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でも本音を言うと 主役の座が奪いたい【群青日和 #65・66】

【試合結果】
6/21(金) 阪神タイガース
●0-1x
[勝]石井
[敗]ウィック

6/22(土) 阪神タイガース
◯5-2
[勝]東
[敗]伊藤将司
[S]森原

◇ ◇ ◇

こんなこと言いたかないけどさ、という前置きの後に夫は続けた。
「小幡はやる奴だよ」
サロモンのシューズを爪先だけで器用に引き寄せて玄関先に揃え、はーどっこいしょ、と呟きながら俯いていた顔を上げる。
下がり眉をさらに下げて、いやあ参ったねという感じで。
でもどこか嬉しそうに口元を緩めてへらり、と口角を上げている。
この人はよくこうやって困ったように笑う。
そんな顔されちゃあ、貴方も小幡も許すしかなくなるじゃないか。
許すも何も、あの場面でカットボールを強く引っ張り込んだ小幡の勝ち、それでしかない。

夫は以前、小幡竜平の「打席で腹を括れる姿勢が好きだ」と言っていた。
まさにそういう打席を見せられたわけで。

1点を競る展開に持ち込まれた時点で苦しかった。
こういう試合展開自体、あまり得意にしていないし、何よりここは甲子園。
甲子園の主役は、プロ野球界の中ではもちろん阪神タイガースになる。
六甲颪に颯爽と。
縦縞の彼らがより大きく輝いて見えるのは、2年前に新しくなったばかりのLEDを搭載した照明塔のおかげだけじゃない。
横浜スタジアムよりももっと多い、4万人越えの大観衆大歓声。
そして袖に輝くチャンピオンエンブレム。
わあかっこいいうらやましい。

かつてのシーズン、ペナントレースの大一番と言える局面や念願叶ってのCSの舞台、立ちはだかってきた印象が強く残っているのもやっぱり、阪神タイガース。
お互いAクラス常連となり、かつ優勝にはずっと手が届かなくて。
互いに上位チームをうまく負かすことができず、何してんねん!知らんわ自力でなんとかせい!とどつき合う仲というか。

それが、一昨年までのこと。

去年の阪神タイガースに、そんなトムとジェリーみたいなノリはまるで望めなかった。
負けない、全然負けない。
いつか落ちるかな、と思った勢いは止まることなく。
9月に入って負けなしの11連勝で18年ぶり6度目のリーグ優勝を飾った。
……おいおい横浜より全然優勝してんじゃん!あかん優勝してまう、じゃないよ優勝してんじゃん!優勝したって困ってないじゃん!

こっちときたら、たったひとつしかないペナントを後生大切に抱えているというのに。
あんたいいかげんそれ新しくしたら?いや母さん、これは小さい頃から大切にしてる毛布じゃないんよ。

何回見たか分からない、大魔神佐々木と谷繁が飛び上がって抱き合う写真。
谷繁は慣れていなさすぎてキャッチャーマスクを外すのを忘れている、というエピソードトークも何回聞いたか分からない。
そういえば、あの写真の舞台も甲子園だった。

◇ ◇ ◇

2023年9月14日、阪神タイガースが優勝した時に私は新宿に居た。
一球速報を眺めていたので、阪神は無事にアレを成就されましたねと、その時一緒に出掛けていた同じく野球好きの友人に伝える。
行き先のお店への道を確かめるほんの一瞬、足を止めた時。
ガラス張りのスポーツバー、だろうか、通りに面していたので店内の様子が目に入る。大画面の液晶テレビが何台も天井に吊るされていて、その全てが甲子園の様子を映し出していた。

喜びの声を上げるタイガースの選手たち、その輪からすこし外れた所。
誰の目をはばかることも無く、大山悠輔が目を真っ赤にしてこみあげる涙を幾度も袖で拭っている。

互いに何試合もどつき合ってきた相手だ、だから、分かってしまう。
虎の4番は打ったら大歓声、打てなかったら大罵声。
どれほどの重圧だったろう。
どれだけ、悔しかっただろう。

そして大山がどんなに誠実な選手かはよくよく知っている。
スタンドや審判員への丁寧な一礼、塁上にいる選手へのコミュニケーション、マウンド上にいる投手を一人にしないタイミングでの声かけ。

報われるべき人が、報われて良かったな。

素直にそんな感情が湧いた。

◇ ◇ ◇

あれから半年と少し。
そんな気持ちは結構早い段階で、いやもうベイスターズが脇役、引き立て役、その他村人B役はもう見飽きたのよ!という気持ちへあっという間に変わっていった。
私という人間は割とそんなもんだ。

サヨナラ負けを最後まで見届け、本日はしっかりと脇役に徹しましたなあと強めにテレビの電源ボタンを消す。明日試合があって良かった。

◇ ◇ ◇

結局甲子園であろうと横浜スタジアムであろうと、ベイスターズには脇役なんぞに徹してほしくないんだよな。

脇役に徹してきた歴史に関しては逸話に事欠かんぞと、長く見守ってきたファンほどやれあんな負け方をしただのと息巻いて語り始めてしまうんだけれども。

それを、目の前で全力を尽くして戦う選手たちの前で言えるのかと。

そんなことよりもタイラー・オースティンにナイスバッティング!と念を飛ばす方が先です。今日も健やかにいてくれてありがとう。
レッドカーペットさえ似合ってしまいそうなナイスガイだけれど、泥だらけになることも厭わずプレーするその姿はやっぱりグラウンドで一番輝いて見える。

そろそろベイスターズが主役になったっていいじゃない。
役者は、揃っている。

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