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健さん(11)居酒屋店主美智代と「健さん」を語る②

さて、ひとみが、リビングに入ると父良夫と美智代は、実に親し気な、やわらかな雰囲気。
「それはかつての家庭教師と花の女子高生だったけれど」
「いくら何でも、10数年も経っているのに」
「亡くなったお母様に失礼です」と、プチ嫉妬。

そしてひとみが煎茶を出すと、父良夫は不安気。
「ごめんね、美智代さん」と最初から謝っている。

そんな父良夫に、美智代はやさしい。
「仕方ないわよ、お茶を淹れてくれるだけ、孝行娘」
「奥様も早く亡くなって男手一人でしたもの」
「あれから10年?」
「良夫さんにすがりついて泣くひとみちゃんが、不憫でねえ」
「もう少し年が近かったらって、本当に思いましたもの」

父良夫は、視線を窓の外に向けた。
「いやいや、美智代ちゃんだって、子供の頃から知っているしね」
「お世話になった親御さんに頼まれての家庭教師さ」
「いくら何でも、年の差があり過ぎさ」

そんな会話が続き、ひとみは中々入り込めない。
それと、美智代の「仕方ないわよ」が気にかかる。
「要するにお茶の淹れ方が下手ってこと?」と思うけれど、そもそもが引っ込み思案の性格、とても口には出せない。

そんなひとみに気がついたのか、美智代が一言。
「ひとみちゃんね、差し出がましいけれどさ」
「茶葉の量と、蒸らし方の加減なの」

ひとみが、「はぁ・・・」と下を向くと、美智代はポンと肩を叩く。
「うん、この美智代が指導するって!」
「良夫先生にも、美味しいお茶を飲んで欲しいしさ」
「何も気にしないでいいよ、江戸の女さ、私たち」
「腹に一物なし!わかるでしょ?」

ひとみは、恥ずかしいようなうれしいような。
「それでは後ほど・・・」と頭を下げると、美智代はプッと笑う。
「ねえ、ひとみちゃん、愛しの健さんにも、喜んで欲しいでしょ?」

その美智代の笑顔と言葉には、ひとみも、思わず反応。
「はい!美智代先生!ご指導を」と頭を下げてしまう。
ただ、父良夫が、「じゃあ美智代さん、厳しくでいいよ」と笑いかけるのには、ムッと父を睨んだりはするけれど。

そんな昔話やらお茶の淹れ方の話が終わると、そのまま「健さん談義」に移る。

美智代
「佐藤先生もわかっているとは思うけどね」
「健さんが店にいるだけで、落ち着くの」
ひとみ
「はぁ・・・まだ美智代さんのお店には入ったことがなくて」
「落ち着く・・・わからないなあ・・・」
美智代
「お客さん同士で揉め事になりそうな雰囲気になると、健さんが目で制しちゃうの」
「佃だし、下町だから、たまには気の荒いお客も来るからさ」
良夫
「あの目を閉じたような、辛そうな、悲しそうな目だよな」
「それで、首を少しだけ横に振る」
ひとみ
「それだけで?揉め事がおさまるんです?」

美智代
「うーん・・・最初の頃は・・・何か言ったかなあ」
良夫
「ああ思い出した・・・差し出がましいようですが、俺は静かに飲みたいとか」
「それで、言われた相手が怒ると、店に悪いですから、俺を気が済むまで殴ってくれと」
「それで、店と他のお客の迷惑を俺が受けるとね」
「私も慌てたけど、健君の目がマジでさ、怒った相手も、それでビビる」

美智代
「怒った人が、逆にビビッて恥ずかしくなってね、帰ろうとするの」
「健さんは、それを手招きして、ご一献、酒を静かに酌み交わすの」
「親分さんが、それを見ていてねえ・・・度胸もあるし、度量もって、惚れこんでね」

ひとみは、聞きながら驚くばかりになるけれど、美智代はまだまだ話が終わりそうにない。

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