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伊勢詣(3)

隣でシクシク泣かれたからと言って、もともと知り合いでもなんでもない。
事情を聞いたからといって、この俺に何が出来るのか。
身体の具合が悪いのなら、医者を呼ぶしかないだろう。
しかし、「女」は、シクシク泣いているばかり、身体のどこかが悪くて、あるいは痛くて泣いているのだろうか。
そういう場合は、苦しむ、唸るとか、そういう動きになると思うけれど・・・
しかし、寝付きが悪い俺にとって、隣で泣く女は気になる。
何しろ明日も伊勢を目指して歩かなければならない。
少しでも、休みたいのだから、泣かれ続けるのも、少し困る。

「あの、泣かれているようですが、どこか身体の具合でも」
一言ぐらいは声をかけようと思った。
赤の他人とはいえ、旅人同士の声かけぐらはいいだろうと思った。

「・・・申し訳ございません」
「無理やり相部屋をお願いした上に、こんな恥ずかしい泣き声まで」
「身体の痛みではありません、お気になさらず」
女からは、本当に申し訳無さそうな声が聞こえてくる。

身体の痛みでなければ、心の痛みになる。
それにしても、こんな妙齢で美しい女に、心の痛みなど・・・
無粋な俺には、さっぱりわからない話。
女は、その後は泣くこともなかったので、俺も少しは眠ることが出来た。


朝になった。
旅籠のたいして美味しくもない朝飯は、また金を余計に包んで部屋まで届けてもらった。
何しろ、女の目が涙のせいか、腫れていたから。

朝飯も終わり、旅籠から外を見ると、幸い雨は降っていない。
「それでは、私はこれで、先を急ぎますので」
たまたま相部屋になっただけの女、何もなかった女であるけれど、一応の礼儀だから、一声くらいはかける。

「本当にご迷惑をおかけしました」
女は涙声のまま、三つ指をつく。
そして、
「あの・・・ご迷惑とは存じますが、どちらまで・・・」
俺の行き先を聞いてきた。
答えるも答えないのも、俺の勝手ではあるけれど、特に隠し立てをするような行き先ではない。

「ああ、伊勢詣です」
「しがない男の一人旅です」
そこまでぐらいは答えてもいいだろうと思った。

不思議なのは、俺の行き先を聞いた途端、女の顔がパッと輝いたことである。

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