つきのきまい

絵がかけない人の、たったひとつの筆 / 『雲平線』詩や短編などの創作 / 『あしあと』…

つきのきまい

絵がかけない人の、たったひとつの筆 / 『雲平線』詩や短編などの創作 / 『あしあと』当事者が精神保健福祉士(MSW)取得を目指すその記録

マガジン

  • あしあと

    精神障害当事者(複雑性PTSD・精神保健福祉手帳所持)が、精神保健福祉士(MSW)取得に向けて、試行錯誤する話

  • 雲平線

    絵が描けない人の、たったひとつの筆

最近の記事

足が止まってしまった

病を抱えながらも学びを進めていたら、ついに足が止まってしまった、という話。 通信大学の精神保健福祉士コースに入るまで十代のころ、わたしは混沌としたところにいて、なかなかに大変な思いをしてきたなあと今になってもおもいます。精神科病院への入院も長く、それからずっと通院を続ける中で、医療トラウマやスティグマがすっかり根づいてしまいました。希死念慮のない日は一日もなく、ずっと苦しいままでした。 けれども、そんな中を、一日一日つないでいたのは、ことばのちからだったようにおもいます。

    • ここではないどこかへ

      漕いで 漕いで 漕いだ 舫(もやい)を解いて ここではないどこかへ行くつもりなのに 波はいつも わたしを岸へ押し返す 漕いで 漕いだ だけだった あらがったのに あらがいきれず また岸辺 もういいよ と 月あかりの声 けれど きっとまた 漕ぐだろう 岸辺へ戻されると わかっていながら 弱いと わかっていながら 成さないと 知りながら きっとまた 漕ぐ 湖に 沈むまで きっと

      • 木を削る

        わたしは、削りたかった。 いのちを、人生を、どうにもできない自分を、腕を、怒りまかせにぐしゃぐしゃにしてしまいたい。けれど、どこかで、そうはしたくない自分もいて、仕方がないので、おもむろに木を削りました。 廃材の、名前もわからない木(パイン材のような気もする)を拾ってきて、小さなのこぎりや、子どもが学校で使っていた彫刻刀(春休みで持ち帰っていた)などで。 その木は、やってみてわかったのだけれど、たぶん、彫刻するにはちょっと硬くて、なかなか形が変わっていかない。それでも、ただ

        • 滋味あるいのち

          食べられる 飲みほされる わたしは 乳そのもの 肉を切りわけ 血を与え 残された骨は 小さな魚の住処 わたしは 滋味あるいのちに なれただろうか 食べられる 飲みほされる わたしは 与えている 育んでいる わたしは 渇いている 飢えている わたしは 差しだしている 捧げている つないでいる わたしを はやく 飲みほして 食べつくして 満足そうに 口をぬぐって そのまま骨を 海に流して

        足が止まってしまった

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        • あしあと
          1本
        • 雲平線
          14本

        記事

          (はらんだな、とおもう)

          はらんだな、とおもう 宿ったのは あいとかなしみ ふたつでひとつの ふたご はらんだな、とおもう 宿りはいつも 吐き気を催す この、ままならなさ おとこはいつも 涼しい顔をして 忙しそうだ 流れるだろうか 生まれるのだろうか 育つのだろうか 殺さないだろうか 望まれないものは 生きていけるだろうか

          (はらんだな、とおもう)

          そらはあおい、トマトはあかい

          そらはあおい トマトはあかい こどもはかわいい みょうが しそ ねぎ きゅうり そういうの 無心に刻む 何度目の夏か もう忘れた わたしはどこにいて なにをしているところだったか 殻から抜け出せなかった蝉が この夏もきっとたくさんいる 遠雷 わたしはどこにいて なにをしているところだったか

          そらはあおい、トマトはあかい

          雲平線(走り書き)

          あのときわたしは、雲の上にいた。ピンクや紫や金色に光る、雲の海。何度眠って起きても、雲海が目の前に広がっていて、広すぎて、感じることが追いつかなくて、圧倒されていた。 朝ごはんに食べるパンも、インスタントコーヒーも、消えない腕の傷跡も、そういう昔のことをしょっちゅう思い出してしまう自分も、部屋にこもってばかりなこと、働こうにも働けないこと、よく泣くこと、それらから離れるように歌を歌うこと、そんな歌は部屋で消えてしまって、ぐるんぐるんと元気よく動く社会、資本主義、効率、能力、

          雲平線(走り書き)

          てがみ

          ひとつぶのどんぐりが かしの木になるように だいじなことぜんぶ あなたはもう おぼえている たくさんの光と たくさんの雨と たくさんの眠り その中を生きるための たったひとつの あなたというありようを どうか、ゆるし、愛して 世界がどれだけ理不尽で 呪いに苦しむ日があろうとも わたしたちだけはここにいて あなたの帰りを待っている

          一粒のどんぐりが

          一粒のどんぐりが 樫の木になるころ わたしはわたしに なれただろうか 星のまわる音を 聴きながら わたしは今日も 皿を洗う ひとり 歌い 舞い その波は空へ 吸い込まれり

          一粒のどんぐりが

          わたしは死んだ

          わたしは死んだ ひとりで死んだ 死ぬためには 生まれなくてはならなかったので 泣いて生まれた 自由そうで不自由な こんなからだでも 感じるには十分だった ひかりと色香 ありとあらゆるところで あなたに触れた あなたはそこにいると 知った そして わたしは死んだ

          わたしは死んだ

          この世ならざるもの

          できたら、この世ならざるものになりたい。そう思いながら、ただずっと心が重い。理由は特にない。しいていえば、そもそも人ではないのに、人のようなことをするからだ、と尻尾を見せる。狐。 狐は息をする。みずうみのそばを歩く。大人は恋に落ちたりしない、恋の淵を歩くのだ、と狐はおもう。落ちても、未来がない。水を飲む。未来はないが、わたしたちはいつか死んでしまうから、好きな人と見つめ合って、笑ったり泣いたりする時間は愛おしい。たとえ、相手が、何物であっても。最後に少しだけ、抱きしめ合う。

          この世ならざるもの

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          現実的な大人の世界をやってると、なんかときどき、ああもうだめ、っておもう。そぐわない、むり、わたし。 そして、自分にしかわからないような、口から湧き出たままの言葉を、ただこうやって並べるのだ。からころと音をたてて、石や貝のようなものが乱雑にばらまかれ、わたしはようやく人のかたちに戻る。 彼女に「あなたは、おとななの?」ときいたことがある。わたしの、母代わりである彼女が、あまりにもわたしの話したことをわかってくれるから。そしたら彼女、笑って「どうだろうな、どうおもう?わたし

          流れ星を握りつぶして

          子どもが生まれてから、書くことを手放した。 やっと時間を作って、コーヒーをすすり、キーボードをたたいた瞬間、子どもが泣いて起きたりすることに、いちいち苛立ってしまうこと自体がもう嫌だった。 苛立ちまぎれに、今まで書いてきたもの、それから過去そのものすべて、大きな段ボールにひとまとめに突っ込んで、「過去」とだけ書き、ざくざくと草を踏み鳴らし、川へどぼんと投げ捨てた。 そして、次々と子が産まれた。 ただ目の前の、やらねばならぬことに追い立てられ、何を考えることもなく、自分の

          流れ星を握りつぶして

          禍福は糾える縄の如し

          彼は、懸命に働いた。 彼が懸命に働いたのは、自分の父親のようにはなりたくなかったからだった。彼の父親は、それなりに働いたが、それ以上に賭け事をした。彼の父親が、賭け事をしなければならなかった理由はわからない。聞こうにも、とうの昔に、借金取りと妻と息子から、逃げてしまった。 彼は懸命に働き、家に帰ってから妻を抱いた。妻は布団に横たわり、赤子に乳を含ませていた。妻である女は、布団に横たわり、乳をのませながら、後ろから突き刺されていた。彼はいらだっていた。女は泣いた。 彼女は、

          禍福は糾える縄の如し

          氷がすべてとけるまで

          トラウマの話をすれば、色々とある。 誰かに耳を傾けてほしくて、あれこれとこの海にも流してきたけれど、ここには到底書けない、なんなら今の主治医にも打ち明けていないこともある。けれど、それはそれが何の救いもない惨さ(むごさ)があるから、話すのもつらいといった類のことである。 たったひとつ、すごく不思議な記憶がある。 それは、常識で考えれば、きっと少しは傷ついたに違いないような出来事なのに、出来事自体を思い出しても、何ひとつ感情の湧き上がってこない、不思議な記憶だ。 実のところ

          氷がすべてとけるまで