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家を買う(17) もう止められないの

 「えっ…今から35年のローン組むなんて、それ本当に払っていけるの?」

 それまでいい感じで盛り上がっていた場が、その人のこの一言ですーっと冷えてしまった。

 リノベーションの工事も終わり、引っ越し準備にかかろうかという頃、会社の少人数での飲み会があって、その時の会話の流れでいわなきゃいけない雰囲気になっちゃったのでマンションを買ったことを明かした。

 同席していた若い人とか女性は概ね「すごいね!」とか「楽しみだね」って反応だったんだけど、自分の親とそれほど変わらない年代の男性たちの反応が、それはもう「いやいやそれははやまった決断じゃあないのかそんなことして本当にやっていけるのか」ってなくらいのもので、どなたも一様に眉間にしわ寄せちゃったりして。そのうちの一人が冒頭の発言をしたわけ。

 ほらね、だから言うの嫌だったんだよ。

 マンション買ったことなんて、隠すことでもないけどわざわざ自分で言うことでもないなって思ってた。家族には早い段階で話して了承もらってたし、それで充分じゃんって。

 わたしは女で、独身で、そこまで金持ちでもない。そういうスペックの人間がマンションを買ったなんて言ったら、「えっ、結婚あきらめた?」という好奇の目とか「女独身の分際で家買いやがって」というやっかみの目で見られるだろう。だから黙っているのが楽だったんだけど、同じ会社に勤める人たちには遅かれ早かれわかっちゃうことだし、そういう雰囲気になったから言っちゃったほうがいいかと思って明かしたのだ。相談じゃなくて報告。誰の助言も求めていない。

 でも、わたしだって自分のした選択が正解だったか、自信はないのよ。マンションを買うことを決断してから、手続き・契約・工事と人生で初めてのことをどんどんハイスピードで経験して、わからないことだらけでどんどん不安になってたことは否めない。

 もともとは、わたしは賃貸暮らしが嫌になったのだし、女ひとりで今後結婚できる見込みもなくて、だから死ぬまで暮らせる家がないと困ると思って持ち家を決断した。それは生半可な決断じゃなくて、大変な決断だったのだ。40代で35年のローンを組んでさ、普通に返済していけば完済するの70代だよ? まあ、70代での完済なんて今は当たり前みたいなんだけど、それでも相当の覚悟がなきゃできない決断だよね。

 血を吐く思いで決断したと思うからこそ、他人のネガティブな意見が刺さる。やめてよ、やめてよ。もう買っちゃったんだし、今さらなしにできないんだから。わたしのことなんにも知らないくせに…。

 ひとり戻った部屋で荷造り途中の段ボールを見ながらどんどん力が抜けていく。

 自分ではこれしかないと思って決断したことでも、まわりのひとりだけでも難色を示せば、それを「みんなが反対してる」と捉え方をしてしまうくらい、わたしはパワーがなかった。

 落ち込んでいる場合ではない。荷造りせんと。引っ越しはもうすぐだ。

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