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マシーナリーとも子ALPHA ~散髪との戦い篇~

「確かにここに入れといたんじゃねェかなあ」

 エアバースト吉村が部屋の片隅に置かれた箱の蓋を開ける。

「うわっ……。なんですかコレ! ロボットのおもちゃだらけじゃあないですか」
「前にここにいたマシーナリーとも子の私物だよ」
「ママの!?」
「あいつこういうオタクっぽい趣味好きだったからなァ……あったあった」

 吉村はおもちゃに埋もれた45Lゴミ袋を取り出す。中にパンパンに詰められたのはゴツゴツした大きな手、サインポール、アロハシャツ……。そしてサイボーグの頭部だった。

「土屋……」

 かつての親友の亡骸を見てダークフォース前澤は呻きを漏らした。ゴミ袋のなかに詰められたのはパワーボンバー土屋。以前池袋に赴任してきた当日、鎖鎌の襲撃を受け破壊されたサイボーグだ。さしもの鎖鎌も、土屋の残骸を目にして哀しそうな眼差しを向ける前澤を前にバツが悪そうな顔をしていた。

「前澤さん……」
「言うな鎖鎌。今となっては詮無いことだ……。吉村さん、これ土屋のパーツはだいたい揃ってるんですか?」
「見ての通りバラバラだけどな……おぉ~見ろよ!」

 吉村はゴミ袋の中から適当なパーツをふたつ取り出すと両手でつまんで合わせてみせた。

「切れ味ぴったり! 鎖鎌、お前の武器の切れ味エゲつなすぎるぞ」
「そ、そうかなぁ~」
「吉村さん、土屋のパーツで遊ばないでくださいよ……」
「遊んでんじゃないよ検査してやってんだろ? バラバラにされちゃあいるが切れ味が歪んでないってことはそれだけ直しやすいってことだ。少なくともボディはな……」
「そりゃあまあ、そうかもしれませんけど……」

 先日、ネットリテラシーたか子による日報が発見された。2019年に書かれたものだ。そこにマシーナリーとも子とアークドライブ田辺の蘇生について書かれていることに気づいたダークフォース前澤は、パワーボンバー土屋も蘇らせることができないかと考えたのだ。

「マシーナリーとも子とアークドライブ田辺はどうやって生き返ったんです?」
「高い徳を注ぎ込まれたんだそうだ。でもよォ、アイツらはこんなバラバラじゃなくて原型保ってたみたいだぜ」
「ご、ごめんなさいバラバラにしちゃって……」
「だからいいって……。あ~、徳を注ぎ込むのもどうすればいいかわからないですけど、まずくっつけないとダメかな……。生きてるサイボーグだったら傷は自然治癒するけど、壊れたサイボーグってどうやって直せばいいんですかね?」
「それについては一応手はうってある。応援呼んであっからよ」
「応援?」

***

「おほーっ、こりゃあ確かにいい断面だねえ」

 胸に旋盤をつけたサイボーグが嬉々として土屋の残骸を漁る。彼女はシンギュラリティきっての兵器鍛冶、クラフトワークささみ。

「まあこれなら……なんとかならんことは無いと思うがね」

 同じようにもうひとりのサイボーグが土屋の残骸を手にする。こちらはあくまで冷静に、パーツとパーツの嵌合を確かめるように観察を続けている。これまで数多のサイボーグを直してきた凄腕ドクター、ヴァイタルソース森繁だ!

「それで、直せそうですかねえ? ソイツ」
「直せるの定義によるねえ」

 クラフトワークささみはパワーボンバー土屋の首にロケットパンチを接続するとキャッキャとうれしそうに笑ったので前澤は青ざめた。

「ちょっと……吉村さん! あのロボたち大丈夫なんですか?」
「うーん、腕は確からしいんだけどな。ウチの支部も何度かお世話になってるんだけど……」
「まあ結論から言おう」

 ヴァイタルソース森繁はモノクルを直しながら立ち上がり、前澤と吉村に向き直った。

「意識や自立回路も含めて完全に復活させるのは、少なくとも我々の手では難しい。だがボディについては……一部を除いて完全に修復できるよ」
「一部? 一部ってどこッスか?」
「サインポールだ」
「一番大事なところじゃあないですか」
「だから難しいんだよね……。一度機能が止まった回転体を動かすのは至難の技だよ。そもそも回転体を作り出すなんてことは本来なら禁忌なのさ。サイボーグがサイボーグを作りだすことに繋がるからね」
「あんたマニ車自転車作ってたでしょーが」

 したり顔で話すクラフトワークささみの言葉に吉村は口をとがらせる。

「ありゃあくまで模倣品だよ吉村ちゃん。人類が馬にあこがれて車を作りだすようなもんさ」
「それで、なにか方法はあるんですか?」
「なに、そんなに難しいことじゃない。特に疑似徳の場合はね。マントラを刻む必要もないからね」
「と、言いますと? なにをすればいいんです?」

 前澤は前のめりになって森繁の話に食いついた。なんとしても土屋を蘇らせてやりたい……。アイツはあんなところで死ぬべきサイボーグじゃあなかった。そのためなら私はなんだってする。

「調達できればいいのだ。イキがよくて、質のいい回転体をね」
「えっ……それって……」
「……そういうことだよな?」

 前澤と吉村は思わず青ざめた。

「まあそういうことになる……。先に言っておくが私とささみは調達には強力せんぞ。私達はあくまでコイツを直しに来ただけだからな」
「大変だと思うけど頑張ってね~~」
「ど、どうする前澤……」
「どうするって……やりますよ。やらなきゃならんでしょうが! そ、それに鎖鎌がいればなんとかなるんじゃないですか?」
「鎖鎌をぉ~~? まああいつそういうの気にしなさそうだけどさ……いいのかなぁ~~……」

 前澤と吉村は顔を見合わせため息をついた。

***

「ふたりともなんでそんなにビビってるの……?」

 物陰に隠れつつ移動する吉村と前澤の挙動に鎖鎌は首をかしげた。ふだん傲慢不遜に人類を殺害している様子とは打って変わった態度。何がそんなに怖いのか。

「鎖鎌……お前はこれから赴く所の怖さを知らないんだ」
「これから赴くところって……サインポールもらいに行くんでしょ?」
「そうだ。ああ恐ろしい!!」
「床屋でしょ?」
「そうだ、床屋だ!」

 その名前そのものが怖いといったふうに前澤は適当な看板の裏に身を屈めた。

「さしもの私も身の毛がよだつぜ……ブルル!」

 吉村も青くなっている。

「吉村さん強いじゃん……。ふだんヤクザさん相手にも別にビビったりしないのにどうして床屋さんなんかに……」
「バカだな鎖鎌。いいか? プロの相手ってのは怖くないんだよ。あいつらちゃんとしてるからな」
「うん」
「ところがこれが素人になってみろ。次に何をするんだかわかりゃしない。あいつら有効な戦い方ってのを知らないんだ。どういう動きが自分の死に繋がるか、そういう想像力がないからがむしゃらにめちゃくちゃなことやるんだよ」
「そうは言っても、いつも吉村さんたちそのへんのただの人間を殺してるじゃん」
「ただの人間ならな……だが相手は床屋、理容師だ」
「うん」
「戦い方はまるで素人だが、刃物の扱いだけは手馴れてやがる。あいつらに一生残るトラウマを背負わされたサイボーグは一機や二機じゃねーんだよ」
「そんな大袈裟な……。だったら料理人とかだって怖いってことになるじゃん!」
「とにかく床屋は危険なんだ。そこで鎖鎌……お前、まず客のフリをして入店しろ」
「ええーーー! 私が?」
「そうだ。なんかイヤか?」
「私、女の子! あれオッチャン向けの床屋じゃん! ちゃんとした美容室じゃなきゃヤダー!」
「あぁ〜? 人類ってのは案外細けぇこと言うんだなあ。どっちも髪切る店だろ?」
「違うんだって! 全然違うよ!」
「別にホントに髪の毛切ってこいってんじゃないんだよ。行って座って、テキトーに天気の話でもしてろ。そのあいだに私と前澤がサインポールを引っこ抜く」
「ええ〜〜……」
「とにかくあいつらとまともにやり合いたくないんだよ。頼んだぜ」
吉村は床屋の向かいの店の陰に隠れると鎖鎌の背中をドンと押した。
 鎖鎌はしばらく未練がましくふたりを見返したが、やがて観念して床屋に向かった。
 カランカラン……。

「いらっしゃい」

 清潔感ある刈り上げツーブロックの店主が鎖鎌を出迎える。その顔に浮かんだ「おや?」という感情に鎖鎌は気付いて赤面した。ふだんは親父やその子供とかしか来ないんだろう。だから言ったじゃないか吉村さん私みたいな子がこういうお店に来るのは変なんだって!

「え、えーとすいません……大丈夫ですか?」

 鎖鎌は物怖じして思わずお伺いを立てた。その胸中には断られたらそのまま店を出れるという思惑もあった。だが店主はあくまで気さくに答えた。

「もちろん! 見ての通りあまり女の子はふだん切らないんだけどね……。そっちこそ大丈夫かい?」
「あっ、は、はは……どうも、すいません。びゃあ……色々ありましてハハ……」

 鎖鎌は観念した。こういう対応を取られるとこちらも弱い。とりあえず座るしかない。

***

「ふぅーむ……」
「どうしたんですか吉村さん」
「いまの鎖鎌の反応、聞いた?」
「聞きました。あれがなにか?」
「いや、普段は妙にカラカラお気楽にしたヤツだけどよぉー……、今みたいにテンパるとちょっとマシーナリーとも子に似てるとこあるなって思ってさ! ガハハハ。やっぱ本当に親子なのかなあ?」
「知りませんよ……。そいじゃポールを引っこ抜きに行きましょう」
「おう」

 吉村と前澤は素早く向かいの店の陰から身を踊りだすと身を屈めたまま小走りで駆け寄り、サインポールに手をかけた!

***

「それじゃ、今日はどうします?」
「え、えーーーーと……その、適当に短く整えてもらえれば、はは……」
「だよねぇー! 君みたいなかわいい子がウチでしっかりセットして行ったりしないよねぇーハハハ」
「ハハハハハハハハ……」

 鎖鎌はどうしていいかわからず愛想笑いをする! 自分が冷や汗をかいているのがわかる!
 ここからどうするべきか……? そのときである! ビィィィィィーーーーー!!!! と耳をつんざくような警報が店の中に鳴り響いたのは!

「え!?」
「むっ!?」

 店主の目つきが険しく絞られる! その視線の先は……店の外! ああ見ろ鎖鎌! 首を左手側に90度旋回させたその先には! サインポールを引っこ抜こうとウンウン唸っているエアバースト吉村とダークフォース前澤が!!!

「あっ……あいつらーーー!!!」
「えっ」

 先程までに爽やかで穏やかな笑いを浮かべていた店主は憤怒に声を荒げると理容道具が入ったトレーをしゃにむに掴むと猛然と店を出て行った……。

「えっ」

 鎖鎌は首にクロスをかけられたまま、固まっていた。

***

読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます