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健さん(23)健の悲しい過去

「あれは・・・8年ぐらい前だから、健君が高校3年か」
父良夫の声が重い。
ひとみは、姿勢を正す。

「健君に恋心を打ち明けた女の子がいてさ」
「うん、健君と同じ地元の高校の2年生らしい」
父良夫は、ここまで言って、お茶をまた一口。
ひとみは、まどろっこしいけれど、その動きを待つより他はない。

「ところがだ・・・」
「その女の子は、可哀想だけれど・・・不治の病、白血病か、癌で長く入院中」
「たまたま、健君が空手部の他の友人の見舞いで、そこの病院に行った時に、何らかのきっかけで見かけて、慰めたらしい」

ひとみは、どうしても聞きたかった。
「健さんは、その不治の病の女の子の気持ちを、受け入れたんですか?」
いかにも単刀直入と思ったけれど、それがわからないと、この先の話を聞くのに、とても面倒なことになる。

父良夫は、首を横に振る。
「それは・・・どうも・・・違うようだ」
「話し相手にはなっていたらしい」
「健君のあの性格だから、それほど多くは語らないけれど」
「静かに隣に座って、その女の子の話を聞く程度」
「もちろん、娘さんのご両親も、いつも同席でね」
「娘さんのご両親にも、懇願されたらしい」

ひとみは、いかにも健らしいと思う。
「同情心」と思うけれど、自分が心配になって、話しかけてくる相手には、とことん尽くすのかな、と思う。

父良夫は、話を続けた。
「その女の子のご両親も、娘があまりにも、健さん、健さんって望むから・・・」
「健君には迷惑と思っていても、止められない状態」
「また、健君も時間は短いけれど、約束した日には、必ず見舞ったとのこと」
「あの律儀さでね」

ひとみが、黙って聞いていると、父良夫の顔が、また厳しくなる。
「ところが・・・」
「健君が、見舞う間隔がどうしても空いてしまう期間ができてさ」
「いわゆる受験期間で・・・都内の各大学を受験して」

ひとみ
「それは・・・仕方がないと・・・」
「その女の子は、そこまで望んだの?」
「受験を犠牲にしてまで見舞いに来て欲しいとか?」

父良夫は、悲しそうな顔。
「うん、結論から言えば、その通り」
「その女の子の病状が酷くなっていた時期で、不安もあったんだろうね」
「とにかく何でもいいから早く来てって、電話して大泣きとか」
「亡くなる前日は、ロレツも回らない状態で」

ひとみは、頭を抱えた。
「それで健さんは?」

父良夫の声が沈んだ。
「第一志望の大学の受験を、当日キャンセル」
「そのまま、始発の新幹線に乗って、病院に」

少し間があった。
「・・・結局、死に目には・・・」

ひとみは、悲しくて涙が出てきた。
「健さん・・・それは・・・あまりにも・・・」
それ以上の言葉が思いつかない。

父良夫は、また目を閉じた。
「その娘さんのご両親も・・・特に母親が気が高ぶっていたのかな、来るのが遅いって、健君を酷く引っぱたいて責めたらしい」
「健君が受験でいなくなるから、娘が不安で早く死んだとか・・・殺人者呼ばわりして怒ったとか」
「その後、健君は、一週間は憔悴して絶食、拒食症か・・・責任を感じて」
「それで、死にそうになった時に、冷静になった娘さんのご両親が謝りに来て」
「ところが、健君は、俺が来られなかったから死んでしまった、と謝るばかりだったらしい」
「健君のお父さんに聞いたんだけどね、これ、本当の話」

父良夫は、そこまで言って、またしばらく黙り込んでしまう。

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