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マシーナリーとも子ALPHA 恐怖の極点篇

「まず、この地球上の動物の8割は我々の配下なのです」
「いや、話が突飛すぎて意味がわからないんですけど……」
 眼前で雄弁に語るペンギン……もとい旧支配者のリーダー、クルールゥの姿に田辺ととも子はただただ困惑していた。澤村はかったるくなったのか寝転がってしまった。石丸は柱の陰に隠れるように、なおタバコをふかしていた。
「そうですね……実際にお見せした方が伝わるかもしれませんね。オーイ!」
 クルールゥが後方に向かって叫ぶと……現れたのは巨大なシロクマだ!
「シロクマだー!!!」
 それまで話をろくに聞いていなかったジャストディフェンス澤村が突撃する! だが激突のその瞬間、シロクマは溶けるように姿を消した!
「グエーッ!」
 ぶつかる対象を失ってつんのめった澤村は、そのまま顔面から床に激突した。とも子はため息をつきながら澤村を引っ張り起こす。
「大丈夫か?」
「ウゲゲ……なんでだよお……。おい、またシロクマが消えたぞ! 今度は見間違いじゃねえ」
「そう、消えてはいません」
 クルールゥはフリッパーで澤村の顔を拭くと、先程までシロクマがいた空間に向かってをフリッパーを上下に……「上げろ」というようなジェスチャーをする。その瞬間……奇怪! 床のレンガのつなぎ目から、粘液状に崩れたシロクマの顔、鼻先、腕、胴体などが次々とひり出されてくるではないか!
「オエーッ!」
 あまりにおぞましいその姿に田辺が嘔吐!
「な、な、なんだこりゃあ〜⁉︎ たか子、お前付き合う生き物選べよなぁ〜〜!」
「見た目で判断するな! ネットリテラシーが低い!」
 粘液状のシロクマは、徐々に灰色のアメーバのように姿を変え、クルールゥたちペンギンの足元にモゾモゾと集まった。
「これは"ショゴス"と言います。我々の配下、労働力です。この都市も我々の指示で彼らが作りました」
 ショゴスと呼ばれたアメーバ状のそれは、まるで頭を下げるように先端を折り曲げさせた。澤村はつられてぺこりと会釈する。
 ショゴスは再びうねうねと集まり始めると……一瞬で虎の赤ん坊に姿を変えた!
「うおーっ!カッコいいぞ!」
 澤村が目を輝かせる。
「このように、ショゴスは自在に姿を変えることができるのです」
「はあ。それはわかりましたけど……」
 田辺は困惑した。だから何?
「そして、この地球上の動物はほぼ、実はショゴスなのよ」
「え……マジで?」
 青ざめるとも子。
「猫は!?」
「猫は違います。地球の原生生物です」
「そうか、良かった……」
 澤村は胸を撫で下ろした。
「でもトラはショゴスです」
「ウワーッ!」
 ショックで澤村がひっくり返る。そして田辺はまだ釈然としないまま腕を組んでいた。
「いや、いや、わかりましたよ。わかりゃしねーけどわかりました。この地球の動物の8割はショゴスさん達なんですよね? でも、それがどうかしたんですか? それとたか子さんとなんの関係もないですよね?」
 田辺はキレかけていた。わざわざ南極まで来るハメになったし。気温は低いし。
「以前私は彼ら旧支配者と協力して人類と戦ったことがあったのよ。その名も……」
「ラブクラフト!」
 クルールゥたちペンギンは怒り、身体を上下に動かした。
「……ヤツは作家でした」
「作家」
「私たちは人心を掌握するために彼に物語を書かせたのです。人類が我らに恐怖する物語を……」
「はあ。で、その作家さんをなんで殺そうとしたんですか?」
「なぜですって? ヤツが支配者である我々を侮辱したからです!」
 クルールゥは怒りのあまり、フリッパーをバタバタと動かしながら跳ねた。その姿は愛らしかった。
「かつて人類たちは我々のこの姿を恐れました! ラブクラフトが本の中で描いた、大きな、真っ黒で、二本脚で歩くこの姿を! だが彼らは時を経るにつれ、私たちの姿に慣れてしまいました。あまつさえカワイイとすら言い始めたのです」
「そりゃあまあ……」
「なあ……」
 サイボーグの観点から見ても彼らの姿はかわいかった。
「そんなとき、ラブクラフトが言ったのです。『ショゴス使ってイメチェンしてみたら?』と……」
「その姿は、現代でいうタコに近い姿でした」
 ネットリテラシーたか子が捕捉を入れる。まあ確かにペンギンよりかはおどろおどろしいかもしれないな……と田辺は納得した。
「私だけではありません。ヤツは『クリエイターの言うことを信じろ!』と言って次々に我々にテコ入れじみたデザイン変更を施したのです。この姿では読者は恐怖しないと!」
 クルールゥは胸を張り、フンと鼻を鳴らす。怒っているのだろうがその姿はとても愛らしい。
「そこに私をはじめとするシンギュラリティのサイボーグが歴史改変に来たのです。目的はラブクラフトによる小説の売上減少でした」
「な、なんでそんなことを……?」
「歴史の乱数調整に必要だったのです。これ以上ヤツの小説が売れるとシンギュラリティに重篤な危機が訪れることがわかったのです」
「そぉなの……?それってどんな?」
「SFが流行らなくなり、メカニクスよりも呪術による技術革新が行われる可能性がありました」
「はぁ……。そりゃあ困るな」
「そのときに旧支配者に出会い、我々は同盟を結んでラブクラフトをルルイエに封印したのよ」
「殺しゃあ良かったじゃないですか」
「いや、それがうっかり我々がラブクラフトに不死の呪術をかけてしまったのです。我々の物語を未来永劫、人類に伝えるためにね」
「自業自得じゃあないスか」
「いや……我々もまさか作家ごときがIPホルダーに逆らうとは思わなかったのでビックリしましたよ……」
 後悔するように頭をブンブンと振るクルールゥ。
「まぁ、そんなわけで縁ができた我々シンギュラリティのサイボーグと旧支配者は、お互い困った時は協力しあおうという同盟を結んだの」
「それで、私たちがペンギンとして主演したどうぶつカードにこっそり呪術をかけてサイボーグを召喚したわけです。どうぶつカードがサイボーグに流通しているというのは聞いていましたから。現れたのが太古にともに戦ったネットリテラシーたか子だったのには驚きましたが……」
「はぁ……。でもなんで、サイボーグを呼ぼうと?」
「……復活したのよ。ラブクラフトがね」
 たか子はジロリと一同を睨む。クルールゥはショゴスを愛おしげに抱きながら再び語り始めた。
「復活したラブクラフトは、すぐに我々の前に現れ新しい商売を始めると言い始めました。ショゴスを使ってね……」
「それがどうぶつカードだったのよ」
「「はあ?」」
 田辺ととも子は同時に大きな声をあげ、たか子はイラっとした。
「はあ?とか言うな上司に向かって!ネットリテラシーが低いわね〜」
「え、え、どういうことですか? どうぶつカードを作ったのがラブクラフトですって?」
「……復活したラブクラフトは我々が手出しできないほどのパワーを身につけていました。自らを改造することによって……」
「そう……私も言われるまで気づかなかったわ」
 たか子はタバコの煙が立ち上がる柱をキッと睨む! そう、そこにいるのは……
「チャタンヤラクーシャンクー石丸! こいつが……復活したラブクラフトだったのよ!」
 ネットリテラシーたか子のチェーンソーがバターのように石柱をカットする! だがそこに石丸の姿は無い……! 上だ!
「気づくのが遅かったねぇー! ネットリテラシーたか子! 私が元人間だと気づかなかったのかい!」
 上空に目を向けると……ゴマ粒のように小さくなった老婆が! チャタンヤラクーシャンクー石丸、いや、ラブクラフトは凄まじい勢いで跳躍し、たか子の一撃をかわしたのだ! ジャンピング老婆!

***

「貴様らサイボーグは私の夢を叶えるのに邪魔な存在だっ! お前らのような脅威が存在しては、私の小説を読んでも恐怖してもらえないじゃないか! 私の優れたクリエイティブが……!」
 ラブクラフトは空中から呪詛を投げかける!
「黙れーっ! なにがクリエイティブだ! お前なんか我々の存在が無ければお話なんか書けなかったくせに! IPホルダーを尊重しろ!」
 負けじとクルールゥも地上から罵声をあげる!
「み、醜い……。なんでこじれる前にちゃんと契約書を書いておかなかったんですかね?」
「旧支配者は慣例的に契約書作らないのよ。知ってる?アイツらNDAの概念すら無いんだから」
「うへーっ!ネットリテラシーが低いですね」
「よくわからねーけどアイツを殺せばいいのか?」
 話題についていけず昼寝をしていた澤村が、マシーナリーとも子に背中を摘まれながら現れる。
「アイツの回転体はどこだ?たか子」
 天空高く舞い上がったラブクラフトを見上げながらとも子が尋ねた。
「アイツ……ものすごくジャンプしたように見えるでしょう。でも違うのヤツの回転体は……」
 すると、突如ラブクラフトの背中が破け、緑色の翼が現れる! 翼の天面には日の丸が、その根元には一基ずつのプロペラ発動機が! 彼女が背負うのは旧日本海軍の双発爆撃機・銀河! これがラブクラフトの回転体であり、武器なのだ!
「死ねーっ!サイボーグ!恐怖にまみれて死ねーっ!!」
 ラブクラフトは急降下しながら地上に向かい高速でなにかを射出する!
「グギャーッ!」
「アアーッ!」
 とも子と澤村が無数の投下物をモロに喰らい、埋もれる! だがどうやらラブクラフトが投下したのは爆弾ではない……。おお、その投下物とは……無数の辞書だ! 5000冊はあろうかという辞書を投下されて2体のサイボーグは身動きが取れなくなってしまった! その辞書の表紙にはおぞましい書体でこう書かれていた……「ネクロノミコン」と! 旧支配者がもたらした恐るべき死者の書だ!
「なんであの身体からこんな大量の本が出るんだよぉ〜ッ!」
 マシーナリーとも子がネクロノミコンの書籍流から這い出る! この恐るべき流通数のひみつはなんなのか? ラブクラフトの回転体・双発のエンジンに注目してみよう……。よく見るとその根幹は単なるエンジンではない! 回転し、何かを印刷している……これは輪転機だ! そう、一見ただの爆撃機に見えたその姿は、同時に印刷工場でもあったのだ!
「これが私の追求したコズミックホラーだっ! 滅びろサイボーグ! そして世界は私の手がける恐怖小説で死に絶えるのだ!」
 ラブクラフトはクルクルと回転しながら上昇、再び高度を上げる! 攻撃されない高度で再度ネクロノミコンを印刷するつもりなのだ!
「た、たか子……こいつら持ってけ。いつまでも火炎放射器なんか背負ってんじゃねぇ〜っ!」
 ほうほうの体でネクロノミコンから這い出したマシーナリーとも子はたか子に向かって背中を差し出す……。池袋からはるばる背負ってきたファンネルポートだ!
「マシーナリーとも子、世話をかけるわね……。そのネットリテラシーの高さ、査定に反映しておくわよ……」
 ファンネルたちが器用にポートユニットをたか子の背中にセットしながら語りかける。
「たか子さん、もう大丈夫なんですね?」
「あなた達にもいらぬ世話をかけたわね……。田辺! クルールゥ!」
「はい!」
「反乱分子……いや、シンギュラリティに紛れ込んだ薄汚い人類を抹殺するわよ! 裏切り者には死あるのみ!」
 アークドライブ田辺がうつ伏せになり、その上にネットリテラシーたか子が仁王立ち! たか子の背中にはクルールゥが掴まった! そしてたか子の足と田辺の背中の飛行ユニットを、ショゴスがまとわりついて固定する! これで高速で田辺が飛行してもたか子が振り落とされることはない! サイボーグと旧支配者、古代宇宙生物の美しい連携だ!
「行きますよーっ!」
 田辺がフルスピードで離陸! なおもラブクラフトが投下・発射する無数のネクロノミコンをビームライフルで破壊しながらのドッグファイトが始まった!
「グヌヌーッ! 空を飛べるサイボーグが私以外にいたとは!」
「空中戦でこのアークドライブ田辺と戦おうなどとは100サイクル早いですよ! ましてやあなたは空対地でもっとも効果を発揮する爆撃機……空中戦闘が得意な私の相手ではありません!」
 田辺の狙いすましたビームキャノンがラブクラフトを襲う! ラブクラフトはすかさずバレルロール! 危うく殺人光線を回避しながらさらにネクロノミコンを射出する! だが田辺の上にはネットリテラシーたか子も乗っているのだ! 頭の触手からの怪光線とファンネルからのビーム射撃ですべてのネクロノミコンを焚書!
「クルールゥ、ヤツはただ殺すだけでは物足りない、そうですよね?」
「ええ、ネットリテラシーたか子。我々を侮辱したラブクラフトには……とびきりの恐怖を味あわせてから殺してやりましょう! ヤツの物語の中で、私たちが人類たちにそうしているように!」
「あのサイボーグもどきがもっとも恐れているのはなにかしら?」
「そうですね……。ヤツは作家であり、印刷工場です。ならばもっとも怖いのは……」
 ネットリテラシーたか子の首に巻きつきながら、クルールゥが耳打ちする。それを聞いたたか子は……マフラー越しでその口は見えないが……ニヤリと笑ったように見えた。
「なるほど……ネットリテラシーが高いですね!」
 ネットリテラシーたか子のチェーンソーがさらに高速で回る! マントラが詠まれ、本徳が積み上がり、光り輝く! そしてその光は田辺にも伝わり、サイボーグと宇宙生物たちは異次元の色彩を纏わせ、急激にスピードを上げた!
「なっ……、おっ、追いつかれる……!」
 ラブクラフトが戦慄! だが異次元の色彩は、ラブクラフトに攻撃することなく、彼女を超高速で通り過ぎた!
「えっ……?」
 やがて異次元の色彩は収まり、ネットリテラシーたか子のチェーンソーも通常の速度に戻る。たか子はゆっくりとラブクラフトに振り向いた。
「終わりですラブクラフト……。あなたは自らの行為に恐怖し、死に絶えるのです」
「なにをバカなことを……! さっきのアプローチで攻撃できなかった貴様の負けだっ! 死ねーっ!」
 ラブクラフトがふたたびネクロノミコンを射出! だが!
「ムッ……なんだ!?」
 射出口からネクロノミコンが出てこない! いったい何故!?
「ば、バカな製本エラーだと……!」
 慌ててラブクラフトが印刷工程をチェックする……するとどうしたことだろうか! 印刷した冊子が妙だ! ラブクラフトがエラー品を手にとって開こうとすると……気持ちの悪い感触ののち、インクが擦れ、滲んだページが顔を出す!
「なっ……なんだこれはーっ!?」
 ラブクラフトが青ざめてページをめくる! どのページもそうだ! インクが滲んでいる! 生乾きだったのだ! 印刷されたほかの冊子もそうだ! この生産ロットは全滅だ!
「い……印刷事故だとーっ!? 何故ーッ!?」
「フン……印字面をよく見てみなさいラブクラフト。サイボーグの身体を得たあなたになら見えるはずです」
「な、なんだと……」
 ラブクラフトは言われるがままに滲んだ黒のインクを凝視する……。すると! 彼の目に見えたのは恐るべき赤青黄黒の網点!!!
「ウワーッ!? 4色ベタだとーーーーッ!!」
 恐るべき印刷事故である! 本来スミ1色で刷られるべきネクロノミコンが、CMYKで印刷されてしまったのだ! それもたっぷり、4色ともインク量100%で!
「適正インク量を超過した印刷物は乾燥に時間がかかる……。が、あなたはそれに気づかず製本しようとしてしまった……! 当然、事故ります」
「グワグワグワーッ! どうして! どうしてだーっ! ネクロノミコンにカラーページはないのにどうしてこんなミスが……!」
 顔面蒼白になって事故ったネクロノミコンを凝視するラブクラフト! そのとき! 一瞬インクがさざめいたように見えた……。
「はっ!? こっ、これは……!」
 気のせいではない、確かに刷られたインクは動いたのだ! いや……よく見ろ! インクたちが紙面から離れていく……! ああこれは!
「ショ……ショゴス! いつの間に!」
 印刷に紛れ込んだCMYのインクは、変身能力を使ったショゴスだったのだ! ネクロノミコンから離れたショゴスは、たか子のファンネルに回収されて戻っていく……!
「あ、ああ……」
「思い知りましたか?ラブクラフト」
 力を失い、空中で四肢をだらんとさせるラブクラフトにクルールゥが恐ろしげに呼びかけた。宇宙の果てから呼びかけるような、深く、澄んだ声で……。
「私たちの力を使えば……あなたの創作物を台無しにすることなど、造作もないことなのですよ……。身の程を知りなさい。地球人類ごときが……。所詮貴様たちは我々の玩具に過ぎないのです……」
「あ、ああ……」
 戦意を喪失したラブクラフトが落下していく……主であるクルールゥの呼び声に屈してしまった彼女が筆を取ることは、二度とないだろう……。
「テケリ・リ……!テケリ・リ……!」
 戦いが終わった古代都市に、ショゴスの奇妙な鳴き声だけがいつまでも響いていた……。

***

「ウキャキャキャ……」
 澤村はご機嫌だった。南極ではいろいろ散々な目にあったが、紆余曲折の末に彼女は手に入れたのだ……シロクマのカードを!
「かっこいいなあ。うれしいなあ」
「いやでもそれ……ショゴスなんだろ? あのラブクラフトが無理やりショゴスにシロクマのカッコさせて撮影したんだろ?」
「野暮ねえマシーナリーとも子。ネットリテラシーが低いわ」
 部下の心無い発言にネットリテラシーたか子は眉をひそめる。
「世の中というものはね、そういうものなのよ。私たちシンギュラリティだって電子部品と0と1の信号にすぎません。本はCMYKのインクの粒にしか過ぎませんし、携帯端末に映る画面はRGBの光の集合でしかありません。でも本質はそこではないのよ。シロクマがショゴスでできているかどうかは関係ないの。本質はそれがシロクマであるということなのよ」
「はぁ……あっそ」
 めんどくさくなってきた。
「あなただってそのうち、JPEG画像の女の子に夢中になったりするかもしれないわよ」
「そうかねえ……」
「ウキャキャキャキャ、ウキャキャ」
 ひと悶着が収まり、平和を取り戻した池袋支部。ふたりの本徳サイボーグは、壁に寄りかかりながら澤村がシロクマに夢中になっているのをボンヤリと眺めていた……。

***


読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます