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悪しき平等主義

仕事なりプライベート活動なりで、いろんな団体とか組織とかチーム作りとか、やってきて、結局いろんな人、もの、事柄の「関係性の良化」に尽きるなあと思って、僕も時と場合によっては「関係性デザイナー」と名乗ったり。なので、自分がふと思ったり気づいたりした「関係性の状態」をメモっておく場所としてnote、久々に書いていこうかなと。

よくある話だと思うんですが、こないだあった話。クライアント企業のある部署Aの人たちに、「スーツをやめて私服でOKな曜日を週1回つくりませんか?」と提案したんが、『Bの部署は営業だから私服を着られない』『工場のC部はつなぎ着る毎日だから彼らから不満が出るかも』などなど。結局スタックしてしまいまして。いきなりすべての人に適応できる新ルールって、つくるのが難しいし、それ故に心配ごもっともなんだけどさ。BにもCにも同じルールを適応しようと思えばできるのにAにしか導入しなかったらそりゃ「ずるい」ってなるけどさ、できないわけで、本当は「じゃあBの人、Cの人にとって同じくらいうれしい、私服OKルールに準ずる別のルールを探して、それをその人たちにも!」っていうのが、建設的だよねえ。それを、「うちらには私服は無理だから、同じくAの人たちも私服やめよう」ってなっちゃう。”悪しき平等主義”だなあと。

「前進すること」よりも「平等である状態」が優先されてしまうことって、そこかしこで起こってると思ってて、結局は怨望が引き金なんだろうなあ。エンボウ。福沢諭吉先生も学問の進めで「怨望の人間に害あるを論ず」と言ってたっけか。まあ僕もついつい、忙しくてサウナにいけないのにツイッターでサウナーの友人たちがサウナ行ってるのみると心の平穏が揺らぐわけだけど笑、彼らのサウナを止めても、なんにも自分にはもたらされないわけじゃないですか。どうしても、自分の毎日が自分のものだと思えていなくて、「誰かから施されているもの」って暗に思っちゃってると、怨望にさいなまれるんだろうなあなんて。”悪しき平等主義”について、メモっておきました。

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