見出し画像

【少年小説】「ぼうくうごうから」③

家の向かいに住む人が二人、兄の友達が一人、祖母の知り合いが一人来ていた。

それにゆきおと兄に父母に祖父母の6人。

父母とゆきお兄弟に兄の友達を除いて食事が始まっていた。

むしろにはまだ余裕があったが、さすがに10人は狭苦しかった。

祖父は小屋の外に椅子を出してそこで弁当を食べだした。

陽気でお節介なおばさんたちがゆきおたちを誘い入れてくれた。
おかげで、兄の友達も一緒に小屋の中で座ることができた。

母親から弁当箱が渡された。
小さなタッパウェアにゆきおのための弁当が用意されていた。
兄の友達と兄は小学生だったこともあり、自分の弁当箱があって、箸入れもついている。
なんだか大人びていてゆきおには羨ましく感じた。

蓋を開けると、海苔が蓋についていた。

ゆきおはそれをはがして元あった位置にきれいに戻した。
それをみていたおばさんたちが笑った。
ゆきおもなんだかおかしくて笑った。

「ゆきおくんは明るくてゆかいだね~」、

祖母の知人が人のいい笑顔でやさしく語りかけてくる。

ゆきおは照れ臭いので、顔を赤くしながら「いただきま~す」と言って弁当を食べだした。

母親がつくる弁当はおかずもきれいに並べられていてゆきおも喜んだ。

卵焼きは甘くない。
祖母の卵焼きは甘く、母親のは塩味だけだ。
おかずなのに甘い味付けは苦手だった。
甘くないのが好みだった。

今日の卵焼きは海苔が巻かれて中にホウレン草が入っている。
それに新ジャガとサヤエンドウと玉ねぎの煮転がし。ゆきおの大好物だ。

それにキンピラゴボウや蕗の煮たもの、缶詰やピーナッツ味噌、父がアルミホイルに包んで焼いた焼き魚などが「むしろの上にひろげた新聞紙の上」に置いてある。

ふだん魚も「しらす」以外はそんなに好きではない。

しかし、快晴の明るい茶畑の雰囲気のせいなのか、ゆきおはいまなら何でも食べられそうな気分になっていた。

鰹を醤油につけて焼いたものを焼き直しただけのもの…父親が取り箸でほぐして分けたものが…すごく美味しいのだ。

「あれ、ゆきおは今日は魚を食べてるね。めずらしいね」。
祖母はいつもより勢いよくご飯を食べ進める孫をみてうれしそうだった。

ゆきおが缶詰の鯖味噌煮を自分から食べたのは実は今日が初めてだった。
偏食で、臭いがつよいものは特に食べず嫌いで、缶詰の魚はまともに食べたことがなかったのだ。

小屋から少し離れた茂みの辺りからウグイスがしきりに鳴いている。
時折、飛行機の騒音が遠くでしている。鳥の声だけでなく
〈音にならない山の音〉がゆきおにエネルギーを与えてくれる気がした。

調子に乗って祖母の弁当に入っている大きな梅干しを少しかじったり、おばさんたちが分けてくれるおかずやお菓子をねだったりした。

ふだんは人見知りでそんなことを自然にできはしなかったのだが、今日は違っていた。

いつもは嫌いなあまいお多福豆やウグイス豆も初めて自分から食べた。

ゆきおはどれもが美味しいと感じるので驚いていた。
ここで食べるものはどれもふだんより美味しいしお米もきらきら輝いて見えた。

どれも美味しかったが、ジャガイモとサヤエンドウと玉ねぎの煮物の汁と海苔をのせた醤油が少ししみた白いご飯が何よりも美味しいと思った。

梅干しの周りの赤くなったご飯もだ。

この日だけ、ゆきおは好き嫌いのない子どもに自然となっていた。

渋いヤカンのお茶もなんだかおいしくておかわりをした。

たわいもないおばさんたちの会話に身構えることをしないで茶畑の自然に包まれて心地よく過ごしていた。

初めての経験だった。

その後気づいたら昼寝をしていたようだ。

起き上がると小屋には誰もいなかった。
光に包まれているようで、まるで夢の世界にいるように体は軽かった。
元気がみたぎっていた。

靴を探して家族の誰かを捜した。
真っ先に目に入ってきたのは、父親だった。
小屋の近くで大きなはさみに袋がついた道具を使って上部に残った新茶を刈っていた。

「ゆきお、起きたか?」

茶摘みは再開されていたようだが、見渡しても兄と友達の姿が見えない。

「にいちゃは?」

「うえの畑から友達が来たから、一緒に遊びに行ったよ」。

また置いてきぼりになり…ゆきおはあまりいい気分ではなかった。

「ゆきお、ちょっと山の方へいくか?」

「うん」

近くにいた祖母に父親は何か伝えると、ゆきおを連れて山道をあるきだした。

ゆきおはまた無口に戻っていたが…この茶畑が気に入ったせいなのか…いつものように不機嫌ではなかった。

「おとうちゃん、どこ行くの?」

「ぼうくうごうへ行くかな?」

「ぼうくうごう?」

ゆきおは父親の足元を見ながら、
山道を前のめりで必死に上った。