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健さん(21)健の事情

ひとみが「言える範囲でいいよ」と、静香の背中をトントンと軽くたたくと、静香はゆっくりと話し出す。
その内容を端的に言えば、
「健には、今、縁談の話が持ち上がっていること」
「その相手は、関係の深い伊豆の同業者、つまり温泉旅館の一人娘」
「一人娘も、その両親、つまり温泉旅館の経営者も、健のことをよく知り、一日でも早く話を決めたいとのこと」

ひとみは、本当に動揺するけれど、静香に確認をする。
「静香さんは、その説得で、佃まで?」

静香は、神妙に頷く。
「実家の両親も兄も、とにかくお見合いだけはしなさいと」
「ただ、健兄さんは、あの通りの頑固な性格」
「その気はないとの一点張り」
「電話では、らちが明かない」
「それで、私に行ってこいと、実家から」

ひとみも、静香の気持ちがよくわかる。
「静香さんだって、ご実家とか、相手方との関係を考えてですよね」
「やはり、人付き合いは、大切ですし」
「この佃も、それはレベルが違うけれど、人付き合いだけは欠かしてはならないと」

静香は、ため息。
「健兄さんは、俺は、学者を目指した」
「だから、それは受けない」
「見合いなど、それだから失礼にあたる」
「その温泉旅館の一人娘も、健兄さんは幼なじみ、よく知っていますし」
「もちろん、望まれてのことで・・・私も悪い縁とは言い切れないと思うけれど・・・」

ひとみは、静香の表情を、懸命に観察。
そして、静香にも、歯切れが悪い部分があるように思う。
だから、思い切って聞く。
「ところで、静香さんも・・・実は・・・この縁談に乗り気でないとか?」

静香の表情が、また変わった。
「え・・・ひとみさん・・・わかります?」

ひとみ
「いや・・・何となくなの・・・」
「間違っていたら、ごめんなさいね」

静香は、首を横に振る。
「いえ・・・確かに・・・私も、実は・・・うん・・・」
「相手方の娘さんに問題があるわけではなくて」
「婿養子になるけれど、立派な経営の旅館ですし」

ひとみは、少し考える。
「健さんは、お見合い、即結婚と考え過ぎているのかもしれない」
「幼なじみで、おそらくよくわかっている相手、しかも同業者の関係もあるし」
「だから、お見合いをすれば、断れなくなるとか・・・」
「健さんも義理堅いしなあ・・・」

ひとみが、そこまで考えて、それを静香に聞こうと思った時だった。

静香が、下を向いて、ポツリポツリと話し出す。
「きっとね・・・」
「健兄さんは、ずっと根に持っていることがあって・・・」
「自分を責めている・・・」
「健兄さんの責任でも、何でもないのに」
「誰一人、健兄さんを責める人はいないのに」
「ほんと・・・呆れるほど・・自分を責めて」
「一時は、それで死にかけても・・・」
「健兄さんには、そうとしか出来ない」
「それで、心をずっと閉ざして」
「だから、田舎にも帰らない・・・ずっと・・・一度も」

ひとみは、静香の話を、ただ聞くばかり。
とにかく、「健が根に持つこと」を、知りたくて仕方がない。

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