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二〇一六年の短歌

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ドイツ暮らしを日記がわりに短歌にしたためました。
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2017年3月の記事一覧

二〇一六年十二月の短歌

ゆで卵鍋底を打つこつこつとこつこつとした日々少しさみしい

この地では桃はオレンジ色なので桃色を「ももいろ」と、言えない

いちにちじゅう毛布にくるまる私たちくたくたになったポトフみたいね

気付いてる? あなたがわたしを褒めるのは髪を下ろしている日だけだと

湯たんぽは準備してくれなくていいあなたの躰じゅうぶん熱い

顎のヒゲ抜けども抜けども生えてくる女であるのに逆らうみたいに

鰺焼けば真白き

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二〇一六年十一月の短歌

オーブンのスフレ膨らみ窓の外見れば難民背丸めて行く

彼の焼くホットケーキが香りたつ土曜、秋晴れ、薬缶の蒸気

憂鬱と一緒に放てばくるくると楓の翼果地を目指しおり

黄葉の木々のすきまにちらちらと子らのヤッケはより鮮やかで

「下手でしょう、昔はもっと弾けたのよ」と鍵盤なでれば外は初雪

マフラーに顔をうずめて雪のなかあの人待った冬の故郷よ

ふわふわと決して積もらぬ初雪のはかなさ我の卵子にも似て

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二〇一六年十月の短歌

夏過ぎしトスカーナの丘ただゆけばこちらへおいでとイトスギ揺れて

足指を壁蝨に喰われし搔痒は焼却したし思い出に似て

ささやかな沈黙すてきで「秋だね」の言葉のみ込む駅までの道

目覚めてもまだ夢のなかにいるような窓を開ければ霧のミュンヘン

金曜は彼に逢うかもしれない日虫刺されの痕そっと隠して

東京で育てたプライドTシャツの「TOKYO」の文字的存在

夕暮れにテーブル越しにキスをする若いふたり

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二〇一六年九月の短歌

埃舞う小道に落ちた無花果がむんと匂いしトスカーナの夏

さざめきとコルク抜く音響きおり夜に溶けゆく古都ヴェネツィアよ

不機嫌なゴンドラ漕ぎが空仰ぎキャノチェのリボン潮風に舞い

夢だったきれいなジェラートふたすくい小さな私に見せびらかして

きゅうくつなジーンズの裾を折り曲げてティレニアの海泡立てる君

革靴をきゅっと鳴らしてイタリアの粋な男が早足で駆け

炎天下日傘の先に鎌首をもたげる蛇の揺れ

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二〇一六年八月の短歌

野の花の香る小道を自転車でひとこぎごとに遠ざかる東京

しゃくりあげた幼児の涙に嫉妬するまた君みたいに泣けたらいいのに

半夏雨濡れて丸まる青褐の鳩居る窓辺に頬杖つきて

今日君に優しくするのは浮気する夢を見たからコーヒーいかが?

ごうんごうん食器洗浄機の音に閉じこめられる午後三時半

きらきらと揺れる光をよく見れば風に吹かれる蜘蛛の糸なり

隣人の子あやす歌に午睡してまだ見ぬベニスの夢を見てい

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