と呼ばれているが、その歴史は古く、中世の唱門師(しょうもんじ)や江戸時代の乞胸(ごうむね)など、流離いの宗教芸能者まで遡り、現代の見世物小屋まで受け継がれている。上島敏昭氏は『見世物小屋の文化誌』(新宿書房)の編著者の一人でもある。

 名草戸畔伝承を調べていると芸能の話はあちこちから湧いて出てくる。というのは、古い祭祀は仏教に取って代わられてしまったため、芸能へと流れていった可能性が考えられるからだ。たとえば、かつて各地に実在した住民が役者しかいないという「芝居村」の遠い祖先は、都落ちした陰陽師であったという。陰陽道は仏教の台頭により衰退した経緯がある。そんな話がたくさん出てくるので、芸能は気になっていたテーマであった。
 前置きが長くなったが、そういうわけで、上島さんの舞台はいつも楽しみにしている。

 本日のテーマは、コロナで大変な中「悪病退散」をテーマにたくさんの芸が披露された。オープニングでは、役者のみなさんが一文字の文字が書かれたマスクをして並ぶと「ここらでおサラバ、いいコロナ」の文字が可愛らしく浮かび上がった。舞台でもマスクをすることで、どこでもマスクをしなければならない今の世の中をユーモアたっぷりに笑い飛ばしてくれた。

 たくさんの演目の中でいくつかご紹介したいと思う。まず最初の「大黒舞」は、豊穣を祝う大黒様の舞。大黒様の衣装を着た二人の女性が神楽鈴と扇を持って舞う。笛のリズム、足をトンと地面を踏む所作や回転、扇の動きが土着的で野性味があるところが素晴らしかった。浅草雑芸団の舞台は、いつも笛太鼓、三味線などの和楽器の音色が、なんとも懐かしく血湧き肉躍るというような勢いがある。明治以前ぐらいの日本には、このような力強いリズムとメロディに溢れていたのだろうか。ロックやポップスとは階層が違い、もっと深いところからやってくる風のように感じた。大黒舞は、よく調べたら元は「門付け芸」であった。門付け芸とは、正月に門の前で行われる祝福芸のこと。各地をさすらう芸能の民がこの日だけは「神」となり福を運んでくると考えられていた。門付けは知ってはいたが見たのは初めてだ。まだ宗教と芸能の境目がなく渾然一体となっていた時代のものだ。大道芸独特の懐かしい野性味は、きっとここからやって来るのだろう。
 次は、佐渡・羽茂大崎集落の「おまんざい」。これは佐渡の伝承芸能で、お二人が佐渡に移住して伝承者から習ったという大変貴重な芸。タイトル通り、漫才の元のようなものだと思う。(漫才のルーツは他にも傀儡舞の中にもある)喋る人と聞き役の太夫(たゆう)の二人による、おまんざいだ。太夫は「は〜、それからどうした〜」といった掛け声をかけるだけで何もしゃべらない。これも祝福の芸で、たくさんの実りがありましたとか金銀財宝がたくさん入りました、といった唄を太鼓のリズムに合わせて歌う。より豊かに幸せに暮らせるよう、願いを込めた予祝の芸なのではないかと思う。とても有り難いものを見た気持ちになる。
 続いて「託宣」というタイトルで、祝詞を唄う女性が登場。コロナ収束の願いが込められているようだった。もしこのコロナ禍が江戸時代だったら、神社の拝殿だけでなく門付けや小屋掛けの大道芸でも、芸能の形でこのように祈りを捧げたのではないか。そんな気がした演目だった。
 他には、「お大津絵コロナ流行」の三味線と唄の方はいつも素晴らしい。三味線の音色と唄が衝撃的なインパクトで文章化できない。ぜひ次回の舞台を見に行ってほしい。ゲストの中西レモンさんも同じく。
 上島さんが豹(?)の着ぐるみで演奏した「珍楽器いろいろ」も愉しかった。着ぐるみのセンスが抜群でとても可愛かった。一体どこで手に入れたんだろう。細かいところでセンスが光る。よくわからないけどすごく面白かった演目。
 定番の「バナナの叩き売り」では、本当にバナナを販売するとは思わなかった。奥様手作りのエコバッグにバナナを入れて今どきな感じだ。役者さんのしゃべりでバナナが貴重に思えるから不思議。バナナは飛ぶように売れてしまった。戦後しばらくまで存在していたバナナの叩き売りやガマの油売りは、今はもうないかもしれないが、遠くインドネシアにも同じものがある。流離いの民による芸能は、環太平洋文化圏で共通の文化であった。
 ラストはフラメンコ・ルンバによる「消えろコロナ」で笑いに包まれて終了。なぜフラメンコなのかは追求しない。

『悪病退散祭』と題した舞台では、大道芸の真髄ともいえる「祈りの芸」とユーモアを交えて、今、このコロナの時期に必要なものをたくさん届けてくれたと思う。役者さんたちの思いを大切にしたい。素敵な二時間をありがとうございました。

※会場は席の間を空けて、お客さんは検温し、役者さんは透明ビニールをかぶり、しっかりと対策を行なっていました。

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 次回は、悪病退散にちなんで、おまじないのお話を書きたいと思う。

なかひら まい 2020.7.14

浅草雑芸団フェイスブックページ
https://www.facebook.com/zatugeidan

『見世物小屋の文化誌』鵜飼 正樹 (著), 上島 敏昭 (著), 北村 皆雄 (著)
https://www.amazon.co.jp/見世物小屋の文化誌-鵜飼-正樹/dp/4880082589

参考文献:『旅芸人のいた風景』沖浦和光(河出文庫)『アジアの聖と賤』野間宏・沖浦和光(河出文庫)他

※なかひらまい最新作
『貝がらの森』作・絵
毎日新聞大阪本社版連載童話
http://studiomog.ne.jp/kaigara.html

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