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マシーナリーとも子ALPHA ~鳴るトンカツ篇~

「これは……?」
「パン粉だ」
 田辺は袋を覗き見る。ロボットアームでパン粉を掴み取ると、いつも店で使っているものよりふわふわしているように感じられた。
「このパン粉は……?」
「そうさな、口で言うより舌で味わってもらおうか」
 そう言うとセイカイは田辺とトルーを手招きし、奥のキッチンへと入っていった。大きな業務用の冷蔵庫のなかからバットを取り出す。中には小判形の物体が規則正しく並べられていた。
「コロッケのタネだ。ウチはコロッケパンに挟むコロッケも全部自家製なのさ」
「へえ……」
 セイカイはタネをふたつ取り出すと、手早く小麦粉をまぶし、卵を絡ませパン粉で覆った。そしてラードを熱して溶かした脂に投入する。瞬時にコロッケの水分が蒸発する小気味いい音と、ラードが発する香ばしい匂いがぷうんと厨房を包み、田辺はゴクリと唾を飲んだ。トルーはコロッケが揚がる音がうるさいので耳栓を抑えて逃げていった。
「さあウェストイースト特製のコロッケだ。食ってみてくれ」
(では……)
「いただきます!」
 田辺はロボットアームで器用に箸を操り、コロッケを一口大きさに切る。箸で挟まれたコロッケはザクっと音を立てながら両断される。その手応えに田辺はオヤ、と思った。
 コロッケを口に運ぶ。衣を噛み締めるとザクザクとした蠱惑的な歯ごたえがある。田辺は目を見開いた。
「こっ……これは⁉︎ この歯ごたえは⁉︎」
「どうだ……お前のトンカツに足りないものがわかったろう」
「ご主人、これはどうなっているんですか⁉︎」
「だからさっきから言ってるだろ。パン粉が違うんだよ」
 田辺はふたたびもらったパン粉を手に取る。柔らかい。
「生パン粉さ」
「生パン粉……? パン粉に生とか生じゃないとかあるんですか?」
「お前が使ったのは乾燥パン粉だ。乾燥パン粉は保存が効いて扱いやすいし、価格も安いからな」
「い、意識していなかった……! 生パン粉だとなぜ美味しくなるんです⁉︎」
「生パン粉は乾燥の工程がない。つまりしっとりと水分を多く含んでいるんだ。水分が多いパン粉でコロッケやトンカツを包んで高温の油で揚げるとパン粉内の水分が油と素早く入れ替わる。だからよりカラっと揚がるのさ」
「そ、そうだったのか……! あの耳障りのいい揚げ音とザクザクした食感のひみつは水分だったんだ……!」
(ムウ……気づきませんでした。私は油で揚がる音も咀嚼音も嫌いで避けるかミュートしてるかなので……)
「お前さんは肉も脂も気を使ったと宣っちゃいたが、俺に言わせりゃ片手落ちよ! 揚げ物で最初に歯や舌にあたるのはどこだ? 衣だろう! 衣にこだわらない揚げ物屋がどこにいる!」
「お、おっしゃる通りです……。めんぼくない」
 田辺はこうべを垂れながら自らの驕りを反省した。どこかで自分は肉や油に比べてパン粉を見下していたところがあったのではないか。パン粉なんてどれでも同じだとバカにしていたのではないか。田辺は下げた頭もそのままに、これまでの反省とこれからのトンカツの未来を見据えて叫んだ。
「セイカイさん! 図々しいことをお願いさせてください! ぜひウチの店でウェストイーストの生パン粉を使わせていただけないでしょうか! 私、もっとおいしいトンカツを揚げたいんです!」
「なにぃ……」
「お願いします!」
(ちょっとちょっと田辺、こんな人類に頭を下げることなんてないですよ。それにこの程度の人間私の超能力で……」
「ほらトルーさんもお願いして!」
 田辺は頭を下げたままトルーの長い袖をグイグイ引っ張る。
(えー……)
 トルーは二度三度田辺とトルーの顔を見比べると、渋々頭を下げた。
(お願いします……)
「あのなあ、そんな急に……」
「ごめんくださいよ!!!」
 セイカイが不平を述べようとしたそのとき、入り口から新たな叫び声が響いた。

***

「セイカイさんはおりますかね?」
 声に導かれ田辺とトルーはセイカイとともに店に戻る。するとそこには丸いサングラスとどじょうひげが特徴的な小太りの男が、いかつい男たちを引き連れて立っていた。いかにもカタギではなさそうだ。セイカイの表情が強張る。
「パナシさん……」
「セイカイさん、明日で約束の期日だ。金は用意できましたかね?」
「……期日は明日いっぱいだろ?」
「その様子だと資金繰りは芳しくないようですなあ」
 パナシと呼ばれた小太りの男は懐から重量感のある扇子を取り出して顔を仰ぐ。危険な殺人暗器、鉄扇だ! この行為は相手を挑発するとともに、これでいつでも殺すことができるんだぞという脅しも表している! セイカイが脂汗を滲ませる!
「約束通り、明日で金が払えなければこのお店はいただきますよ」
「えっ……どういうことですかセイカイさん」
田辺が目を丸くして会話に割り込む。どうやら穏やかな話ではない。
「ひょんなことからあいつと賭け麻雀に負けてな……。借金を作っちまったのよ。払えなければこの店を乗っ取って肉包専門店にするってんだ」
「そ、そんな!借金はいくらあるんです」
「5000万円……」
「5000万円⁉︎」
 あまりの金額に田辺は目を丸くする。いくらなんでも法外だ。これはなにか仕組まれたに違いない……。ニタニタと笑うパナシを田辺は睨みつけた。
「パナシさんと言いましたね……。ウェストイーストを奪わせはしません。このお店には私にパン粉を卸してもらわないといけないんです! 肉包屋なんかにさせません!」
「アンタ何者だ?見ない顔だが……」
「とんかつ処田なべ店主、アークドライブ田辺!」
「なに!?」
「とんかつ処田なべだと⁉︎」
 パナシの取り巻きがザワザワと騒ぐ。側近らしき男に耳うちされるとパナシはニタ〜〜と口を歪めた。
「そうかアンタ、あの最近噂の店の店主か……」
「だったらなんだと言うんですか」
「よかろう! こういうのはどうかな。私たちとアンタで、料理勝負をしようじゃないか」
「料理勝負⁉︎」
「そう。アンタが勝ったらウェストイーストのことは諦めてもらおう」
「私が負けたらどうなるんですか」
「そのときは……ウェストイーストはもちろん、トンカツ処田なべも私の物となる!」
「何ぃーっ⁉︎」
「どうだ、乗るかね⁉︎」
 慌てたのは横で話を聞いていたセイカイだ。
「待った待った! 勝手に話を進めんな! なにが料理勝負だ、やらねえぞ!」
「で、でもセイカイさん。借金が返せるアテはあるんですか?」
「それは……無ぇけどよ」
「こうなったら乗りかかった船です。私たちに任せてくれませんか。どちらにしろ料理勝負をしなくてもこのままだとコイツにウェストイーストは乗っ取られてしまうんですよ!」
「それはそうだが……もし負けたらてめぇの店はどうなる!」
「大丈夫……私は、負けませんよ」
(いいのですね、田辺)
「はい……。パナシさん、その話乗りましょう! 料理勝負受けて立ちます!」
「ほほーっ! こいつはいい。観客もたくさんとって入場料を取ろう! 儲かるぞ。では勝負は1週間後、私の屋敷で行おう。いいね?」
「承知しました」
「ふふ……一夜にしてパン屋とトンカツ屋が手に入る! 楽しみですな。では……」
 パナシは高笑いしながら去っていった。

***

「すまねえ、アンタ達を巻き込むことになってしまって……」
 セイカイは頭を下げた。
「いえいえそんな! 顔をあげてくださいセイカイさん。さっきも言ったように私はあなたの作るパン粉が欲しいだけですし!それにああいう人類は気にくわないんですよ! ねえトルーさん?」
(そうですね……。ああいう人類の平均点を下げるような輩は我々が管理する地球には不要なものです)
「しかし……あんたらの店まで賭けるなんて向こう見ずすぎるぜ! 負けたらどうするんだ? パナシは池袋北口で大きな力を持つチャイニーズマフィアだ。きっとこの池袋でいちばんの料理人を連れてくるぞ。そもそもまともに勝負するつもりがあるのかどうか……。なにか不正をしつつ、衆人環視のもと俺たちの店を奪う口実を得るためだけに勝負をするつもりかも!」
「なぁーに負ける要素はありませんよ。ねえトルーさん」
(そうですね……。勝負は1週間後と言っていましたが善は急げ、明日の夜にでも仕込みをしましょうか)
「その代わり、私たちが勝ったらパン粉の納入をお願いしますよセイカイさん」
「あ、ああ……。そりゃあ構わねえが……」
 セイカイは狐につままれたような心地だった。突然現れて自分の店の命運を握らせることになった女がふたり。そしてそのふたりは妙に余裕そうだった。その理由がセイカイにはわからなかった。

***

 次の日。丑三つ時。田辺とトルーはパナシの屋敷に来ていた。パナシの屋敷は池袋から二駅ほどの郊外にある、学校のグラウンドほどの敷地に建てられた、驚くほど広大、というほどではないもののまあまあの金の匂いを感じさせる、どちらにしろマトモな商売では建たなそうという程度のお屋敷であった。
(ギリギリマンガっぽくないけどまあまあ金持ってそうな感じの御宅ですねぇ〜)
「あの振る舞いからもっと派手な感じ予想してましたよね。池にサメ飼ってるとか」
(ま、広すぎないほうが仕事はしやすいので助かります。行きましょう田辺)
 屋敷は四方を塀で囲まれているが田辺はトルーを脇の下から腕を差し入れて保持すると、背中の飛行ユニットに火を入れ飛び上がった。彼女は貴重な飛行能力を持ったサイボーグなのだ! 易々と塀を飛び越えた田辺は屋敷上空を周回しながらトルーのテレパシーを待つ。
(見つけました……。厨房はあの建物です。別に厨房から始めることはありませんが、今回のテーマ的にわかりやすいでしょう)
 目的地のアタリをつけた田辺は高度を下げる。すると、トルーが小刻みに震えていることに気づいた。
「……? トルーさん、寒いですか?」
(いえ……なんでもありません。早く降りて始めましょう」
「はあ……」

***

 パナシの屋敷がズドン! と揺れる。
「なんだぁ⁉︎」
 続いて爆発音。厨房のある方角だ。
「いったい何が⁉︎」
 慌てて料理人がかけつけると、厨房は完全に破壊され火の海であった。
「こいつぁひでえ……」
「いったいなにが……」
 一同が呆然と炎に包まれた厨房を見つめていると炎の向こうに揺らめく影があった。影はだんだんと近づいてくる。
「まさか……人⁉︎」
「誰かが料理をしていて逃げ遅れたのか⁉︎」
「違いますよ」
 炎の中から声。すると炎から伸びるようにひときわ眩しい光が輝き、料理人のひとりを貫いた。
「グエーっ!」
「タ、タカシーッ!」
 炎の中の影が近づいてくるにつれてくっきりと浮かび上がってくる。メガネをかけ、翼を生やした人型のなにがしか……それはシンギュラリティのサイボーグ、アークドライブ田辺だ!
「死ねーッ!」
「グギャーッ!!」
 アークドライブ田辺はビームライフルと背中のビームキャノンを乱射! パナシの家の料理人軍団は即座に全滅! すると遅れてパナシが厨房に駆けつけた。
「こ……これは……! あなたーッ! 自分がなにをやってるのかわかっているのッ」
(ええ、わかっていますよ)
 パナシは最後まで声を発することができなかった。いや、口と舌は動いたのだがそれが音を発しなかったのである。気づけば炎が屋敷を焼く音や、屋敷の人間たちが慌てて走り回る音すらも消えていた……。完璧なる静寂! これはいったい!?
(警察とかに嗅ぎつけられたらメンドクサイですからねえ)
 無音に包まれたパナシの頭のなかに直接声が響く……。地球最強のサイキッカー、トルーさんだ!
(田辺、いいですよ)
トルーの呼びかけに田辺は頭のなかで承知しました! と念じ、パナシにビームキャノンを向けた。
(別にわざわざ料理勝負なんかする必要はありませんからねえ。グルメ漫画じゃあるまいし。バカバカしい)
トルーの罵りの思念がパナシの頭に満ちた。
音のしない炎に照らされて輝くビームキャノンの銃口。それがパナシが最後に見た光景だった。

***

一週間後。とんかつ処田なべ。

「なあ……お前聞いたか?こないだの火事」
「中国のヤクザん家が全焼したやつだろ? なんかあったか?」
「いや、結局事件性は無いって話よ。厨房から火が出たんだと」
「やっぱそういう感じか。でもあのヤクザここらでデカいツラしてたんだろ? ほんとに事故なのかねえ……っておっと、トンカツができたみたいだぞ」
「はーい 上ロースかつおまちどう」
「来た来た……。オッ! 店長、なんだかトンカツがさらに美味しくなってない?」
「フフフ、気づきましたか? 決め手はパン粉ですよ。ね!セイカイさん!」
 田辺がカウンターから身を乗り出す。店の角にはトンカツを食べるセイカイの姿があった。
「馬鹿野郎、そういうのは企業秘密にしておくもんだ」
 セイカイがビールを呷る。パン屋、ウエストイーストでは数日前からとんかつ処田なべのトンカツを使用したカツサンドを商品化し、人気を博していた。
「店長~~! こっちカキフライセット3つ!」
「はーい!そいじゃどんどん揚げますよ~~ッ!」
 カウンターの隅ではトルーがウンウンと頷きながらカツ丼で腹を満たしていた。
 とんかつ処田なべは今日も満員だ。

***


読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます