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老年期少年小説 12「還暦少年〈1〉 あなたは死んでもかわりませんよ①」

朝、目が覚めた…そう思った。
しかし、記憶がない…。

昨日はいったいいつ寝たんだろうか?
…覚えていない。

数時間がたったろうか…だんだん、思い出してきた。
ボクは…死んでいるのかもしれない。

いつ死んだのか?
うーん…確か、ドアノブに細くて長いマフラーを結び付けて
首をくくったんだか?

いや…わからない。
目の前は生きているときと同じように見えている。
不自由さはない。
しかし、不自由でない?
いや…ボクは、五十肩に苦しんでいたし、
圧迫骨折で慢性的に腰痛がひどいし、
つかまり立ちをしなければ、
自力で立てないし、
原因不明のむくみで…日々、足の痛みに苦しんでいた。

しかし、いま、痛みがない。
やはり…自分は死んだのかもしれない…。


あ…
目の前に、ある人が立っている。
やはり、自分は死んだのだ。

「ユキオくん、
とうとう自殺ということになりましたか…
やっちゃったねえ…
せっかくの転生で、それなりに進化できたこともあったのに…
ざんねーん」

「先生…
ぼくはやっぱり、死んだんですね」

激しい後悔が襲ってきて、
目の前が激しくゆがみ、
渦をまいて赤黒いいやあな感じの煙が取り囲む。


ずっと落ちていく…
奈落というやつかな?
奈落には限界がなく、
落ち続ければ、底にたどり着くことなく、
落ち続けると聞いたことがある。


どのくらい落ちたろう?

急に目の前に、くらい土偶がならんでいる場所についた。

とてもいやだったが…気持ちは落ち着いた。
落ち込んだ後、諦めたような感じの
落ち着いた状態になっていた。

「ユキオさんですね?
私は冥界の案内をしています」
「よろしくお願いいたします」

「あなたのネガティブなエネルギー状態は、
この場所がいまのところ適切なようです」
「いつまで、ここにいるんでしょうか?」

冥界の案内人は、
穏やかな表情で、澄んだ声でこう言った。

「時間は…ここにはありません。
しかし、三次元的な概念で計算すると
たぶん…」
「たぶん?」

「1000万年くらいでしょうか?」

ショックを受けた瞬間、
時空をこえた。
また別の場所に変わった。

別の案内のかたがいた。

「私は…あなたの奥様の…祖霊といいますか…
守護を担当しているものです」
「え…〇〇ちゃんの…」

絶句した。
彼女に合わせる顔がない。
死んだら生きている人は見えると聞いたが…
彼女の姿は見えない…。


「あの、大変申し訳ないことをしました…」
「そうですね…当初の転生計画には、そのようなことは
なかったはずです。たいへん残念な選択でした」

死んでから、初めて泣いた…後悔が、
次から次へと押し寄せる。
しかし、ボクは彼女には…
死んでからは絶対近づかないと決めていたのだった。

「彼女は…心が死んでしまいました。
元々、無口なたちでしたが…
離人症を発症して、いまは病院にいます…」

言葉が出ない…自分を激しく傷つけたくて仕方がない、
死んでいたが自分を殺したい気持ちだった。

「彼女は…ボクをもう愛してはいなかったでしょう?
そんな彼女と一緒にいるだけで、彼女を傷つけるようで…
ボクは生きてることもつらかったのです。
許してください」

嗚咽がとまらない。

「ひとつだけ伝えておきます。
彼女は…もう、あなたのことを好きにはなれませんでしたが…
それでも…」
「それでも?」

「あなたが…
自分と向き合って、
自分を受け入れて、
成長してくれたら、
それでいいって…」

絶望がやってきた。
次の瞬間、後悔の念と、彼女の愛をだいなしにした自責の念で、
自分を呪った…

また、目の前の景色が変わった…


押し入れから、細長いマフラーを出して、
手に持っている自分に気づいた。

むくみに激痛が走り、
自分は悟った…
妻は出ていった…
しかし、死ぬことはやめよう。

マフラーをゴミ袋に入れて、
まだ収集日前日だったが、
捨ててしまった。

独りの日々はつらいかもしれない…
しかし、

「あなたが…
自分と向き合って、
自分を受け入れて、
成長してくれたら、
それでいいって…」

本当に彼女はそう思っている…
確信した。

せめて、人に尊厳をもって接して生きてみよう。
もうだめかもしれないが…
死ぬ間際まで、ぎりぎりまで、
少しでも自分と向き合ってみよう。
怖いが…なんとか、成長できるように…
やってみよう。
自分を責めるのは、もうやめにしたい…

木造アパートのひとりの部屋に戻った。