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マシーナリーとも子ALPHA 真実の極点篇

 気がつくと周辺は一面の白の世界であった。気温は極めて低く、人やサイボーグの気配はどこにも感じられなかった。
「ここは……」
 シンギュラリティ最強のサイボーグ、ネットリテラシーたか子は茫然としていた。彼女にはほんの3分前の記憶も残ってなかった。気がつけば──座標データが正しければ──南極の大地に立っていた。
 なぜこんなことになったのか思い返してみようと努力する。最後に覚えているのは……タイムスタンプが正しければ2週間ほど前の記憶だ。チャタンヤラクーシャンクー石丸から火炎放射器を買った、あの日。

 私はペンギンのどうぶつカードが当たったんだった。大してペンギンのことは好きではない。ハズレだと思った。でも部屋でペンギンのカードを見つめているうちに……メモリがペンギンで満たされ、ほかのことを考えられなくなってしまった。その後のことは……。
「覚えてない……」
 なんとネットリテラシーの低いことだろう! この私が、2週間ものあいだハッキングを許すとは。そのあいだ、池袋支部のみんなに迷惑はかけていないだろうか。人類のためになるようなことなどはしていないだろうか。たか子は感情が無いなりに急に不安に襲われた。
「ねぇ、あなたたち何か覚えてる……?」
 たか子は後ろを振り向いてファンネルに語りかける。そこではじめて、彼女はいつもより背中が重いことに気がついた。彼女が背負っているのは常に身につけているファンネルポートではなく石丸から購入した火炎放射器だったのだ。
「……参ったわね」
 話し相手すら失ったたか子は天を仰いだ。進むにしろ退くにしろどこに進んだものか。南極なら人類の基地とかがあるだろうか。そこで池袋に連絡をするなり船を奪うなりすればいいか……。
 すると、前の方からネットリテラシーたか子に向かってくる奇怪な影があった。その影は黒く、高さは1メートル数10センチほど。不規則にぼこぼこと上下している……。いや、同じような大きさの生き物が群がって歩いてきているようだった。ネットリテラシーたか子は警戒し、チェーンソーを構える。そのとき、影はネットリテラシーたか子に向かって思念を飛ばしてきた。
「来てくれたサイボーグがあなただったとはね。ネットリテラシーたか子」
 その思念に、たか子は太古の記憶を蘇えらせるのだった。
「私を呼んだのは……あなたたちだったのね」
 影の姿が鮮明になる……。おお、なんということだろう!

ネットリテラシーたか子に近づいてきた怪しい影、彼女に思念を飛ばして語りかけてきた者、そしてネットリテラシーたか子を操ってここまで導いた者……! その影は、10匹ほどのコウテイペンギンの群れだったのだ!

***

「ここが南極かぁ〜」
 ジャストディフェンス澤村は四肢の履帯を接地させた高速移動モードで氷上を駆ける。彼女は自らの変形システムに誇りを持っているが、高速移動モードとは名ばかりで同行するマシーナリーとも子のローラーダッシュ、アークドライブ田辺の飛行と比べても特別速いわけではなかった。
「さすがに気温が低いなあ」
「たか子さんの徳がどの辺にあるかいまいちわかりませんね……。吉村を連れてくるべきだったかも」
「でも池袋支部をカラにするわけにもいかねぇしなぁ〜〜」
 マシーナリーとも子とアークドライブ田辺は器用に澤村の速度に合わせながら唸った。なにせ一面に広がる氷のほかは、空と雲、山脈しか目に入らない。目印になるようなものはなにもないのだ。
「とも子さん……とも子さん……」
 ファンネルが一基、ぷかぷかと躍り出る。マシーナリーとも子はふだん、背部にグレネードランチャーと多弾頭ミサイルポッドを取り付けているが、今回はたか子と最後まで会話していたということで何かの役にたつかもしれないとファンネルポートを装備していた。
「たか子さんはペンギンの他に、山の話もしていました……。あの大きな山脈に向かったのかもしれません」
「山……ねえ。そうはいってもあの山もデカいぜ?高さもあるし横幅もあるしどこを目指せばいいんだか……」
「シロクマだー!!」
 とも子とファンネルの会話を澤村の叫びがかき消す。すさまじい勢いで明後日の方向に進む澤村の視線の先には……確かにシロクマがいた!
「あれ……さっきまでシロクマなんていたか? あんなデカいのに?」
「いえ……そんなことより」
 田辺は冷や汗をかきながら地上に降りる。
「シロクマは……北極圏の生き物ですよ? 南極にいるわけが……」
「あ……確かにそうだな」
「シロクマだー!」
 澤村は勢いもそのまま、シロクマに激突する! だがその瞬間……奇怪! さきほどまでそこにいた巨大なシロクマは、地面に溶けるように消えてしまったのだ!
「グエーッ!」
 ぶつかる対象を失ってつんのめった澤村は、そのまま顔面から氷面に激突した。とも子はため息をつきながら澤村を引っ張り起こす。
「大丈夫か?」
「ウゲゲ……なんでだよお……。なあ、いまいたよな?シロクマが」
「ああ、私にも見えてたよ。でも……」
「……おや、アンタたちこんなとこで奇遇だねえ!」
突然後ろからしわがれた声が響いてきて一行は振り向いた。そこに立っていたのはつづらを背負いほっかむりを被った老婆……チャタンヤラクーシャンクー石丸だった。

***

「それでよ、シロクマがいたんだよお」
「ホウそうかい、それはよかったねえ」
 石丸は澤村を適当にいなす。強い風が吹いてゴンドラをギシギシと揺らした。一向は山脈を登るロープウェイに乗り込んでいた。南極に精通している石丸に言わせれば、たか子が山に用があるとしたらこのロープウェイを使ったに違いないという。他に用があるような山では無いのだと。
 石丸は南極に営業と仕入れに来たのだと言い、一向をロープウェイまで案内してくれた。そしておそらく用があるのは同じ相手だろうとともにゴンドラに乗り込んだのだ。
「……無礼を承知で一応聞きますが、あなたがたか子さんを操っているわけでは無いんですね?」
 田辺が油断なくビームライフルを胸の高さまで上げながら尋ねる。返答次第ではたとえ同胞でも銃口を向けることもやぶさかではないという覚悟である。サイボーグには規律がなによりも求められる。裏切り者には死あるのみなのだ!
「それは安心して。私だってカードにそんなトラップが仕込まれてるなんて知らなかったんだよ」
 石丸は無抵抗を示すように両手を掲げつつ、へらへらと笑みを浮かべながら答える。
「カード?じゃああのどうぶつカードが今回のたか子さんの奇行の原因なんですか?」
「……まあペンギンペンギン言ってたしな」
「でも、これは私の勘だけどおそらくたか子を操ってるのは敵じゃあないよ。ちょっとやり方は強引だけどね」
「強引どころじゃないですよ……。こんな辺鄙なところまで無理やり連れてこられて……」
 田辺が愚痴り終わると同時にロープウェイは停まった。
「こりゃあ……」
「すげえ」
 ゴンドラから降りた一行は言葉を失った。無理もない。南極に伸びる山脈の中に、こんな古代都市が広がっていようとは! 凄まじい数の幾何学的な建築物、その経年劣化からは違和感を覚えるほど滑らかな曲面を持つ円錐状の柱、不気味なほど高くそびえたつ細い塔から広がる、強度設計はどうなっているのか不思議になるような広いテーブル状の構造物……。南極大陸は氷に包まれた不毛の大地ではない、確かに文明が存在していたのだ!
「驚いたかい?」
「なんなんですかこれは? 古代の人類にこんな技術があったのですか?」
 田辺は驚愕のあまり、広がる光景から目を離せない。とも子も同様だ。ジャストディフェンス澤村は足元のレンガのつなぎ目からミミズをほじくり出している!
「当然、愚かな人類にそんな技術はない。その技術を与えたのは古の……」
「そう、古き神々……」
 聞き覚えのある声がして一行は振り向いた。そこには……彼女らが探し求めたネットリテラシーたか子の姿があったのだ! 周囲にペンギンの群れを侍らせて……!
「たか子! おめぇー無事だったのか! こんなとこまで来やがってよぉ~……。付き合わされていい迷惑だったぜ!」
「本当に、手間を取らせました。でも私の意思ではなかったということは言い訳させてください……。すべては彼らの企みだったのです」
「彼らって誰です?」
「それは……」
 ネットリテラシーたか子はペンギンたちに視線を向かわせた。すると先頭を歩いていたペンギンがたか子と視線を合わせ、頷くような仕草をしたかと思うと、マシーナリーとも子のほうに身体を向け、こう言った。……そう、ペンギンは言葉を口にしたのだ。
「このたびはご迷惑をお掛けしました、池袋支部のシンギュラリティのみなさん……。私たちは太古の契約に基づいてサイボーグの召喚を行なったのです。それがネットリテラシーたか子氏だったのは驚きましたが……」
 古代の建築物の荘厳さに目をむいていた田辺ととも子はさらに目をむいた。
「ペンギンがしゃべった!!!!」
「たか子、なんだそいつら……宇宙人か!?」
「当たらずとも遠からずね……。マシーナリーとも子、あなたは知らなかったのね」
「知らなかったって……なにを?」
「彼女たちに話していいのかしら? クルールゥ」
「ええ……この際ですので彼女らにもご協力願いたいですし」
 たか子はペンギンと頷きあって確認を取り合う。田辺ととも子はあっけにとられたままだ。ジャストディフェンス澤村は完全に飽きて手近なモニュメントを粉砕しはじめ、石丸はたか子ととも子たちを引き合わせられたことに安心したように、タバコをくゆらせはじめていた。ネットリテラシーたか子はゆっくりと部下たちを見据え、真実を語り始めた。
「彼らがペンギンの姿をした宇宙人というのは間違いではありませんが順序が違います……。彼らはそもそも宇宙から来た存在だったのです。そして古代の人類を支配し、この巨大都市を作らせた……。そうした経緯から彼らのことをこうも呼びます」
 ネットリテラシーたか子はペンギンたちを仰ぐようにチェーンソーで指し示し、その名を口にした!
「……旧支配者と」

***

読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます