上城広海

物語りは書き出さないと始まらないね。 だからそこからスタート。 読みたいことを書いてい…

上城広海

物語りは書き出さないと始まらないね。 だからそこからスタート。 読みたいことを書いていく。

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上京花日

飯田橋駅のホームは大きく曲がっている。 昭和のころ軌条のバンクは今よりもきつくて、停車中の電車は傾いてしまい乗り降りにも気を遣うほどだった。 東口を出て外堀通りを渡る。神田川に蓋をする首都高速を見上げながら目白通りを進むと、池袋線の高架は左へと大きくカーブしていく。 その名も大曲(おおまがり)から、白鳥橋(しらとりばし)で神田川を渡り、最初の交差点安藤坂を左へ折れると、緩いのぼり坂になる。 そのまま3分ほど歩いた先に、取引先のデザイン事務所はあった。片道20分は、けっこう

    • 洋子  昭和病棟. #4

       面会時間ぎりぎりは何かと忙しいものだけれど、週末に限っては日勤の看護婦さんたちの機嫌も良かった。その日は別に面会人がいたようで、東尾さんの奥さんは開けたドアを押さえたまま、次の訪問者を迎え入れてくれた。  ヨーコちゃんだった。六つのベッドを奥から順に眺めて、けっきょく一番近いベッドに笑っている僕を見つけたときの彼女の表情は、困惑と安堵が入り混じった本当に泣き笑いの顔になっていて可笑しかった。  介護のために九州から上京していた僕の母親に歩み寄ると、会釈をしてフルネームで自

      • ある年末のコミュニティバス。

        今朝のバス停の先客は、中1ぐらいの少年と彼の母親とおぼしき二人だけ。 お母さんからおはようございますと声をかけられた。 挨拶に応じて足元をみるとサンダル履き。 見送りなんだなと理解する。 車の往来も多くはないので、肌着類の数を確認し合う親子の会話も耳に届く。 バスが到着すると荷物の大きい少年は、身軽なわたしに乗車順を譲ってくれた。 母親は息子の様子をうかがっているのに、彼は目配せさえ返さない。 バスは動き出した。 ほぼ満席のコミニュテイバス。 次の停留所からひとり乗車して

        • 話しはんぶん  昭和病棟. #3

          僕が知る限り、西さんへの面会人は書類の作成のために訪れた勤め先の担当者が一人だけ。 小声で話したところで、山田のおばさんは背中合わせなわけで、もうそれは西さん本人と一緒に説明を聞いているようなものだなと思った。 工作機械に左足を持っていかれ、膝下を複雑骨折した西さんに見舞いの訪問者はなかった。 細おもてで彫は深く、髪はウエィビー。 大柄のシャツが似合いそうな五十代前半。 西さんはそんなキャラクターだった。茶褐色の髪は生来の質なのか、日焼けのせいだったのか聞いてはいない。

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          東レタ

          電車が到着して乗降口が開く。 車両の暖房と人いきれが入り交ざった独特の温もりは、暖を取りたい凍えた冷気の我さきに押し出されていった。 先週、久しぶりに夜の中央線に乗車した。 車窓の夜の街並みが懐かしい時代へと誘ってくれた。 上京したての十代のころ、仕事をしながら代々木にあるデザイン系のスクールへ通った。 勤め先は、夜学の大学生や専門学校に通う先輩社員が多い職場だった。 学費の半分は会社もち。授業のために就業時間まで勘案されていたのは、苦学の末に起業した創業者のマインドがな

          渓谷写真の紙袋  昭和病棟.#2

          「ホリグチさんとおっしゃる方がみえています」 総務課の中田さんから内線電話をもらっても、すぐにホリグチさんをイメージできなかった。 カウントダウンされるオレンジ色の数字をエレベータの中でひとり眺めていて思い出した。 右手の複雑骨折で同じ病室にいた、あの堀口さんだろう。 歳は四十代半ば。 左目にも怪我の後があってよくしゃべる人。 今まで自分が出会ったことのないタイプ。 一言でいうなら、狡猾な雰囲気のオトコ。 「おぅ!」と上げた堀口さんの右手には真新しい包帯が巻かれていた。

          渓谷写真の紙袋  昭和病棟.#2

          自慢の奥さん  昭和病棟.#1

          東尾さんのベッドは、6人相部屋の入り口を挟んだ僕の向かいだった。 仕事帰りに見舞いにくる奥さんは、面会時間が尽きるまで東尾さんに寄り添っていた。 彼女がドアノブへ右手を伸ばし帰ろうとしても、東尾さんは左手を離さなかった。だからいつも奥さんは、コルコバードの丘のキリスト像のようになってしまうのだった。 最後には細った手だけがベッドからぬっと出たまま残ってしまっていて、その手が弱々しく下ろされるのを見るのはちょっと辛かった。 「東尾さんの奥さんって美人だよねぇ」 「やっぱり

          自慢の奥さん  昭和病棟.#1