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短期バイトの思い出

これは何年も前
大学も4年生の後半に突入したときの話

鉄道会社への就職も決まり、部活も引退し、授業も減って悠々自適な学生生活を送っていたときでした
これまでのバイト代は部活とその日の遊びに一瞬で溶けてしまい、貯金もなかったため就職してから初任給が出るまでの新生活に不安を感じ、今やっているバイトに加えてさらに短期バイトをして貯金しようということになりました

短期バイトはすぐに見つかりました
実家から徒歩3分にある和菓子の工場でした
3ヶ月間の短期募集でしたので、ちょうど3月中頃で満期を迎えるため、辞める時期としてもとても都合がよく即決でした

短期バイト初日
わたしの他、中国人の主婦も一緒に入社しました
中国人の主婦は控えめな性格ながらも、淡々と仕事をこなす人で、話しかけたら小声で片言の日本語が返ってくるのが印象的でした
この職場はわたしよりも歳上の主婦層がかなり多いところでしたが、2人ほど歳が近い社員がいて打ち解けることができました

そんな中、1人、忘れられない人がいます
わたしより1ヶ月ほど先にパートで入社したという山本さん(仮)です
山本さんは50代手前ぐらいの主婦でした
なんか抜けたところがあってうっかりミスを多発し、皆からは“仕事ができない人”というレッテルを貼られていました
しかし山本さんはとても良い人でしたので、仕事ができなかろうがわたしには関係ありませんでした
むしろわたしも仕事ができない方でした

それはさておき
山本さんはロッカーなどで会った時必ず話しかけてくれました
しかし仕事ができないせいか、皆からは放られていた感じでした
山本さんはもしかすると、同じく仕事ができないわたしに仲間意識を持ったのかも知れません

しばらく働いていくうちに
わたしって、こういう工場向いてないのかもしれないと思うようになりました
同じ作業を同じ姿勢で永遠にやることに疲れてしまい、バイトに行くのがしんどくなったのです
一方、同時入社した中国人はせっせと仕事をこなし、新しい仕事を任されていました
気づくとわたしと山本さんは同じ仕事をしていました
しかし「わたしは3月まで頑張るだけだけど、山本さんは半永久的だからもっと辛いだろうな」と自分を鼓舞?しつつも、余計なお世話まで考えてしまうようになりました

それでも山本さんはロッカーで
雑談しながらも最後には、寒いから風邪ひかないようにね、とか優しい声をかけてくれるのです
絶対にこの人は悪い人じゃない
ただ仕事ができないだけ(わたしも)なのに、なんでみんなそんな山本さんを除け者みたいにするんだろうと、半ば怒りの悶々とした気持ちで毎日を過ごしました

そして3ヶ月はあっという間に過ぎ
とうとう短期バイト最後の日がやってきました
勤務が終わったあと、ありがたいことにいろんな人からお菓子や小物を頂きました
そしてみんなが帰り、誰もいなくなりました
ロッカーを整理していたらまだ残っていた山本さんが話しかけてきて
「運転士になるんでしょう、頑張ってね、少しだけどほんの気持ち」
と、ラッピングされた包装紙を手渡されました
中にはクレイジュのタオルハンカチが入っていました
涙が止まりませんでした
山本さんからのプレゼントが、誰からの贈り物よりも一番嬉しかったし、わたしは優しい山本さんのことが大好きなのでした

数年後、SNS内で
当時打ち解けたあのときのわたしと同年代の社員さんに出会いました
山本さんはまだ工場に居るのか聞きましたが
とっくに辞めたとのことでした

わたしは山本さんから頂いたタオルハンカチを、今も大切にしています

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