🅼 四つ巴 刹那の牌に 滲む汗 交わる視線 極まる勝負 【Mリーグ 2024.11.14】
残業を終えて自宅に戻り、冷蔵庫から冷えた缶コーヒーを取り出す。
プルタブを引いた瞬間に、何かがふっとほどけるような気がした。
深いほろ苦さが口の中に広がるのを感じながら、スマホでMリーグのアーカイブを再生する。
今日も見逃した試合を、ようやくこの静かな時間に楽しむことができる。
画面から聞こえてくるのは萩原聖人の解説。
仕事のせいでライブでは見られなかったが、彼の低く響く声が耳に入ると、まるでアニメの「アカギ」が目の前で語りかけているようだ。
年に一度だけの特別な解説だと思うと、贅沢な時間を味わっている気がする。
試合は終盤、南4局。選手たちは誰もがギリギリの位置にいて、勝利が目の前にあるかもしれないし、足元をすくわれるかもしれない。
全員が「トップ」を目指している。まず松ヶ瀬が勝負に出る。
リーチをかけて、3・6索待ちの手を作る。
リーチ棒が場に置かれた瞬間、空気が一段と張り詰めるのが感じられる。
まるで一本の太い糸をピンと張るような、緊迫した空気だ。
画面越しに見守る萩原も、言葉少なにその手を見つめ、じっと選手の意図を読み取ろうとしているようだ。
そこへ滝沢が發待ちの七対子でテンパイを取る。
發が来れば勝利が確定する状況だが、彼の冷静で迷いのない表情が、場の重みをさらに引き立てている。
さらにそこに割って入るように菅原が勝負に挑む。
五万と北待ちの混一色——北をツモれば跳満の逆転手という大勝負だ。
彼女の表情には、勝負をひっくり返そうという強い意志からか苦悶の表情が見て取れる。
「ここで決めたい」という一瞬に賭けていることが伝わってくる。自分まで拳を握りしめるような気持ちになる。
そして、最後に親の園田が場に加わる。
カン3索待ちのタンヤオでテンパイを取ると、四人全員が、ほんのわずかな差で勝利に手が届く状況に。
まさに全員が勝利の一歩手前にいる「全員集合」の状況だ。
実況の日吉が「全員トップのめくり合い！」と声を震わせ、画面の中の熱気がさらに高まる。
その瞬間、私の部屋の静けさが一層際立つ。
缶コーヒーを握りしめる手に汗が滲むのを感じながら、じっと画面を見つめる。
この戦いの行方はどこへ向かうのか。解説席の萩原は、静かに牌を見守る。
余計な言葉はなく、その姿だけで勝負の重みが語られているようだ。
ついに、菅原が放銃。
滝沢が辛くもトップで逃げ切りを決めた瞬間、画面の中の騒がしさがふっと収まり、静寂が訪れる。
全員の力がぶつかり合ったあとの余韻が、私の部屋にも残る。
スマホの画面を閉じると、部屋の冷たい空気が急に現実感を取り戻す。
缶コーヒーの最後の一口を飲み干しながら、重たくなったまぶたがゆっくりと下がるのを感じる。
スマホを手にしたまま、頭がソファの背もたれに深く沈み込む。
画面の明かりがぼんやりと天井を照らしているのが視界の端に映るが、もう意識はその光から遠ざかっていく。
耳に残るのは萩原聖人の低い声と、牌が場に置かれる乾いた音の余韻。
勝負の緊張感が溶けていく静寂の中で、次第に体がその空気に溶け込むように重くなっていく。
ふと、明日の仕事のタスクが頭をよぎる。
あれもやらないといけない、これも忘れられない——そんな断片的な思考が一瞬押し寄せてきたが、今のこの疲労感の中ではどうしようもない。
「まあ、明日のことは明日考えようか……」と、自分に言い聞かせるような思いが浮かんでは消える。
やがて思考そのものがふっと途切れる。静かな部屋に、ゆっくりとした寝息が漂い始めるころ、缶コーヒーの空き缶が転がる音が、かすかに床を叩いた。
四つ巴
刹那の牌に
滲む汗
交わる視線
極まる勝負
いいなと思ったら応援しよう！
