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新進特集 「わたしの郷土・わたしの街」 作品&エッセイ⑧

狩峰隆希

一九九八年宮崎県生まれ。宮崎市在住。「Tri」「波長」同人。

ミカエル

盛りあがる肉球型の白雲が月をひと撫でして消えゆけり
花びらを埋め尽くす葉に少しずつさくらの自我の失われゆく
ざくざくと切り落としたり焼肉屋亭主は路にはみ出る枝を
ほの暗き青春の日々には触れず「青空エール」に飲むなりビール
大淀川河畔を駆ける自転車の群れに十八歳のわれは居ず
「更新されたプロフィール」の表示ありその人の何かが更新されて
蚊の腹にゆれつつ飛べるわれの血のいま川境越えたあたりか
大天使ミカエルの翼を思うかな壁に描かれ二枚のつばさ
ミカエルのごとき翼の画(え)の前につばさをもたぬ人ばかり立つ
晩春の花ケ島町屋形町 振り向けば雨に膨らむつぼみ


でかいかき氷

 大学時代を過ごした東京・調布の学生寮は、大学から電車で二十分のところにあった。寮のすぐ近くに、野川が流れている。

  野川といふやさしき名ある川に沿ひ歩けば犬と人に会ひたり 内藤明『薄明の窓』

 野川、が川の名前である。この歌を知ったのも大学の頃だった。「やさしき名」といいたくなるような感慨が、よくわかる。川には折々、鳥がとまっていたが、あれは何という鳥だったのだろう。地方といっても、比較的街中で育った自分には物珍しい光景だった。
 やがて社会人になり、下北沢で一人暮らしを始めた。そこでの生活が一年半。心身参って、宮崎に帰ってきたのが二年前である。私が離れている間に、街並みは一回りも二回りもさびれ、イオンは、一回りも二回りも大きくなっていた。地元の後輩いわく帰宮したばかりの私は、東京にはすぐ戻る、と話していたようだが、まったく記憶にない。

ふるさとの話を、うどん屋のでかいかき氷の話を いつかする 石井大成『キラーチューン』
 
 石井は私と同じ一九九八年生まれの同郷。福岡を経て、いまは大阪にいる。この歌は百姓うどんのかき氷を詠んだものだろう。牧水・短歌甲子園の強豪校で、石井もその出身である宮崎西高校の近くに店がある。高さ七〇センチ、重さ二キロにもなる巨大かき氷が名物だ。大口玲子の歌にも「暴力のなほうつくしき世であるか七色のかき氷そびえたつ」(「短歌研究」二〇二二年九月号)と詠まれている。実物をみれば「そびえたつ」が決して誇張でないことがわかるはずだ。ちなみに、私はこのかき氷を食べたことがない。ある夏帰省した時、免許を取り立ての友だちが車で連れて行ってくれることになったのだが、行きしなに事故を起こしてそれどころではなくなってしまった。
 昨年秋、宮崎大学で「若山牧水没後九十五年特別企画『若き牧水から現代へのメッセージ』」が行われた。登壇者は伊藤一彦、同大教授の中村佳文の二人と、私である。取り上げたのは『海の聲』から『路上』までの牧水初期四歌集。伊藤が牧水に関心をもったきっかけについて、宮崎を離れた牧水がなぜふるさとを歌い続けたのか気になった、と話していたのが深く印象に残っている。そこに、宮崎に長く暮らし続ける伊藤と牧水の対照性を思ったのだった。

  おもひやるかのうす青き峡のおくにわれのうまれし朝のさびしさ 若山牧水『路上』

 牧水が愛感もって歌ったふるさとの歌の中でも、有名なのがこの歌。「われのうまれし朝のさびしさ」には、人間が生を得ることの原初的なさびしさを思わせる。「うす青き峡のおくに」という、まるで自然界に産み落とされたかのような把握が牧水らしい。
 牧水の歌を面と向かって読むのは、実はこれが初めてだった。同時に、私のふるさとに対する向き合い方を考える機会ともなった。
 一応、宮崎は私のふるさとということにはなるが、このふるさとという言葉がどうも馴染まない。地元という言い方を普段はしている。では、ふるさとと地元の違いとは何だろうか。その土地を離れる離れないに関わらずふるさとと呼ぶことはあるから、物理的な距離は関係なさそうだ。心理的な違いがやはり大きい。ふるさとは歌語としてあるが、地元はない。この違いも興味深く思う。
 このところ、自分が「宮崎在住」、つまり地方在住としてフォーカスされるのを何となく実感しているが、これは予想外のことだった。一度宮崎を離れ、流れるまま戻ってきた自分が、宮崎の何かを語り、何かを背負う。そのことに今は強い躊躇いを感じる。私がふるさとという言葉を忌避するのは、こういった所以が少なからずある。
 今思えば、東京での日々は一瞬だった。過ぎ去った時間はあっという間に急流の中にまぎれてしまう。今現在宮崎で過ごす時間も、その先の時間も、いつかの自分から顧みればごく瞬間的なものとなっていく。先の石井の歌は、ふるさとの語を詠み込んでいるのがこの作者にしてはやや意外な気がしたが、その話を「いつかする」というあえかな感覚は、今の自分と重なるものがある。

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