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君と降られた今日を 覚えて居たいのさ【群青日和 #21】

【試合結果】
4/24(水) 阪神タイガース
●3-5
[勝]桐敷
[敗]山﨑
[S]ゲラ

◇ ◇ ◇

ちょうど24時間弱前のこと。
4月23日、延長12回裏。
両軍1-1のまま最終攻撃イニングに入った。
先頭の代打戸柱がセカンドフライに打ち取られ、次の7番・山本祐大がフォアボールで出塁。
そこで代走として名前を呼ばれたのが最後の野手、ルーキーの井上絢登だった。
出身の徳島インディゴソックス時代にはシーズンで12盗塁も記録しているので、足も使える。サヨナラ勝ちのチャンス、ひとつでも先の塁を目指したいところでこの起用は納得。

……笑っている。
ひとつの走塁ミスも許されない、この場面で。
井上がホームに還ることはすなわちチームの勝利でもある訳だけど、このヒリヒリした状況を楽しんでいるのか。
でも、井上は確かに笑っている。
その後彼が生還することは無かったけど、ワンヒットで三塁まで辿り着いた時にも、やっぱり息を整えながら笑っていた。

◇ ◇ ◇

4月24日、9回裏。
もしかしたらずっと続くんじゃないか?なんて思っていた9回表を、徳山が死に物狂いで終わらせてくれた。
ランドマークタワーが烟って見えなくなるぐらいに降りしきる雨のカーテンの向こう側から、2点差を追いかけるベイスターズに向けてチャンステーマが響いている。

二人目のバッター、山本祐大がゲラのスライダーに食らいついてなんとか打ち返すと、信じられないくらい打球の勢いが殺されてボテンボテンと弾んでいく。
サードの佐藤がライン際の打球をじっと見送っていたが、ぬかるんだベース周りで打球はさらにゆっくりと転がり、やがて三塁ベースの角に当たった。
フェア判定。
沸き立つDeNAサイドのベンチ内。

その少し前。
先頭打者の林琢真がゲラと相対している時、ベンチの中でヘルメットを被って防具を着け、バットを構えている選手がカメラに抜かれた。
三人目の打者となる予定の、今日のスタメンショート・石上泰輝。
立ったまま声を出し、先輩を鼓舞している。
と、よく見ると口角が上がっている、ように見えた。
自分ももうすぐあそこに立たなくちゃいけないのに。

打席内容自体は初球のストレートを弾き返そうとしたものの、押し負けてサードフライに。
でも、ほんの一瞬中継カメラに映ったあの口元はちょっとなかなか忘れられなかった。
不敵とも、ワクワクとも、虚勢とも取れない、あのきゅっと上がった口の端。
笑っていた?この状況で?

◇ ◇ ◇

9回裏、2点ビハインドの状況で二死・一二塁。
なんだか昨日もチャンスで彼の名前が呼ばれるのを何度か聞いた気がする。
1番・ライト、度会隆輝。
バッターボックスに入る前に、一度だけ強く素振り。
パッと顔を上げて正面に向き直ると、

ああ、笑っている。

心境は分からない。
井上、石上に続いて度会も。
どう考えても笑えるような状況じゃないというのに、一軍に食らいついているこのルーキー三人はそんな状況で、笑うのだ。
実際の所、笑えるようなメンタルじゃないのかもしれないけれど。
初球の甘く入ったスライダーを見送った。
あと一人!コールと吹き荒ぶ雨風が混ざって、スタジアムを満たしていく。
それでも度会は笑っている。

野口解説員が「打席内でのせわしない動きは、緊張しているからですよ。緊張を隠そうとして動くんです」と説明している。
それはどうなんだろう。
彼はいつどんな打席でも動きが多い。

鋭くアウトコースに落ちる球に空振り。ツーストライク。
あと一人!コールがあと一球!コールに変わる。誰か合図を出しているんだろうか、きっちり同じタイミングで変化した。

度会は笑っている。
「ほら、笑っているのも緊張を隠せない状態なんです」
本当に?

「低めも全部振りにいっている。なんでもいっちゃうような、冷静に考えられていない」
あと一球!コールが始まってから2球、ストレートにバットを合わせてカットしていく。
かっとばせー隆輝!の声出しとあと一球!コールが雨の中で渦巻く。
まだ、度会は笑っている。

7球目、最後はツーストライクに追い込まれたのと全く同じコースのスライダーに空振り。泥だらけの地面に膝を着いて、真一文字に口を結ぶ。
でも、私は確かに見た。
最後にスイングする直前まで彼が笑っていたのを。

◇ ◇ ◇

度会隆輝、21歳。石上泰輝、22歳。井上絢登、24歳。
2023年ドラフト指名のルーキー大社卒野手トリオ。
その全員が一軍に名前を連ねているだけでも十分すごいことなのに。

まるでポストシーズンの試合みたいに緊迫感溢れるこの2試合でそれぞれ名前を呼ばれた場面があって、そしてそこで笑っていた。

各々が抱いていた思いはもちろん分からないけれど、彼らはそういう状況で笑える選手なんだ。

ほんの3ヶ月前は、初々しさ全開で
お揃いのビブスを着て練習していたというのに

今はまだ、結果が追いつかなくたっていい。
経験のない選手がこの時期に一軍で何も出来なくとも、不思議なことはひとつもない。
そもそも、4月も終わらぬうちに全員がプロ初ヒットを記録して、スタメンに名を連ねたり打点を上げているのが実は結構とんでもないことなんだから。

ただ、君たちが名前を呼ばれたそれぞれの場面で、笑顔を見せられることに心の底から驚かされた。
すんごいルーキーズだよ、マジで。
それがハッタリでもなんでも、チャンスで笑える奴は強い。

本当にタフな二日間だった。
心身ともに集中しきって、達成感を得たり、打ちのめされたりしたでしょう。
でもきっと、この経験は大きな糧になるから。

私さ、三人の笑った顔見て、今までにないくらいワクワクしたんだよね。
一体これからどんな選手になっていくんだろう。
この経験をどう活かしていくんだろう。
楽しみで仕方がない。

とりあえず一息入れてさ。
また笑って野球して欲しいな。


あめのちときどきくもり
忙しなく色々あるけれど
君が疲れている日も
見詰めて居たいのさ
目を合わせて

雨天決行  / 東京事変

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