マシーナリーとも子ALPHA 長いネクタイ篇
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マシーナリーとも子ALPHA 長いネクタイ篇

「田辺のネクタイってさあ、長くね?」
 ジャストディフェンス澤村がモグモグと咀嚼しながらしゃべる。ネットリテラシーの低い行為だ。
「え……そうですか?」
「……言われてみりゃ長いかもな」
 気づかなかったという様子でエアバースト吉村がアークドライブ田辺のネクタイに顔を近づけて凝視する。田辺は戸惑った。
「別にふつうな範疇だと思うんですけど」
「いや、長ぇよ。明らかに長ぇよ。私もネクタイ巻いてるからわかるモン」
 澤村は自身のネクタイをひらひらさせた。
「田辺、ちょっとお前立ってみ」
「えぇー……なんなのよ……」
 田辺が渋い顔をしながら立ち上がる。そのネクタイは膝下まで伸びていた。
「長っ」
「やっぱ長いってお前。やっぱ」
「えぇー……」
 ネクタイの話題をお供に盛り上がるお茶の席。その空間に、違和感ある機械音がにわかに近づいてきた。耳障りながらも徳の高いこの音は……?
 ドアが開く。その音の正体は……シンギュラリティ最強のサイボーグ、ネットリテラシーたか子だ!
「私もお茶をもらおうと思ったのだけど……なんの騒ぎ?」
 騒ぎとは言うが自分たちの会話よりたか子のチェーンソーの音の方がデカいと吉村は思ったが黙っていた。
「たか子さん、田辺のネクタイどう思います? 長いッスよね?」
「ネクタイィ?」
 吉村に促されたたか子は、ただでさえ細い目をさらにギュッと細めて田辺を睨む。尊敬する上司から険しい視線を浴びせかけられて田辺は怯んだ。
「ど、どうですか……」
「長いわね」
「ほらー! やっぱり!」
「え〜っ、そんな〜〜!」
 ふにゃふにゃと田辺が崩れ落ちる。
「ていうか、なんでそんなに長いんだよ。ネクタイが長かったら邪魔だろうが」
「いや、なんていうかこれはアレですよ。オシャレです」
「オシャレ!?」
 澤村は目を丸くして思わずおうむ返しをした。
「どこがオシャレなんだよ!ダッセーぞ!」
「え、ええ……。ダサくないでしょ! かわいいでしょ?」
 吉村が田辺のそばに屈み、垂れたネクタイを手に取る。
「これどうなってんの? そういう風に締めてんの……?」
 ペラリとネクタイをめくると頭が細い側──俗に小剣と呼ばれる──が同じように膝下まで届くような長さに伸びているのだった。
「うわ! これ違う、結び方じゃないわ。そういうネクタイなんだわ。長いネクタイわざわざ買ったのか田辺オメェー!」
「だっ! だからオシャレだって言ってるでしょ!」
 田辺は何度も言及されて恥ずかしくなってきたのか、少し頰を染めながら緩んだネクタイを締め直す。
「別にいいでしょネクタイが長くたって……。ね、たか子さん。構いませんよね」
「いや…………ダメです」
「えぇーっ!?」
「ほらーーー!!」
 澤村と吉村はそれ見たことかと満面の笑みで田辺を指差した。
「長いネクタイは……みっともないです。よほど効果を認められない限りはコスチュームとして認められません」
「こ、効果とは……?」
「示しなさい。そのネクタイの長さが」
 たか子はファンネルに注がせたお茶を一息に飲み干して言った。
「徳を積むのに役立つということを……」

***

「低いな……気温が」
 キンと耳に鳴り響くような寒さだった。曇天と雪、凍った湖しかないその景色は嘘のように彩りが無かった。いや、よく見ると一点のみ青い物体が見える……。それはテントだった。テントの傍らには寒冷地装備に身を固めた擬似徳サイボーグたちが体育座りでぼんやりしていた。
 その中心に座るアークドライブ田辺の長いネクタイが、湖に穿たれた穴の中に垂らされている。
「コーヒーでも飲むかぁ……」
 吉村がパーコレーターに火をかける。そのとき、田辺のネクタイがピクピクと引っ張られた。
「あっ……来た!」
 田辺が前のめりになって穴を睨む。数秒タイミングを見計らい……田辺は四つん這いになったまま大きく首を反らした。
「フィーッシュ!」
 空に弧を描いた頂戴なネクタイの先端には……食らいついたワカサギ! その数3匹!
 田辺はそのままネクタイを振り払い、ワカサギを火元に向け投擲する。そこには数十分前から熱せられた油が! ジューと音を立てて揚がるワカサギたち。ちょうど火のそばでコーヒーを啜っていた吉村はすくい網でからあげと化したわかさぎ達を、つまらなそうに引き揚げた。
「どうですか! ねえ!釣れたでしょ!? ホラホラ」
 ドタドタと田辺が火元に走ってくる。それを冷めた目で見つめながら澤村と吉村は揚がったワカサギを口にした。
「うまい。うまいよ確かに……。うまいよな、吉村」
「ああ、ああ。疑いなくうまいな。さすがに獲れたてはうめえよ」
「でっしょー!? ね? ホラ、ネクタイが役に立ったじゃないですか」
 田辺がニコニコしながら自分のぶんのワカサギをつまんだ。そのうれしそうな様子を見て澤村と吉村は互いに目配せをしあう。お前が言えよ、と牽制しあっているのだ。田辺がワカサギを飲み込んだのを見計らって、観念したように澤村が口を開いた。ここで言っておかないとまたネクタイを水中に垂らしかねない。
「あのな……田辺よ……。だったらふつうに釣り竿で釣ればいいだろ」
 ニコニコモグモグとワカサギを食べていた田辺はビクンと身体を跳ねさせると俯いて動かなくなった。そして地の底から響くような声で呻いた。
「わかってる……。わかってるよそんなことは……。」
 田辺はキッと頭を上げてふたりの同僚を睨みつける!
「でもッッッ!!!  仕方ないじゃないですか!!! たか子さんからこのネクタイが役に立つと証明しろって言われちゃったんですから!!!!!」
「いや……だから、役に立たないんだろ」
 吉村は田辺と視線を交わさずに、鍋の油に凝固剤をふりかけながら返した。早く帰らざるを得ない状況を作らないと田辺は2日でも3日でもここでワカサギを釣り続けるだろう。
「観念してオメーもふつうのネクタイ締めろよ。ムキになるなよ」
「ヤダヤダヤダ! 私だってオシャレしたい!」
 ダダをこねる田辺を見ながら、吉村は思わず「そもそも長いネクタイは別にオシャレじゃねーよ」と言いかけたがグッとこらえた。
「そもそもネクタイでワカサギ釣ろうっていうのがおかしいんだよなーッ! もっとなんかあるだろ、ほかに……なんか」
「いや……長さを活かそうと思って」
 田辺は腕を組んで考える。
「そうですね、例えば……澤村が崖から落ちたとしますよね」
「おう」
「結構下の方までずり落ちちゃうんですよ。助けようとしても手が届かない! でもそんなとき……」
田辺がネクタイを自慢げに振り上げながら続ける。
「ネクタイが長ければロープ代わりにして助けられるッ! ね、名案でしょ」
「オメェーッ空飛べるだろうが!!」
 澤村の的確な指摘を受けて田辺が肩を落とした。もしかしたら澤村より田辺のほうが頭悪いのかな……と思いながら吉村は残りのコーヒーを喉に流し込んだ。

***

「なあ、なんでそんなに長いネクタイにこだわるんだよ。別に私と同じ長さでいいだろうが」
 帰りのサイバージェット内。ネクタイごときのためにわざわざ北海道くんだりまで連れてこられて澤村は不満たらたらだった。ワカサギも別にそこまでのものでもなかった。貴重な休日を同僚のワガママに付き合わされて消費してしまった澤村がいま求めるものは納得だった。
「だから、オシャレだって……」
「オメェーにそんな色気がないこたぁ知ってんだよぉ」
 澤村はその大きな指で田辺にデコピンを喰らわせた。
「痛ッ!」
「なあ田辺よお」
 サイバージェットを運転する吉村が話しかける。
「いまここにはたか子さんもマシーナリーとも子もいねえしよ……。気にしないで言っちゃえばいいじゃねえかよ」
「…………」
 澤村も腕を組んでウンウンと頷く。
「疑似徳同士隠し事はナシだぜ田辺」
「ふたりとも……」
 田辺はためらうように少しだけ俯くと、決心したように顔を上げた。
「……たか子さんの」
「たか子?」
「うん……。たか子さんがいつも巻いてるマフラーあるでしょ……」
「お、おう」
「あれ、かっこいいなって思って……。でもそのまんまマネしたらたか子さん嫌がるだろうし、こう、違う形で近づけないかなと思って……」
 だんだん声が小さくなり、聞こえなくなったと思うとまた田辺は俯いていた。機内にはモンヤリとした空気が流れていた。
「うん、まあ……そうだよな……。言われてみればたか子さんのマフラーも特に機能無いよな……」
「あれ、じゃあオシャレなのかあ……?」
「あの! ……澤村、吉村。今日は付き合ってくれてありがとう」
 田辺は立ち上がり、それぞれ二人に向き合ってぺこりと頭を下げた。
「私……帰ってからもう一度考えてみます。たか子さんを納得させる方法を……」
 田辺が座って考え込む。澤村と吉村はゆっくりと視線を交わすと、やれやれと首を横に振り合うのだった。

***


「オーイオイオイ……」
 アークドライブ田辺は情けなく泣き喚きながら出社した。結局ネットリテラシーたか子を納得させられるようなネクタイの利用法は思いつかなかった。このファッションとも今日でお別れか。ネクタイを長くしてから強くなれたような気がしていた。自分にはマントラが刻まれていない。自らの仕組みで徳を生み出すことは敵わず、思い込みや徳の高い行為を繰り返すことで徳を積むしかなかった。しかし……尊敬する本徳サイボーグを、ネットリテラシーたか子を形だけでも模倣することで心が強くあれた気がしていたのだ。その心持ちは徳すら生み出せていたような気がしていた。だが、それも今日で終わりだ……。リスペクト元の張本人、ネットリテラシーたか子による指導によって!
 トボトボと完璧に管理されたシンギュラリティホールのロビーを歩いていると前方からチェーンソーの轟音が聞こえる……ネットリテラシーたか子だ!
 田辺は今朝、あえて長いネクタイをまた締めて家を出た。せめて最後は怒られてからこのネクタイを外そう。そう思ったのだ。
「おはようございます、田辺……。おや」
「お、おはようございますたか子さん……」
「ネクタイは長いまま来たのね」
「あの、あのあの、すいません! 私……むぐっ」
 弁解するために高速で開閉を始めた田辺の口を、たか子のファンネルが抑えた。
「いいのです、田辺」
「へ?」
「私が野暮天でした……。長いネクタイを許可します」
「え、え? いいんですか?」
「当然です。その……」
 たか子は視線を田辺からグイーと引っ張り上げるように虚空に向け、マフラーの下でモゴモゴと口を動かした。
「オシャレですからね」
「へ?」
「では。……朝礼まであと5分ですよ」
 田辺が目を丸くして固まっているあいだにたか子は去っていった。いったい何があったんだ……?
「よ! 田辺。たか子からお許しが出たみてぇーだなあ」
 声に振り向くとそこにはジャストディフェンス澤村とエアバースト吉村が立っていた……。膝下まで伸びる、長いネクタイを締めて!
「あーっ! そ、それどうしたんですかぁ!?」
「ウキャキャキャ」
「へへへへへへ」
 澤村と吉村がカラカラ笑いながらネクタイを振り回す。
「たか子にいっぱい食わせてやったのよお。二人してこのネクタイ巻いてみせてやってよ、マジでいまこのファッションがオシャレで流行ってるって言ってやったんだ」
「ついでにブームの火付け役はたか子さんだって教えてやってな」
 吉村の腰のインクジェットプリンターからWebサイトの刷りだしが排出される。そこには……「ロングマフラーとネクタイの火付け役、オシャレサイボーグのネットリテラシーたか子」の見出しが踊るキュレーションサイトが! 当然偽造!
「あいつアレで騙されやすいところあるからなあウキャキャキャ」
「上機嫌で許可下ろしてたよなあウヘヘヘ」
「ふ、ふたりとも……!」
 アークドライブ田辺が澤村と吉村にハシとしがみつく!
「ありがとう! ありがとう〜〜! 本当にうれしいです! こんなネクタイよりも……おふたりのことが!」
「アハハハハやめろよ田辺。水臭ぇよ。な!」
「そうそう。アタシら仲間だろ!」
 なんと美しい擬似徳サイボーグ同士の友情! 人類のみなさんにはこんなに仲睦まじい間柄の友人はおるまい。私たちはあなた方の絆が希薄で形骸化したものだと知っている。
 3人のサイボーグが手を取り合い、輪になって踊っていると新たにのっそりとロボ影が現れた。肩に配されたグレネードランチャーとタ弾頭ミサイルポッド、そして両腕の巨大なマニ車、アイアンネイル……。池袋支部もうひとりの本徳サイボーグ、マシーナリーとも子だ!
「おはよぉう〜〜……。あ、なんだお前ら」
 ボンヤリと出社したマシーナリーとも子は3人の出で立ちに気づき、その鋭い指先を向けるのだった。
「ダッセ! 3人揃って長いネクタイ……みっともないぞ」
 3人のサイボーグがグルグル回って徳を生み出していた輪は、ピタリ止まった。

***

 昼には澤村と吉村は長くてみっともないネクタイをゴミ箱に捨てた。

***


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マシーナリーとも子

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