「いいね」にも色々ある。

SNSは基本、良いと思った投稿に対する評価が簡単に出来るようになっている。noteなら「スキ」を、Twitterなら「いいね」を気軽に押せる。そのハードルは極めて低い。

私は読書が好きなので、人が本に関することをTwitterに書いていると嬉しくなる。本を買った、読んだ、読みたい、これから読む、といったツイートに迷わず「いいね」をしたくなる。しかし、ただ「いいね」するだけでは、それが何に対する「いいね」なのかはわからない。

例えば、私は作家の辻村深月さんが好きで、作品の一つである「かがみの孤城」を読んだことがあるので、「辻村深月さんの『かがみの孤城』読了。」といったツイートに「いいね」することは、理にかなっている。

「本を買ってきました!これから読みます!」といったツイートに「いいね」したとする。自分としてはその読書に対する後押しの意味を込めているので、その本を読んだことあるかどうかは大した問題ではない。しかし、ツイートした本人に「この本を読んだことあるから『いいね』したのかな?」と思われるかもしれない。内容について訊かれた場合、「まだ未読なんですけど、読もうとしている事実に『いいね』と思っただけで・・・」と答えた所で、相手の怪訝な顔しか浮かんでこない。

「○○さんの□□読了。△△な作品でした」という簡単な感想付きのツイートに「いいね」をした場合はさらにややこしい。私が読んだことのある作品で、感想に共感している「いいね」、未読の作品だが、面白そうな本だというのが伝わってきた故の「いいね」、今度自分も読んでみようと思った「いいね」、その人が一冊本を読破したことに対する「いいね」など、様々な「いいね」があるのだ。

このように「いいね」しただけでは、自分がどの立場から投稿を評価したのかはわからない。こうして深く考えてみると「いいね」は少々難しい。特定の話題のツイートなら、どんな書き方でも「いいね」する、ポジションやキャラクターが確立した「そういう人」がたまにいる。「そういう人」になれれば一番容易なのだが、上記のような考えが働いて、「そういう人」にはまだなれそうにない。

私はただ、その人が本に触れている事実に「いいね」したいだけなのだ。

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