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健さん(19)父良夫からの情報

夕方、今日は珍しく大学に出ていた父良夫が帰って来た。

待ち構えていたひとみは、勢いよく、父良夫に迫る。
「お父様、何か情報は?」
「静香さんは?」
「健さんは、いなくなってしまうのですか?」

ただ、父良夫は、いつものルーティーンを変えない。
ますは上着を脱ぎ、ゆっくりとハンガーにセット。
それから、どっかりとソファに座る。

ひとみは、これでは仕方がない。
居酒屋の美智代に教わった通りに、丁寧にお茶を淹れ、静かに父の言葉を待つ。
ただ、その父良夫の顔は、いつものように柔和でもなく皮肉顔でもない。
どちらかというと、厳しめの顔。
「ああ、ある程度はわかった」
「肝心なところまでは、踏み込めない」
「わかった部分だけ言うよ」

ひとみは、「もったいぶらないでよ、前置きが長い」と思うけれど、さすがに父良夫の顔がいつもと違うので、緊張してしまう。

「まずね、健君がいなくなるかどうかは、考えなくていい」
父良夫からの、最初の具体的な言葉だった。

最大の懸念材料であったことから、ひとみは、胸をなでおろす。
しかし、それにしては、父良夫の表情が厳しい。

「健君自身に聞いたんだよ、研究室でね」
「何かあったのかいってね」
「健君のことだから、まあ、何もありませんって返って来るけどさ」

ひとみが頷くと、父良夫は続けた。
「そしたらさ、珍しく健君の話が続いたんだよ」
「妹は、健君を一度、ご実家に帰したくて、説得に来たと」
「それについて、健君は、断ったってこと」
「何故、ご実家に帰したいのか、健君が帰らないのかは・・・それは大学では聞けないことだし、仕事の邪魔になるし」
「まあ、そこまで、私も講義があったからね」
「健君のご実家の事情であって、他人が口を挟めることでもないし」

ひとみにとって、父良夫から出る言葉は、普通にわかりやすい話。
ただ、それにしては、父良夫の顔が厳し過ぎる。
そして、その厳しさに加えて、悲しそうな心まで、透けて見える。

ひとみも、懸命に心を静めて、父に聞く。
「本当にそれだけ?」
「何か、隠していることありません?」

そのひとみに、父良夫は困惑顔。
「うーん・・・」
「どうにもこうにも・・・他人が口出すことではなくてさ」
「健君に聞いても言わんだろうし」
「これだけは、俺も言えないな」
「ひとみも、聞かないほうがいいかな」
と、江戸っ子らしからぬ、歯に何かが挟まったような返事。

ひとみは、この時点で「何か隠していることがある」と確信。
ただ、父良夫も、「言わない」としたことは、絶対に言わない頑固者。
それをしつこく聞いても、まず、らちが明かないことは、よくわかっている。

ひとみは、ここで考えた。
「静香さんは、健さんを、理由はわからないけれど、ご実家に一度戻そうと、泊りに来た」
「ご実家の意思かなあ」
「しかし健さんにも、帰りたくない事情があった」
「静香さんとしては、腰を据えて説得するのかな、頑固者の健さんだから」
「しかたない、静香さんとまずは友達になって」
「聞けるところまで、聞くかな」

引っ込み思案のひとみは、ようやく、やる気を見せている。

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