モスキート_ヘル5

モスキート・ヘル(1-4)

「ちょうどよかったやで、ツレが引っ越しするからおうち売りたがってたやで」
「そうわよ」
 カキツバタとショウブの心当たりに頼って地下に出掛けるといつものところにクラクラがいた。もう一人すこし大きな白ガエルが来ている。
「ヒラヒラネキやで」
「そうわよ」

 モスキート・ヘルは下水の匂いに眉を潜め、テルくんの顔にハンカチでマスクをした。
 物件に向かいながら詳細を聞く。
「ヒラヒラネキ、会社やることにしたんで、みんなで集まるには手狭になってきたから別の広いとこみんなで金出しあって事務所件ねぐらにするそうやで」
「そうわよ」

 会社? 白ガエルにあんまり縁の無さそうな響きだけど。
「ピパピパの原料のコケの増やしかたがわかったから、一杯増やして上に卸すですわぞ」
 ピパピパって言うのは地下産のローカルタバコのことで、白ガエルたちが上と取引するメインの品だ。わたしはタバコ吸わないけど、美味しいんだそうな。

「あれの原料コケだったんだ」
「そうわよ、ほら、あそこにもちょびっと生えてるわぞ」
「あの光ってるやつ?」
「光ってるのは美味しくないから採らないですわぞ」
「ピパピパ巻いてる紙はワイたちが集めてたからワイも忙しくなるやで」
 まあ景気のいい話だ。うまくいくといいね、と言っておく。

「ついたやで」
「えっ、なんかちゃんと家じゃん」
 案内されて着いたヒラヒラの家はきちんと扉の着いたコンクリートの塊だった。木造のバラックを想像していたのに。
「シェルターブームの跡地か」
 モスキート・ヘルが外壁を撫でながら言った。
 なんか覚えがある。お父さんが若い頃の話だ。

 なんでも、その頃空から隕石が降ってきて世界が終わってしまうとか言う予言がちょうどすぐ近くだってことで、金持ちがシェルターを作るのがすごく流行った時期があったって。
 結局隕石は落ちてこなかったし、地下にはまだ今の姿に定着する前の白ガエルたちが住み始めて気味悪いから捨てた人も多い。

「換気ダクトがあって、扉を締め切ってても苦しくならないわぞ。鍵もかかるし」
「鍵があるのか? もとの持ち主が返せといってくるなんてことはないといいんだが」
「もとの持ち主は中で死んでたから、クラクラちゃんにアラってもらったわぞ」
「中で喧嘩して撃ち合ったみたいやで」

 それって安全なの? ってかんじなんだけど……。
「ずっと住んでたけど追い出されたことなかったわぞ」
「探しに来るものもいないような者の持ち物だったわけだな」
 モスキート・ヘルはそのあとクラクラとあれこれ話して、結局ここに住むことにしたようだ。わたしが掃除させられた……。

「おうち燃えて生活苦しいんなら分割払い受け付けるやで、ワイが集金しに来たら払ってくれたらいいやで、紹介マージンはもらうやで」
「クラクラちゃんはほんとに商売人わよ」
 そんな取引を見ながらわたしは思い出した。
「そういえば」
 この間クラクラといるときに出会った指輪の男のことだ。

「地下って案外しろがえるじゃない人間も住んでるの? わたしもここまで深く潜ったのはじめてなんだけど」
「しろがえる同士から上のとおなじ人間が産まれることもあるやで、そうでなくてもこの間もヒラヒラネキのツレの別の家売ったし」
「あんまり愛想のいいやつらじゃなかったわぞ」
「そうやな」

「まああそこはおいしくない光るコケがはびこってにっちもさっちもいかなくなってたし、売れてよかったわぞ」
「発電機持ち込んでなんかやってるみたいやな」
「発電機ほしいわよ」
「モスニキも発電機買ったら教えてほしいやで、借りに来たいやで」
「モスニキ?」
 クラクラ結構なついてるな。

「なんにせよおやちん払い終わるまでだけでも仲良くさせてもらいたいやで」
「そうわよ」
「そうだな」
 モスキート・ヘル、ひょっとして子供とか動物とかそういうの好きだな?
「上の人間に合うかはともかくとして水や食べ物はワイらと仲良くなって買い物できたほうがはかどるやで」
「そうわよ」

「ワイらこぼれもんやから、基本助け合いの精神で暮らしてるやで、だからモスニキも地下で暮らすなら地下のルールで暮らして欲しいやで」
「そうわよ、とはいっても雨水のとりぶんくらいわね、上に行った時に何か買ってきたら売って欲しいわぞ。水が長持ちする石とかいつでもほしいわぞ」

 しろがえるたちの公共の水配布所(雨が降ったときだけ機能するらしい)とかに案内してもらってから今日は解散ということになった。しろがえるってこういうふうに暮らしてるんだな。
 わたしはモスキート・ヘルがもろもろの契約をクラクラと交わしてる間にペットボトルの水とか買い出しに行かされた。

 別れ際に、この間会った死体の男の話をモスキート・ヘルにした。モスキート・ヘルの家を燃やした犯人かはわからないけど、恨みを持った相手が地下に出入りしていることは確かだ。
「この家壁ぶ厚そうだから大丈夫と思いますけど、ホント気を付けてくださいね」
 死なれてお金もらえないと困るから。

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