見出し画像

ヘッドハンター

「もしも、俺の生きる喜びが、公園で遊ぶ子どもたちを優しく見守ることだったとしたらな」
 そのフリークスは、ビルとビルの隙間で大の字になり、真っ黒な空を見上げて言った。雨がパラパラと落ちてくる。
 フリークスってのは、こいつみたいに、偏執へんしゅう的な思考、指向、嗜好をもつヘンタイのことだ。
「だったとしたら?」
「俺は一日中、公園のベンチに座り、子どもたちが公園の外に飛び出したり、ケガしたりしないように見守るんだ」
「それで?」
「それだけだ。なぜならそれが俺の生きる喜びなんだから。そういうフリークスだったとしたら、それでもお前は俺を狩るのか」
「あん?」言っていることの意味がわからない。「んなワケねーだろ」
 生ゴミかなにかが入ったポリバケツをネズミが行ったり来たりしている。まるまると太ったネズミだった。そんなビルの隙間、吹き溜まりのような場所で、こいつは俺に殺される。名前は忘れたからカボチャ野郎と呼ぶ。
「それじゃあ」カボチャ野郎は言った。「それじゃあ、もし俺が、公園で子どもたちを見守りながら、サオをおっ立ててソレを慰めていてもか。そうやって俺が生きる喜びを感じていても、お前は俺を放っておくのか」
 俺はカボチャ野郎の顔にツバを吐いた。カボチャ野郎は、それをペロリと舐めた。
「生きる喜びってのがなぁ、股間と直結しているところが、なんとも手前てめえららしいけどよ。実害がないのなら勝手にやってろよって感じだな。おかみが許すかどうかはわからんが」
「だったら、どうして俺を殺す」カボチャ野郎は俺を見た。
「DOAのフリークスだからだ」
 DOAってのは、Dead or Alive、『生死を問わず』。
「そうではなく、公園でただ子どもたちを見守って悦に入るヤツと俺で、どんな違いがある」
 ああ、これだから。んなじクソでも行動力のあるクソってのはよぉ。
「テメェは、子どもをさらっていたぶって、慰みものにすることを生きる喜びにしている糞オブ糞の外道じゃねえか。ウンコに手足が生えたから便所の方から来てやったんだよ」
 そんなこともわからないから、DOAなんだテメェはよ。
 カボチャ野郎は手を動かそうとしたが、動かせないようだ。俺が腱や筋肉をついばんだから。
「なあ、ウッドペッカー、タバコをくれよ」
 ウッドペッカー。キツツキ。俺のことだ。
「あん。やだよ。テメェが吐いた空気が上に昇ってくるだろう。それを吸わなきゃならねーこっちの身にもなれよ」
「それは、煙になって目に見えるってだけだろう。今でも俺が吐いた息を、お前は吸っているんだ」
「あのなぁ、嫌なこと言うなよ。そりゃそうだけどよ。目に見えると目障りなんだよ」
「最後の一本くらいいいだろ」
 ホントに不愉快なんだよな。マジで手前のことしか考えてないってところが特に。死の際の言葉をテメェは一度でもきいたことがあるのかよ。
「もし、タバコをやったらよぉ、テメェらの頭のことを言うか?」
「頭?」
「ヘッドだよ」
「本当にタバコをくれるか?」
「俺は嘘はつかない」
 カボチャ野郎は笑った。「嘘をつかないヤツなんているわけないだろ」
「たしかに」
 俺は嘘をつかないで生きてきたが、一度だけ嘘をついた。一度でも嘘をつけば、何度でも嘘をついたのと一緒だ。数なんて関係ない。
「しかし、知ってたら教えてやりたいが、俺はヘッドなんて知らない」
「そうかよ」たしかに嘘をつかないヤツなんていない。「じゃあ、タバコはあの世で吸うんだな」
「なんだ、ウッドペッカー。お前、死後の世界なんて信じてるのか?」カボチャ野郎は、ハロウィンのあのナントカランタンみたいに心底あざける顔をした。
「あん? 信じるもなにも。テメェ、腰抜かすぜ」
 俺は、カボチャ野郎をまたいで立った。
「お前、俺みたいなフリークスを殺すのを楽しんでるだろ。四肢の動きを封じなくても、仕留められただろうに」
「テメェらと一緒にするなよ」
「どこが違うんだ。お前は俺たちを殺すことに生きる喜びを感じてるんだろう。勃起してるんだろ。俺にはわかる」
「下品なこと言うなよな。ウンコとかならいいけどよ。そういう下ネタ引くぜ」
「そうやって俺たちを狩り続けて、最終的にお前はどうなる」
「蚊が絶滅してトンボが減った、みたいなことを言っているのか? 大丈夫。テメェらは湧き続ける」
 俺は首を前に伸ばして喉を鳴らした。舌をだらりと垂らすと唾液が滴る。
「どう見たってお前の方がフリークスだ。運よく、お前の指向がマジョリティに都合がよかったってだけだ。よかったな、そっち側で」
 ああ、言われてみればそうかもしれないな。俺がもしテメェだったらどうしてたかな。そんな考えも、ご馳走を前に多幸感で塗りつぶされていく。
「ふぉんじゃあ、ふぃただいてくぜぇっ、ふぉのカブォヂャ頭」
 ベロリとカボチャ野郎の首筋を舐めると、パンプキンヘッドはその体から切断された。勢いよく血が噴き出る。さながらダムの放流だ。
 俺はカボチャ頭を水溜りで軽く洗ってボールバッグに入れた。体の方はネズミのエサになるだろう。
 俺は、いつくか小道を経由して大通りに出た。途中、自販機でコーラを買った。口の中が不快だったから、そのコーラでうがいをした。
 あと、いくつの頭を狩らないといけないんだっけか。それらを集めてケルベロスだかヒドラだかを作らないといけない。
 大粒の雨が降る。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?