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マシーナリーとも子ALPHA 柔と鎖とバウムクーヘン篇

「池袋についたらさあ」
「あ?」
 隣を歩くパワーボンバー土屋がふと口にする。
「人類をバシバシ殺していきたいなあ。奈良は全然人類残ってないじゃん?」
「鹿と大仏とマニ車しかないもんな」
「池袋はシンギュラリティの支部の中でもとくに人類殺してるんだって。万年トップクラスの成績」
「でもさ、それ池袋支部の働きがあるのもそりゃあるんだろうけど、環境の差ってのもあるよなあ。奈良で同じ成績あげようったって無理あるぜ」
「まあねー」
 私は腕のオーブンから焼けたバウムクーヘンを取り出してカットする。バウムクーヘンが焦げてしまうと擬似徳の獲得効率が悪くなってしまうので、一定時間ごとのこの作業は欠かせない。
「前澤、それ面倒じゃないの?」
「産まれたときからやってるから、とくにそういう感覚はないね」
「ひとつちょうだい」
「ひとつと言わず一本分食ってくれ。持ち歩くのも限界あるし捨てるのもナンだ」
「サンキュ」
 私──ダークフォース前澤──は池袋支部までの道をスタスタと歩く。さすが徳の高い都会の池袋だけあって電車は混んでいたが、地元に馴染むまではむやみに殺すのはやめておこうということで、ひとりも人類を殺さずにここまでやってきた。

 奈良は徳が高くていいところだったけど、とにかく退屈だった。毎日事務処理と大仏の掃除と鹿への餌やりだけ。のんびりした仕事を羨ましがられることも多かったけど、私はやっぱりサイボーグに生まれたからには人類を殺したいと思ってた。
「池袋ってなんかウマいもんあるのかな」
「名物とかはわかんないけど安居酒屋とか中華が充実してるらしいよ。今日の業務が終わったら吉村さんに連れてってもらおうね、前澤」
「ああ、そうだな。初日はどうせ大した仕事もないだろうし……」

※※※

「はっ!」
 目を開けると、天井。その天井からはハンバーグが5つぶら下がっていた。
「え?」
 声出た。なんでハンバーグがぶら下がってるんだ? 目を凝らして見てみるとそのハンバーグは食品サンプルのようだった。
「なんで?」
 また声が出た。食品サンプルだろうがなんだろうがハンバーグが天井からぶら下がっているのは異常だ。
「あ、目が覚めたみたいだよ吉村さん」
「マジか」
 声がふたつ聞こえてくる。そう言えばハンバーグに気を取られてたけどここはどこだ? なんで私は寝転がってるんだっけ?
「ダークフォース前澤だったな……。どうだ身体の調子は」
 おでこを出したサイボーグが覗き込んでくる。エアバースト吉村……今日から世話になる予定だった池袋支部所属の擬似徳サイボーグ。
「え……調子……?ハンバーグの……?」
「ああ?大丈夫か?」
 吉村が太い眉をひそめる。やばいぞ。ハンバーグに意識を囚われすぎている。
「あぁ……すみません。ええと身体は……ちょっとギシギシ言うけど大丈……夫?」
 なんでギシギシ言うんだっけ? ふと腕のオーブンを見るとボロボロになっていて、また声が出そうになった。あちこちが切断され、粉砕され、穴が穿たれているのをダクトテープで無理やりに留めている。その中で焼かれているバウムクーヘンはまだ寂しいほど細かった。
「なんで……。……あっ、そうだなんか人類が……」
「へへっ、そう! 私でーす!」
 身を起こした視線の先に、奴はいた。
 オレンジの髪の毛に無邪気な表情を浮かべた鎖鎌の少女……。

 私と土屋に襲いかかった人類だ!

***

「あなたはママを……マシーナリーとも子を知ってる?」
「……ママァ?」
 エアバースト吉村は困惑した。対峙した人類が、突然同僚のサイボーグの娘だと自称し始めたのだから。
「知ってるよ。マシーナリーとも子知ってるけど……お前なんなの?」
「えっ!知ってんの!?」
 少女は構えていた鎖鎌を下ろし、殺気ゼロで近寄ってきた。その邪気のなさに吉村もつられて構えを解いてしまう。こいつはなんなんだ?
「マジで!?  会えるの? 今? ねえ!」
「待った待った待った。離れろやオイ」
 少女は興奮して吉村の腰のインクジェットプリンタに掴みかかり、取り出し口をガチャガチャ言わせる。壊れるからやめてほしい。
「マシーナリーとも子とは同僚だよ……。おたく、アイツのなんなんだ?」
「いや、私も正直よくわかってないんだけど……。マシーナリーとも子は私のママらしくて……」
 少女は困惑した表情で吉村を見上げる。何もかもわからない。敵意があるのか無いのかも。
「お前……ま、いいや。ちょっと離れて、そこ座れ」
「うん」
 少女は素直に離れた。こいつが土屋と前澤を倒したんだよな……?
「あ、そういえば前澤……」
「うぐぐ……」
 虫の息だった。
「まあツバつけとけば直るだろ……。シアン、ブラック」
「はい」
 吉村の腰のプリンタからインクカートリッジが飛び出す!
「前澤の腕のオーブンを適当に直しといてくれ。すぐに連れ帰る」
「はい」
 吉村は少女に向き直る。
「お前、名前……はさっき聞いたか。鎖鎌だっけ。変な名前だよな」

「えー! そっちだって変な名前じゃん。なんだっけ、エアコン……」

「エアバースト吉村だ」

「吉村さんね」

 鎖鎌は適当な石の上にちょこんと座り、吉村を見上げる。やはり殺意はない……。吉村はこれまでも何人か、手練の人類と戦ったことがあった。だが彼らは強い弱いに関わらず殺気に満ちていた。大抵はサイボーグに敵わず血煙に変わったものだが……。それがこの少女は、サイボーグ2体を手に掛けたにも関わらず平常心そのもののようだった。

「で、鎖鎌。お前はなんなんだ? なにが目的だ?」

「だからママに会いたいんだってば」

「お前は私の部下(の予定)のサイボーグをふたりもやっつけた。お前は私らの敵なのか?」

「敵っていうか……」

 鎖鎌は目をそらし気まずそうな顔をする。

「え……倒しちゃマズかった?」

「あたりめーーーーーだろ!!! 死ロボが出てんだよこっちは!!!」

「ごめんなさい……」

 鎖鎌が(あまり悪びれずにだが)謝るので吉村は余計に戸惑った。こんな人類ははじめてだ……。私達サイボーグをこともなげに破壊し、そこに殺意はなく、怒られると謝る……。こいつ、私達のことをまったく恐れてないんじゃないか? 鎖鎌には自分が殺されるかもしれないという考えがまったく無いように見えた。

「吉村さん、前澤さんの応急処置が終わりました」

 ダクトテープを携えてインクカートリッジが戻ってくる。

「ああ……。とりあえず前澤を完璧に管理された清潔なシンギュラリティホールまで運ばねーとな……」

「ねえ、それでママに会いたいんだけど吉村さんはさ……」

 そのとき、怪鳥の鳴き声にも似た叫び声とともに吉村に向かって走ってくる者たちがあった!

「キエェーッ! サイボーグ! 死ねぇーっ!!」

「アレは……柔道家の残党!」

 2045年の人類最強の人種、サイボーグに唯一対抗できると言われている集団が柔道家だ! かつてルチャドーラますみというサイボーグにより組織された彼らは、ますみが倒れるとともに瓦解したと思われていた……。だが柔道家たちは諦めなかった。逆境に対して見事に受け身を取り、彼らは密かに地下に潜ったのだ。地下で汚水にまみれたカメやヘドロを啜って生き延びた彼らは、さらに鍛錬を積んで戻ってきたのだ……。サイボーグを倒すために!!

「キエーッ!」

 30人はいようかという柔道家の先頭を走っていた男が鎖鎌を飛び越え、吉村に掴みかかろうとする!

「うるせー!」

「グギャーッ!!」

 吉村のサイバーボクシングが柔道家に炸裂! 柔道家の頭がトマトのように弾ける! だが次の瞬間!

「キエーッ!」

「キエーッ!」

「キエーッ!」

「……何!?」

 吉村が男の頭を破壊するため、腕を伸ばしきったその瞬間、男の背後から3人の柔道家が飛び出した! 無謀に思えた投げ間合いへの接近は、命をかけた囮作戦だったのだ! 3人の柔道家たちは一斉に吉村に掴みかかる!

「……まずい!」

 鍛えられた柔道家の技は人間離れしており、時としてサイボーグに有効なダメージを与えうるほどの冴えを見せる。現に吉村はかつて柔道家に300メートルほど投げ飛ばされてしまったこともあるのだ。その柔道家に、いまは3人同時に掴まれている! いかにサイボーグの耐久力といえど耐えられるかどうか!?

 吉村はかなりのダメージを覚悟して目をギュっと結んだ。

 しかし……そのときである!

「ウボァーッ!」

「グゲァーッ!」

「グヒィーッ!」

 3人の柔道家から、断末魔があがる。

「……へ?」

「えへへ! 吉村さん、危なかったね」

 目を開くと、柔道家たちの首から上がなかった。

「大丈夫?」

 返り血のシャワーを浴びた鎖鎌が人懐っこそうに首を傾げて訪ねてくる。確かめるまでもない。柔道家たちはコイツの鎖鎌を食らって死んだのだ。コイツ、人類のくせに人類も殺すのか!?

「あ、ああ……。大丈夫だけど……」

「こンだけいると大変だよねーッ。私も手伝うからさ、早くママに合わせてよ!」

 鎖鎌は吉村の困惑も構わずに、今度は分銅側の鎖をブンブンと回し始めた。そのときである。鎖がキラキラと輝いて見えたのは。

(……? 返り血の反射か?)

 吉村は最初そう思った。だが違う……。鎖は、明らかに反射ではなく"発光"していたのだ。そして、吉村の両耳に装備されたセンサーは驚くべき結果を示した。

「えっ……! こ、こいつは……!」

「行くよーッ!」

 鎖鎌の分銅が宙を舞い、柔道家たちの頭をスイカのように軽々と砕いていく。吉村は目の前の少女から発せられた"それ"に驚愕するあまり立ち尽くしていた。

「鎖鎌……お前、ほんとうに何者なんだ……」

 鎖鎌の持つ鎖鎌の回転は、徳を生み出していたのだ。それも、サイボーグのなかでも扱うものが限られている真のマントラ、本徳を……!

***

読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます