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防人の家族

「うっ!」

すでに敵の放った矢は、俺の左胸を貫いている。
血が流れ出ているのがわかる。
ただただ 力が抜けていく。


身体は 何も動かない
おそらく このまま死ぬことはわかった。
故郷に残した二人の子供の顔が浮かんだ。

二人とも泣いている。

「おっかあも死んじゃった」
「おっとう、なんで防人に」
「行かないでよ」
「おっとう、いかないでよ」
身体にすがりついて泣いていた

「ああ、邑長にどうしてもって」
「必ず帰るから」
「邑長の言うことをよく聞いて」

一年前、泣き叫ぶ二人の子供を振り切るように邑を出た。
それでいて、何度も振り返った
見えなくなるまで振り返った
子供は精一杯手を振っていた。

「ごめんよ」
「ごめんよ」
一人ずつ謝った。
そこまでが限界だった。

「もう、だめだ」
「目の前が真っ暗だ」
「ご め ん  よ」
もう一度謝った。


何か身体が軽くなった。
周りも白く明るい。

「あれ・・・ここは」
何か見覚えがある。

「あれ?ここは・・・邑?」
懸命に走った。
確かに邑だ。

「おっとう!」
子供の声が聞こえた。

「え?」
「俺は死んだはず?」

「あ・・・」
家が見えた。
子供と妻が立っている。

「おっとう!」
「待ってた!」
「おっかあも、待ってた!」
二人の子供が飛びついてきた。
妻は背中にすがって泣いている。

防人の妻は、三年前、防人と二人の子供を残して病死。
二人の子供も、防人がその任務地に到着する前に流行り病で命を落とした。


防人の家族は、全員が死して、ようやく抱き合うことができた。


※万葉集の防人の歌(巻20-4401)から、創作

唐衣 裾に取りつき 泣く子らを 置きてそ来ぬや 母なしにして



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