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健さん(12)居酒屋店主美智代と「健さん」を語る③

美智代は、話を続ける。
「健さんね、飲んでいる時に、あちこち見まわしてさ」
「店の中の壊れそうな場所を見つけては、帰りがけに明日来ますって」
良夫
「それで、直してくれるんだろ?」
「まあ、助かるよな、それ」
美智代
「あの性格だからさ、お礼なんて受け取らないから」
「どうしようかと、いつも考えて・・・難しいの、それ」
「お酒を余分にとか、つまみを増やすとか、目立たない程度にはするけれどねえ・・・」

話を聞いているだけのひとみは、健が何を飲んで、何を食べるかを知りたくなった。
「ねえ、美智代さん、いろんなメニューがあるのは、評判で知っているんですけれど」
「健さんの好みは?」

美智代はにっこりと、ひとみの手を握る。
「あら、そうやってお嫁さんになった時に困らないように?」
ひとみは、また耳まで赤い。
「いえ・・・あの・・・知りたいなあと・・・はい・・・」
とても、まともな答えになっていない。

美智代はひとみの手を握りながら、うれしそうな顔。
「うん、心配ない、それは応援するよ、ひとみちゃんだもの」
「お世話になった佐藤先生の娘だしさ、小さな頃から知っているしさ」
「結婚式には着付けもしてあげたいくらいさ」

ただ、そこまで言って美智代は苦笑。
「それがねえ・・・健さんの好みねえ・・・」
「お酒は・・・9割は熱燗、たまにビールだけ」
「料理・・・漬物と冷奴だけとかさ、マジに地味」
「冷奴も鰹節を乗せて醤油だから、とても料理とは・・・」

良夫
「手の込んだものを食べない・・・おでんも滅多に食べないよな」
「食べても大根程度」

美智代
「だから困るの、冷奴なんて量が増やせないし、熱燗もそう」
「少し痩せている時にさ、おにぎり食べる?って聞いても、滅相もないって」
良夫
「そうかと言って、場を壊すわけでもなく、落ち着かせるしなあ」
「健君が静かに飲んでいるだけで、周りがしみじみって感じさ」

美智代も、それ以上は話がないらしい。
「じゃあ、ひとみちゃん、何かあったら教えてね」
「代わりに、私も良夫先生の好物教えるからさ」
とにっこり、そのまま帰って行った。

少し気になったひとみは、父良夫に聞く。
「ねえ、お父様の好物って何なのですか?」
「美智代さんに教わるまでもなく、私作りますけれど?」

父良夫は、「はぁ・・・」と考え、意外な反応。
「あのさ、ひとみ、美智代さんの気持ちがわからないの?」
「つまり健君の情報が欲しいってこと、それが一番」
「ひとみに料理を教えるなんて、照れ隠しでしかないさ」

ただ、ひとみは、それでは気が収まらない。
「もう!そんなことはいいです!」
「何がお好きなんですか?美智代さんの料理の!」
と、無理やりにも聞き出そうとする。

良夫は、「仕方ないねえ、たいしたものじゃないって」と言いながら、好物をポツリポツリ。
「健君と大して変わらないけどさ」
「そうだなあ、それでも・・・シシャモ・・・アジの開き・・・」

今度はひとみが「はぁ・・・」とため息。
「お父様、それだと、朝ごはんと同じでは?時々出していますよ?」

父良夫は、申し訳ないような顔。
「お茶と一緒でね、美智代さんの味加減がいいのさ、ああ魚だから焼き加減だな、絶品さ」

ひとみは、ムッとした顔。
しかし、この時点で「美智代に弟子入り」を決意することになった。

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