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【SS】ゾウのハイヒール

あるところにオシャレが好きなゾウがいました。

りんごのイヤリングに、空色のスカーフを羽織り、いつも風を切って凛々しく歩いていました。

あるとき、ゾウは街にこんなポスターがあるのをみつけました。

「あなたのステキな姿がみたい」

そのポスターには、真っ赤なハイヒールを履いた人間の女性が描かれています。

どうやら自分の好きなコーディネートをして、舞台に立てるイベントのようです。

「まあ素敵!私もこんな靴が履いてみたいわ!」

そう思うと、ゾウは街中の靴屋さんを回って自分に合うハイヒールがないか探しました。

ところが、どこを回ってもゾウの靴にあったハイヒールを売っているお店はありません。

「そんな硬い足じゃハイヒールは履けないよ」

靴屋さんは口々にそう言います。

ゾウはしょんぼりしながら、家に帰って行きました。

次の日、お茶友達のカバとウシに靴のことを相談してみました。

すると二人とも揃って大笑い。

「私たちみたいなこんな足じゃ、ハイヒールなんて無理よ」

「もしできたとしても、きっと不恰好になるだけよ」

またもやしょんぼりしながら家に帰るゾウ。

「どうにかして、自分で靴を作れないかしら」

そう思ったゾウは、大きな家の中をゴソゴソと探し始めました。

お母さんからもらった青いガラスの花瓶、誕生日プレゼントでもらった皮の鞄。

自分の足に合いそうなものはなんでも身につけてみました。

ですが、やはりみんなが言うように、ハイヒールと呼べるものに近いものは見つかりません。

ため息をついたゾウがゆっくりと腰を下ろそうとしたその瞬間。

スポッっという音と共に前足に何かがハマります。

なんと目の前にあった壺が足にすっぽりと入ってしまったのです。

さあ大変。

ゾウはどうにか引っこ抜こうと必死です。

うんしょ、こいしょ。

とうとう「助けてー」と叫びました。

鏡に映った自分の姿があまりにも情けなくて、ゾウは涙がポロポロと溢れてきました。

靴は諦めようと思ったその時でした。

「なんで泣いてるんだい、お嬢さん」

声の主を探しましたが、見つかりません。

「ここだよ、ここ」

足元を見ると、そこにはケラケラと笑っている小さなネズミがいました。

「私、今悲しいの」

ゾウはムキになって言いました。

「足に面白いものはめてどうしたんだい。話くらい聞くぜ」

ゾウはこれまでの話をねずみにしました。

ネズミは笑うでも同情するでもなく、ゆっくり耳を傾けます。

「そうかい、それは辛かっただろう」

ゾウはその言葉にまたポロリと涙をこぼします。

「私はただ、自分が素敵だと思ったものを履きたいだけよ」

ネズミはうんうんと頷きます。

「でもな、確かに人間とゾウじゃあ足の形が違うんだ。それはわかるかい?」

ネズミに先程の軽さはなく、静かにゾウに伝えます。

「同じを求めちゃ、辛くなるのは自分さ。自分の足にあった靴を履く。これが一番なのさ」

うすうすゾウもそれには気づいていました。全く同じものは自分には履けないのだと。

「だが、悲しむことはない! なんと幸運なんだお嬢さん!」

先程の冷静さから打って変わって、ネズミが高らかに言います。

「どういうこと?」

「なんたって、僕は靴職人だからね。しかも大きな靴が専門さ。これって運命だと思わないかい?」

「そんな体で大きな靴が作れるの?」

「おや、お嬢さんそれを言ってしまうと、ゾウがハイヒールを履けないとバカにした奴らと一緒だぜ」

ゾウは自分の迂闊さに呆れました。

自分も周りと変わらないじゃない、と。

「いいわ、あなたなら素敵な靴を作ってくれそう」

「もちろんだとも」

こうして、ネズミの靴づくりが始まりました。

それはそれは楽しい時間でした。

ゾウはネズミに伝えたいことを全て伝えました。

ネズミはゾウが話すことを否定しません。ですが、無理なものは無理だとちゃんと伝えてくれました。

ゾウが悲しかったのは、否定をされることではなく、周りが自分の話を聞いてくれなかったからだということに気づきました。

それが、ゾウにはとても安心できたのです。

こうして、一つの靴が出来上がりました。

形は浅い金魚鉢みたい。
ターコイズブルーに小さなパールが花模様になって付いている。
申し訳程度に作られた踵には、小さくて白い羽が描かれています。

「見た目は、少し変ね」

「それはゾウの靴ってものを見慣れてないからさ」

たしかに、ゾウの靴なんてテレビでもみたことない。変に見えるのは当たり前なのだ。

靴を眺めてゾウは呟きます。

「私、オシャレが好きだったの。おしゃれをしてると自分が強くなれた気がしたから。でも、自分にできないことがあるってわかった時、とても悲しかった。自分にないものを求めすぎてたのね」

「求めることは決して悪くない。だって求めたからこの靴ができたんだろう。この靴はこの世でたった一つだけの、君が新しく作った靴だよ」

ゾウはまた、少しだけ泣きました。

そうして、イベントの当日、ゾウの足は震えています。

白鳥は特製のティアラを頭に被り、鹿は沢山の花で彩られたマントを羽織っています。

みんなとても素敵でした。

「どうしましょう。またバカにされないかしら」

「多分、バカにする奴はいるさ」

ネズミはしれっと言いました。

ゾウはその姿に呆れて、力が抜けます。

「言ったろ、誰しも見たことないものってのは最初は変に感じるんだよ。だから、誰かは絶対に笑うし、否定をしてくるさ。でも、君にはそれを跳ね除ける強さがある」

だから行っておいで、そうネズミに言われた気がした。

ゾウの番を告げる、ラッパの音がなり、幕が上がります。

ネズミの横で、幕を開けていたネコがふと呟きます。

「あのヘンテコな靴はなんだい」

ネズミはニヤリとして言いました。

「あれは『ゾウのハイヒール』っていうんだよ」

おしまい

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