日本語で書くこと

はじめまして。アメリカの大学院(博士課程)で社会・政治心理学を専門としています。今まで目の前のアメリカの環境である程度成果を残すため、英語での論文の執筆等に励んでいましたが、日本語でも自分が考えていることを書いて表現したいと思い、noteを始めました。

大学卒業後、すぐアメリカの大学院に進学したのですが、学部時代は国際関係学科におり、大学院から心理学を本格的にやっているので、私の専門の知識はほとんど英語で構成されているといって良いと思います。果たしてそれは自分が望んでいることか、というとそうではないと感じます。一方で、心理学はアメリカ中心の分野で、日本でもアメリカの学説がそのまま輸入されて――つまり、言葉だけ翻訳されて――教えられているというのも知っています。しかし、アメリカに長く住めば住むほど、アメリカで(つまり、白人男性によって)生み出された知識を普遍的なものと扱うことへの違和感が自分の中で強まっています。アメリカ生まれの心理学のメジャーな学説は、アメリカの「白人男性」の経験が「普通」で、それ以外の人々(アメリカのマイノリティ、非欧米圏の人々)の経験は「普通ではない」扱いであるということが指摘がされて久しいですが(Cole, 2009; Henrich, Heine, & Norenzayan, 2010)、その時から状況はほとんど変わっていないのが現状だと言えます。

心理学が「白人男性」以外の人々のものになるために個人的にできることは何か――?いろいろ考えましたが、結果的に日本語で考え、書くことがその1つではないかと思うようになりました。私は大学院における環境に恵まれ、メジャーな学説だけでなく、リサーチパラダイムとしてのフェミニズムやインターセクショナリティについても読む機会があり(心理学のプログラムではまれなことだと聞きます)、それがあって今の研究者としての自分がいると思っています。しかし、これらもやはり英語が原著の文献で、英語でシステムを批判的に論じると、どうしても欧米における人種(race)やジェンダーが前提となることが多いと感じます。むろん、これらを唱える学者は、アメリカにおけるsexism, racism, heterosexismをベースとした抑圧を経験し、その経験に基づいて論じているので、むしろアメリカにおけるシステムを批判的に論じることは理にかなっています。しかし、例えば、アメリカの"race"は日本やアジアの「民族」と同じように経験されるのか、と考えると、100%同じとは言い切れないように感じます(マイノリティーアイデンティティーの「視覚化」、マジョリティとしての非白人の立場など)。心理学が非欧米圏の人々のものとなるため、私にできることをしたいと願っているのですが、残念ながら私は英語の他に日本語しか知らないので、私ができることは、日本語で、日本社会おける人々の経験について考えて書くことではないかと思っています。

一方で、私は日本国内・アジアにおいては「日本人」というマジョリティーであり、「特権」を持った者です。また、いわゆるthe Third World(第三世界)の国々の人々は植民地となった経験があり、Enriquez  (1992)などの第三世界の国々出身の心理学者は、以上のような欧米中心の心理学の植民地主義を批判し、心理学の脱植民地化を唱えてきました。しかし、日本は「コロナイザー」の立場でもあり、「日本人」が欧米中心の心理学に対して容易に「脱植民地化」を唱えられる立場ではないとも感じています。欧米の知識に見られる植民地主義への批判を行うのであれば、自らの加害性(日本の有識者に見られる植民地主義)についても批判的でなければいけないと思っています。したがって、日本語で考え、論じるにあたっては、自身の特権性・加害性を自覚し、自分にとっての「普通」を普遍化することに対して注意しなければいけません。

したがって、日本語で書くということは、英語の文献をただ日本語に翻訳するだけでなく、日本語という言葉を使う際、欧米(特にアメリカ)の概念を普遍的に扱う知識に批判的である一方で自身の日本人としての特権性についても批判的でなければならないと考えています。そう考えると、日本語で満足できるものが書けるようになるのはいつだろうか…と気が遠くなりそうです。しかし、まずは始めて見なければいけないですね。このプラットフォームを利用して「練習」して、ゆくゆくはもっと自信を持って世に出せるような文章を書けるようになれれば良いなと思っています。

<参考文献>
Cole, E. R. (2009). Intersectionality and research in psychology. American Psychologist, 64 (3), 170-180. https://doi.org/10.1037/a0014564 
Enriquez, V. G. (1992). From colonial to liberation psychology: The Philippine experience. Manila, Philippines: De La Salle University Press.
Henrich, J., Heine, S. J., & Norenzayan, A. (2010). The weirdest people in the world? Behavioral and Brain Sciences, 33(2–3), 61–83. https://doi.org/10.1017/S0140525X0999152X

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