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時評2021年6月号

『3653日』を読んで

 東日本大震災が起こって十年がたつ。『3653日』は塔短歌会の東北に関わるメンバーが、震災が起こった年から毎年発行された冊子をまとめた歌集だ。
 最初の1冊は『99日目』震災が起こった99日目に持ち寄られた歌をまとめた。以後、一年ごとに『366日目』『733日目』と10冊が発行された。
 日数(数字)が、当時テレビをつけるたびに増えていく死者数を思い出させる。同時に一日一日ひとが生きていくことの重さ。数字の1の見えない裏にあるものを見つけるようなタイトルと思う。

   一葉の写真を洗ふ微笑みの溶けたる従叔父を洗ひ続くる
  それでも朝は来ることをやめぬ 泥の乾るひとつひとつの入り江の奥に
      (『99日目』梶原さい子)
  大地震に崩れし外壁修理する我により来て神を説く人
      (『99日目』小林真代)
  松林失せて三キロ先の海の放つ光がすぐそこに見ゆ
      (『99日目』武山千鶴)
  小さき字で子犬の食あたりのこと避難所日誌の末尾に記す
      (『366日』吉田健一)
  被災者のいたき悩みをきく場にて傾聴だけで済まないと知る
      (『366日』鈴木修治)  
  横浜に行くのは嫌だと言う母の座り続けて削げし尻肉
      (『733日』数又みはる)
  水底に鎮もる澱をかき乱すように賠償金をもらいぬ
      (『733日』三浦こうこ)
  骨になりこの地に残るといふことのしづけさにけふの日が差してゐる
      (『1099日』小林真代)
  「津波にも遭ってないし住む場所も家族もなくしていないんでしょう?」
      (『1099日』田宮智美)
  三つになりし娘に説明せんとして物語めいてしまう津波が
      (『1466日』花山周子)
  魚貝類諸群靈をも弔いて絶ゆることなき盆の海供養
      (『1833日』逢坂みずき)
  忘れればまた見殺しにするようで今年も遺体の歌ばかり詠む
      (『2199日目』佐藤涼子)
  じっと待つ語りだすまでそつと待つ 寄り添ふ数年春は巡りて
      (『2199日目』尾崎大誓)
  輪唱のごと繰りかへすつよき揺れかがみてたへし地の鎮むまで
      (『2566日目』千葉なおみ)
  安全な場所に住んだらいいという安全なまま死ぬために住む
      (『2933日目』井上雅史)

 各年から引用。あれもこれもと多くなってしまった。個人の眼を通した歌と思う。「はじめに」で梶原氏は私たち自身の時間、状況立場で歌うことを大事にしてきたと言われる。短歌を詠む根源ではないか。同時に〈個人〉が感じたことをタイムカプセルのように閉じ込める記録としても重要だと思う。
 また私性、地域性、社会詠・震災詠とは何かと考えさせられる貴重な歌集だ。
 まひる野誌上でも震災に関する歌があり、当時の状況や歳月の流れを思う縁となる。
  小半刻立ち寄るだけのわが家よ旅人のごとく表札を見る
     (2017年2月鈴木美佐子)  

(佐藤華保理)