擦り剥いた傷を ちゃんと見るんだ【群青日和 #5】
【試合結果】
4/3(水) 阪神タイガース
●2-5
[勝]伊藤将
[敗]濵口
[S]岩崎
◇ ◇ ◇
最寄駅に着いて階段を少々急ぎながら降りていると、ちょうど電車がホームに滑り込んできた。セーフ。
電車から降りてくる人を待ち、もう居ないなと確認した後に足を一歩二歩、車内に踏み入れて気付く。
そうか、4月か。
通勤ラッシュに不慣れな若者たちが、変なポジショニングで立っている。
絶妙に邪魔で、人の流れがそこここで滞っているので「乗車率の割に混んでいる」という不思議な現象が起きている。うーん。
ドア付近に人が溜まっている。中程は割と空いているのが見えるので、カバンを片方の肩だけで背負う形にし、くるりと自分の正面に持ってきてなんとか手前の若者Aを避けて通る。
君が背負っているそれも前に回してくれるとありがたいんだけどな。
ボスッ
避けようとしたが避けきれなかった。思い切り彼の黒いお高そうなバックパックに私のたくましい右肩が突っかかった。
AirPodsを着けたまま、若者Aがぎろりと睨みつける。
おおごめんねえ、電車混んでるのよ、そうカッカせんでも。
4月、だなあ。
10年前の私もこんな風にぴんぴんに張り詰めていたかしら。
会社近くのソメイヨシノは、まだ七分咲きだった。
先週まであんなに寒かったのに、人の流れも吹いてくる風もちゃんと春の顔になっている。
◇ ◇ ◇
今日の濵口は決して悪くなかった。
ストレートの走りも良かったし、カーブ・チェンジアップ・スライダー、どれもが全てきちんと決め球、カウント球、どちらの役目を上手く果たしていた。山本祐大の「引き出しを開ける順番」も良かった。
濵ちゃんが踏ん張っている間のチャンスメイクが相手の好守に阻まれたり、塁に出たランナーを上手く活かせなかったり、としている間に三巡目の近本から捕まって、という「まあそうなるわな」の積み重ねというか。
ここで思いっきり強く振って来られたら嫌だな、と相手に思わせるようなスイングができるバッターは敵味方問わず手放しで褒めたくなる。
今日の森下翔太がまさにそうだった。
「!」マークが見えるような浮いたチェンジアップを一振りで仕留められた。
余韻をたっぷり楽しんでから、森下はダイヤモンドを周り始める。
音、角度、打球速度、三拍子揃ったホームランでした。
試合の中で起きたミスや間違いを過度に咎めることをしようとは思わない。
それはとっくに内部でやってるだろうし、私はコーチじゃなくてただの野球好きだし。
言わない自由もあるなら私は存分に享受したい。します。
抑えるにせよ打たれるにせよ、ここで投手交代だろうなとは思っていた。
「ピッチャー、濵口に代わりまして、徳山」
3月30日、平良が取りきれなかった9回最後のアウトを取って以来の登板。
プロ入りしてからの2年、しばらく姿が見えないということは少しばかり苦しんでいるのだろうと思っていたけれど、想像以上に徳山はずっともがき続けていた。
だから、彼がこうして一軍帯同して名前を呼ばれているだけでも嬉しく思ってしまう。
徳山が腕を振り、伸びやかにミット目掛けて投げ込む。
4番・大山、5番・佐藤に対してたったの3球で2アウト。
一死からの登板だったので、これでチェンジ。
本日は上がりかと思いきや、7回のマウンドにも再び上がる徳山。
1点ビハインドでイニング途中からの回跨ぎだなんて、3日前にプロ初一軍登板をした投手の割にまあまあなぶっ込まれ方をしている気がするのは気のせいだろうか。
全球ストレートで押した6回の投球内容とは対照的に、7回はカーブやフォークを織り交ぜる。
1人目、ノイジーはカーブ一球でアウトひとつ。
2人目のバッター、梅野に四球を与える。ストレートを高めに突っ込み過ぎた。
一呼吸。
木浪に送りバントを許す代わりに、アウト二つ目。
代打前川に対して、彼が捌けるインコースは徹底排除。外角のラインを守り切り、最後は鋭く落ちるフォーク。
前川もかなり粘り強くついてきたが、右手一本で払うように出したバットはほぼ当てただけ。徳山は右手を高く上げ、高く上がった球を指差す。
レフトフライで、三つ目のアウト。
スコアボードには、0がもう一度表示される。
シーズン残りあと138試合。
徳山の力はこれからもっと必要になる。
転んで擦り剥いた傷の痛みを知る人は、ちくしょうと土を払って立ち上がる強さを持っている。
変わった姿、思う存分見せてやれ。
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