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一瞬だけ恋人だった彼は最高の友達だった

終電にほど近い電車は疲れきって寝た人と、上機嫌に話す人とで構成されている。

今日は部活で夜まで学校にいて、部活仲間とご飯を食べて、今が帰りだ。

自分の手元を気にしない書道部員こと私は、いつもお店の使い捨てお手ふきを黒く染めることになる。

帰りの電車。

どこからか微かに金木犀の香りがした。
まだ東京には金木犀は咲いていない。

香水か。はたまた上機嫌な私の勘違いか。

最近おやすみって言ってない。

1人暮らしだから家では当然1人な訳で、今までだって言ってなかったはずだ。むしろなんで今まで言ってたんだ。

彼と電話してたからだ。

今思えば彼は私の親友だった。

彼と連絡を絶ってから、もう1ヶ月になる。

女の子は恋人と別れたら直後に落ち込んで、すぐ元気になるって言うけど、あれは嘘だなと思う。
最近になってから、彼が居ないことをまざまざと感じさせられて、その度に少しだけ呼吸が浅くなる。

彼にお別れの電話をかけて、3時間ほど自己嫌悪に陥ってからすぐ「まぁこれも人生よね」なんて呆気なく立ち直ったはずなのに。

彼は私によく電話をかけてきた。
もう、彼からの電話はこない。

物凄くショックなことがあった時、よく彼に電話をかけた。
もう、彼に電話はかけない。

彼は中々器用な人で、というか私より気遣いに長けた人で。
私が怒りを全面に出して話しまくっても「今日はめちゃくちゃ話すじゃん」とか言いながら聞いてくれて、私が文句の言葉を全て使い切ったときに、どうでもいい話を聞かせてくれた。
よく、「電話をかけた理由を忘れる」なんて表現があるけど、ほんとにそんな感じ。

彼の飄々とした感じに、私には無いものに、多分どうしようもなく惹かれたんだと思う。

高校時代好きだった国語の先生が、授業中しみじみと言ったことがあった。
「あぁ。『惹かれる』って言う字は『若い』に『心』で成ってるんだね。」と。

私と彼が電話したあの時間は、お互いの「若い心」が成したものだったのか。

だとしたら中々素敵なものですね、先生。

私が彼から遠くなって、私の大切な何かがちょっとだけ削り取られてしまったけど、だけど全然後悔はしていない。

また金木犀が香る。
もしかしたら、もうどこかで咲いているのかもしれない。

明日、また朝が来たらそれは私の目の前に現れて、綺麗なオレンジ色を見せてくれる。きっと。

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