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健さん(7)

健を追いかけようとしていた圭子とひとみに、後ろから声がかかった。

「二人とも、無理だよ、追わないでいい」
振り返ると、高橋医師が立っている。

「そんなこと言われても」と反発する圭子を、高橋医師は手で制した。
「男なんだ、健君は」
「健君が、何があっても歩くって、歩いているんだ」
「だから、止めるな、そんなことしたら、健さんは悔しいし、苦しむ、恥をかかせるな」

圭子とひとみは、納得できない。
圭子
「何かあったら、どうするんですか」
ひとみ
「あんなに汗を、痛くてたまらないのに」

高橋医師も、ため息をつく。
「それが健君さ、きっと何もないように、帰って来る」
「どんな用事でも、引き受けたからには、自分の都合で断らない」
「気が遠くなるほど痛くても、歯を食いしばってこらえる」
「そして、きっちり結果を出す」
「やせ我慢って言えば、そう言えばいい」

圭子とひとみは、高橋医師の話を聞いて、再び健が歩いて行った方向を見る。
すでに、健の姿は、見えない。

高橋医師も同じ方向を見る。
「どんなになっても、待つしかないよ」
「追っかけて、健君に恥をかかせないで」

一呼吸あった。
「それが、昔の女の待ち方」
「今時の若い人は、不条理とか合理的でないって言うかもな」
「それをするかしないか、お前さんたちしだい」
「健君を思うんだったら、健君が、何を困り、何を喜ぶかを、しっかり考えるんだな」
高橋医師は、そこまで言って、踵を返して歩き去った。

圭子は、頭を抱えた。
「昔の女の待ち方って・・・それを言われても」
「健君が古いからって、私まで古くしないといけないの?」
「怪我人なのに、面倒も見られないの?しかも私が原因なのに」

ひとみも複雑。
「それは佃は下町で、古いけれど」
「固すぎ・・・うーん・・・」
「健さんも、そう思っているのかな」
「でも、あの態度って、そうとしか思えないし」

そんなひとみに、圭子は結局自分の料亭に戻ると言う。
「とりあえず、家に戻るよ、ここにいても、らちが明かない」
「でも、ひとみちゃん、健さんに何かあったら、連絡して」
「このままだと、私の気持ちが収まらない」
「私のせいで、怪我して痛い思いしたのに、何もしてあげられないって、それは辛い」

ひとみも、それはそうだと思う。
「わかりました、何か異変がありましたら、すぐに」


ひとみが圭子を別れて、家に戻ると、父の良夫が笑顔。
良夫
「例のチンピラが捕まったみたいだ」
「早いねえ、さすが連携が」

ひとみは、それは安心すべきと思うけれど、やはり健が心配。
「お父様、健さんが出かけたんですが」
「相当に痛いと思うんです、顔真っ赤にして汗まで出して」
「高橋先生は、そのままにって、言うけれど心配で」

しかし、父良夫の反応も、高橋医師と似たようなもの。
「ああ、それは高橋先生の言う通り、見守って待つしかないのさ」

そんなことなので、ひとみは、なかなか落ち着かない。

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