そういえば不登校だった


ある方のnoteを拝見して、そういえば自分も不登校だったと思い出しました。

不登校だったのは中学生の数ヶ月間再発してまた数ヶ月間くらいでしたが、高校受験も控えていたので、この先どうなるのやらと不安でした。親にも大きな心配をかけてしまいました。

せめてもの償いのつもりで書きます。

今不登校で悩んでいる人の助けになれたら、と思います。とはいえ私個人の経験でありすべての人に当てはまるとは言えないので、気休め程度に、どうぞよろしくお願いします。

何で不登校になったの?

何ででしょうね、、。はっきりと答えられる事はありません。

まあ理由として挙げられるのは人間関係のトラブル、元々の性格、家族の不和などですかね?
一応きっかけとしては人間関係のトラブルでしたが、それまでに溜め込んできたものがそれによって溢れた、張りつめていた糸が切れたという感じで、きっかけでしかありませんでした。

今振り返ってみると、元々の性格に起因するところが大きいのではと感じます。

私の性格

幼い頃からしっかりしている、手がかからないと言われてきました。
喧嘩の多い両親を見て空気を読んで、迷惑をかけてはいけないと、子供なりに頑張っていたように思います。

また、頑張り屋さんだとも言われてきました。
どちらかと言うと完璧主義で、日常生活の小さなところからテストや受験まで、完璧にこなすことに満足感を得てました。

内向的でもあります。しかし完全に内向的なわけではなく、外向的に振る舞うことも苦手ではありませんでした。子供の人間関係って外向的な方が得なことが多かったので…。
ただずっと外向的でいられるはずもなく、1人で自分の世界にこもる時間は絶対に必要なタイプです。
このバランスが崩れていた、というのはメンタルの不調を引き起こす大きな要因のひとつだったかと思います。

慎重で何に関しても心配しすぎる面もあります。
何かする前はあらゆる想定が思い浮かび、これで大丈夫か、こうはならないか、など考えようとしていないのに殆ど起こり得ない想像が湧き出てきます。
例えばですが、お風呂に入っている時に今地震が起きたらどうなるんだろうと考えたり、大きな照明の下で照明が落ちてくる映像が浮かんだり、などです。

根は割と自由人です。
日頃は周りに合わせていますが、早く帰りたいと思っていることがしばしばあります。でも人はそれなりに好きなので誰かと過ごすことは好きです。
でも同時に、自由に自分ひとりで好きなことをしていたい、没頭したい、そう思います。
まあこれもバランスですかね。
部活は練習時間や人間関係に縛られて気力も体力も消耗し、続けられませんでした。部活に関しては、ゴリゴリの運動部に入ったのが間違いだっただけかもしれません。

他にも思いついたら書き足しますが、こんなところです。いわゆる社不っぽい性格をしています。

16分類の性格診断ではINFJなので、そちらも参考になるかもしれません。私が不登校のときは自分って何?!と思って性格診断や心理テストをよくしていました。
INFJだとわかると同じ人の悩みや生きていく方法がちょっと知れたりするので、自分だけじゃないんだ、あるいは自分と同じような人がこんな風に生きている、という希望になりました。

自分にとっては性格診断の類のものは自分を知り、自分とうまくやっていくひとつの指標になっています。まあ完全に当てはまるというものはあまりないと思うのでこれもまた気休め程度ですが…。

どうやって過ごしてた?

すみません、勉強もせずにぐうたら過ごしてました。

テレビとスマホが多かったです。たまに元気のある時は本を読んだり音楽を聴いたりピアノを弾いたりしていました。

テレビは気力使わないのでよかったです。映画やドラマ、ニュースはやっぱり疲れるのでバラエティが多かったですね。
当時はヒルナンデスが好きでした。学校に行っていると絶対見れない時間帯なのでそれまでヒルナンデスの楽しさを知りませんでした。他にもいろいろ気が向いたらバラエティ番組を見ていました。アホみたいにしょうもない方が元気が出ます。

少し元気になってきたら外に出て遊ぶこともありました。

親や習い事で仲良くなった他校の友達と少し遠出しました。同じ学校の友達に対してはどうしても後ろめたさがあったので全く会いませんでした。
外出は疲れますが気晴らしにはなります。
不登校だと本当に家から出なくなるので、たまには外に出てみてもいいかもしれません。

もう一度通い出す、そして再発

もう一度通い出しました。
クラスの人間関係がきっかけだったので、進級し、クラスが変わるタイミングで学校に通い始めました。
先生方の配慮もあり、優して穏やかな人が多いクラスでした。友達にも恵まれて楽しい日々を送っていました。

しかし、同じ年の冬、また学校に通えなくなりました。
もう不登校にはなれない、学校を休めないというプレッシャーの中、それまで毎日頑張っていました。
人間関係もうまくいっていましたが、涙が止まりませんでした。
そしてまた、家に篭ります。

二度目の不登校

今回は人間関係のトラブルもなかったので何でだろう、と自分でも感じていました。

人間関係については、うまくやろうという気持ちでやっており多少の負担はありましたが、それでも友達のことはある程度は好きでした。

ここでようやく、自分が不登校になっているのは自分の性格によるものが大きいのでは、そして自分の頑張り方は間違っていたのかも、と気付きます。

自分と向き合う、自分とうまくやっていくということを考え出すようになりました。まあどうせ一生付き合うのは自分なので、考えてみてもいいかな、という感じです。
そこから状態は良くなっていき、学年の途中でしたが、また通えるようになりました。最後の方は受験が迫っていたので流石に勉強しないと、という焦りもありました。

勉強、成績、受験

勉強はほとんどしていなかったです。参考にならず申し訳ないです。
勉強しようという気持ちはあったので、スタディサプリを親が契約してくれました。
元気があるときはたまにそれで勉強していました。
たまーにスタディサプリを見るくらいだったので学校よりかなり勉強量は少なかったです。
個人的には社会の先生の話が面白くて好きでした。
スタディサプリさん本当にありがとうございました。今でも好きです。

授業に出てない、テストも受けていない、という状態だったのでもちろん成績は悪かったです。1と2だらけでした。ひとつだけなぜか3がありました。

ありがたいことに、先生方は学校の校門に顔を出すだけで出席扱いにしてくださったので欠席日数は少なかったです。
学校の校門にも行けない日は欠席になっていました。
公立の中学だったので進級はさせてもらえました。

さあそして受験です。
もともとテスト前だけ勉強するタイプだったので受験勉強は不登校の期間の勉強だけでなく他のところも忘れているところが多く、満遍なくやりました。
まあやる気があればなんとかなります。
結構頑張ったので不登校の遅れはなくなり、結果として地域で1番の進学校である第一志望の高校に受かりました。
自分で書いてて進学校とか言うの恥ずかしいですね。まあ勉強はなんとかなるかもしれないよ、という話です。

その後

高校からは普通に通っていたので、特筆することはないです。
あるとすれば高校でもなぜかゴリゴリの運動部に入りそしてまた辞めたことです。
帰宅部でも趣味が楽しかったのでまあ良かったです。

大学受験もまあ普通にしました。
この先のことはわからないです。

終わりに

思ったより文字数が多くなりました。勢いで書いたので不十分なところもあるかもしれません。ちょっとずつ改良していくかもしれません。

過去の記憶なので美化していたり歪曲していたりするところもあるかもしれないです。それにしても懐かしいですね。
終わってみると、自分のストーリーのひとつという扱いになっていくものですね。

これで終わります。ここまで読んで下さりありがとうございました。

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