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マシーナリーとも子ALPHA 焦がれる極点篇

 2045年……まだ、マシーナリーとも子たちが2010年台にタイムワープしていないとある夏……。
「はいはい、ごめんなさいねぇ」
「……なんだあ?」
 聞きなれない声を耳にして、ジャストディフェンス澤村は入り口に顔を向けた。立っているのは古めかしい服を着た老婆だ。頭には髪の毛を覆うようにほっかむりを被り、大きなつづらを背負っていた。
「あら……石丸じゃない。息災だった?」
 奥から出てきたネットリテラシーたか子が、澤村を挟んで老婆に親しげに話しかける。老母はつづらから何やら機械を取り出していたが、たか子に気づくとその手を止めて破顔した。
「ネットリテラシーたか子かい! 久しぶりだねえ、ホントに池袋のリーダーになったんだねえ」
「おかげさまでね。あなたも変わりなさそうで何よりだわ」
「……あー……、たか子、このババア知り合いか?」
 澤村はソファに座った自分を挟んで親しげに話すふたりをキョロキョロと見比べながら訊ねる。
「そうね。あなたは初めてだったわね。彼女はチャタンヤラクーシャンクー石丸。シンギュラリティの武器商人よ」
「よろしくね。ジャストディフェンス澤村」
 物腰柔らかに頭を下げる石丸につられ、澤村もぺこりと会釈を返す。武器商人だって?
 そう言われてみれば、つづらから出てきたのはどれもサイボーグ用の武器のようだった。最初に引っ張り出したタンクと銃のあいだをチューブが繋いだ背部用兵装はおそらく火炎放射器だろう。つづらから頭を出したコーン状の金属塊はよく見るまでも無くドリルだ。おそらく擬似徳にも対応している。いまつづらから取り出した冊子はマントラの練習帳か。昔よく書かされたっけ。肩から下げたサコッシュからはクリアーポケットファイルが出てくる。中を見せてもらうと1ページ9つのポケットにそれぞれスレーブユニット用のメモリチップが収められていた。
「すげえ」
 よりどりみどりの品揃えに澤村は目を輝かせた。
「今年の初めのアレで在庫がほとんど切れちゃってね。仕入れに時間がかかったんだ」
「どうりで最近見なかったわけね」
「婆さん、このチップいくらだ?」
 澤村は容量48Ggrtのメモリチップを取り出す。そろそろ自分にもスレーブユニットが欲しいと思ってたところなのだ。
「48Gならサブロクだね」
「3600円?」
「バカ言っちゃいけない。3万6000円だよ」
「ま……そのくらいするよな」
「毎度」
 澤村は渋々老婆に金を渡す。するとチップとともに銀の包み紙が澤村とともに差し出される。
「じゃ、それオマケだから」
「オマケ?」
「ちょっと……なにそれ。新しい商売始めたの?」
 遠巻きに眺めていたたか子が、澤村の肩口から覗き込みながら会話に参加してきた。このふたりはずいぶん親しいみたいだけど、いつからの付き合いなんだろうかと澤村は不思議に思うのだった。
「そのとおり。いまのご時世ただ武器を売るだけじゃ商売あがったりでねえ。新しく射幸心を煽る試みをしてみようと思ったわけ」
「それ、客に聞かせる話じゃないわよ」
 目を細めるたか子を見上げながら澤村ももっともだと思った。
「これはね、どうぶつカードよ」
「どうぶつカード?」
「そう。私から武器を買うと1商品につきランダムで1枚ついてくるのよ。開けてみな澤村」
「あい」
 澤村は苦心しながら包み紙を破る。彼女の手は5連装のビーム砲塔で、指1本1本がその砲身となっている。その破壊力は絶大で、斉射を行えば複数の人類を一撃のもとに消滅させることが可能なほどだ。そのかわり、複雑な機構を内蔵したために彼女の手は通常のサイボーグの2倍以上の大きさで指も太く、こまかい作業が苦手だった。とくにカップ麺についている個包装のスープといったような、小さな袋は彼女がナナフシの次に嫌っているものだった。
 封を開けると中からは厚紙が出てくる……。そこに印刷されていたのはかわいらしい猫科のどうぶつ。
「トラの赤ん坊だ! 雄々しいぞ!」
 思いがけず尊敬する猫科のどうぶつが出てきたことに気を良くした澤村はカードを掲げてくるくると回った。
「このどうぶつカード欲しさに、顧客はどんどん武器を買ってしまうというわけさ」
「ネットリテラシーが低い商売ねえ。売り物とおまけに関連性がまったく無いじゃない」
「そうは言うがね、いざ手にするとうれしいものさ。うれしいだろ澤村」
「う、うれしい……。まさかチップセットにトラの赤ん坊のカードがついてくるなんて……。ほかの武器も買いたい気分だ!」
「ちょっと、嘘でしょ?」
 たか子に睨まれて澤村はピタリと回転を止める。だが実際このキャンペーンは有効だと思う。トラの赤ん坊でこんなにうれしいのなら……。例えば、あのドリルを買ったとしてシロクマが当たったらどうだろう? そうとわかっていたら私は自分を抑えられるだろうか。
「火炎放射器をもらうわ」
「え?」
「聞こえなかったの?火炎放射器を買う、と言ったのよ。いくら?」
「あ、ああ……120万円」
たか子はすました顔でファンネルに財布を持ってこさせる。
「たか子お前ぇー!なんだかんだどうぶつカードが欲しいんじゃないかよー!」
 澤村はそれ見たことか、とトラの赤ん坊のどうぶつカードでたか子をぺんぺんと叩いた。だがこんなことでは悪びれも恥ずかしがりもしないのがネットリテラシーたか子というサイボーグだ。
「私はあらゆるものについて全否定することはありません。ネットリテラシーが高いからね。このどうぶつカードにしても、欲しいというよりは純粋な興味から手に取ってみようと思ったのです。石丸のいう射幸心、澤村の感じるうれしさ、そのいづれも自ら手にとって見なくては理解できないものでしょう。そしてそうした物事への理解が、我々をさらなるシンギュラリティの高みへと導いてくれるのです」
「お前こういう時だけぺちゃくちゃしゃべるよなぁー!」
「ほら、じゃあおまけ」
たか子はファンネルに銀紙を破らせ、中身を改める。カードに印刷されたのは……奇妙な、めるでワインの瓶のようなシルエットをした黒い生物……。
「ペンギンか」
 心底どうでもよさそうに、たか子はため息をついた。
「どうせならイルカが欲しかったわね」
「ならもうひとつ買いな。おまけは1商品につきひとつ! それはまかんないよ」
「いいえ、やめておきます……。また次の機会があったらね」
「ううー、私はシロクマが欲しいぞ! でもお金がない……」
 肩を落とす澤村の肩をぽんぽんと石丸が叩く。
「またすぐ来るよ。それまでにお給料貯めておきな」
「そのためには人類をたくさん殺すことね、澤村。……石丸、次はいつ来られるの?」
「そうさな……1ヶ月後ってところかな」
「次はもうちょっとマシなおまけを用意しておいてちょうだい。それじゃあね」
「次はシロクマ当てるからなーっ」
 不思議なサイボーグの武器商人老婆、石丸はこうして去っていった。澤村の胸にかすかな期待を残して……。

 ──それから3日後……!

***

「ペンギン……ペンギン……」
「……? たか子さん……?」
 最初に上司の異常に気づいたのはアークドライブ田辺だった。ネットリテラシーたか子が、机のうえに置いたどうぶつカードを見つめながらうわ言を言っている……。
「たか子さん……?」
「……ハッ! ……どうしたの田辺? なにペンギンなの?」
「いや……なにペンギンでもありませんが……大丈夫ですか?」
「大丈夫ペンギンよ」
 なんだかわからんが大丈夫じゃなさそうだぞコレは……。田辺は額に冷や汗を滲ませた。

 ──それから5日後……!

***

「ううう……」
「ん?」
 次に上司の異常に気づいたのはマシーナリーとも子だった。事務所のロッカーからくぐもったうめき声が聞こえる。不思議に思って開けてみると、そこにあったのは大きな羊羹のような黒い箱ふたつにそれぞれ3つずる収まった球体……。ネットリテラシーたか子が常に背中に身に着けているファンネルと、そのポートユニットだった。
「あれぇ? お前らどうしたんだ?」
「うう……とも子さん」
 これはただ武装を外した以上に奇妙なことである。ネットリテラシーたか子の両腕は強力な二連チェーンソーとなっている。悪魔的な破壊力を秘めるうえ、刃を締めるリベットひとつひとつにマントラが刻まれ、驚異的な徳を生み出すことができるという、彼女をシンギュラリティ最強のサイボーグたらしめている要の武器だ。反面、ネットリテラシーたか子には人間的な手、指が備わっておらず、単純なものを掴むような動作すら不可能となっている。そんな彼女の日常生活をサポートするのがこのファンネルたちなのだ。ファンネルのビーム発射口は吸盤になっており、あらゆるものをくっつけることができる。彼ら6基が自在にネットリテラシーたか子のまわりを飛び回り、ものをくっつけて運んできたり、回したり、押したりすることでたか子は日常生活を不自由なく暮らすことができるのだ。そのため、なんらかの理由で基部を取り外しているときでも最低1基はたか子のそばにファンネルがいるはずなのだ。ここに6基すべてが勢揃いしているのはおかしい。
「あらマシーナリーとも子。なにしてるのロッカーなんか覗き込んで」
「いやだってお前……」
 たか子の声にとも子が振り向くと、そこに立っていたのは背中に火炎放射器を背負った上司だった。
「どうしたのよ? ペンギンにつままれたような顔をして……」
「お前……ファンネル使わないでどうやって過ごすつもりだよ」
「……? なんで……?」
 たか子は本当になにを言っているのかわからない、という顔をする。その自然な所作にとも子は背筋が寒くなるのを感じた。

──それから7日後!

***

 上司がいなくなったのに気づいたのはエアバースト吉村だった。
「たか子さ~ん、始末書持ってきました……ってあれ?」
 入室すると部屋はもぬけの空。窓が前回で風が吹き込んできていた。そして……床にはファンネルが6基転がっていた。
 このところ、ネットリテラシーたか子がファンネルを操っている姿を見たものはいない。ときどき、ファンネルたちが自主的にたか子を手伝おうとするのだが、そんなときもたか子はファンネルたちを冷たい目で見て取り合おうとしないのだ。昨日は見かねた田辺が無理やりたか子にファンネルポートを背負わせようとしたが、たか子が「ペンギンペンギンペンギン!!!!」と大声をあげるので怯んで失敗してしまった。
 そしていよいよ今日は床にファンネルが転がっている。たか子がここのところヘンなのは明らかだが、これは明らかに穏やかではない。
「おいファンネル! どうした? たか子に殴られたのか?」
「うう……吉村さん」
「たか子さんが……たか子さんが」
「おう4号に2号。大丈夫か? 痛むのか? たか子さんはどうした?」
「た、たか子さんは……出ていってしまいました。私達は置いて」
「出ていった……って、どこに?」
 2秒後、吉村は聞き返さなきゃよかったと後悔することになる。
「たか子さんは……ひとりで、南極に行きました」

 シンギュラリティ池袋支部の扉に「社員研修のため1週間休業」の看板が提げられたのはその日の夕方だった。

***

読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます