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三人の記憶:藪の中②~黒田くん1~【少年小説】

 

購買部は1階にあった。
あまりよいことではないが、教員には優先的にパンを売ってくれる。
希望を書いておけば、午前中にも購入が可能だ。私はあまり食べないのでサンドイッチとデニッシュもどきのねじれたパンをひとつ買っておいた。

国語教員の準備室の隣に就職相談や進路相談をする部屋がある。

元々は図書室に付属した部屋だったが、図書室にはすでに小さな準備室があって、上製本だけが飾られた殺風景な部屋を改造して8つのブースをつくり、相談室にかえたのだった。

国語教員の準備室の隣でもあり、私には相談に来る女子生徒がいるので、時々利用していた。

男子生徒はこの手の相談をいやがるせいか、たいていは女子生徒や教員の半分世間話、半分打ち合わせなどに使われていた。来月には就職活動や受験の相談でそれなりに混雑するが、いまはまだ半分くらいは空いていた。

黒田くんより先に着席してサンドイッチを食べてしまった。
なんだか緊張して紙を食べているように味気なかった。

パンもパサパサしていた。
このパンを奪い合うように生徒たちはほぼ昼までに購買部の棚や商品ケースを空にするのだ。若さというものは、自力で栄養価の低いものでもエネルギーにかえてしまうのだろう。

ねじれたパンは残しておいた。
ペットボトルのスポーツドリンクを少し飲んだ頃に黒田くんがやって来た。

「小鹿先生、待ちましたか?」

いつもの落語家の枕のような印象を彼は与える。それがとても面白く私は大好きだった。

「ううん、黒田くんはパン持ってきたの?」
「早弁してしまいました、ははは」
「そう、私ももう食べてしまったから…さっそく話をしましょうか」
「そうですね、時間はそんなにないんで手短にしましょうか」
「あなたは、咄家さんとか役者さんみたいなしゃべり方よね」
「時々言われます。でも影響は本からだと思いますけどね。あ、そうそう。ぼくも天方みたいに1本書いてきました」

驚いたことに、読書感想文が書いてあった。見ると「藪の中の3分の2からの考察」という題が書かれていた。

「まず、読んでもらえますか?だいたい天方の書いたように僕も書きましたから、彼との関係がイメージできると思います」

黒田くんにそう促され、読んでみた。

要約すると、

「天方くんは小さい頃は近所だということもあり、よく遊んだ時期があった。

しかし、彼はスポーツも勉強も当時はクラスでも目立つ存在で、親が教育者ということもあって一目置かれクラスでは自分本意にふるまうこともあったらしい。

黒田くんとの関係も時には上から目線でばかにした態度を感じていたそうだ。

時々自分の家からおもちゃを勝手に持っていったり、二人でつくった画用紙でつくった作品も天方がかなり自分本意にすることがあり、あまり好きではなくなっていった。

それに天方くんはスポーツが好きだが自分は嫌いだったし、好きなものや興味をもつものが次第にずれていき、あまり遊ばなくなった。

決定的だったのは3年になったときに学校いちばんの勉強ができる転校生がきたことだった。

自分は彼とのほうが相性がよく、天方くんが自分を見下していることに不快感をもっていたことから、転校生とグループをつくって彼を敵に認定したことがあった。

しかし、実はそれも自分よりも勉強もスポーツもできる転校生を嫌う天方くんが、転校生を無視しようと初めにみんなにはたらきかけたことが発端だった。

天方くんは自分で言い出したことでも突然やめてしまったり、無責任な態度をみせることがあった。自分が不利になると逃げることもあり、子どもたちには裏切りと感じられたこともあった。

にもかかわらず天方くんはじぶんがいじめられていると主張して天方の親が二人の中に入ってきたりして、ほんとうに嫌いになった」

という話だった。


「読んでもらえました?」
「これが本当ならあなたの彼への態度には納得がいくはね」
「あいつとは関わりたくないんです。もっと書けないようなこともあるんですよ」

【つづく】

©2023 tomasu mowa



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