男の嘘(中)

 サヨナラから一年ほど経ってから、なんの連絡もなく突然誠が訪ねてきた。あの時のことを反省し「やり直したい」と言ってきたのだ。

 わたしは、終わった恋は振り返らない主義だけど、このときは派遣先の会社でセクハラを受けていて、心の拠り所が必要だった。だから彼の反省のことばに揺れ、簡単に許してしまった。

 そして、会わなかった一年の間、どんな風に過ごしていたかという話に自然になった。わたしはセクハラのことを誠に打ち明けた。すると「一回ダメになっちゃったけど、今度はちゃんとするからいずれ結婚しよう。そんな仕事、やめて俺の街に移ってきたらいいよ」と言ってくれた。

 そこから、わたしたちふたりの関係はなんとなく元通りになった。そして、今度はわたしが久しぶりに彼のもとを訪ねた。

 その日誠は休日で、一日いっぱい一緒に過ごせるようだった。近くの景色のいいところにドライブに行って、少しばかり疲れて彼のアパートに戻り、だらだらしていると、外に人の気配がし、

 ピーンポーン

とゆっくりチャイムが鳴った。来客だ。すると彼が(静かに!)というサインをわたしにした。顔を見るとなんだか慌てたようすだ。なんでだろう。しつこい訪問販売でも来ているんだろうか。

 しばらく息を潜めて静かにしていたが、来客はなかなか帰ってくれない。訪問販売なら、ここが駄目であるなら隣の部屋へ…と移って行きそうなものだが、相手はずいぶん長いことドアの前にいて、そして他の部屋に行くこともなく帰って行く。ドアの隣にあるすりガラスの窓から、人影が去っていくのが見えたのだ。

 しかしわたしは、その奇妙な訪問者よりも、誠の反応のほうが気になっていた。明らかに怯えている。

 「ねえ、今の人だれ?なんでそんなに怯えてんの?」と聞くと「ゴメン!実は…」と驚きの事実を話し始めた。

 誠は、わたしがサヨナラの手紙を置いて出て行ったあと寂しくて、会社の同僚に誘われた合コンで出会った女の子と、酔った勢いで関係を持ってしまったと言うのだ。酔った上のことだし、本気じゃなかったのだが、その日を境に、その女の子に付きまとわれるようになったと。

 付き合う気はない、とはっきり言ったが、彼女が執拗に職場やアパートなど、いろんな場所につけてくるようになったため、すごく困っていると。

 「じゃあ、今のも彼女なの?」と聞くと「そうだと思う」と答える。その時は夕方だったけど、彼女の訪問は時間を選ばず深夜や早朝のときもあるようだ。

 ちょうど、ストーカーって言葉が一般的に使われるようになって、ドラマでもストーカーがテーマのものが出てきたところだったから、あんなこと、本当にあるんだ…と怖くなった。

 「ごめん…お前のこと裏切ってしまって。寂しかったからつい…今まで黙ってたことも、すまない」と彼が行ったが、彼がその女の子と関係したのはわたしたちが「別れて」いる間のことだし、浮気にも当たらない。つまり裏切りではないので怒りはしなかったが、彼女の行動には恐怖を感じた。

 「お前に結婚しようとか言っておいて、こんな問題抱えてちゃ駄目だよな。今すぐは難しいかも知れないけど、彼女のことはきちんとけりをつけるから、信じて待って欲しい」と彼はわたしに頭を下げた。

 確かに、今まで隠していたことには腹が立ったが、怖い思いをしているのは彼なんだし、わたしで何か役に立つことあったら言って欲しいと伝え、その日はか解散となった。

 前途多難だけど、お互いの弱味を見せたことによって、結束が強くなったと思った。これからは、ふたりで助け合って、お互いが抱えている問題も解決できるはずだ。わたしは彼と共に生きていく覚悟を決めた。

 ところが、それ以降、誠とは連絡がとれなくなった。

※次回、一部有料とします。

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