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【少年・青年・中年・老年小説集】「小心地滑国内旅行記…〈秩父への旅②〉」

校了日の後の…いよいよ旅行に出る。

今回は締め切りが押して、
日曜日が休日出勤になった。

そこで、その日曜の代休と
先月の休日出勤の未消化の代休二日間を休みにあて、
月火水の三連休にした。

旅行は一泊二日…疲れて帰ってきて、
次の日に仕事はなんだかしんどい気がして…
水曜日を休養日にすることにしていた。

もし、気に入ったらもう一泊しよう。
そう決めて秩父に向かった。

池袋に出た。
レッドアローに乗るつもりだったが、
もったいないので
急行にした。

秩父はそんなに遠くもない。
列車代を節約して、
安田屋のわらじかつ丼や
獅子鍋に充てようと思ったのだ。

西武線は春休みではあったが、
平日だったせいか混んではいなかった。

秩父を調べに調べた情報をもとに、
右に左に列車内を移動しながら景色を楽しんだ。

余力があれば帰りに長瀞などに行きたいとも思っていた。

飯能から西武秩父線になって、
列車には乗客が少なくなった。
渓谷沿いということで、
たのしみにしていたが…
期待していたダイナミックなものとは違っていた。

記憶に残ったのは秩父セメントの工場のようなところを
通ったときの光景であった。

なんだか殺風景で、ユキオは不安な気持ちが浮かぶのを
感じていた…

西武秩父に着いた。
先日電話で問い合わせた案内所があるはずだ。

電話での対応は親切で感じがよかった。
ユキオはその対応に安心して、
油断したといっていい。

その窓口とは違う窓口で自分が
「宿泊所を案内してもらっていること」
に気づいたのは…

1時間以上もかけてやっと宿を見つけたあとのことであった。

よく見比べてみると…
ユキオが案内を頼んだところはAでやっている案内所。

おそらく、先日窓口に出たであろう、
感じのいい女性が窓口をしていたのは…

B窓口…

しまった…

ユキオが勘違いして宿泊所を探してもらったところは、
親切とはいえない対応で…
ユキオが独身で男性一人という時点で、
なんだか不審がられているように感じていた。

鉱泉浴ができて、できるだけ安く…
できれば名物のししなべが安価で食べられるような
宿を頼んだのだが…

提示された金額に腰を抜かしてしまった。

30分以上、むなしいやりとりのあと、
おばさんがぼそっとこういった。

「自殺者とかねえ…犯罪者とか…
疑ってるわけじゃないんだけど、
そういう心配をする旅館もあるのよ。実際は」

旅行慣れしていないユキオは、
もう帰ろうかとも思ったが、
おばさんが気の毒に思ったのか…
もう一度ある旅館に電話してくれた。

ベンチに腰掛けてうなだれるようにして、
ユキオは待っていた。

おばさんが、手招きをする。
そばに行く。

「Y川って川のそばに、
Hっていう鉱泉旅館があるのよ。
そこのおかみさんが、一人でもいいよって。
泊まる?」
「ええ、金額はいくらですか?」

電話でしばらくやりとりがあった。

「1万4000円だけど…大丈夫?」

思わず渋い顔を止められなかった。
ユキオがしらべたところでは、
その金額なら、かなりいい旅館やホテルに
泊まれる料金のはずだった。

「もう少し安くなりませんか?」
「そう?」

電話口でまた会話しているようだった。

「1万2000円にまけるって…」
「わかりました…それでお願いします」

1泊2食、ただし自室には風呂はない。
食事は部屋でできるとのこと。

1時間以上が過ぎていた。
昼前についていたのに…
もう午後1時近い。

食事をしよう…
B窓口を悲しい気分で見つめながら通り過ぎる…

後年のユキオなら、すぐにBに頼んで、
Aの宿をキャンセルしていたと思うが…
そのころのユキオは…まだ、その手の
なりふり構わず進む、ずうずうしさが育っていなかったのだ。


秩父は思ったよりも広く、安田屋に歩いて行ったのだが、
結構遠かった。

午後1時をすぎてしまった。
やっと着いたと思ったそのとき…
定休日だということがわかった。

旅行ガイドのコピーをリュックから取り出してみた。
あれほど穴のあくほど見つめたわらじかつ丼は…
定休日により、明日食べるよりほかはなくなった…

失意のまま、ユキオは
しかたなしにJR秩父駅のほうに向かった。

駅で何か食べようと思ったが…
食欲はなくなってしまった。

旅館代金が予定の倍に跳ね上がったため、
駅近くの店で鮭のおにぎりを1個買って食べた。

少し元気が出てきたので、
コメッコとキットカットを食べ、
ラムネで流し込んだ。

うまい!

自分を取り戻すためには
慣れ親しんだ食べ物を食べるに限る…

コメッコもラムネもおれのソウルフードだ。
ユキオは、元気を取り戻し、
旅館にある大野原駅へ向かった…













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