紫式部日記第75話

(原文)
左衛門督、
 「あなかしこ、このわたりに若紫やさぶらふ。」
と、うかがひたまふ。源氏に似るべき人も見えたまはぬに、かの上はまいていかでものしたまはむと、聞きゐたり。
 「三位の亮、かはらけ取れ。」
などあるに、侍従の宰相立ちて、内の大臣のおはすれば、下より出でたるを見て、大臣酔ひ泣きしたまふ。権中納言、隅の間の柱もとに寄りて、兵部のおもとひこしろひ、聞きにくきたはぶれ声も、殿のたまはず。

※左衛門督:藤原公任。平安時代中期に活躍した公卿であり歌人。和歌・管弦・漢詩など全てにおいて完璧だったと言われている。清少納言や紫式部、和泉式部や赤染衛門、馬内侍とも交流があった。古今和歌集仮名序古注者とも推察されている。

(舞夢)
左衛門督が
「恐れ入りますが、この近くに若紫様はおられないでしょうか」
などと、御几帳の中をお探りになられます。
(私紫式部)としては、光源氏らしき人がおられないのに、あの紫の上様がおられるわけがないと、無視いたしました。
道長様が
「三位の亮、盃を受けなさい」
と言われたので、侍従の宰相は席を立ち、父の内大臣がおられるので、下手から進み出た姿を見て、父の内大臣は(道長様から盃を受けえう栄誉を我が子が受けると言うので)酔い泣きをされています。
権中納言が隅の柱のもとに寄り、兵部のおもとの袖を引き、恥ずかしい戯れを言うのですが、道長様は何も言われない。

当時超一流の文化人藤原公任の「からかい」に対し、紫式部は黙殺。相手にしていない。下手な返事をして「物笑いの種」になりたくない。そんな心理と思う。
源氏物語でも、各登場人物が「物笑いの種」つまり世間の悪い評判を恐れる心理が、頻繁に描かれる。
「余計なことは言わない、特に身分を考えて」これも狭い、裏に回れば何を言われているかわからない宮廷社会で生き残る手段かもしれない。

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