水瓶座とアドラー心理学の関係性
今日は、どっぷり占星術のお話しです。
太陽星座※水瓶座の私。
※生まれた時に太陽がどの星座の位置にあったかで決まるのが「太陽星座」です。「●月●日生まれだから▼▼座!」の、アレです。
前にも水瓶座について、こんな考察をしました。
水瓶座の成分は
「少しの『偏愛』」と「大部分の『興味ない』」
これは、自分自身に限らず、他の水瓶座を見ていても、結構合っているのでは、と感じています。
最近、私の友人が、ある大きな決断をしました。
彼女がその決断に至るまでを見ていたので、「ああ、そうなんだ。頑張ってね!」という気持ちではあるのですが。
その決断は若干、じゃないか、かなり、彼女のお子さんにも影響があるものでして。
水瓶座気質かつ日本を離れて2年・・・
若干「普通」の感覚が分からなくなってきているので、日本人の他のお友達に軽い感じで聞いてみたところ
「子どものことを考えたら、もう少しやりかたがあるんじゃないかな」と。
特に占星術を学ぶ仲間からは、「星の動きを踏まえても、その時期はお子さんにとってあんまり良くないかも。それを踏まえて伝えてあげてみるのはどう?」とのアドバイスをもらいました。
確かに私自身も「そうだよな~」と思いつつ、話を聴いてアドバイスをくれた仲間に感謝しつつ、こう、伝えたんです。
「まぁ、彼女の決断なので、私はなにも言うつもりはないんですけどね」
なぜなら私にとって「偏愛」以外の大部分は「興味がない」と言いますか、それはその人の庭なので、わざわざ入って荒らす必要がないと言いますか。
そのことを伝えたら
「水瓶座、こわっ」
と、言われました。もちろん、愛あるイジリですけども。
尊重します!が、時にドライに見える
水瓶座の私からしたら、決して「お前なんかどうなってもいいぜ!」という感じではないんですよ。
心の底から
「あなたが決めたことなら、それを尊重するよ」
「正解なんてないし、自分の人生なんだから、自由にやっていいよね」
という気持ちなんです。(なんか、弁解してるみたいだな)
でも、その気持ちが伝わらないと
「いや、ドライすぎん?」
「冷たいわ~」
「薄情だよね~」
って、言われちゃうのかな、って。
これ、まさに私と母の関係がそうで。
母は「感情」「共感」を大事にする魚座気質の強い人なので、
「あんたは本当に冷たいわね」
「なんでそんなにドライなの?」
「薄情な子」
と言われた記憶が、一度や二度ならずあります。
その度に
「だって、私とお母さんは違う人じゃん」
「だから、好きに生きたらいいじゃん」
って、思っていたんですけども。
「課題の分離」がナチュラルにできる人、それが水瓶座では?
自分と他人は「別の人間」であることを理解する
コミュニケーションでとっても大事なスキルの一つです。
大ベストセラーになった「嫌われる勇気」でも、「他者の課題に踏み込まない(課題の分離)」なんて話が出てきました。
「他者の課題」とは「自分ではなくその人(他者)が結果を引き受けなければならないこと」。
私の友人の話で言えば、決断の結果を引き受けるのは「彼女自身」ということになります。
仮にその決断が、のちにお子さんたちから「あの時ああしてほしかったのに」と言われてしまうものであったとしても。
(お子さん自身も「お母さんの決断に従う」と決めた結果を、自分で引き受けないといけない、という論理ではあるのですけども)
失敗すればいい、なんて思っていない。
あなたが決めたことでしょう?と突き放しているわけでもない。
全部うまくいってほしいし、笑顔でいてほしいと、ちゃんと、思っている。
求められたなら、いくらでも相談に乗る準備はある。
それが
「別にいいんじゃない?」
という言葉に隠された、分かりにくい「水瓶座らしさ」なのかな、なんて思います。
そう考えると、アドラー心理学でいう「課題の分離」や「共同体感覚」ってなんか水瓶座っぽいなと思ったり。「課題の分離」も「冷たい」みたいな、誤解を招きがちですからね。
と、ふとアドラー心理学の提唱者、アルフレッド・アドラー博士の誕生日を調べたら2月7日(太陽星座・水瓶座)で、なんか妙に納得した自分がいるのです。
それでは、また。
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