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時評2022年11月号

二つの事変の歌


 二つの事変の歌時事詠・事変の歌を拾おうと思う。7月9日の奈良で起こった元首相の銃撃と五・一五事件。単純に元首相と現役首相の殺害である。

  逃げもせず声上げもせず銃撃の現場スマホに撮りいる人々
      (観音寺市)篠原俊則

  マイク持つ安倍元総理に写りこむ犯罪者となる前のその顔
      (一宮市)園部洋子

 一首目、朝日歌壇八月七日高野公彦選。二首目、八月十四日より高野公彦・永田和宏選「偶然写り込んでいた銃撃者の顔をクローズアップし、公衆の面前で平然と行われた犯罪の恐ろしさを歌う。」と高野は評する。ほぼ事件後すぐの作と思われる。ニュース、SNSの情報に接した画面の歌だが、独自の視点の歌。他雑誌にも歌はあったのだが、事実を書き留める見出しの形が多かった。

 まひる野九月号より奈良の久我久美子さんの歌。

  降りなづむ曇りの空をぱらぱらとヘリコプターが乾く音たつ

  大小の黒きキャメラの並ぶ見え拡大されてゆく規制域

  こんな事が起きるんだねと言ふ声す立ち去り難き群衆の中

  あの横をいつも通りき斃れしはガードレールの白い一角

 地元のぴりぴりした空気がわかる一連。聴覚、視点の移動などの身体感覚により、テレビからはわからない情報が豊かだ。

 五・一五事件は『昭和万葉集』より。

 五・一五事件 収入の少くなりし昨日けふ犬養景気を恐れ思ほゆ
     (吉田静子 「母欄」(昭和7年2月))

 号外に痩せ身の写真きは立ちて殺められたる首相ひそけし
     (斎藤茂吉『石泉』)

 総理大臣殺されしより新聞に農村疲弊の記事は目にたつ
     (須藤泰一郎『言霊』)

 五・五一事件の政治的な動機に触れる歌も多かった。ここに引用したのはニュース・画像(号外)に接した歌の作り方と意識を見たい歌だ。茂吉の歌は号外のモチーフと事件内容がわかる情報の取捨選択が実に適切としか言いようがない。

 今回も次第にニュースの重点が、襲撃原因に移り、国葬、某団体と政治家の関わりが主となっている。もう誰が誰を殺害すらもどうでもよさげなのである。朝日歌壇掲載歌も八月後半以降は国葬の歌が大半となる。

  税金で国葬にすることの是非問われるうちはまだ安全か
     (札幌市)住吉和歌子

 時事詠はメディアからの情報が元になる場合が多い。時間の経過による風潮や空気感の比較も興味深いと思っている。新聞・雑誌には編集があるが、一定の情報として読みたい。『昭和万葉集』は地元の図書館で閲覧可能な資料で事件や年代で引用できて大変助かる。編纂と出版の労力が思われる。

 そのような“万葉集”のない現在、例えばウクライナの歌は数が膨大で「ひまわり」「乳母車」「小麦」などアイコン的な語もあり、作成年月から予測が可能だろう。しかし今回引用の歌は、題名か注意書きがないと何の場面か不明になりそうだ。 

 時事詠とはと考えるのは難しすぎるが、個別の事件の歌の収集はありかもしれないと最近思い始めている。

(佐藤華保理)