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愛情たっぷり育ててもらいました。

深夜の独り言。

私のおばあちゃんとお母さんのお話です。

2人ともすごく愛情深き、母。

今の私を育ててくれたかたはたくさんいますが、一番はこの2人。

自分のルーツにはおばあちゃんとお母さんの存在はなくてはならないので、いつか言葉にしておきたい、って思っていました。

私のお母さん。

お母さんは背が小さくてとても小柄。3人の娘を産んでくれました。

私は末っ子。年子の姉と5つ違いの姉がいます。

お母さんは私が産まれたてで2番目のお姉ちゃんが小さくて、一番上のお姉ちゃんが小学校に上がる頃の2~3年が本当に大変だった、と言っていました。1人はベビーカーで1人はヨチヨチ歩きで1人はわんぱくな頃、、想像しただけでも大変。

お父さんは単身赴任で東京で仕事をしていたので、お父さんの実家に嫁に入って、子供と義理の両親と一緒に暮らしていました。毎晩、旦那さんの晩酌ではなく義理のお父さんの晩酌のおかずを作ってたよ、、と。

(想像するだけでほんと大変そう。。。)

小さい頃はよくケーキを焼いてくれました。

誕生日にはいちごのケーキを焼いてくれたり、クリスマスにはみんなでケーキを焼いてデコレーションしたり。チーズケーキやパウンドケーキもよく焼いてくれたなぁ。私がお菓子作りが好きになるのも納得ですよね。

小学校の頃のお母さんはお仕事が忙しくて、あんまり覚えていない。

夜ご飯はおばあちゃんとお姉ちゃんたちと作っていました。

お母さんは本当に心が広い深い。

辛いことがたくさんんあってもいつも子供達のために尽くしてくれるお母さんでした。

すごく厳しかったけれど、今ではそれもありがたかったこと。

私がワーホリに行く時すごくすごく反対して、最終的には泣きながら真帆が心配だからだよ、って言ってくれて、心配にならないようにちゃんと連絡するから、って言って納得してくれたのをすごく覚えている。

ワーホリから無事に帰ってきた後は進路の相談も、山梨に帰ってきた時も、今でも、「まほがやりたいことなんでしょ」といつも背中を押してくれる。

今でも少し家を開けるだけで、ちゃんと食べてる?無理しないでね、運転気をつけてね、とキラキラのスタンプ混じりのメールをくれる、キュートなお母さんです。

3姉妹の中で一番破天荒で、大雑把で、何かと心配かける私だけど、いつでも味方でいてくれる、本当に大好きなお母さんです。


私のおばあちゃん。

おばあちゃんは本当に仏の人。「ありがとう」という言葉をたくさん教えてくれました。

おばあちゃんはどんなことにも「ありがとう」の人でした。

「嫌なことをされても、嫌な気持ちを教えてくれてありがとう、これで真帆は誰かに嫌なことをしないね。」

「辛いことがあっても、辛い思いというものを教えてくれてありがとう、だね。」

と本気で言うおばあちゃんでした。

私がアトピーで本当に苦しかった時、「人の痛みがわかる人は誰にでも優しくできるんだよ。まほは辛い思いを人一倍してるから人の痛みがわかる優しい子になるね、ありがたいね。」と痒がる私をさすさすしながらよく言ってくれました。

本当本当に全てのことに「ありがとう」の気持ちを持っている素敵なおばあちゃんでした。

そんなおばあちゃんの作る煮物やご飯はとても美味しかった。

おばあちゃんは突然の事故で会えなくなってしまったので、そのショックであまり鮮明なことは思い出せないのが本当に情けないのだけど、記憶の中に少しいるおばあちゃんの優しかったことやありがとうを教えてくれたことは、今の私を作っている大きな部分だからそれは絶対に忘れない。

おばあちゃんのような美味しくて優しい、懐かしいご飯が作れるようになりたいなぁ。精進あるのみですね。

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「子供を叱るなきた道だもの、年寄り叱るな行く道だもの」

という言葉もおばあちゃんはよく言っていた。

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書きながら涙が溢れる。。

私はこんなに素敵なおばあちゃんとお母さんの子なのだ、、幸せ者すぎる。

本当に愛情たっぷりに育ててもらったので、わたしから周りにたくさんの幸せを広げていきたいなぁ。

わたしの中にある溢れんばかりの愛情をいろんな所に溢れさせていきたい。


あぁ〜しあわせもの。


おわり。

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