勇者にこの世から追放された俺は妹の自己犠牲で生き返る〜妹を蘇生するため、全力で魔王討伐を目指します〜


あらすじ

 主人公であるラウル・セレスティーンは、勇者の能力を超えることができるスキル『阿吽の呼吸』を持っていた。このスキルは、同じスキルを持っている人間との距離によって本人の身体能力、魔法力、その他様々な力を強化するスキルだった。
 そのためラウルは、スキル『阿吽の呼吸』の持ち主である妹のアルカ・セレスティーンとともに勇者ベルトレット・キャメロンのパーティにおける切り込み役をしていた。
 そんなある日、ラウルは勇者ベルトレットに呼び出される。なんの疑いもなくラウルは呼び出し先に一人で向かうと背後から攻撃を受けてしまう。
 攻撃の主は勇者だった。
「俺より目立つやつなんていらない」
 という勇者の声が聞こえたところでラウルの意識が途切れた。

 妹のアルカはいなくなった兄を探すも、見つけた時にはすでに亡骸となっていた。
 アルカは涙ながらに神に祈った。どうか兄を生き返らせてくれと。
 神は答えた。自らの命を差し出すならばその願い叶えてやろうと。
 アルカは喜んで自分の命を差し出した。
 少しして同じ場所で目を覚ます少女の姿があった。ラウルはアルカの肉体で生き返ったのだ。
 アルカの姿に胸を打たれた神はラウルに提案する。
「魔王を倒しなさい。そうすれば妹の命を救って差し上げましょう」
 髪の言葉を受け、ラウルは魔王討伐を決意する。
 道中、死神に襲われている少女やロリコン聖女を助け、なぜかやたらと懐かれて!?
 これは、妹を救うことを決意した兄が、協力してくれるやたら距離の近い仲間達と、やがて魔王を討つ物語。

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第1話 勇者からの呼び出し。そして、奇襲

「ぐはっ」

 突然、背後から何者かに刺された。

 周囲に敵はいなかったはず。だからこそ、俺は今拠点にしている町の隣町にわざわざ呼び出されたのだと思っていたが、まさか待ち伏せがいたのか。

「大丈夫か。ベルトレット……」

 なんとか壁に体を預け、必死になって振り返ると、そこには血の滴る剣を持ったベルトレットの姿があった。

「なんで……?」

 ベルトレットは俺が所属しているパーティのリーダー。

 それもただのリーダーではない。魔王に対抗するための希望の存在。世界を代表をする勇者パーティのリーダーであり、勇者本人。

 そんなベルトレットが一体どうして俺に攻撃を。

「まさか、操られているのか?」

「……くっく」

 ベルトレットは俺の質問には答えず、笑いをこらえているように見える。

 やはり、操られているのか? なら、なんとか目を覚まさせないと。

 だが、今の俺ではどうしようもない。

 剣で刺された程度だが、体が自由に動かない。こんなにも意識ははっきりとしているのに。

「異変を感じ取れば、すぐに仲間たちがやってくるはずだ。それまで、なんとか持ちこたえてくれ」

「ここまでされても、まだ仲間、か」

「ベルトレット。お前は操られているんだろう? なら、正確には今のお前はベルトレットじゃない。話にならん」

「……くっく。そんなわけないだろ。操られていたらここに来る前にパーティの僧侶であるペクターが気づいて治すだろ」

「何?」

 それでは、勇者パーティの僧侶であるペクター・ギドーが気づかないほどの洗脳ということか?

「まだわからないのかラウル。俺が言いたいのはお前は必要ないってことだ」

「は?」

 必要ない? 俺が? なんでそんな話になる?

 というか、そんなわけないだろ。本物のベルトレットならそんなことを言うはずがない。

 俺は妹のアルカとともに、今まで勇者パーティで切り込み役をやってきた。俺たちは戦う敵の弱点を洗い出し、可能なら倒してしまう。そんな特攻役をしていたのだ。

 今さら俺たちがいなくなったら、どうやって敵の弱点を探るというのだ。

 それに、元々俺と妹の二人で冒険していた俺たちを、仲間に引き入れてくれたのはベルトレット本人だ。必要ないなんて言うはずがない。

「まだ信じられないって顔してるな。なら、どうしてお前は意識だけはっきりして、情けなく壁に寄りかかっているんだ?」

「それは、操られたベルトレットに刺されたから」

「だから言っただろ。俺は操られていない。俺は俺の意思でお前を刺したんだ」

「そんなわけ。くっ」

 ダメだ。体に力が入らない。

「ようやく倒れたか。一人にしてもなかなかしぶといやつだな」

「俺だって勇者パーティの一員だからな」

「なら勇者パーティのメンバーにも効くような、こんな都合のいい毒を操られている状態で用意できると思うか?」

「毒?」

「ただ刺されただけでお前はそんな風にならないだろ。たとえ妹と離されていたとしてもな」

「アルカがどうしたと言うんだ」

「そうそう。そのアルカ・セレスティーンだよ。俺はあいつだけでいいんだ。お前はいらない」

「そんなことない。俺は妹と二人で発動するスキルを持っているんだ。だから二人でいないといけないんだ」

 そう、俺と妹のスキルは「阿吽の呼吸」だ。俺たちは二人の距離が近いほど、さまざまな能力が強化されるスキルだ。

「スキルだけじゃないだろ? 家族が魔王の侵攻で殺されたから兄妹で仲良くってんだろ? だからって俺の邪魔してんじゃねぇよ」

「邪魔?」

 妹を大切にすることと勇者の邪魔をすること。一体何が関係あると言うんだ。

「この世の女はみんな俺に好かれるために生まれてきてるんだ」

「何を言って、ぐあっ」

「黙って聞け。次は腹を蹴るだけじゃ済まないぞ」

「……」

 体が動かないからっていいようにしやがって。

「そう。この世の女はみんな俺に好かれるためにいる。それを、やれ二人で特訓だの家族の時間だのとぬかして邪魔しやがって、ええ?」

「ぐあっ。黙ってたら蹴らないんじゃないのか?」

「そんなこと言ってないだ、ろ!」

「うっ」

 痛い。その辺のモンスターの攻撃より痛い。

 勇者だからと言えこの痛みはおかしい。いくら妹と離されているからといって、俺一人でも戦えるくらいには鍛えてきたはずだ。

 そもそも、ただ剣に刺された程度でこんなに体の自由が奪われるはずはない。

 本当に俺は毒に侵されているのか。

「やっとわかってきたって顔だな。ま、俺の話が嘘じゃないってのはこの子たちが証明してくれる」

「この子、たち?」

 ベルトレットの合図で現れたのは三人のパーティメンバー。

 女盗賊のカーテット・オーミー。短い白髪がトレードマークの身軽な子ってイメージ。動きやすそうな服装は変わらずだが、今日はベルトレットとの距離が近い。

 女魔法使いのリマ・ドット。ツヤのある赤髪に由緒正しき杖を持ったエリート魔法使い。頭がキレ、作戦指示をしているが、今はそんな賢そうな雰囲気はどこにもない。

 女僧侶のペクター・ギドー。長い青色の髪、そして全身青で揃えられた神官服の女性。いつも落ち着いており、俺たちパーティの心の支えのような存在だが、どうしてだろう頬を赤らめ普段のペクターではないみたいだ。

「お前もよく知る俺のパーティメンバーだよ。今回の作戦立案をしてくれたリマ。毒の調合と万一の時のための解毒薬を作ってくれたとカーテットにペクター。みーんな俺のことが大好き。そうだろ?」

「もちろんです。ベルトレット様。あなた様のためならラウルなんて殺してしまっても構わないです」

「嘘だろ?」

「嘘なわけないでしょ。妹の幸せを願うなら邪魔しなければよかったのよ」

「俺は」

「神も言っておられます。勇者が世界を救うと、ラウルは不要であると」

「……」

 俺は間違っていたのか? 俺が間違っていたのか?

 妹との特訓。多すぎたのか? もっとパーティ全体を見ているべきだったのか?

 背中合わせが最強だからとコンビネーションを磨こうとしすぎたのか?

「こんな状況になった理由がやっと理解できたか? お前はここで死ぬんだよ。誰にも知られず朽ちていくのさ。勇者に歯向かった罪は重いってことだ」

「……」

「反論する元気もないか。まあ、仕方ない。現実をやっと認識できたってことだろう。成長してくれて俺も嬉しいよ。ま、お前の人生はこれで終わりだけどな」

 話をするために毒は即死でなく体の自由を奪うものだったのか。くそ。攻撃一回受けただけで終わりかよ。

 足音がどんどんと遠ざかっていく。

 二人で話がしたいと呼び出されたが、こんなことになるなんて。

 体の自由どころか意識まで遠のいていく。

 ああ、アルカ。最後の家族。どうか幸せでいてくれ。

第2話 仲間殺しの勇者

「少し待っててくれって、いつまで待たせるのよ」

 おにいが勇者に呼び出されてからだいぶ時間が経つ。

 拠点にわたしを置いて行ってそのままだ。

 気がつけば他のパーティメンバーまでどこか行ってるし、みんなして何してるんだろ。

「おにいの反応も動いてないし。本当にただ話してるだけ?」

 スキルのおかげでおにいの居場所は大体わかる。高さまではわからないが、スキルの反応があれば距離感はわかる。

 それを頼りにすれば戦う相手が選べるくらいには、わたしもスキルについて詳しくなってきたはずだ。

 子供の頃、おにい以外の家族を殺されたあの日から、わたしたちは魔王軍を滅ぼすために生きてきた。

 これ以上わたしたちのような悲しい思いをする人を出さないため、目覚めたスキルを使ってきた。

 だからわたしは、「阿吽の呼吸」というスキルを家族からの贈り物だと信じている。

「はー」

 最初は二人だったわたしたちは、活躍を聞きつけた勇者パーティにスカウトされ、順風満帆、魔王までの道を着実に進んでると思っていたんだけど、最近その勇者の様子がおかしい。

 前はもっとリーダーって感じで頼れる人って感じだったけど、最近はどうも強欲というかなんというか。

 おにいは信頼しきってるけど、絶対裏があるよ。

 そんなことを考えていたら、どこかへ行っていた人たちはダラダラと帰ってきた。

「お待たせアルカ。暇にして悪かったね」

「……」

 勇者は最近、おにいにだけ笑顔を見せない。

 誰にでも優しい模範のような人だったのに、本当になんなんだろ。

「無視はベルトレット様に失礼です」

「そんなことよりおにいは?」

「ラウルのこと? そんなに兄のことが心配なの? 大好きなのね」

「そうですよ。家族ですから。そもそもおかしいじゃないですか。てっきり全員揃って戻ってくると思ったのに」

「パーティだからと言って、常に一緒に行動というわけではありません。ラウル様は少し用があるとおっしゃっていました。すぐに戻ってくると思われますが」

「あーもう!」

 いっつもおにいはふらっとどこかへ行っちゃうんだから。

 わたしが一緒じゃないとただの一般人なのに。そういうことわかってないのかな?

 全く世話が焼ける。

「わたし、おにいの迎えに行ってきます。皆さんはここで待っててください」

「ちょっと待つので」

 勇者がカーテットさんを止め首を横に振った。

 どういう風の吹き回しかわからないが、行っていいってことでしょ。

 あんたに言われなくてもわたしはおにいのところに行くから。

「よかったんです? アルカを止めないで」

 カーテットの疑問はもっともだろう。

 今ラウルのいる場所まで向かわせたら、死んでいることがバレてしまう。

 だが、だからどうしたというのだ? 誰が俺を疑うことができる?

 ちょっと用がある。その後に襲われた可能性だってあるじゃないか。最後に話をしたのが俺とは限らない。俺はただ、ラウルを呼び出して話をしただけだ。その後のことは何も知らない。

「いいのさ。ここで向かわなければもう会えないかもしれないだろう?」

「ベルトレット様やっさしー。そうよね。いくらダメな兄でも別れは済ませておかないとね」

「そういうことさ。別れを済ませることできっと強くなる。それがいいんだ。リマの言う通りどんなダメな兄だとしても家族は家族なのだから」

「そうですね。アルカ様の様子ですと、家族は何よりも大切なようでした。ですが、ワタクシどもと同じようにベルトレット様を信仰なさればいいのに」

「無理はないさ。君たちと比べれば知り合って日が浅い。兄を失ったとしても優しくしてくれた。だからこそ俺を信じるってものだろ」

 そう。ストーリーが大事なのだ。

 ただ仲良くなるだけではいけない。俺たちは勇者パーティ。危機的状況を乗り越えて絆を深めてこその仲間だ。

 カーテットもリマもペクターも俺のことを心から信じてくれている。

 それはストーリーがあったからだ。

 まあ、そもそも女は誰だってそうなる。俺は勇者なのだから。誰より強い人類唯一の希望なのだから。

「しかしあっけなかったな。アルカと一緒なら俺の攻撃なんてかすりもしないラウルがただの短剣、それもその先についた毒でくたばるなんてな」

 そこら中に俺たちの笑い声が響き渡る。

 楽しそうな雰囲気に流され、周囲の人間もつられて笑っている。

 そう、これでいい。これでいいんだ。みんな俺のことが大好きだからな。

「唯一の解毒薬は俺たちの手の中にある。そして、蘇生できる可能性のある人間は始末しておいた。蘇生魔法なんて使えるはずないからな。実在しないものが存在するなんて言っている嘘つきは、処刑されて当然だ。不届き者は成敗しないとな」

「その通りです」

「ベルトレット様が一番だわ」

「なんてったってワタクシたちの神ですから」

「フハハ。はーっはっはっは。後は、傷心で帰ってきたアルカを優しく受け止め、抱きしめ、受け入れてやるだけだ。こうして落ちなかった女はいない。なぁに、いくらアルカでもその悲しみの元が造られたものだなんて気づかない。そうだろ?」

「そうです」

「その通りですわ」

「神が正しいのです」

 こいつらだって、俺の作ったストーリーを与えたやつらだが、こうして他人のストーリー作りに手助けしても自分のことには当てはめて考えない。

 ショックで頭がおかしくなってるのか? いや、そんなわけない。全て俺のカリスマ。

 わかっていたとしても、俺から離れる方が損だと理解しての行動だ。

 なんてったって、俺は勇者なのだから。

「今から帰りが楽しみだな」

第3話 兄の死

「おにい! おにい!」

 どこにもいない。

 勇者に呼び出されたのは拠点の隣の町だよね?

「本当、どこまで行ったの? おにいは」

 反応だとこの辺りなんだけど、どうしてこうもはっきりしないんだろ。

 まるでもういなくなってるみたいな弱々しい反応しかない。

 まさか道端で寝てるとか? いやいや、いくらおにいでもそんなことはしないって。

 勇者パーティのメンバーなんだから、さすがにね。

 あそこの路地裏で倒れてる男の人はわたしの兄じゃないよね?

「でも、放っておけないか」

 人助けをすすんでやるってのは人として大事なこと。

 でも、反応が近いのは気のせいだよね?

 昼間から飲んでる酔っぱらいか何かでしょ。多分。

「あのー。大丈夫ですか?」

 反応がない。ピクリとも動かない。

 うつ伏せで倒れているせいで顔がよく見えないが、ぐっすり眠ってるとか?

 にしても静かすぎる。

「本当に大丈夫ですか?」

 体を揺すってみるも寝息すら聞こえてこない。

 もしかして死んでるとか?

 暗がりでよく見えないけど、服装や装備に見覚えがあるのは気のせいだよね?

「とりあえず仰向けに……」

 手に布とは違う何かが触れた気がした。

 よく見てみると赤い? 血?

 背中を揺すった時についたの? それとも今。

 それにこの顔。間違いない。わたしが見間違うはずない。これは正真正銘。

 でも、まだ。

「……うう。泣いちゃだめ。わたしだって勇者パーティの一員なんだから、こんなところで泣いちゃ。泣いちゃ……」

 どうにか嗚咽をこらえようとしても、悲しみが押し上げてきて声を上げてしまう。

「うわあああああ! あああああ!」

 最後に残っていた家族である兄がこんなよくわからない場所で死んでしまうなんて。

 考えもしなかった。急に死んでしまうってこと。

 そりゃ、冒険してたら死ぬかもしれないけど、でも。

「……どうして、どうして?」

 どうしてわたしのおにいが死ななきゃいけなかったの?

 どうして今じゃなきゃいけなかったの?

 わたしたちまだ魔王も殺せてないのに。

 それに、この程度の刺し傷でおにい死ぬとは考えられない。何か特別な魔法やスキル、あとは毒とかを使われたに違いない。

 近くでこんなことできるのはきっと勇者くらい。

「やっぱりあいつが怪しい。でもなんで? わざわざスカウトまでしておいて何がしたかったの?」

 勇者だけじゃなく、他の女の子たちも最近は勇者の言いなりって感じだった。

 一体何があったの? あの勇者は本当に勇者なの?

 いや、今は勇者のことなんてどうでもいい。おにいをどうかおにいを。

 でも、世界一の回復魔法の使い手はきっとペクターさんだ。勇者パーティである以上信じられない。

 蘇生魔法なんて使える人知らないよ。

「助からないの? お兄ちゃん。返事してよ。ねえ。ねえってば」

 普段なら笑いながら返事してくれるお兄ちゃんが何も答えてくれない。

「どうか、どうかおにいをわたしのことはいいからどうかおにいを! 神様ぁ……」

 なんて言っても無駄なことはわかってる。

 神なんていない。いればわたしは冒険者なんてやってない。

 もっと静かに、けれど平和に家族みんなで生きることができたはずだ。

 それを奪った魔王を止めない。止めることのできる存在など今のところどこにもいない。

 神ならできるだろうが、そんな様子はない。

「……うう。おにい。ごめんね。最後に隣にいなくて。どんな時も一緒だって言ったのに、わたしが離れたばっかりに……誰かおにいを生き返らせて」

「その願い聞き届けた」

「え?」

 誰かの声が聞こえた気がしたけど。いや、気のせいか。

「はは。とうとう頭がおかしくなっちゃったかな」

「そんなことはない。我は神なり。人の子よ。貴様の兄、生き返らせてやってもいい」

「はっきり聞こえる。でも、そんな都合のいいことないでしょ?」

「都合の良し悪しはわからん。だが、貴様の言ったように自らの命と引き換えに生き返らせてやってもよい。我はこのよう」

「やる。やります」

「まだ説明の途中なのだが」

 なんだか急に地面から草花が生えてきた。

 神が現れたのは本当ということか? 幻覚じゃないのか?

「悪魔の取引とは考えないのか?」

「わたし一人生きてても仕方がないから、それなら万に一つの可能性に賭けたい」

「そうか。面白い。ならばこの世界に別れを告げるがいい。さすれば兄は生き返らせてやろう」

「ありがとう神様。ごめんねおにい。本当は一緒に居たいけど、それはダメみたい。おにいは一人でも魔王討伐の力になれるでしょ? 一般人だって言ったけど、おにいは一人でも戦えることわたしは知ってるんだから。本当はおにいが居ないといけなかったのはわたし。だから、わたしの代わりに魔王を倒してね。約束だよ? バイバイ」

 言い終わると、なんだか体がぽかぽかしはじめた。

 どうしてだろうものすごく安心する暖かさだ。

 さっきまでひんやりとした空気だったのに、ひだまりのように心地いい。

 ここで眠ったら気持ちいいだろうな。

 いつも旅で宿に泊まって、硬いベッドで眠ってたのが嘘みたい。

「眠れ。貴様の願いは我が叶える」

「お願いします」

 目をつぶると先ほどまでより暖かさが体を包んだ。

 ふわふわのベッドに暖かな布団。

 体を包む白い光に溶けるようにわたしは意識を手放した。

第4話 俺、妹になってる!?

「ここは」

 なんだ? 声がおかしい。

 俺は確か、背後からベルトレットに刺されてそれで。

「貴様は一度死んだ」

「誰だ!」

 後ろから声がした。と思ったが誰もいない。

「貴様には見えまい」

 変な感じだ。確かに声は聞こえるのに姿が見えない。

 それにどうにも体の感覚がおかしい。

 なんというか、いつもより目線が低いというか、肌が空気に触れているというか。

 それより。

「俺、なんで生きてるんだ?」

「我が生き返らせたからだ」

「生き返らせた?」

 まさか、伝説の蘇生魔法の使い手?

 いや、まさかな。

「我は神だ」

「神?」

 想像の斜め上を行っているが、そりゃないな。

「悪いが、俺は神を信用してない。生き返らせてくれたのはありがたいが、変な勧誘はごめんだ」

「違う。我は神だ。貴様の妹の願いで、妹の命と引き換えに貴様を生き返らせた」

「は? アルカの命と引き換えに?」

「その証拠にお前の体を妹の姿にしておいた」

 妹の姿?

「うわ! なんだこれ! 俺、アルカになってる!?」

 通りでいつもと違うわけだ。

 服の布が少ない。

 そりゃ髪も長いし、声も高いわけだ。胸も。じゃない!

「おい。どういうことだよこれ!」

「言葉の通りだ」

「言葉の通り、って」

 確かに生き返ったみたいだけど、アルカなしじゃ俺のスキルは腐ったままだ。

 アルカがいてこそ俺の人生。アルカがいてこその俺のスキルだ。

 なんで、アルカが犠牲にならなくちゃいけなかったんだよ。

 せめてアルカが生きてくれれば俺はそれで。

「そこで、貴様には二つのよい知らせがある」

「知らせ?」

「なになに? きみ迷子? 俺たちが案内してあげようか?」

「路地裏にいたら何されるかわからないよ? それとも何? もしかしてこういう状況が好きな変わった人?」

「ああ? こういう状況だ?」

 自分を神とかいうヤバいやつと話していたところに、変なのに絡まれた。

 この辺は安全ってイメージだったんだが、全員が全員優しいってわけでもないのか。

 それとも、アルカは俺が知らなかっただけでいつもこんなのに絡まれてたのか。

「もしかしてきみ自分の状況わかってない?」

「男と二対一。逃げられるわけないよね? おとなしくしておいた方が早く終わると思うけど」

「なんだ。女相手に喧嘩しようってのか?」

「お? やる気? もしかして俺たちのこと知らない感じ? この辺じゃ名の知れた」

 軽く壁を殴っただけのつもりが破片が周囲に飛び散った。

 あれ、この感じアルカと一緒にいる時と同じ威力、いやそれ以上か?

「き、きみ。もしかしてその年で冒険者とか? 早く言ってよー」

「すんませんした! 俺たちただの一般人なんで、お仕事頑張ってください!」

 変な男たちは頭下げて逃げてった。なんだったんだあいつら。

 ヘラヘラしやがって。

 しっかし、この力はなんだ? アルカが本気出してなかっただけで、俺より筋力があったってことか?

 どう見ても腕は俺より細そうだけど。

「話の腰を折った者はいなくなったか?」

「ん? ああ。そうだったそうだった。神と話してたんだった。いなくなったいなくなった。多分」

 近くを見回しても見当たらない。

 逃げたフリではなさそうだ。

「話を戻そう。二つのよい知らせのことだ」

「家族が死んでてよい知らせもないと思うけどな」

「一つ目はそのことだ。魔王を倒せば妹を生き返らせてやろう。貴様を妹の体にしたのは、何も蘇生のために使ったというだけではない。我の力を信じさせるため。そして、妹の姿を保管するためだ」

 納得できるような、できないようなこと言いやがって。

 つまり、俺が死ねばアルカは生き返らないってことだろ。

「やってやんよ」

「妹と同じく話が早くて助かる」

「だが、そもそもこんなことできるなら、あんたが魔王を倒せばいいじゃないか」

「そうもいかん。我は人に対し奇跡を起こせても、この世界に直接力を加えることはできない。力を与えても人が魔王を倒してくれなければ、神の力では魔王を倒せない」

「ふーん。でも、どうして俺、いや俺たちなんだ?」

「貴様は元々魔王を恨んでいたようだ。加えて自分の死に続き、妹まで死んだ。家族の蘇生を条件にすればいい話になるだろうと思ってな」

「いいように利用しようってわけですね?」

「いい取引だと思わないか?」

 確かに、俺は魔王を殺したい。その思いは変わらない。ついで妹を生き返らせられるなら、これほどのことはない。

「魔王殺しを目指すことはいいが、俺には力がない。唯一のスキルもない。今の俺は冒険者として有用なスキルを持った子ども以下だ。それとも神様が力を与えてくださるんですかね?」

「その必要はない。すでに実感したんじゃないか? 今の自分の力を」

「さっきのか?」

「そうだ」

 俺はもう一度自分で壊した壁を見てみた。

 どう考えても一人の力では壊せないほどのへこみが壁についている。

 ある程度アルカとの距離が近くなくてはつけられないようなへこみだ。

「その力は我がお前に与えた新たなスキル。いや、お前の魂を妹の肉体に入れたことで生まれた新たなスキルだ」

「どういうことだ?」

「同じスキルを二つ持ったことで、新たなスキルに進化したのだ。今のお前は、家族のためただ一人戦う者。スキル『孤軍奮闘』の使い手だ」

「はあ」

 なんだか実感が湧かない。

 本当なんだろうけど、今までアルカとやってきたわけだし。

「そのスキルがあれば、一人でも今まで以上の力を発揮できよう」

 確かに、見た目は妹のように華奢な見た目になったが、力は以前よりみなぎる。

 肉体が変わったせいで、そもそもの動きに慣れるまで時間はかかりそうだが、それでも乱暴に使っても今までより戦えそうだ。

「よい知らせは以上だ」

「以上って、これでどうやって魔王を倒せって?」

「力があれば勝てよう。殴れば一撃のはずだ」

「その殴る対象の場所は?」

「魔王は巧妙に姿をくらませている。今の魔王城には魔王はいないようだ」

「いないようだって。じゃあどうしたら」

「確か、何体かの死神が魔王について詳しかった。魔王の場所まで案内はできないが、何か知っていそうな者のところまでは案内しよう」

「はあーあ」

 大丈夫か? これ。

 今まで以上に困難な道のりになるんじゃないか?

「飛ぶぞ」

「は?」

 俺の視界はいきなり白く染められた。

第5話 イラつく勇者

「帰りが遅い」

 勇者の俺を待たせるとはいい度胸じゃないか。

 死んだラウルの様子を見に行ったアルカが帰ってこないのはどういうことだ?

 ショックはわかるが、俺たちを放置するか? 知らせに来るんじゃないか? 普通は。

「どうするです? ベルトレット様」

 カーテットに聞かれ、俺は頭をかいた。

「来ないなら行くしかないだろ」

 むしろあれだ。帰りの遅い仲間を迎えに行く方が状況としては自然だ。

 怒っていても仕方がない。ここは寛大な心で迎えに行ってやるとしようか。

 隣町までの道のりでは特に何もなくたどり着いた。

 その間もアルカとすれ違うことはなかった。

「まあ、たとえ一人になろうと苦戦することはないだろう」

 スキルは二人でいる時しか使えないとはいえ、一人でも雑魚相手に遅れを取るような素振りはなかった。

 つまりは襲われているってことはないのだろう。

「動揺してるとかか?」

「それなら襲われててもおかしくないんじゃ……」

「リマの不安感ももっともだな。確かに、俺がしてるのは実力を発揮できればの話だ。もし実力が出せなかったとなると……」

 襲われている可能性はある。

 だが、それよりもまずは街を探す方が先だろう。

 なんてったって、俺たちはここにいるだろうと思って移動してきたのだから。

「ひとまず、俺がラウルと話したところへ行くとするか」

「そうしましょう」

 仲間たちを引き連れて、俺は街の中を闊歩した。

 街に来てからも、未だアルカの姿は見えない。

 どこにいるのかわからないが、少なくとも俺の近くにはいないらしい。

「一体何をしてるのやら」

 俺は油断していた。

 人間の行動力というものを、真の意味では理解していなかった。

「……いない?」

 てっきり泣き崩れていると思ったが、現場はやけに静かだった。

 俺がラウルと話をした現場。俺がラウルを刺した場所。そこには、血の跡が残るだけで誰もいなかった。

「アルカはいないです?」

「ああ。いない。しかも、ラウルの姿もない。死体を運んだってことか?」

 俺を疑えるような証拠は俺が呼び出して話したことだけ。

 そんなの証拠にすらならないだろう。今までだって一対一で話をすることは何度もあった。

 それに、アルカと合流するまで、時間はあったはずだ。

 なら、どうして仲間に話もしないで死体を持ってどこかへ行くんだ?

「もしかして、変なスキルを使われたとか?」

「は?」

 いや、それならあり得る。

 てっきり襲われるなら街の外、モンスターに襲われると思ったが、何も襲ってくるのはモンスターだけじゃない。

 柄の悪い人間なら、どんな街でも一定数絡んでくるやつはいる。

 混乱させられたのなら、俺を疑うのも無理はない。というより、俺以上に怪しいやつも見当たらなくなっているのかもしれない。

「お姉さんたちさ」

「悪い。今、機嫌が悪いんだ。俺のパーティメンバーに手を出すなら、決闘を申し込んでいるということでいいんだよな?」

「そ、そんなんじゃありません。すいませんでしたー」

 泣きながら男が走り去っていった。

 こんな時に邪魔しやがって。

 しかし、泣いて待っていてほしかったのは、どこの誰か知らない男じゃない。

「くそ!」

 こんな時、仲間のそばにいてやれないなんて。

 蘇生魔法を使えるホラ吹きはもうこの世にはいないぞ。

 一体何をしに行くというんだ? それも一人で。

 不慮の事故から決意を固め強くなる仲間、絆。そういうことを期待していたというのに、作戦が崩れる。

 兄の死が重すぎたのか? 単に人の死はショックが大きすぎるということか?

「なんでしょうこれ?」

「え?」

 俺が叩いた壁のすぐ近く。

 高さは俺の場所よりも低いが、明らかに壊そうとして殴ったようなひび割れがそこにはあった。

「こんなところにモンスターが?」

 人型のモンスター。そんなのが運悪くアルカと死体であるラウルを襲ったのか?

 しかも、そのままどこかへ?

 一体何が起きているんだ。こんなのスキルなしのアルカでつけられるはずはないし。

「大丈夫ですか?」

「あ、ああ。大丈夫だ。だが、ちょっと混乱しているだけだ」

 頭を抱えていた俺を心配するようにペクターが顔を覗き込んできた。

 ひとまず、誤魔化せたが、俺も正気でいられるかわからない。

 何にしても、一緒についてくるべきだった。そうすれば、逃げられることはなかったはずだ。

 心配しすぎることは構わないが、変な行動をされると先がわからずに困る。今まで一度も失敗したことはなかったのに。

 俺が順に三人の顔を見ると、三人とも不思議そうに小首をかしげる。

「とりあえず、人間に襲われていたら見つけようがない。街を出よう。外で襲われているかもしれない」

「わかりました」

 俺たちは来た道を引き返し、街の外でアルカを探すことを決めた。

 壁のことは街の人は気づいていない。でないと、こんなに平気でいられるはずはない。

 モンスターはきっと狡猾なのだろう。もうこの辺にはいないかもしれない。

「いない!」

 街と違い、街の外はだだっ広い空間だということは知っていた。

 特に見当もつかない。

 だが、時間と移動速度から、移動できる距離には限りがある。

 それに、ラウルが死んではアルカのスキルも発動しまい。死体を持っての移動はさらに遅くなるはず。

 もちろん、それはアルカが自分で移動しているならという話だが。

「元々の能力なら俺たちのが高い。今からでも追いつくかと思ったが、どこにもいない?」

 カーテットの盗賊スキルにより、足跡の判別を行おうとするも、時間が経ちすぎているのかアルカの足跡は見当たらなかった。

 もしそうなら、まだ街の中にいるのか?

 街から移動していないから、街の外に足跡がないのか?

「くそ。わからん」

「ベルトレット様の知識を持ってしてもわからないなんてもうどうしようもないです」

「緊急時の人間は何を考えるかわからない。今までだって俺はそれを体感してきたはずだ。なのに」

 それも、三回も。

 俺は毎度のように忘れてしまっている。

 今回はとうとう対処できなかった。

「こうなれば聞き込みだ。少し知性のあるモンスターを襲って話を聞き出してやる。まだ、冒険者に倒されていない、街の入り口近くにいるやつだ」

「木の影に隠れているのとかでしょうか?」

「そうだな。サーチ頼めるか?」

「はいです。『サーチ』!」

 カーテットにスキルを発動してもらい、近くの反応を確認する。

 街にいれば、アルカもこの反応に引っかかるはずだが、それはない。

 つまり、もうこの街にはいないのに、足跡は残っていないということ。

 俺が知っているよりも速く移動できたということか。

「あそこです! あそこにいます」

「よし、行くか。仲間のピンチだ。ちょっと手荒になるかもしれないが恨むなら、モンスターに生まれたことを恨むんだな」

第6話 なかなか聞き出せない勇者

「コボルドだな?」

「な! 僕は隠れてたのになんでわかったんだ!」

 こっちには索敵スキルってのがあってな。って言ってもわからないんだろうな。

 隣町を出てから少し歩いた場所。

 俺たちは見つけたモンスターから情報を引き出すため、勝負をしかけていた。

「僕たちと戦おうってのか?」

「そういうことだ。いいからさっさと武器を出せ! 行け!」

 構えるコボルド。だが、俺たちのパーティは誰も動かない。

 そうだった。ラウルもアルカもいないんだった。

 ま、所詮は戦士と変わらない職業の二人だ。勇者である俺が前線に出るのが早まるだけ。

「俺が行く! 援護頼む!」

「『バインド』!」

「『クリスタルストライク』!」

「『アタック・エンチャント』!」

 拘束に攻撃、俺の攻撃の強化。

 トドメまでの流れだが、状況はどうあろうと勝ちに変わりはない。

 いつもと目的が違うだけだ。

「ふ! どこ狙ってる!」

「効かないな!」

「何っ!」

 バインドも魔法もかわされた。

 そうか、すばしっこいやつらだ。ある程度弱めないと攻撃が当たらないのか。

 こんな雑魚、直接戦うことがなかったからな。いや、ラウルとアルカをスカウトして以来か。

「ならまずは俺がお前ら自慢の足を奪ってやんよ」

「ついて来られるかな? 鈍足」

「のろま!」

「ばーか。ばーか」

 最後のは足の速さと関係ないだろ!

 俺が追いかけるも、コボルトたちは俺以上の速さで移動し、俺を翻弄する。

 スキル込みの全速力が速かったラウルとアルカの二人なら関係なかったのだろうが、これでは俺が劣っているみたいじゃないか。

「ペクター! エンチャント魔法をくれ!」

「『スピード・エンチャント』!」

「こっからだ」

「そんなことしないと追いつけないのかよ。へっぽこ」

「やーい人間!」

「ばーか。ばーか」

「だから最後の関係ないだろ!」

 俺は上がったスピードでコボルトの足を奪い二体の自由を奪った。

 最後の一体は軽い怪我程度で済ませ、とりあえず先に二体を倒すことにした。

 いつだって冒険者は真剣だ。仲間のためなら躊躇しない。

「燃やせ。リマ」

「『ヒートボム』!」

「うぎゃあああああ!」

「『ヒートボム』!」

「やめてくれえええええ!」

 確実に一匹づつしとめ、俺は最後に残った地面に倒れるコボルドに向き直った。

 だが、意外にもまだ動けるようで、剣を構え俺たちと戦う姿勢を見せた。

 それからというもの、コボルドの反抗は長く続いた。

「くっ! はあ、はあ」

 そう、勇者である俺が思いのほか苦戦をさせられていた。

「今まではラウルとアルカの二人が敵の弱点を探りあてていたが、今回はそうもいかないかせいか? いやいや」

「でも、相手も弱ってきてるです」

「勝つのは当たり前なんだ! 俺たちは勇者パーティだろ。そもそもここの敵は強い敵じゃない。そうだ。弱らせて話を聞き出すという作戦中だからなだけだ。決してラウルたちがいないからじゃない」

 残り一匹になってからものすごく奮戦してやがる。そんなことしても無駄だってのに。

「そうですわ。勇者パーティである我々がコボルド相手に苦戦するなんて有り得ませんもの」

「行くぞ!」

 それから俺たちは、なんとかコボルドの動きを封じ込め、喉元にナイフを突きつけることに成功した。

「な、何するんだ!」

「だいぶ流暢に喋るんだな」

「うるさい! ボクが君たちに何をしてるんだって聞いてるんだ。こんなことして、魔王様が知ったどうなるかわかっているのか?」

「魔王は随分前から城を留守にしているそうじゃないか。それに俺は勇者だ。魔王の天敵。どうせ俺を恐れて部下も知らずに逃げ出したんだろう」

「う、うるさい! 魔王様がそんなことするはずないだろう。きっと何かの作戦中なんだ!」

「弱い犬ほどよく吠えるってな! まあいい。お前に話を聞きたい」

「話すことなんてない!」

「まあ、落ち着け」

 俺は懐から骨を取り出した。

 コボルドも犬頭だ。その本性を表したのか、途端に目を光らせた。

 所詮知能があれど、犬は犬。魔王やその幹部ほどの知性はない。

 無論、個体によるが、こいつは一般的なやつらしい。

「話をすればこれをやろう」

「何が聞きたい!」

 くいついた。その辺のモンスターなんてこんなもんか。

「この街を出ていった女冒険者を見なかったか?」

「女? そんなのお前の周りに三人もいるじゃないか」

「他だ。あそこに街があるだろ。そこから出て行った女はいなかったかと聞いているんだ。それも死体を背負った女だ」

「この辺で街を出るような女はそうそういない! いたとしても僕は野蛮だって知ってるから警戒するし近づかない! だから、いない! さっきだって仲間を殺してたじゃないか」

「いない?」

「死体を背負ってたら臭いでわかる。そんなの人間だって気づくんじゃないか?」

 時間が経った死体ならばそうかもしれないが、どうだろうな。

 しかし、見てない? 今の俺のパーティの中で、俺以上に周りの三人を警戒しているコボルドを見れば、コボルドの女嫌いはそうなのかもしれない。

 女を見る目は確かなのだろう。

 なら、やはり、街は出ていない。しかし、街の中にもいない。

 謎の第三者に連れ去られた説が真実だというのか。勇者パーティだから、連れ去ったということか。

「そんなの、誰がなんのために」

 しかも、俺がこのことをやるとわかっていたような感じじゃないか。

「もういいだろ! どけよ!」

「どくかよ!」

「な……」

 必死こいて弱らせたんだ。トドメを刺さないわけないだろ。

 さて、第三者に連れ去られたんなら俺たちにはどうしようもない。アルカは諦めて四人でこれからは魔王討伐を目指すことにするか。どうするか。

第7話 ダンジョンへ転送

 突然俺の視界を包んだ光がやむと、見知らぬ暗い世界に連れて来られた。

 俺は街にいたはずだ。おそらく別の場所へと転移させられたのだろう。

「ここは?」

「見ればわかるだろう? 洞窟だ。ダンジョンと呼ばれている場所でもあるな」

「は?」

 時間が経つにつれてだんだんと目が慣れてくる。

 確かに、壁の感じや空気の感じが街のものとは全く違うことがわかる。

 日の光が差していた暖かな場所から、ひんやりと静かな地下へと移動させられた。

 自称神の言うことは間違いではないだろう。だが。

「なぜ俺をこんな場所へ?」

「言っただろう。魔王の居場所へ飛ばすことはできずとも、魔王を知る者の場所までの案内ぐらいはできると」

「いや、案内と言うより転送じゃ」

「いいから前を見ろ」

 だから、話が急なんだよ。生き返ったかと思えばアルカは死んでるし、俺がアルカの姿だし。

 今だってダンジョンに飛ばされてるし、それに何がいるって?

 前を見ろと言うから、俺は闇を睨みつけた。

 新しいスキルのせいか、光がないにも関わらず、何がいるのかその輪郭を捉えられた。そして、俺は思わず身震いした。

「あれは、なんだ?」

「死神とでも呼ぼうか。いや、人がそう呼んでいる者だな」

「あんたの知り合いか?」

「そうだな。神とつくからそう思うかもしれん。だが、あれは違う。人に神と呼ばれるだけで、そんなものではない。いわば俗称だな」

「じゃあなんなんだよ」

「あれはただの強いモンスターだ。神が直接力を及ぼせないのは死神も同じことだ」

「いや、あんた俺と話してるじゃん。他にもスキル改造したり、生き返らせたり好き勝手やってるけど」

「接触できないとは言ってないだろう? それに、人に対し奇跡は起こせると言ったはずだ」

「ふーん」

 勝手にルール作りやがって。

 だが、モンスター? あれが? 俺の目に映っているものがただの強いモンスターだって?

 嘘か冗談だろ。あれはどう考えても魔王に引けを取らない大物じゃないか。

 死神呼ばわりも納得だろ。何が強いモンスターだ。

「力試しにはちょうどよかろう。それに、我の信者もいる。どおりでここまで飛べたわけだ。一際祈りが強く一番近かったからな」

「何言ってるんだ」

「それは貴様の方だろう。貴様が動かなければ人が死ぬぞ。見殺しにするのか? それとも死神の実力を侮っているのか? あれがただのいたいけな少女でも倒せるようなものだと」

 モンスターの方に気を取られていたが、確かに小さな女性がへたり込んでいる。

「い、いや」

 なんとか否定の言葉を口にするが、状況のせいも相まってなかなか理解が追いつかない。

「人の命を刈り取るからこそ死神と呼ばれている。そんなことくらいもう察しがついているだろうに」

「わかってるさ」

 死神の足元に血が広がっているところを見れば、仲間が戦った後にも見える。もう人が死んでいる。

 だが、それにしてはおかしい。

 少女は戦おうとしていないどころか、完全に怯えきっているように見える。諦めたのではなく、最初から戦う意思がないようだ。

 それだけじゃない、少女の姿、服装がただの一般人のものだ。どう見ても冒険者には見えない。

「くっ!」

 俺は地面を蹴った。ゆったりと少女に迫る死神めがけて。

「ほう。行くか」

 神があれを力試しにちょうどいいと言ったんだ。なら、今の俺のスキルを試すにはもってこいってことだろう。

 負けるなら、わざわざこんなところに連れて来ないはずだ。

 俺の負けは神の取引をわざわざ無意味なものにすることだから。

「クソが!」

 俺は、今までそうしてきたのと同じように、腕を引いた。

「ほう、人間。新たに湧いてきた人間。戦うか。よかろう。ならば次はお前だ。お前のい」

 俺はただ思いっきり拳を前に突き出した。顔面と思われる、音の聞こえる部分を狙って。

 人型のようで人型でない。あり得ない人間のような形をしたそれは、勢いよく吹っ飛んでいった。

 そして、壁にぶつかったのか、揺れと音が伝わってくる。

「大丈夫?」

「……」

 口をぱくぱくさせている。まあ、驚くよな普通。

「ゆっくりでいいから」

「は、はい。ありがとうございます。お姉さん」

「おね、あ、いや、俺は」

「話している場合か。魔王を知っているのは少女ではない。少女は怪我をしていない。心配は必要ない。先にケリをつけるべきだ」

「そうか?」

「そうしろ。後悔するぞ」

 やけに真剣に忠告してくれるな。ありがたく受け取っておくことにしよう。

 おそらく先に倒すことが少女を守ることに繋がるんだろうし。

「ごめんね。ここを動かないで、いや、一緒に行こうか。一人の方が危ないから。でも、俺からそんなに離れないで」

「うん」

 俺が手を伸ばし、少女は俺の手をつかんだ。なんだかアルカが戻ってきたようだが、この子はアルカじゃない。

 俺の手を握って少ししても、少女は動こうとしない。

「どうしたの?」

「立てない」

「そうか」

 怖かったのだろう。今も震えている。

 俺は立ち上がれない少女を背負い、壁まで駆けた。

「じゃ、ここにいて」

「うん」

 すぐに駆けつけられる範囲に少女を座らせ、俺は死神の前に立ちはだかった。

 魔王も一撃らしいが、まだ体の使い方が慣れない。

 次でかたはつくだろうが、もう少し攻撃の練習が必要かもな。

「いきなり喧嘩を売るとはいい度胸だな」

「そんなにボロボロになってるやつに言われてもな」

「ふん。虚勢を張りおって。どうせお前もダンジョンに迷い込んだだけの女だろ?」

「俺は男だ」

「どう見ても女じゃないか」

「相手にするな」

「わかったよ。で、何を聞けばいいんだ?」

 なんだか死神とやらにまで変な目で見られているが、この神ってのは俺だけでなく、他のやつにも見えてないのか?

 声まで聞こえてないとかだと、これから先が心配なんだが、まあいい。

「お前、死神だな?」

「そうだ。人にそう呼ばれる者だ」

「魔王の居場所を言え」

「我は魔王のファンではない。興味がない。我は人の死のみを求めている。それも我が死をもたらすということにのみ興味がある。魔王が人の命を奪おうが、人に命を奪われようが、我には関係がない」

「だってさ。知らないってよ」

「どうやら、ここは少女が助けを呼んでいただけらしい」

「死神が魔王を知ってるって話は?」

「すべての死神というわけではないのだろう。我も本物の死神から愚痴を聞かされただけだ」

 本物の死神って、あくまで自分は神ですよってか。じゃ、なんの神だよ。

「誰と話しているか知らんが、お前には権利がある。大人しく我に殺されるか、少女を差し出してから殺されるかだ」

「お前にも権利がある。俺に大人しく殺されるか、俺と全力で戦うかだ」

「それは少女より先にお前を殺すってことでいいのだな?」

「俺は人の命を脅かす存在を許しはしない。魔王でなくともな」

「そうでなくては! 我が選んだだけあるぞ!」

 何やら神が盛り上がっているが、お前も口だけでないでなんとかしてくれよ本当に。

「よかろう。奪ってやる」

「じゃあな」

 舐めてかかるとどんな相手でも足元すくわれるもんだ。

 俺は的確に武器を壊し、もう一度顔面に全力でパンチした。

 一撃目でわかっていたことだが、今の力は以前の全力と比べ物にならないくらい威力が出る。

 死神を殴っただけだが、壁に大きなへこみができた。

 そして死神は動かなくなった。

「死んだようだな」

「死神なのにな」

「少女を安心させるがいい」

「信者のために俺をこき使ったのか?」

「最初からそのつもりで契約を受けたのだろう? ただでお互い目的を達成できるわけじゃない。それに、魔王に至る道を知らないのはお互い同じだ。何年も人間として魔王を倒そうとしておいて、そちらこそ知らないんだからな」

「部下くらいは倒してきてたんだがな。上があるのか?」

 まあいいか。

 今は少女のみの安全の方が大事だ。神じゃないが、早く安心させてあげよう。

第8話 助けた少女

 死神がモンスターというのは本当だったらしく、生き返って攻撃してくるということはなかった。

 死神以外にもダンジョンの中にモンスターの気配はあるが、しばらく寄ってきそうにない。

 ひとまず安全は確保されたようだ。

「もう大丈夫みたいだよ」

「あの。本当にありがとうございました」

「いいって」

 ペコペコと頭を下げてくる少女。

 ピョンと立った髪が特徴的なだけで、やはり普通の一般人のようだ。どう見ても冒険者をしている人間には見えない。少し使い込まれた服を着ているただの女の子だ。

 まあ、立ち上がれないらしいが、無事なようだ。

「しかし、ここからどうやって出るんだ?」

「それは後だ。まずは挨拶を済ましておけ」

「そうだな。俺はラウル・セレスティーン。よろしく」

「タマミ・ユーレシアです」

「よろしくタマミ」

「はい。ラウル様」

「俺よりよっぽど神様に信じられてるぽいけど。お祈りとかしてるの?」

「信じられてる? お祈りはしてますよ? 私はあんまり信心深くないですけど。ただの人です」

「だってよ?」

「そんなはずないだろう。我が呼ばれたと気づけるぐらいだ」

「はあ」

 本人の意思はアレとしても、神様へ届いた気持ちは本物だったのか。

 じゃ、俺の祈りは届いてなかったのか。

 うーん。俺より危機的状況だったのかなー。わからん。

「あの。先ほどからどなたとお話しされてるんですか?」

「俺? 俺も声は聞こえるんだけど、見えないんだよね」

「声が聞こえるけど見えない?」

「ああ。相手は自称神様なんだ」

「神様!?」

 まあ、俺だって未だに信じていいか悩んでるところだし、他人からすればあり得ない話だよな。

 助けてもらったことは感謝してるけど、変なやつに助けられたなって思ってることくらいわかる。

「あの。他にも気になってたんですけど、自分のことを俺っておっしゃられるんですね」

「ああ。俺は男だから。って言ってもさっき死神に言われた通り、今の見た目は女だな。神様の力で死んだ妹の姿で生き返った。しかも、説得が面倒だからってことと、俺に魔王を倒したら妹を生き返らせるっていうことを忘れさせないためっていう」

「そうなんですね。色々あったんですね」

 どこみているのかわからないけど、やっぱり信じないよな。

 だからこその孤軍奮闘なんだろう。

 これっていちいち怪しまれないために、言葉遣いとか変えた方がいいのか?

「誰が自称神だ。我は本物の神だと言っているだろう」

「ツッコミが遅いな」

「話の腰を折るわけにはいかないからな」

「黙っててくれない? 俺が余計に変なやつだと思われるから」

「なぜだ?」

「今理由も言ったんですけど?」

「少女を見てみろ」

「え?」

 なんで今タマミのことになるんだ?

 いや、なんだろう。俺の頭上を見て驚いてるような。

 なんか出たの? 死神が生き返ったとか?

「何もいない」

 俺は慌てて振り返ったが、死神はピクリともしておらず、他に何もなかった。

「見えないんですか? ラウル様の首から生えてるものが」

「俺の首から生えてる?」

 咄嗟に首を触るも、長くなった髪に触れるくらいで特に何もない。

 でも、タマミが嘘をついているようには見えない。

「何もないけど」

「触れないんだ」

「触れない?」

「どうだ。わかったか。我は貴様に力を与えることはできても、実際に世界に影響は与えられないのだと」

「いや、わからない」

「先程の話本当だったんですね?」

「どうして今信じるんだ? どういうこと?」

「ええい。話が進まん。これでいいだろ」

 全く話を読めなかった俺。その目の前にいるタマミの背後に、青白くほのかに光る謎の女性が現れた。

「え、敵?」

「そんなわけなかろう」

 神に否定されやっと俺は、多分同じことを言っていたんだとわかった。

「なんで呼ばれたんです?」

「一人に一柱をつけておけばわかりやすいだろう。毎回いるだのいないだのと言われてはらちがあかない。どの神も目的は同じはずだ。これくらいいだろう」

「わかりました」

 なんだろう。タマミの方にいる神のが優しそうな気がする。

「マジで神様だったのか?」

「だからそうだと言っていただろう」

「あの」

 タマミは上目遣いに俺の顔を見ると、もじもじし出した。

「どうした?」

「もう一度話してください。ラウル様がここに来るまでの経緯を」

 俺はタマミにここに来るまでの経緯を一通り話した。

 なんだろう。まず今の感想はタマミとの距離が近い。

 体をくっつけてくる。なんだこの人。感情が出やすいとかいうレベルじゃない。

「ラウル様はこれまで大変だったんですね。やっぱりお姉さんだ」

「様はいい。それに、俺は兄だ」

「じゃ、ラウルちゃん。私にできることならなんでも言ってね。私も神様から力を与えられたみたいだから」

「あ、ありがとう?」

 ちゃん!? しかも、なんか急に馴れ馴れしいんだが。

 女の子同士ってこんなものか? いや、なんだろう。絶対に違う気がする。

 なんでこんなにくっついてくるんだこの子は!

「でも、俺のスキルは孤軍奮闘だろ? 仲間ができていいのか?」

「もちろんだ。旅の仲間が必要なことくらいわかっている。貴様が天涯孤独な事実は変わらないだろう?」

「馬鹿にしてる?」

「してない」

 なんだか相手は神様だが、ものすごく引っ掻き回されてる気がする。

 が、仲間が増えるのは心強い。

 神様が気づけるほど祈りの強い女の子だ。力を与えられたと言うしきっと頼りになるのだろう。

「それで、タマミは何ができるって? やめい」

 気づけば頭まで撫でられてる。

 本当に安心してテンションおかしくなってるんじゃないか?

「ラウルおね、ラウルちゃんは何ができるの?」

「今変なこと言わなかったか?」

「言ってない」

 絶対お姉ちゃんとか言おうとしただろ。大丈夫かこの子。

 まあいいや、情報共有だな。

「俺ができるのは常に身体能力を強化してるってこと。それによってできる物理攻撃。今わかってるのはそれくらいだな」

「他には?」

「さあ? 他には何ができるんだ?」

「貴様ができることはおよそ全てが今まで以上にできる。単純明快だろう? もっとも我がスキルを作ったのではなく、効果は元のスキルそのままだがな」

 ふむ。となると。魔法が使えればその強化もできるのか。

 だがな。これまで、殴る、切るをメインにしてきたからな。いずれでいいか。

 勇者パーティに入る前はそれで困ったことなかったし。

「それで、タマミのスキルは?」

「あんまりダラダラしている時間はない。ここはあくまで近くだっただけだ。救える命がまだある。その先でいいだろう」

「おい。話は」

 まだ終わってないのに、また勝手に話を進められた。

 くそう。

 有無も言わせず、また視界は白く塗り染められた。

第9話 もういない仲間を探す勇者

 できることはまだあるはずだ。

 俺はもう少しアルカ探しを続けることに決めた。

 今拠点にしている街の近くにいる魔王の部下と思われるやつは倒したが、まだ脅威となるモンスターはいるはずだ。おそらくそいつが何か知っているだろう。

 そして、わかったことがある。認めたくないが、アルカとラウルがいないと、思いのほか戦闘が面倒くさい。

 悔しいが、いた方が便利だった。

「ひとまず街に戻ってアルカを連れ去ったモンスターを探そう」

「そうするです。アルカが心配です」

 パーティを無駄に二人も失うのは色々ともったいないからな。

 あくまで強化のために一人を生贄にするつもりだったんだ。二人とも殺すつもりはなかった。

 しかし、そうそういるか? 人に気づかれずに、人をさらえるようなモンスターが。

「誰か人をさらうモンスターについて何か知ってるか?」

 パーティメンバー全員が首を横に振る。

 だよな。知らないよな。

 そもそも俺たちがここらに来たのは、調査の結果この周辺を支配しているモンスターが魔王の部下だといううわさを聞いたからだ。

 ラウルを呼び出したのは、そいつを倒し根城を崩壊させたからだ。

 そもそも魔王の部下が支配している地域で、他に優秀なモンスターなんているのか? いや、いないと困る。

「なら、他に強そうなモンスターについての話は聞かなかったか?」

 これまた全員首を横に振る。

 とりあえず街の中で聞き込みをするか。

 当てはまるモンスターなんていなさそうだと思ったが、さすが勇者の俺の運。

 行き当たる時はすぐに行き当たる。

「すみません。この辺に人をさらったり街に迷惑をかけているモンスターはいませんか?」

「ああ、いるよ。もしや、あんた勇者様か? なら詳しい話をこの街のギルドで聞いてくれないか? 依頼は出されているはずだ。どうか解決してくれ!」

「わかりました」

 うわさ話はすぐに俺の耳に入ってきた。

 しかし、ギルドを通しての依頼は久しぶりだ。

 それは、魔王直属の部下についての情報はなかなか知っている人物がいないから。

 いればすぐにギルドで共有されるだろう。だが、そうはならない。

 最初の数体こそギルドで知ったが、最近ではめっきり情報が出てこない。そのため、俺たちが独自に調べて討伐しているわけだ。

「リマ。ギルドってどこだっけ?」

「あちらですわ。案内します」

「ありがとう。助かるよ」

「いえ。これくらい当たり前です」

 リマに案内してもらいながら俺は考え続けた。

 これほどまでに静かな侵攻は今までの歴史上なかったはずだ。魔王軍も何か隠れて動いているはずだ。

 歴史的に勇者は人類を襲う魔王とその部下から人類を守るため激しく戦ったらしい。

 だが、今の俺たちにそんな激しさはない。

 いつ攻めてくるかもわからない魔王たち。だからこそ俺はかなり乱暴な方法を取ってでもパーティを強化したかった。そして、やり方は間違っていないはずだ。

「あの。この街の近くに街の住民を困らせる何かがいると聞いてやってきたのですが」

「はい。え、勇者様? 勇者様がどうしてこのようなところへ?」

「まあ、色々と」

 俺は勇者なだけあり、特定の拠点を持たず行動し、魔王軍を壊滅させるという、国王直々の依頼を受けている立場。

 魔王に関連する情報を国へ送り、魔王軍関係者を討伐しているだけで金は入ってくる。

 通常の依頼をこなせないからこその手当てだ。そのおかげで、他の冒険者とは異なり、明日食う金に困ることはない。

 しかし、俺への特別扱いのせいで、今も、俺を見る目はさまざまな感情を抱いていることがはっきり感じられる。

「そうですか。しかし、我々はこの近くで魔王軍の関係者がいると言う情報は」

「いや、魔王軍じゃなくていい。今は少し探しものをしていて。ここの近くにいるモンスターがその探しものについて何か知っているかもしれないんですよ」

「なるほど。街を困らせているとなると、そうですね。この街の冒険者では太刀打ちできないのが」

「受付嬢さん! あいつをよそ者に任せるって言うんですか!」

 俺たちの話を盗み聞きしていたのか、一人の冒険者が声を荒らげた。

「しかし、皆さんだけで対処できないのは事実でしょう。冒険者だけでなく街の住民にまで被害が出ている以上、実力者が解決してくれるなら頼むのが筋です」

「クソが。勇者だからって毎日呑気に生きてるやつに任せるのかよ」

「俺だって冒険者だ。求められることに見合った仕事をするだけだ。悔しいなら実力をつければいいだろう」

「あんたは生活を保障されてるだろうが!」

 冒険者の俺への態度に冷静さを失う三人に対し、俺は手を出して制止した。

「ベルトレット様」

「言わせておけばいい」

「ですが」

 俺は首を横に振って三人をしずめた。

 こんなところで無駄に時間を使っている場合じゃない。

 どんな相手か知らないが、相手によってはアルカを狙うのもわからなくはない。

 それだけ知能があるってことだ。

「どのようなやつですか?」

「あ、ああ。はい。死をもたらすと言われている黒龍です。なんでも、人の姿に化け、人をさらっているとか。それだけでなく、突然冒険者の元へ現れ、モンスター共々命を奪ったりと、特に凶悪なモンスターです。基本的に山にこもっているのですが、時たま不慮の事故が起こるせいで死者が出るため、要警戒モンスターとして懸賞金がかけられてます」

「おそらくそいつだ」

「本当ですか?」

 人の姿に化け、人をさらう。そして、飛行能力を持っているドラゴンなら、移動も高速だろう。

 間違いないじゃないか。こんな街にドラゴンがいることは信じられないが、今はこの近くに拠点を置いていてよかった。

「その依頼俺たちが受けます。必ず解決してみせますよ」

「ありがとうございます」

「任せてください」

「チッ!」

 俺たちに当たり散らかしてきた冒険者はそっぽを向いている。

 まあ、俺たちにかかれば簡単な仕事だろうが、命を奪われる危機が減るなら向こうとしても願ったり叶ったりだろう。

 しかし、黒龍か。予想以上の大物だな。

 魔王の部下と同程度、もしくはそれ以上かもしれない。

 本来なら次の部下を探しに行くところだが、アルカのためだ。

「行こうみんな。仲間のために」

「です」

「わかりました」

「行きましょう」

 俺は受付嬢から更なる詳細の情報を聞き出し、黒龍を倒すための準備を始めた。

第10話 勇者の黒龍退治

 確かに山にいる。そして、呑気に眠っているな。

 俺はギルドの受付嬢から聞いた情報を頼りに、黒龍が住んでいるという山までやってきていた。

 今目の前にいるのは黒い鱗の巨体を持つ龍。間違いなく街に迷惑をかけているというやつだろう。

 人さらいの話は本当らしく、龍の周りにはたくさんの女性がいる。

「さて、眠ってるところ悪いが、速攻で片付けさせてもらう」

 俺は剣を抜き放ち、龍に剣先を向けた。

 こっちは仲間の居場所がかかってるんだからな。迷惑かけやがって。

「殺気がダダ漏れだぞ?」

「いつの間に!?」

 突如として、誰だかわからない人影が、俺たちの背後に現れた。

 反射的に剣で防げたが、硬い何かで攻撃していたらしく、直撃していれば危なかった。

 だが、攻撃も全て防げていたわけではないらしく、左腕に痛みがある。

 どうやら今回は片手で戦わないといけないわけか。

 相変わらずどこに行ってるんだアルカは。いるなら早くに叩けってんだ。

「少しはやるようだな。今ので誰も死んでいないところを見ると、お前さんたち、ただの冒険者じゃないな」

 先ほどまで寝ていた黒龍がいないことを見るに、この人間が黒龍の人間体なのだろう。

 仲間とアイコンタクトで無事を確認してから、俺は黒龍に向き直った。

「お生憎様。俺たちは勇者パーティなんでな。いくら黒龍と言えど、ここが墓場になると思うぜ」

「どうだろうな。かわいこちゃんを三人も連れた坊主」

 俺との会話が楽しいらしく、俺の仲間をかわいこちゃんなんて言ってるが、注意は完全に俺に向いている。

 再びアイコンタクトで全員と確認。

 詠唱は終わったようだ。

「やれ!」

「『オールアップ・エンハンス』!」

「『バインド』!」

「『アイスボム』!」

「これで最後だ。『氷結剣』!」

 リマがアイスボムを使ったことに合わせて、俺も同じ属性の氷結剣を使った。

 動きを封じ、大ダメージを与えた。

 身体能力も上がっている。

「やったか?」

 冷気のせいで黒龍の姿は見えないが、動きがあるようには感じられない。

 これは俺たちの勝ちじゃないか?

「みーんな戦えるのか! いいねぇ。そうこなくっちゃな」

 見たところ黒龍に目立ったダメージはない。

 人間体なだけで、やはり黒龍らしく、背中のあたりから翼を生やして飛び上がっていた。

「『サンダ』!」

 リマの魔法には劣るが、速攻で俺は攻撃をしかけた。

 だが、黒龍は見切れるはずもない雷を瞬時にかわした。

 最初からほぼ全力を出したというのに、倒せないだと?

 さらに、黒龍は雷をかわすためなのか姿が見えなくなってしまった。

「どっか行きやがって。クソが」

「そう思うか?」

「や、やめるです」

「カーテット! どうした」

 なんだ? 突然カーテットがしゃがみ込んだ。

 一体あいつは何をしたんだ。

「ほらほら、スキだらけだぜぇ?」

「きゃあああああ!」

「リマ! 何が起きている! 報告してくれ!」

「……」

 ひどく動揺しているのかリマまで無言で返事がない。

 くそう。一体どうなってやがる。黒龍。あいつは一体何をしてるんだ。

「出てこい!」

「いつ隠れたって言ったよ」

「こ、こんなことして恥ずかしくないのですか!」

「ないね。こちとら人間じゃないんで、な!」

 三人ともしゃがみ込んだかと思うと、全員がパタリとその場に倒れ込んだ。

 どうやら、装備が原型をとどめていないところを見るに、一人ずつやられたってことらしい。

「あと一人!」

「くうぅ!」

 俺はなんとかすんでのところで攻撃を防ぎ、体の形は変わらずに済んだ。

 だが。

 片手では攻撃をまともに防げず、もう片方の手も負傷、剣を持っていられなくなった。

「おや? 戦意喪失かな?」

「ぐあああああ!」

「武器を持てなきゃ勇者もただの人間と同じだなぁ!」

 黒龍の言う通り、俺はなすすべなく体当たりで吹き飛ばされた。

 ペクターの近くで俺は地面に打ちつけられた。

 どうやら本当に気絶しているらしい。

 俺もペクターのエンチャント魔法のおかげでなんとか意識を保っている状態だ。

「俺はこの程度か? 俺の本当の力はこんなものなのか?」

 ラウルとアルカの二人に頼らなければ戦えないほど俺は弱かったのか?

「いいや、そんなはずない。本物はそんなはずがない。せめて、この場くらいは切り抜けられるはず。余裕の戦いじゃないが、なんとかしないといけないんだ」

「何を言ってる? やられておかしくなったか?」

 他に誰も見ていないなら、全力を出しても問題ないはずだ。

 そんな内なる声が聞こえてくる。

 まるで、俺のものではないような声が。

「はあああああ!」

「そうか、まだ全力を出していなかったのか!」

 みるみる力が湧いてくる。

 なんだか、思考がスッキリする。

 目の前の黒龍が驚いたように目を丸く見開いた。

「本気を出すと勇者にしては禍々しい姿をするんだな。それが勇者の全力か? それじゃまるで」

「どうだろうな。『全力剣』!!!」

「ま」

 体を切り離してもなお喋ろうとする生命力。

 人間以上に長生きしているだけあり、黒龍、龍種の生命力は伊達じゃないか。

 だが、もう虫の息。黒龍の命もここまでだろう。

 ま、ここで死にはしないだろうが、俺の方も満身創痍。仲間の回復や捕まっている人の脱出の案内。アルカ探しは今すぐには無理そうだ。

「くそ。力が弱くなっていることは認めざるを得ないな。だが、今はなんとかなっている」

 近くに敵はいない。そう思うと、俺の体から力がふっと抜けた。

第11話 黒龍戦後の勇者

 目が覚めるとそこは見知らぬ山の中。

 いや、見慣れないだけで来たことがある。

「そうか。俺は確か、山で黒龍と戦って、それで……」

 どうなったんだ? 途中から無我夢中でよく覚えていない。

 生きてるってことは黒龍を倒したってことなのか?

 なんだか別人の声が聞こえたような気がしたが、気のせいか?

 なんだろう。頭がガンガンする。

「よかったです。目が覚めたです」

「カーテット。当たり前だろ。俺は勇者だ。って、いてて」

「無理は良くないですわ」

「済まない」

 俺の周りには黒竜に囚われていた女性たちもいた。

 どうやらパーティメンバーだけでなく、囚われていた女性たちも俺の看病をしてくれたらしい。

 そして、俺の仲間は装備を破壊されたものの、代わりの衣服をもらった様子だ。

 しかし、どれだけ見回してもその中にはアルカの姿はない。

 これだけの傷を負っても目的を達成できないってのか?

「くそ!」

「ベルトレット様は悪くありません。相手が悪かっただけです」

「ああ。それもあるかもしれない。だが」

「だが?」

 自分が気づいていることに嫌気がさす。だが、言葉にしなければこのイライラは収まらない。

 なぜなら、事実だから。

「俺たちのパーティにおけるラウルとアルカの役割、それはあくまで偵察。敵の力を推し量ることだけだったはずだ。それが、これじゃなんだ? 俺たちは二人のお膳立てがないと、まともに戦えない弱小パーティみたいじゃないか」

 コボルドの時にしてもそうだ。毎度の戦闘でこんなに疲弊していてはテンポが遅くなってしまう。

 先に進むのだっていつまでも待ってくれるわけじゃない。

 魔王が静かなのもいつまでも続くとは限らない。

 それなのに、今の状態では強かったのは、ラウルとアルカの二人だけだったみたいじゃないか。

「黒龍には勝ったです。それでよくないです?」

 純粋なカーテットは不思議そうだ。

 そうだよな。勝ちは勝ち。パーティとして人数が減っているだけで質が落ちているわけじゃないってことか。

 それに、アルカが出てこないことについては何か理由があるかもしれない。

 それについて聞けたから、みんながそのことを黙っている可能性もある。

「この場は勝ちでよしとするか。それでアルカについては何か聞けたか?」

「いいえ。誰も何も知りませんでしたわ。申し訳ありません」

「いや、みんなが気にすることじゃない。ということは黒龍は白だったってことか」

 俺は転がっている黒龍の死体を見た。こいつがアルカをさらっていないとすると、アルカは今どこにいるんだ?

 そもそも、俺の手に全く手応えが残っていない。

 もっと倒した時の感覚は思い出せるものだが、今回はそれがない。

 実は自滅技を耐えたとかそういうことはないよな。うん。それはない。切断面は俺のものだとわかる。それくらいはわかる。

「考えすぎか。おっとっと」

 立ち上がろうとしたが、一人でまともに立つことすらできなかった。

「お支えします?」

「ありがとうペクター」

 みんなに支えてもらわないとまともに立てないなんて、相当疲れているらしい。

 全力を出すのが久しぶりだったからかもしれない。

「ひとまず報告に行くとするか。後のことはそれから考えよう。囚われていた皆さんはついてきてください!」

 俺は女性たちを引き連れ街に戻った。

 街に戻ると女性たちは自分の家の方へと帰っていった。

 案外住み心地がよかったのか、感謝してくれる人はほとんどいなかった。いや、一人もいなかったかもしれない。

 街の人は見つけてくれたと思ったかもしれないが、囚われていた人たちの感想は違うかもしれない。

 看病こそしてくれたものの、俺のことをよく思っていなかった気がする。もしかしたら、冒険者を攻撃していたのも何か別の脅威から守るためで、守れなかったから死傷者が出ていたって話だったりするのか?

 いや、さすがにそれは考えすぎか。アルカ探しで頭も疲れているのかもしれない。

「おう。ボケーっとしてんじゃねぇぞクソ勇者」

「あ、ああ」

 ギルドのドアを開けただけだが、冒険者に睨まれてしまった。

 やはり俺の方は嫌われ者らしい。

「オンボロだな? 勇者様。どうだい黒龍は?」

「倒してきたぞ」

「そうか、倒してきたか。は?」

「本当ですか?」

 受付嬢の目が輝いている。

 さぞ面倒な相手だったのだろう。この顔を見るからに、俺の考えはただの心配に過ぎなかったと言っていいだろう。

 やはり俺は頭もキレる勇者だからな。

 それはさておき。

「ああ。ほれ見ろ」

「なんだただの黒い鱗じゃないか。は! そうか、黒龍間違いなんだな?」

「おっとっと。こっちだったな」

 先に出したのは戦利品だった。

 ただの戦利品だった。

「これは!」

 俺のギルドカードを見ると受付嬢はさらに表情を明るくした。

 倒したモンスターの欄には黒龍が登録されていることを全員が確認したようだ。俺の顔とギルドカードをしきりに見比べている。

 討伐モンスターを記録するのはカードにかかった魔法によるものだから、偽装はできない。

 無駄に高位の魔法が使われてるからな。

 以前、魔王を倒したことにしようとしたが、俺たち勇者パーティの魔法力ですら無理だった。おそらく現代の魔法とは全く別の魔法が使われているのだと思う。

「本当に倒されたんですね」

「マジかよ」

「当たり前だ」

「報酬は」

「その話は後でいい。今日はこれで帰らせてもらう」

「わかりました」

 もっと褒められるかと思ったが、案外淡白だった。

 くそ。

 なんだかどうにも調子が乗らない。もっと長居すれば褒められたのかもしれないが、体もだるいしなんだか視界がフラフラする。

「大丈夫です? 今にも倒れそうです」

「ん? ああ。大丈夫だ。ただ、拠点に戻るまで、みんなで支えてくれないか?」

 全員頷いてくれた。

 やはり、過酷な困難を乗り越えた仲間たちだ。

 アルカと再開できれば、ここにアルカが加わるかと思うと胸が高鳴る。

 やはり早く探さなくては。

 しかしそのためにも体を休めないとな。

「全員が回復するまでしばらく大人しくしていよう。俺たち勇者パーティのやることは元から骨が折れる。今の状態で向かうのは無謀だからな」

「わかりましたわ」

「しかし、ペクターの回復ですら治らないなんて、黒龍。厄介なやつだった」

「すぐに回復すればよかったのですが」

「いいって。ペクターが気にすることじゃない。だが、次に行くまでどれだけの時間がかかるか」

 少しずつ治っている気はするが、どうにもまだまだ治っていない感じだ。

 今は情報収集の期間でもあるし気長に待つとするか。

第12話 二つ目のダンジョン・二人目の信者・二体目の死神

 視界が元に戻ると、そこはまたしても暗闇の中。

 おそらく同じような状況なのだろう。

「いやー! こないで! まだ死にたくない!」

「うるさいぞ! さっさとやられるんだ!」

「いーやーだー! 襲う目的は何? 金? 金ならいくらでも出すから! 後でいくらでも払うから!」

「金などいらん。どうせここにいて金で買えるものなどないからな」

「金じゃないの? なら何? 体?」

「いらん! 我は食糧など必要としない!」

 なんだろう。ものすごく騒がしい。目を凝らさないとよく見えない暗さなのに、元気にはしゃぎ回っているのが二人もいるようだ。

 隣にいるタマミもなんだか微妙な表情をしている。

「これは帰ってもいいんじゃないか?」

「ダメだ。祈りの強い生き残りは彼女だけだ。あとはもう蘇生もできない」

「確かに見た目は神官っぽいけど」

「やーめーてー! こないでって言ってるでしょ!」

「そもそも何故我より速く動けるんだ人間!」

「当たり前でしょ! 自分の能力ぐらい上げられるわよ! 誰だか知らない人に不意をつかれてなければ、こんなところに来てないっての! 引きこもりに負けないっての!」

「誰が引きこもりか! 我は死神ぞ!」

 うーん。逃げてるだけだが、なんだか戦えそうなことを言っている。

 一応女性みたいだが、俺も助ける気が起きない。

「なあ、このままでいいんじゃないか?」

「ダメだ。何度言えばわかる」

「えー」

「ラウルちゃん。神様の言うとおりです。やりましょう」

 タマミに言われると、不思議と力が湧いてくる。

 やっぱりタマミは神様の味方か。

 ま、いいんだけど。どうせ俺だって人が死ぬのは見たくないし。

 うげ、なんだかこっち見た。俺はスキルによる補正があるからわかるけど、あの神官っぽい人、もしかして俺たちのことが見えてるのか?

「よかったー! 神様が二人の少女を遣わしてくれた! 見てなさい! あそこの女の子たちが私を守ってくれるんだから」

「それでいいのか? 自分で戦わないのか?」

「いいの! 私は前に出るタイプの人間じゃないの! 美少女に守られるタイプなの! 偉い神官はね人をうまく使うものなのよ!」

 俺、美少女? まあいいや。

 うまく使われておくとしよう。

「それじゃ神様、お願いします」

「貴様がやるんだよ」

「えー」

「神が関わった時点で人にはどうすることもできない。否、神の世界に人は干渉できない」

「なんだかよくわからないけど」

 つまりお前がやれって二度言われたってことでいいんだよな?

 だーもう! なんであんなふざけた人のために。

 ま、ふざけていても助けるべき存在に変わりはないか。

 ちょっと驚かされただけだ。

「じゃ、タマミのスキルは? ここでは使えないの? あいつ強そうだし」

「もう発動している」

「はい! 私のスキルは基本的に回復や能力の強化。サラッとやっておいたから、任せたよラウルちゃん」

「そうなの?」

 力が湧いてくる感じはタマミのスキルによるものだったのか?

「お話ししてないでいい加減助けてー!」

「我の獲物を守ると言うのなら、先に倒すがそれでもいいのか?」

 神官の女性も死神もなんだか俺に向けて言っている気がする。

 やっぱり俺が前に出ろってことなのか。

 女性が疲れ果てる前に話を聞き出すわけね。

「このままじゃラチがあかないしな」

 タマミの強化はあれど、俺は先ほどの死神よりも強敵なのを見てとって、アルカの剣を抜こうとした。

「あ、あれ」

 使用者を選ぶ聖剣ではないはずだが、剣が抜けない。

「剣で叩けば話を聞けないだろう」

「そうかい」

 神様のスキルの信用度合いがすごい。

 俺としては剣でもどうかってくらいだが、まだ自分の実力を把握できてないってことか。

「まあいい。なら今回も拳で打開するだけだ」

「拳? いい度胸だ。人間。力の差を思い知らせてやる。うるさいのは目障りだからな」

「やっと追いつけないってわかった?」

「うるさい!」

 なんだかんだいい二人なんじゃないだろうか。

 いや、気のせいか。体力が限界になればきっとやられてしまうのだろう。

「じゃ、正々堂々真正面から」

 俺は今回の死神が前回の相手より強力そうな雰囲気を感じていたため、少し助走をつけて飛んだ。

「ふっ」

 笑い声が聞こえたところで、俺は死神を壁まで突き飛ばした。

 衝撃が響くと、騒いでいた神官っぽい人も黙って俺も見ている。

「俺の目的はお前を倒すことじゃないからな。お前からまお」

「ちょっと! あいつを倒して助けてくれるんじゃないの?」

 神官っぽい人はいきなり近づいてきたかと思うと、俺の体を勢いよく揺さぶり始めた。

「こっちにも色々と事情があるんだって」

「俺っていう子? 事情って何?」

「何言ってんの?」

 よくわからないが、襲われてるからといって話を聞いている暇はない。

 あの死神がどれだけ弱ってるかは俺もよくわからない。

「タマミ! その人のことは任せた。俺は死神と話してくる」

「ちょっと! ラウルちゃん!」

 ちゃんづけで呼ばれるとなんかゾワっとするが、とがめてもやめなさそうだし、俺は無視して走り寄る。

「さあ、洗いざらい吐いてもらおうか」

「全身の修復がままならないとはな。人の形をしているが、本当に人間か?」

「そうだ。俺は人間だ。それも魔王にたてつく人間だ。さっさと魔王について知ってることを話してもらおうか。それだけでいい」

「ほう。なるほど、どこから聞きつけたか知らないが、ダンジョンに棲みつく死神たちに魔王のファンが多いと言うことを知っているのか」

「ってことは何か知ってるんだな?」

「ああ。もちろん、だが」

 俺は試しに蹴りを繰り出した。

「いい蹴りだ」

 苦しまないところを見るとかなり痛みに耐性があるらしい。

 モンスターだけあり、足と思ったところを蹴ってやったが、あまり効果はなかったか。

「いいだろう。どのみちじわじわやられるということだろう。知っている限りを話そうじゃないか」

「ま、お前が本当にファンなら話せるんだろうけどな」

「もちろん本当に好きだとも。我は人間の戦いが好きだからな。行く末を見守りたいのだ」

「なら、何故俺も魔王軍もお互いの情報をほとんど把握していない? お前のようなやつがいながら」

「我らは基本、知った情報を口外しない。いや、聞きに来るようなやつがいない。そもそも、こうして追い詰められた死神は今までいなかっただろう。死神は力だけの個体の俗称だ。何かをしようってやつらじゃない。我も含めな。だから楽しめればそれでいいのだ。どちらが勝ったとしてもな」

「偽物がよく言う」

「声が変わったか?」

「気にするな。死神のことはいいから早く魔王について話せ」

「そうだった」

 死神は楽しそうに口と思われる部分を歪めると、顔らしき部分を上に上げた。

第13話 魔王の居場所

 神によって飛ばされたダンジョンにて、俺は死神を弱らせた。

 観念したのか、死神は魔王の情報を話し出した。

「魔王は今、別の姿になりその身を隠している」

「ほう」

 神の魔王の場所までは案内できないとは、つまり、魔王が魔王の姿をしていないということであり、仕方のないことだったようだ。

「じゃあ、どうやったら魔王は姿を現すんだ?」

「魔王の力、いや、魔王が姿を隠すためのキーとなる魔法は、その直属の部下たちにかけられている」

「は?」

「つまりだ。魔王を倒したければ、その前に魔王の部下を倒す必要があるってことだ」

「それくらい知ってるわ! もう六体は倒したはずだからな」

 その時死神は、俺のことをじっと見てきた気がした。目がどこにあるかわからないから、見ているのか定かじゃないが、急に黙り込んで顔らしき場所を動かしている。

 すると、急にのけぞり大声で笑い出した。

「そうかそうか。どこかで見た顔だと思ったが、よく見れば勇者パーティの一人か」

「そうだな。元だけどな」

「じゃああれか。クビにされたか。それでやけになって一人で」

 俺はそこで、死神の片足を蹴った。

「そう焦るな。お前らが倒したのはまだ魔王直属の部下である四天王。さらにその部下、八体から構成される八芒星のうちの六体だ」

「どうしてそんな回りくどいことを」

「それだけバレたくないってことなんだろうな。もっとも、それだけ面倒臭い工程を経ていることもあり、どんな存在にも探知できないようだがな。おそらく、今魔王の居場所を知っているのは魔王だけじゃないか? もし魔王に意識があるならな」

「となると、感じ取った魔王の気配は気のせいか?」

「何?」

「感じ取った?」

「……」

 黙ってやり過ごす気かこの神。

 重大なことじゃないのか? 魔王だぞ。見つからないからこんなことしてるってのに、いたのが気のせいだって?

「おい!」

「おんどりゃあああああ!」

「ぐあああああ!」

「は?」

 俺が神を問い詰めようとした瞬間、どこからともなく現れた神官っぽい女性が死神に拳を突き出した。

 教会へ行けば見かけそうな服装ながら、ものすごい勢いで出てきて、繰り出した突き。金髪をたなびかせ、青い瞳を輝かせるその顔は一介の戦士のようだった。

 笑顔を浮かべる神官っぽい人の手元には、何やら物騒なものが握られている。どうやら突きの威力を高めるためのものらしい、トゲがついている何か。

 しかし、今は倒す時間じゃない。

「何やってくれてるの?」

 どういうわけか知らないが、ものすごく苦しみながら死神はトドメを刺されたと言わんばかりに動かなくなってしまった。

 そして、神官っぽい人は俺の方を見てものすごくドヤ顔をしてきている。

 理由はわからないが腹が立つ。

「なかなかトドメを刺せないみたいだから、横槍を入れさせてもらったわ」

「……」

 呆れて何も言えない。

 聞きたいことは聞き出せたが、まだ引き出せる情報があったかもしれないというのに。

「いいじゃないか。我々が聞きたいことは聞き出せたのだ」

「ほら、神様も言ってるじゃない」

 なんか神をすんなり受け入れてるし。

 神も神で自分のやったことを水に流そうとしてるし。

 神様に関係してるのってどうしようもないんだな。

「言っていなかったが、我と貴様は今では一心同体。貴様の心のうちは常に聞こえているのだぞ」

「いいよ別に聞こえても。と言うか。戦えるなら逃げる必要なかったじゃん」

 俺たちが来るまでもなかったし。

「ふっふっふ。来なきゃ困るのよ。この力は今与えてもらった力なんだから」

「え?」

「ラウルちゃんごめん。私の言うこと聞いてくれなくて」

 タマミが申し訳なさそうに俺に言ってきた。

「まあ、誰が止めても言うこと聞かなさそうだし、仕方ないよ」

「ありがとう」

「いくら美少女二人だからってひどくない?」

「事実じゃないか」

 嘘泣きを始める神官っぽい人。

 どうしよう。神様から力を与えられた。そして、俺もあの神官っぽい人からも何か出てるのが見える。仲間になるとか言い出したら。

 ひとまず、意識を切り替えよう。

「死神が倒されてしまったことは仕方ない。だけど、やっと一息つけそうだし、タマミのスキルを教えてくれない?」

「いいけど」

 ものすごく聞いてくれと言いたげに、神官っぽい人が見てくるが、今は無視だ。

 どうせ聞かなくても話しだすんだろうし。

「タマミのスキルは?」

「私のスキルは、先ほどもしたように強化がメインだよ。あとは回復。神様によると蘇生もできるみたい」

「蘇生? なら!」

「無理だ。貴様の妹は神の奇跡でしか助からない。貴様がそもそも神の奇跡によって生きていることを忘れるな」

「自分のやったことを奇跡って」

「人がそう呼ぶのだから仕方ないだろう」

 なんか認めたくないやつだけど、認めないといけないやつだ。

 つまり、タマミは蘇生はできるが、アルカの蘇生はできないと。

「助からないって言ってたのはそういうことか」

「そうだな。死神は普通の人間じゃまともに生き残ることすらできない相手だ。冒険者がモンスターにやられた後とは話が違う」

「なるほど。ま、何もないところから誰ともわからない人間を生き返らせることはできないと」

「そういうことだ」

 それでも蘇生は蘇生だ。

 この目で見たわけじゃないが、この世に蘇生ができる人間はいなかったはず。

 遠い昔に存在したという話を聞いただけで、勇者パーティにすらそんなことをできる奴はいなかった。

 つまり、ここでも認めたくはないが、神の力が働きかけているってことか。

「話終わった? 次は私の番でしょ? 次は」

 今の俺は苦虫を噛んだ時みたいな顔をしてるだろう。

 神官っぽいくせにどうせ戦闘要因なのだろう。

 確かに相手が複数の場合は俺一人じゃ不安だが、この人に背中を任せていいのか。

 まあ、ムードメーカーは必要か。

「そんな顔してちゃ可愛い顔が台無しだよ」

「ちょ。やめ」

 神官っぽい人はいきなり俺の頬を潰してきた。

 気が動転して、何が起きてるのかわからなくなる。

「照れてるー。へー。意外だね。可愛いなんて言われ慣れてるかと思ったけど」

「俺は」

「知ってるよー。さっき、タマミちゃんから聞いたからね。ラウルちゃん。改めまして、私はラーブ・ロンベリア。そして、これが私の力だー!」

 ラーブの叫びに応じて、うんともすんとも言わなくなっていた死神が急に光り出した。

第14話 タマミで止まらないラーブ

 任せたって言ってラウルちゃん行っちゃったけど、どうしよう。

 この人絶対に止まらないじゃん。

 今もなんかベタベタと触ってくるし。ここ多分ダンジョンだよ? 危機感持たなくていいの?

「ねえ、可愛いね。どこに住んでるの?」

「さ、さあ?」

「困った顔も可愛いね」

「あ、あはは」

 どうしよう。本当にどうしよう。

 助けないとって思ったけど、助けてよかったのかな。

 これはこれで敵なんじゃないかな。

「そんなことはありません。祈りが届くほどの人材はなかなかいないのです」

「おっ! わかってるじゃん。って声変わった?」

「あ、今のは」

「大丈夫ですよ。彼女にもすでに神を割り当てました。これにより、状況は理解してもらえるでしょう」

「そういうこと。よろしくね」

 私の神様の言う通り、目の前の女性の背後に新しい神様の姿が現れました。

「すごい! 声が聞こえる!」

 目の前の女性はキョロキョロと辺りを見渡しています。

 やっぱり、ついてる本人には見えないんだね。

「あたしはあなたの神様! ここにいる三人は魔王を倒すために神から力を与えてもらってるんだ! あ、三人目はあなた」

「私!?」

「そう!」

 急なことなのにキャッキャッと子供のように喜んでいる。

 さっきまで走り回ってたのに元気だな。

 私なんて、庇ってくれた冒険者の人たちがいなかったら、生きてたかどうかも怪しいのに。

「気にすることはありませんよ。対処できるかは人それぞれですから」

「神様」

「それに、今の状況について詳しいのはタマミの方です。目の前の女性に説明してあげましょう」

「はい!」

 私は自分の神様に説得される形で女性に話す決意して、一歩前に踏み出しました。

「あの!」

「なあに? 私に付き合ってくれる気になった?」

「神様は信じてくれたみたいですけど、私たちがここに来た理由を聞いてもらってもいいですか?」

「いいよ! もちろん協力するよ!」

「まだ何も言ってませんよ?」

「いいのいいの! どうせ誰もいなかったら逃げきれなかったんだし、私のことは好きにしていいよ」

「いや、何もそこまでは求めてないです」

「何? 何考えちゃったの?」

 なんだろう。この人とコミュニケーションを取るのはすごい疲れる。

 ずっと楽しそうだけど、ずっと手のひらの上で踊らされてる気分。

「タマミ。頑張って」

「はい」

 固まってる場合じゃない。

「あ! まずは自己紹介からかな? 私はラーブ・ロンベリアあなたは?」

「タマミ・ユーレシアです」

 それから私はラウルちゃんから聞いたことをラーブさんに話しました。

 妹を失ったこと、神様の力で生き返ったこと、魔王を倒そうとしてること。

 そして、私が協力してることも。

「そっか。なるほどね。じゃあ、あの子が私の気を引くために、こんなところへ連れてきて、助けて風を装ってるわけじゃないのね」

「え?」

「冗談冗談。真剣にしないで」

「でも、そうですね。私はそもそもダンジョンなんて入れないのに、どうして気づいたらダンジョンにいたんだろう」

「真剣にしなくていいのに」

 ラーブさんはふざけて言ったみたいだけど、これは重要なことな気がする。

 でも、ラウルちゃんも神様に連れられたみたいだし、そもそも今まで見たこともないし。

 いや、勇者パーティが来たことはあったから、その時にいたのかな? あれ? それっていつだっけ? 全員いたっけ?

「ラーブさんはここに来るまでの記憶ありますか?」

「ないよ」

「何も?」

「うん。ああ、もちろん記憶はあるよ? でも気づいたらここにいて死神と追いかけっこしてた」

「ですよね」

「タマミちゃんも?」

「はい」

 なんだろう。本当に気づいたら来てた?

「多分そうだと思いますよ。タマミが一人で来ることはあり得ない。誰かと来ることもあり得ない。おそらくラーブも。なら、これは誰かにやられた。悪意の行動。だからこそ私たちは人間に協力して、事態を解決しようとしてるんだと思います」

「ラウルちゃんの神様が真っ先に動いたのか」

 そうか。魔王と関係があるかわからないけれど、魔王以外の悪も倒すためにラウルちゃんは神様と協力して戦ってるんだ。

 私もできるなら協力しよう。

 それに、今のままだとラウルちゃんがラーブさんにそそのかされちゃう。

 妹思いなくらいだから、勢いで困ってることを装われたら騙されちゃう。

 ラーブさんは悪い人じゃないだろうけど、冗談でおかしなことすぐに言うから。

「何? 私の顔に何かついてる?」

「いいえ、ラーブさんにも神様がついたなら、何か力を渡されたんじゃないかと思って」

「力? そうなの?」

「もちろん! ラーちゃんにピッタリのスキルだよ!」

「今あるのとは別?」

「うん! そーれ!」

 なんてテンションの高い神様だ。

 落ち着いてるだけが神様じゃない、いろいろな神様がいるんだな。

 でも、ラーブさんの信じる神様だと言われると納得できる気がする。

 なんて、私が神様に気を取られていると、ラーブさんの手元に気づくと今までなかった何かが握られていた。

「何これ」

「それがラーちゃんの力! ゴニョゴニョゴニョ」

「それはすごい! まさに私ピッタリの力!」

「でしょ? ラーちゃんのことはなんでもわかるからね」

「さっすが神様!」

 全然聞こえなかったんだけど。

「私もです」

 どうやら、神様同士でも常に意思の疎通ができてるわけではないらしい。

 それとも、ラーブさんの神様があえて隠してるのかな?

 どちらにしても、固そうなものを握ってるから、死神から逃げ回っていた身体能力と合わせて戦うとか。

 ラウルちゃんもいるし、私も二人の強化はできるみたいだから、これで百人力だね。

「それじゃ、何か困ってるみたいだし協力しに行っちゃおう!」

「賛成!」

「あ、ちょっと」

 神様に乗せられてラーブさん走ってラウルちゃんの方に行っちゃった。

「大丈夫かな」

 ことのあらましを話した私はラウルちゃんに頭を下げた。

「ごめんね。見ててって頼まれたのに」

「いや、タマミは悪くない。これは仕方ない。けど、この状況はよくわからない」

 ラウルちゃんはそうして、死神から放たれていた光が収まった足元を凝視してるんだけど、私もよくわからない。

 なんだろうこれ。

第15話 死神の幼女化

 突然名乗りを上げながら死神にトドメを刺したラーブ。

 俺は突如死神が光り始めたため、警戒していたが、スキをつかれてしまった。

 いや、光のせいで動きに気づくのに遅れた。

 気づけば下半身を掴まれていた。

「どこから現れた?」

 もちろん光のところを指差す少女、いや、幼女。

 俺の腰ほどしかない背丈の小さな女の子は、死神がいた場所を指差している。

 しかし、そこにはいたはずの死神がいない。

 ということは、この幼女が死神だってのか?

「おかしい。絶対におかしい。これが死神?」

「あたしは死神だもん」

 声も可愛らしいものに変わり、拗ねた様子で俺に主張してくる。

 何故俺の腰にしがみつくようにしているのかはわからないが、ウロウロと歩いても離れようとしない。

 武器も何もかもを失った様子で、タマミ以上に武器らしいものを持っていない幼女は、何が起こったのかわからないが死神と認めざるを得ないらしい。

 他に思い当たるやつもいないし。おそらくラーブのスキルか何かだろう。

「魔王の情報ならさっきので全部話した。今度はあたしの言うことを聞くの」

「いや、言うことを聞けって、立場わかってる?」

「女の子に手をあげるの?」

「……」

 自分を死神だって言ってるくせに女の子扱いしろって?

 まあ、ほとんど人間と変わらない見た目をされちゃ手を出しにくいけど、見た目が変わろうと死神は死神だろ?

 だが、死神がこんな変身スキルを持っているとは思えない。だからこそラーブが怪しいわけで。

「ねぇ、どうして私のほう向いてくれないの? 私がお姉ちゃん、いや、ママだよ?」

「……」

 死神に無視され続けてるラーブ。

 俺の話に割り込んで殴ったくらいだ。何か仕かけたのだろう。

 幼女になった死神の反応がないことが相当こたえているのか、地面に倒れて項垂れている。

 気づけば神がついているが、もしかして神から力を与えられたのか?

「そのようだな」

 俺の神が言ってるからにはそうなんだろう。

 そうなんだろが。

 俺のことをうるうるとした目で見上げてくる元死神。

 調子狂うな!

「ラーブ! ラーブって言ったな! 死神に何してくれたんだ」

「何? ラウルちゃんは元の死神の方が好み? まあ、男の子だもんね。気持ちはわかるけど、私は幼い女の子がいいの」

「あんたもラウルちゃんって、いや、そうじゃない! 好みの問題じゃない! 俺が言いたいのは話の途中だったってことで」

「あたしは死神だ。話があるなら聞く。でも、魔王については知らないよ?」

「ほら、こう言ってるじゃん」

 あーもー!

 問題ないのか? 死神の見た目は問題じゃないのか?

「わかった。この死神からも話を聞けるとしよう。だが、なぜこんなことにした」

「だってー。ラウルちゃんトドメ刺せないで困ってるみたいだったからー。お姉さん助けてあげようと思ってー」

「俺は話を聞いてたんだ。もっと周りを見てくれ。いや、素人に求めるのは無茶ってやつか」

「そうそう。次から気をつけるからさ」

「次?」

「私、あなたたちについてくることにしたから」

「は?」

 タマミを見るとペコペコと頭を下げてくる。

 スカウトしちゃったの? そりゃ神もついてるわ。

 なんだか自己主張激しい神様だな。相性よさそう。

「見込みがあるからな」

 俺の神からも推薦されてる。本気で言ってるのか?

 俺に拒否権はないのか。

「それで? 死神のことはもういいから、何をしたかを教えてくれないか?」

「私が使ったのは、他人を変化させる力だよ」

「他人を変化?」

「そう。人に限らず、モンスターでもなんでも、これで殴ったものを女の子にできるの」

 ラーブの手には確かにこれまで持っていなかったものが握られていた。

 手につけて相手攻撃する武器だろうか。今から女の子にする相手に使う道具には見えないが。

 笑顔のラーブを見ているとあまり気にしていないのだろう。

「私ってさ、足の速さでは誰にも負けないじゃん?」

「知らない」

「負けないの。負けたことないの」

「神官なのに?」

「そう。だから、追いかけてこれで殴るってわけよ」

「神官なのに?」

「そう」

 マジか。神官なのか。

 変なのが仲間に加わったし、もうどうしたらいいんだよ。

 まあ、仲間が増えるのはありがたいが、これが祈りが強いってマジかよ。

 いや、事実なんだろうな。

 だからこそ、神が俺をここまで運ぶことができたんだろうし。実際は仲間という名の監視役なんだろうし。

「でも、誰に懐くのかは決められないんだよね。私に懐けって思ったんだけど」

「あたしは一番力が強いものが好き。だからラウルが好き」

「私も強いよ?」

「腕っ節はラウルが一番だ。あたしが負けたのはラウルだ。だからラウルを手伝う」

「手伝う?」

「ダメか?」

「ダメ、じゃないけど」

 こんなの役に立つのか? どう見たって弱体化してるだろう。

 喋り方も変わってるし、変化させるってのがどこまで影響してるかわからないが、どう考えても素直に俺に従うとは思えない。

 なら、断ったら勝手についてくるんじゃないか?

「迷うんだ。へー。ラウルちゃんってこういうのに弱いんだ」

「ち、ちが」

「まあ、妹のために自分の体を投げ打っちゃうくらいだもんねぇ。小さい女の子が好きなのかな?」

「それは違う」

「じゃあこの女の子をここに放置してくの?」

「それは」

「あたしを置いてくのか?」

 不安そうな表情で死神は俺を見上げてくる。

 足手まといかもしれない。

 だが、俺が守りたいのはあくまで人間で。

 けど、ここにいたら人間もどきがやられるかもしれないわけで。

「わかった。わかったから! そんなに見つめてくるな! 連れてくよ。その代わりおとなしくしてろよ」

「やったー!」

 小さい女の子のように跳ねて喜ぶ死神。

 笑っている今の様子を見ると、とても死神だったものには見えない。

 人の命を奪った存在だが、今は人のようになっている。神も反対してこない。

 やはり神から与えられた力で変わったくらいだ。本当に人間の女の子になっているのだろう。

「あっ。言い忘れてたけど、私が変えられるのは見た目と性格くらいだから力は弱ってないよ」

「は?」

 死神は恐ろしげなカマを空中から取り出すと、無邪気な笑顔を俺に向けてきた。

「次はどこに行くの? 魔王の部下のところ? あたしの言いたいのはそれだったの」

「いいや、その前に大きな反応がある場所を目指す」

 俺の代わりに答えたのは、俺の神だった。

第16話 勇者の休息を邪魔するものたち

「はあ、時間の流れがゆっくりだ」

 俺は仲間のおかげで宿まで辿り着いた。

 ベッドに横になり、ただ天井の木目を数えている。

 体が動かせない。動かそうと思えば動かせるが、満足に動かせない。

 仲間たちもほとんど同じような状況らしく、死んだように眠っている。

「まさか、動けなくなるほどボロボロになる日が来ようとは」

 そして、それがラウルとアルカがいなくなってからなんて。

 俺は無能じゃない。無能じゃないはずだ。

 コボルドから情報を引き出したし、他の冒険者が苦戦する黒龍だって倒した。俺が無能なわけがない。

「そう。今は戦略的療養。ただ休む時ってだけだ」

 勇者である俺にも休みは必要だ。

 休みが必要だからこそ。こうして休ませてもらうための時間が世界から与えられてるのだからな。

 今は俺が休むための時間のはずなのだが、外がやけにうるさい。

 少しずつ騒ぎが近づいてきているような気さえする。

「一体何が」

「んん」

 声がした方を見ると、どうやらカーテットが起き出していた。

「起こしてしまったか」

「いえ。大丈夫です」

 カーテットは今のメンバーでは一番に警戒してくれる存在。盗賊の仲間だ。

 俺が起こしたと言うよりも、周りの音で起きてきたのだろう。

「カーテット。外の様子を確認してくれないか。どうも騒がしい」

「ちょうどそう思ってたです」

 俺と同じところに目をつけるとはさすが俺の仲間。

 ゆっくり体を起こすと、カーテットは窓から外の様子を確認し出した。

 音を立てるほど窓に接近したのか、ガタガタという振動が聞こえてくる。だが、すぐに俺に知らせることはなかった。

「おい。どうした。何が起きてる」

「巨龍です。巨龍の群れ。他にも魔王軍と思われる軍勢が街を襲ってるです」

「は? なんだそれ。天変地異でも起こったのか?」

「わからないです。ただ、町中に騒ぎが広がってる原因はおそらく巨龍と魔王軍の同時襲撃かと」

「くっ。俺の体は動かない時だというのに、好き勝手しやがって」

 さすがにこれはピンチだ。ゆっくり休んでる場合じゃない。場合じゃないが体が言うことを聞かない。

 このままだとなす術なくやられる。

 巨龍なんて、黒龍みたいなモンスターの後に連戦するような相手じゃない。

 それも群れなんて、さすがに俺ほどの勇者でもパーティ程度で相手できない。もっとパーティの集まった国家的な集団でないと。

「どうするです?」

 カーテットから心配そうな視線を感じ、俺は思わず目をそらした。

 きっと俺たちが勇者パーティである以上、カーテットは戦うことを望んでいるはずだ。

 俺も万全な状態ならそうする。こんなピンチはこれ以上ない報酬をもらうチャンスだからだ。

 だが、今の俺はそこらの一般人よりも足手まといだ。いや、鼓舞するくらいはできるかもしれないが、ここの冒険者が俺を守り切れるとも限らない。

「……逃げるぞ」

「でも」

「いいから逃げるぞ。今は何よりも俺たちが生き残る方が大事だ。街は滅んでも立て直せる。だが、勇者が死んでも生き返らせることはできない。死者は生き返らないんだ。だから俺たちは嘘つきを処罰したんだろう」

「ですけど」

「リマとペクターを起こせ。それに荷物からフードを出せ。隠密効果がある。かぶってれば俺たちの正体はバレないだろう」

「……わかったです」

 色々と思うところはあるだろう。だが、命大事にが最優先だ。

 俺の命を大事に。俺が回復すれば一体ずつならパーティ単位でも潰すことができるのだから。

 町民よ辛抱しろ。俺が回復するのを。

「準備できたです」

「私もですわ」

「完了しました」

「よし。行くぞ。街を出て西へ向かう。そこがここから一番近くて拠点にできる場所だ。そのはずだよな」

「えーと」

「そのはずですわ」

「確認済みです」

「よし、場所はセーイット。行くぞ」

 これはただの退散ではない。撤退ではない。

 いずれモンスターを倒すための闘争だ。戦わずとも次に進むための闘争なのだ。

 逃走とは訳が違う。

 そもそも、俺の目的は魔王であって龍種じゃない。

「多少動けるな。少しは回復したってことか」

「無理しちゃダメです」

「担がれてちゃ目立って仕方ないだろう」

 ペクターの回復とエンハンス魔法のおかげで、普段のように動けるようにはなった。

 回復は効いていないのではなく、ものすごく効きが悪くなっているだけのようだ。

 これなら、数年とかからずこの街も奪還できる。

「黒龍はいなくなった。我々巨龍がこの地域を支配する!」

「魔王様! 魔王様はどこですか! 確かにここの近くに反応があったという連絡が! 私です! 部下のセブディです!」

「我々巨龍が黒龍に負けるはずはない! が、いなくなったのなら話は早い! ここは我ら巨龍の土地!」

「私も参りました! 魔王様! 姿を表してください! 魔王様! 個人で活動されるつもりですか!」

 どうやらカーテットの見立ては正しかったようだ。巨龍の主張に魔王軍と思われる者の声が聞こえてくる。

 だが、どれも戯言にすぎないだろう。

 反目しあっていたからと言って、同じ龍種だ。本当なら悲しんでいるはず。

 それに、魔王がこんな街にいるはずがない。

「ベルトレット様」

「リマ、惑わされることはない。そもそも龍も魔王も人間にとってほとんどが信頼に足る存在じゃない」

「ですが」

「ペクター。なら聞くが、龍は俺たちを助けるために、魔王を倒してくれたか? 魔王は一度として俺たちのためを思って侵攻を止めてくれたか?」

「い、いえ」

「だろ? そういうことだ」

 そう。今の出来事は、決して俺が黒龍を倒したことが原因なわけないのだ。

第17話 謎の老人に怯える勇者

 街の冒険者たちが注意を引いてくれたおかげもあり、俺たち勇者パーティは誰一人欠けることなく街を出ることができた。

 セーイットまであと少し、他の町民も一緒に逃げていることもあり、いいカモフラージュになってくれている。

「お前さん、街ではあまり見ない顔じゃな。もしや旅人か?」

「はい」

「そうだろうな。冒険者なら今も戦ってくれているだろう。せっかく来たのに災難だったな」

「いえ、旅を続けていれば災害に巻き込まれることなどいくらでもありますから」

「災害か。まあ、旅の方にはそう見えるかの」

 急に話しかけてきた老人は急に遠くを見つめだした。

 何が言いたい。お前が何を知ってるというのだ。

「これは、勇者が起こしたことだ」

「なっ!」

 急に核心をつくような老人の言葉に、思わず大きな声を出してしまった。

「驚くことも無理はない。勇者は日々、魔王討伐のために汗水垂らしている。これはどれだけ勇者を妬む冒険者でも知っていること」

「なら」

 ここは引き下がるわけにはいかない。

 この爺さんが何をどこまで知っているか聞き出さなければならない。そして、場合によっては周りの目を盗み、消さなければ。

 もちろん、ただただ俺に嫉妬しているだけという可能性もあるが、どちらにしろ話を聞く必要があるだろう。

 俺の気持ちを察してか、カーテットが刃物を光らせるのを見て、俺は首を横に振った。

「仲がいいんじゃな」

「そりゃ、四人で旅をするくらいですからね」

「そうかそうか。ワシも昔は年も性別や年齢の違う仲間たちとそんなことをしていたよ」

 楽しそうに笑う爺さん。

 まどろっこしい!

 違う。俺は今、爺さんの思い出話を聞いているんじゃない。武勇伝なんかどうでもいい。

 話せ! お前は何を知ってるんだ。

「それで、勇者が起こしたことってどういうことですか」

「気になるか? 気になるよな。だが、これは老人の妄言と思ってくれ。ワシは老いぼれ、何かの見間違いかもしれない。それに、こんなことは本来誰にも言うべきではない。何せ目の悪い老人が見たものだからな。証拠があるわけではない」

「それはなんですか!」

「やけに熱心なんじゃな。見間違いかもしれないんじゃぞ?」

「ただのファンなだけですよ」

「まあ、同業じゃなきゃそう思えるか」

 ものすごくもったいぶっている。まさか、俺の正体にまで勘づいているのか?

 そう思った瞬間背中に汗がぶわっと広がるのを感じた。

 何故かこの老人はただの老人ではない気がする。もしかしたら、逃げた方がいいかもしれない。

 そこまで考えて俺は自分の思考に疑問を持った。

 逃げる? 何を馬鹿なことを。俺がこんな爺さんに気圧されて逃げるなんて、怪我をしている今でもあり得ない。

「それじゃ、話すとするかの」

 老人は咳払いすると、俺の目を真っ直ぐ見てきた。

 フードで隠れ、どこに目があるかよく見えないはずなのに、俺の目を捉えて離さなかった。

「ワシは見たんじゃよ。勇者が仲間を刺すところを」

「なっ」

 俺の行動が見えていた? 細心の注意を払って、近くを通る人間に視界にははっきり見えないよう、魔力で壁を作っていたはずが、見られていた?

 そんなはずはない。こんな爺さんに見えていいはずがない。

「あり得ないと思うじゃろう? じゃが、ワシは見てしまった。何かの見間違えだと言ったじゃろう? おそらく勇者と同じ格好をした輩が路地裏で喧嘩をしていたんだろう。今ではそう思っておるのじゃよ」

「そ、そうですよきっと」

「どうした。声が震えておるぞ」

「い、いや、だって。そんなの信じられるわけないじゃないですか」

「だから言ったじゃろう。ボケた老人の戯言だと思ってくれと」

「もし戯言だとしても、そもそもどうして勇者を疑うことに繋がるって言うんです?」

 俺の目を離さず、老人はじっと見つめてくる。

 まるで、それはお前が一番よくわかってるんじゃないかと問われている気分になる。

 違う。俺は何一つ間違ったことをしていない。

 おかしいのは黒龍だ。巨龍だ。魔王軍だ。そして、ラウルとアルカだ。俺じゃない。断じて俺じゃない。

「その勇者が向かった先が、巨龍の言っていた黒龍のところだったからじゃよ」

「どうしてそんなことを」

「そうじゃな。こればっかりは目の良し悪しって話じゃない……」

 急に老人が黙り込むと世界は急に暗くなった。

 なっんだと。今の怪我じゃ逃げられない。体が動かない。

 俺は目を剥いて呆然と見ていることしかできなかった。

 俺の頭上には、何かの衝撃で飛んできたと思われる巨石が落ちようとしていた。魔王軍か巨龍の仕業だ。

「ちょいと剣を借りるぞ」

「え?」

 老人は突然俺から剣を奪うと天に向けて掲げた。

 その瞬間、何をしたのか、巨石は粉々に砕けてしまった。

 老人が剣を構えた姿は、伝説の勇者の背中にしか見えなかった。

「ふむ。いい剣じゃな。手入れが行き届いている」

 剣を確かめるように、そして、剣先を俺に向けるように老人は剣を眺めていた。

「あ、あっ」

 さすがの俺でも口をぱくぱくさせることしかできなかった。

 フードの効果で俺の姿は見えないはずだが、俺が剣を持っていることを見抜かれていた。剣まで見られたら、装飾から確実に俺が勇者だってバレてしまった。

 終わりだ。

 そう思ったが、老人は剣を俺に突っ返してきた。

「え?」

「ありがとうな」

「はい、え?」

 老人は歩き出した。だが、俺は歩けなかった。体から力が抜けその場にへたり込んでしまった。

「ベルトレット様!」

 駆けつけてくる仲間たち。

 俺は力なく老人の背中を見つめていた。

 確実に死ぬ場面だった。巨石に潰されて、もしくは老人に首をはねられて。

 でも、俺は生きている。

「くそっ!」

 俺は地面を思い切り殴りつけた。

 馬鹿にしやがって、馬鹿にしやがって!

 何が老いぼれ爺さんだ。全て知ってるくせに、俺にトドメを刺さないなんて。

 いつでもやれるってか? クソが! 馬鹿にしやがって!

「クソ! クソ! クソ! クソ!」

 俺は何度も地面を殴りつけた。

「ベルトレット様、無茶したからですよ。仕方ありませんわ」

「うるさい!」

「そう。仕方のないことなのです」

「うるさい! うるさい!」

 お前らはあの老人の言葉を聞かなかったのか。あの老人の行動を見てなかったのか。

 涙が止まらなかった。

 ただでさえアルカの喪失が大きいというのに、今もフードにかかった魔法をものともしなかった老人が恐ろしくて仕方なかった。

「立つです。追っ手が来てるです」

 こんな時に次から次に。

 俺は無理矢理運ばれる形で移動を再開することになった。

第18話 大きな反応の調査

 神が大きな反応があるとか言うから飛ばされるのを受け入れたが、着いた先はしんと静まり返っていた。

 なんだか見覚えがる。

 とても嫌な記憶がフラッシュバックする場所だ。

「ここは……」

「そうだ。貴様が殺された場所だ。正確に言えば」

「それ以上言うな」

 やっぱり。と思うが、面影があるだけで、まるで別の場所のように変わり果てていた。

 ダンジョンにいたせいで時間感覚は狂っているだろうが、俺が死んでからそう時間は経っていないはず。

 一体どういうことだ?

 それに。

「おい。反応って言ってたが、誰もいないじゃないか」

 俺は言ってから自分で気づいてしまった。

 そう、普通の街だったはずの場所に誰もいないのだ。

 崩れた建物、えぐれた路面。

 人が生活していた痕跡を破壊した後のようなこの場所には人の気配を感じられない。

「どういうことだ? 何かわかってることだってあるんだろ?」

「それはあるが、いいのか?」

「何が」

「説明している間にも状況は悪化していくぞ」

「っ!」

 遠くから何かが壊される音が聞こえてくる。

 おそらく今の街の状況と関係があるんだろう。

「現場に急ぐぞ。魔王に関連があるから俺たちをここに飛ばしたんだろ?」

 俺についてる神がかすかに笑った気がした。

 こいつ、俺を利用していることといい、本当に善良な神なのか?

 ま、神は人を利用しても何も思わないか。

 進むたび大きくなる音。

 そして、俺は元凶が見えた瞬間、思わずきた道を引き返し、建物に体を隠してしまった。

「何かあったの?」

 まだ何も見ていないタマミは不思議そうに聞いてきた。

 俺は言うか迷ったが、タマミも今は仲間なのだし素直に話すことにした。

「巨龍だ。直で見るのは初めて。多分、踏まれればそこで終わりの相手だ」

 青ざめるタマミ。どういうわけか目を輝かせるラーブ。

 ラーブに与えられたスキルやラーブの身体能力なら巨龍も怖くないかもしれない。

 だがタマミのスキルはサポート用だ。突っ込めば確実にやられてしまう。

 俺一人なら犠牲なんて考えることもなかったが、今はそういうわけにもいかない。

「私だって仲間なんです! 信じてください」

 俺のためらいを悟ったように、タマミが手を握ってきた。

 タマミの言葉を聞くと、不思議と俺の体に力が溢れてくる。

 それだけでない。どうやらタマミは自分自身の強化もできるようだ。手の握る強さが明らかに強くなっているのがわかる。

「踏まれないくらいなら私にもできます」

「ほらほら、ラウルちゃん? 自分のためにここまで女の子が言ってくれてるんだよ?」

「ラウルちゃんだって女の子でしょ? それに、私はラウルちゃんを助けたいだけで」

「色々言いたいことはあるが、俺についてくるってことは自己責任だからな。いつだって守れるわけじゃない」

「わかってる」

「あたぼうよ!」

 どうやら二人ともついてくるらしい。

 まあ、神に無理矢理動かされることもあり得そうだが、今は心配ないみたいだ。

「あたしも問題はないの」

「お前のことははなから気にしてない」

 俺の言葉に死神は明らかに不貞腐れている。

 なんだこいつ。どうせやられるようなやつじゃないだろ。

 俺のことなどつゆ知らず、ラーブは死神の頭を撫で始めた。

「シニーちゃんも気にしてほしいよね?」

 ラーブの余計な言葉に死神は頷く。

「シニーって誰だよ」

「死神って物騒でしょ。外で呼ぶわけにもいかないし」

「まあ」

「だからシニー」

「気に入った」

「よかったー」

「そうかい」

「シニーちゃんには何かないの?」

 シニーこと死神は俺のことをじっと見上げてくる。

 俺は頭をかいて目線をそらした。

「踏まれるなよ」

「わかったの」

「ラウルちゃんは素直じゃないなー」

 本当に厄介だ。なんでこんな奴ら連れてきたんだ。

 考えるのはやめだ。

「とにかく行くぞ!」

 俺は先行して前に出た。

 すると、俺のことなど見えていないはずの巨龍が俺を警戒する動きを見せた。

「なあ神、あれには剣を抜いていいだろ」

「もちろんだ。手加減する理由などないだろう」

「へっ! 遅い遅い!」

「あ! おい!」

 俺が腰の剣に手をかけた瞬間、ラーブが勢いよく飛び出していった。

 足が速いというのは伊達ではなく、俺の全速力以上のスピードで巨龍に接近した。

 これには巨龍も反応できていないようだ。いまだに俺を攻撃しようとしている。

 しかし、巨龍のスキをつけたのはいいが、ラーブにどうにかできるのか?

 走りながら見ていると巨龍の体が白く光った。

「マジかよ」

「神の力を舐めるな」

 俺についてる神が言った。

 お前の与えた力じゃないだろ。そう心の中でツッコミながら、俺は走り続けた。

 みるみるうちに巨龍は小さくなっていく。

 大量にいた巨龍の一体はラーブによって無力化されたらしい。

 せっかくだ、とにかく話を聞いてみるとするか。もう、この辺にいる魔王の部下は倒した後のはずだしな。何もないのにこんなことが起こることは考えにくい、何か理由があったはずだ。

「おい! 今起きていることを説明してもらおうか!」

 巨龍だった少女は俺の言葉を聞くとラーブの後ろに隠れてしまった。

「ちょっとー。ラウルちゃん。今仲良くなろうとしてるところだったのにさ。邪魔しないでよ」

「ら、ラーブは大声出さない?」

「もっちろーん。いい子いい子」

「ん」

 少女はラーブに撫でられると落ち着くのか気持ちよさそうにしている。

「ほら、怯えちゃったじゃん」

「すまない。ってどういうことだ!」

 巨龍だったくせに大きな声が苦手なのか、俺の声が苦手なのか、少女は体を小さくしてラーブに隠れてしまう。

 どうやらかなり苦手意識を持たれたらしい。

 いや違う。

「なんでそんななんだよ。巨龍ってもっと偉そうじゃないのか?」

 今だって俺たち人間の街をただただ破壊している。

 どうせ力関係で優位に立っていたやつが、やられたスキにそいつの領地に攻めてきてるんだろ。

 俺たちからしたらいい迷惑だ。

 まあ、今はあまり責めにくい見た目をしているが。

「みんながそうじゃないの。それに、この子は自分より大きいものが怖いんだから」

「まあ、あんだけでかけりゃ、自分より大きい相手なんてそういなかったはずだしな。それもそうか」

 ちらっと出てきて視線を送っただけだが、目が合うだけで隠れられてしまう。

 見た目が子どもだから精神的にちょっとキツいな。

「やっぱりラウルちゃんはこういう子が好きなの?」

「なんでそうなるんだよ。で、話は聞けたのか?」

「今からってところ。お願い、知ってることを話してくれないかな?」

「ラーブが言うなら」

 巨龍だった少女はラーブの背中から顔を出した。

 ラーブには相当懐いているらしい。

第19話 勇者の窮地

 仲間のおかげでなんとか追っ手に追いつかれることなく街まで辿り着いた。

 だが、この街が蹂躙されるのも時間の問題だろう。

 あの爺さん。俺を生かしたのは勝手に死ぬから殺す価値もないってか? 自分で苦しめってか?

 それとも、気付いてない? 俺が今でも協力できると?

 わからん!

「ああ! イライラする。世界が俺をバカにしているのが腹立つ」

「世界はベルトレット様をバカにしてないです」

「そうか? まあ、そうか。生きてるってことはそういうことか」

 さすがカーテット。ナイスフォローだ。俺のことをよくわかっている。俺の価値も。

 今いる街は既に破壊し尽くされたあそこと違ってすでに警戒している。

 街の外には衛兵が出ていた。

 俺が多少回復する時間稼ぎぐらいはしてくれるだろう。

「どれだけ持つかな? それまでにまともに動けるようになるといいが」

 俺は自分が来た方を見た。

 その方向からは今も魔法や武器のぶつかる音、衝撃が響いてくる。

 今の俺ではそこに交わることすらできない。

「そういえば教会には行ってなかったな」

「そうですわね。もしかしたらベルトレット様が回復できないのは呪いのせいかもしれませんわ」

「どう思う? ペクター」

 俺の言葉に普段ならすぐに答えてくれるペクターが、今回は黙り込んでしまった。

「どうした?」

「いえ、少し考え込んでしまって」

「そうか。わからないならそれでもいいが」

「そうじゃないんです。ただ」

「ただ?」

「私の見立てでは、ベルトレット様の回復ができないのは呪いではありません。しかし、教会は神聖な場所。力が強まり何かわかるかもしれません」

「じゃ、ひとまず教会に行ってみることにするか」

 俺は仲間たちに支えられながら教会まで移動した。

 教会の中には街の侵攻を防いでくれるようにと、神に祈っている人が大勢いた。

 皆が一様に怯え、恐怖し、ただすがりつくように神に祈っていた。

 そう、俺ではなく神に祈っていた。この勇者である俺でなく神に!

 まあ、教会はそういう場所だし、間違ってはいないか。

「これじゃ俺の話を聞いてもらうことはできなさそうだな」

「そうです。ゆ。ん!」

「今はそれを口に出すな」

 俺は慌ててカーテットの口を押さえた。

 今は勇者という身分を隠している。バレたら面倒だからな。

 回復してないのに戦うことになるなんてたまったもんじゃない。

 俺たちは人に聞かれないよう、端に移動した。

「私はペクターと違って別に力が強まることはありませんけど」

「まあ、聖職者くらいじゃないか? 教会で力が強まるのは」

 確か、祈りの強さによって使うスキルの効果が強くなるのは聖職者だけだったはず。今の俺はさっぱり使えないがペクターがいるから困らない。

 回復や味方の強化なんて大それたことができるのも神のおかげなんて話だ。

 今の状況を見れば、神は人を救ってくれなさそうだがな。

「どうだペクター」

「はい。やはりベルトレット様は呪われていないようです」

「そうか」

 教会まで来たが、ダメだったか。

「となると、別の理由ってことか?」

 俺は特に悪いことしてないし、むしろ世界をよくするために貢献している。

 そんな俺を苦しめることなど、むしろ悪と言っていいだろう。

 なら、俺を苦しめているのは誰だ?

 用が済んだため、俺たちは息の詰まる教会を出た。

「そうだ! 黒龍のせいだ」

 教会を出るとなんだか解放された気分になった。それだけでなく疑問が急に解消した。

 やはり、あんな場所息が詰まるだけだ。人が集まって捧げる祈りが俺に対してじゃないのが気に食わない。そもそも別に集まる必要はないんじゃないのか? 熱いし。

「黒龍です?」

 カーテットは俺を不思議そうに見てきた。

「そうだ。黒龍だ」

 誰もすぐには納得しない。これは説明が必要なようだ。

「黒龍はやはり悪いやつだったんだよ。俺の体に回復できないような細工をして、巨龍や魔王軍をけしかけたんだ」

「なぜでしょう?」

「それは決まってるだろ。俺を疑う人間を生み出すためだ。さっきの爺さんだってそうだ。俺を疑う理由に黒龍を倒したことを挙げてた。そうに違いない」

 ほら見ろ。俺は悪くない。そして、黒龍のせいじゃないか。

「はーはっは! これでわかった。解決だ。なら、時間が経てば俺の体も回復するってわけだ!」

「なら、私の回復も無駄じゃないのでしょうか?」

「そんなことはないさ。完全に回復できないなんてことはないはずだ。効果が薄くなっているだけだ。今だって」

 俺が推理を披露していると、突然、目の前にあった教会が跡形もなく吹き飛ばされた。

 そう、建物が突如としてガレキの山に変わってしまったのだ。

「な、何が起きた?」

 速すぎて見えなかったのか? この俺が? それなら、今の俺では対処できない。

「人間か? 貴様らに用はない」

 教会を壊したやつなのかガレキの上から俺を見下してくるやつがいる。

「ベルトレット様を守るです」

 カーテットが前に出た。

「うざったい」

「ああっ!」

 軽く吹き飛ばされた。

「ベルトレット様、逃げてください」

 リマが詠唱を始めた。

「遅い」

「うっ!」

 呪文が完成する前に薙ぎ払われた。

「エンハ」

 ペクターがエンハンス魔法をかけようとしてくれた。

「もう無駄だろそれ」

「あぐっ!」

 軽く笑いながらペクターを俺の視界から消しさった。

 どうしてだ。視界がぼやける。

 怖い、のか?

 そんなわけない。俺は勇者だ。世界を守る救世主だ。たとえ怪我していようと恐怖なんて感じない。

「ラスト一人になっちゃったなぁ。どうした。動けないか?」

「……」

「なんだそのフード、変わってるな。男か女かもわからない。みんなお揃いか? 仲良しだなぁ」

「来るな」

「なんだよ。ハブるの? ひどいなぁ、人間は仲良くしてくれないのか?」

「ち、近寄るな」

「あっそ。じゃ」

「うわあああああ!」

 情けない声。ものすごい叫び声が聞こえた。

 それは、俺の口から出た声だった。

第20話 巨龍の少女の説明

「なるほど。ありがとベヒちゃん」

「えへへ」

 ベヒちゃんと呼ばれた巨龍だった少女はラーブに頭を撫でられると嬉しそうに笑った。

 あいかわらず巨龍に囲まれた状況であることに変わりはないが、情報を得られただけマシだと思うことにしよう。

 俺の予想通り、巨龍は長年の宿敵である黒龍の消滅を確認するため、それに黒龍の領地だった土地を早めに確保するために群れで動いていたようだ。

 そのタイミングと重なって、なぜか魔王軍。それも八芒星の八体のうち、残りの二体が軍としてやってきたらしい。

「確かに来て正解だったみたいだが、なぜあんな場所だったんだ?」

「我の力は祈りの強い場所に引きつけられる」

「ってことはあそこが祈りの強い教会やら何やらだったと」

「おそらくそうだろう」

「おそらくって」

 ま、跡形もないガレキになってちゃ神でもわからないか。

 移動手段が神頼りだから仕方ないのだが、毎度現場から通り場所に出されちゃ対応が遅れるってものだ。

 神の相手はこれくらいにして。

「なあ、魔王の部下ってのはどんなやつだ?」

「ベヒちゃん、ゆっくりでいいからね。それとラウルちゃん。ラウルちゃんはもっと女の子の扱いを覚えるべきだと思うな」

「その巨龍は女の子でいいのか?」

「女の子なの! それに巨龍じゃなくてベヒちゃん。ね?」

 やはり第一印象がよくなかったのか、ベヒはラーブに隠れながらこくこくと頷いている。

 女の子だし、ベヒちゃんがいいってか?

 まあ、話を聞かせてもらってる立場だしな。

「どう? 話せそう?」

「うん。ラウルにも慣れてきた」

「なんで俺は呼び捨てなんだよ!」

 また隠れてしまう。くっ! そう。俺は話を聞かせてもらってる立場。

「べ、ベヒちゃん? ゆっくりでいいから魔王の部下について知ってること話してくれないかな?」

「わかった」

 俺のほほはひきつっている。だが話してくれる気になったようだ。

 こんなにうまくいかないと、アルカならもっとうまくできたのだろうかと考えてしまう。

 俺はどちらかと言えばガサツな方だった。家事なんかはアルカの方が丁寧でいつも指摘されていた。

 今となっては思い出、いや取り戻すんだ。魔王を倒して。

「ラウルの覚悟わかった。ベヒも答える。魔王の部下、多分四天王じゃない方の二体がいる。四天王よりは忠誠心は低いし、力も弱かったと思う。でも、今の二体は行動が早い」

「見た目は?」

「えーと。肌が青いのと黒いのかな? 小さかったからよく見えなかったけど、ツノは生えてると思う」

 俺の家族を殺したやつじゃなさそうだな。

 だけど、行動が早いと言うだけあって、今まで拠点を動いた魔王の部下はいなかった。

 今までのやつとは違うってことか。

「俺が言うまでもないだろうけど、似たやつを見つけたら警戒するように」

「わかった」

「わかってるって」

 俺は頷く。

「し、シニーもわかってるから」

 いつも行動の読めない死神は俺の腰を揺らして主張してくる。

「わかった。わかったから。そもそも、お前は四天王とか相手でも大丈夫だから静観決め込んでたんだろ?」

「シニーだって今は怖いもん。さっきも巨龍見たら怖くなっちゃって、すぐには動けなかった」

 死神は下を向きながらぼそぼそと言った。

 死神は服の裾を引っ張るようにしながら体を震わせている。

 確か、ラーブの力は性格まで変えてしまうスキルだったはずだ。

 どれだけ力が強くても、性格を変えられれば女の子は女の子ってことなのか?

 俺はどうしたらいいかわからなかったがラーブが、してるように死神の頭を撫でた。

「ラウル?」

「勘違いするな。まともに動けないやつについて来られるのは困るだけだ。お前を女の子扱いするのは納得できないが、ラーブが言ったように女の子の扱いには慣れてない。少しは落ち着いたか?」

「落ち着いた」

「そうか」

 びびっていても死神は死神。戦力にカウントできるはずだ。

 そう。これはそのためだ。

「あれだ。一度しか言わない。お前は強い。それでも怖いと言うなら必死になって俺についてこい。すぐ行ける場所にいないなら守れないからな」

「ラウル!」

 何を思ったのか死神は俺に抱きついてきた。

 本当に何を考えてるのかわからない。マジで足手まといだったのか?

「ラウルちゃん、私も守ってくれる?」

「なんで死神だけ守るんだよ。タマミのが優先だろ」

「ベヒも?」

「お前はラーブがいるだろ。ってか、俺は一人しかいないからな?」

 今までのやりとりを見てニヤニヤしているラーブに腹が立ったが、喧嘩している場合じゃない。

 せっかく魔王討伐に近づくチャンスなのだ。逃すわけにはいかない。

「話はまとまったか?」

「ん? ああ」

「わかった。この街は救えない。次へ行くぞ」

「うっ」

 何度やられても慣れない。

 神は突然俺たちを転移させた。

 ここは、どこだ?

 別の街らしいが、すでにガレキまみれで被害の大きさがうかがえる。

 遠くに巨龍が見えることから、先ほどいた街からそう遠くない場所のようだ。

「ああっ!」

「誰かがやられてるのか?」

 この神、助からないやつは放置するが、助かる見込みのあるやつは助けようとする。

 割り切りすぎな気もするが、神なんてそんなものなのか?

「すぐに行かないと」

「まあ待て」

 急に転移させられただけでなく、俺の体の自由までうばれた。

 動けない。そう思っていると、目の前を剣が通り過ぎていった。

「あれ? 人間が歩いてくるところに剣を当てるっていうゲームだったんだけどな。なんでわかった?」

 珍しく神は俺を助けてくれたらしい。

「うわあああああ!」

 だが、大きな悲鳴が聞こえてくる。

「ひょ」

「どけ」

 俺は話半分にモンスターを殴り飛ばし声の方に走った。

 倒れてる三人、そして尻餅をつく一人。

 フードを深く被っているせいで見た目はわからない。

 だが、そのフードはどこかで見覚えがある代物だった。

「あれ、あのフード」

「タマミちゃんも知ってるの? 私もどこかで見た気がするんだよね。どこだったかな?」

 なんでタマミとラーブがアレを知ってるんだ?

「いや、わからない。同じ素材の別物かもしれない」

「それはあるかも」

「なるほどね」

 同じような返事をするタマミとラーブを置いて、俺は全速力でフードの人物に近づくとフードを引き裂いた。

 やはり予想通り。しかし、思わず表情が歪む。

「……ベルトレット」

「あ、アルカ!?」

「怪我してるなら下がってろ」

「協力者? いいねぇ。あそぼあそぼ」

 ベルトレットたち勇者パーティを追い詰めていたそいつは青い肌にツノの生えた、ベヒの言っていた特徴のやつだった。

第21話 八芒星の一体

 ベルトレット、こいつを守ってやる義理はないが、そんなことより魔王の部下である八芒星の一体を倒す方が先だ。

 目の前にいるのは青い肌にツノの生えたやつ。

 実際に見てみても家族を殺したやつとは別のやつだった。

「ここらにいたやつはどいつもこいつも遊びごたえがなかったんだ。もう疲れちゃってるみたいでさ」

 薄ら笑いを浮かべながら八芒星の一体は俺に話しかけてきた。

「……」

 さて、どうしたものか。おそらく死神より弱い。殴れば一撃で倒せるだろうが、もう一体の居場所を聞き出してからにするか。

「セブディ! ラウルに失礼! 敬語を使え!」

 急にベヒが大声を出した。

 俺は思わず目を丸くした。

 どうやらセブディというらしい目の前のやつも、俺と同じようにベヒの方を見ている。

「お前誰だ? 俺様が敬意を示すのは魔王様だけだ。お前らなんかに丁寧な態度を取る必要はない。それともガキ。お前から始末されたいか?」

 脅されたことが怖かったのか、ベヒはラーブの後ろに隠れてしまった。

「おい。俺の仲間に手を出すな」

「そんなお願い聞いてやると思ったか?」

 汚い笑いを浮かべるとセブディはベヒの方を向いた。

「くっ、ははははは! 大切なものはもっと見えないように隠しておくもんだよ。もしくはお前の後ろにいるやつみたいに近くに置いとくんだな!」

 俺に向けて忠告しながらセブディは慌ただしく足を動かし始めた。

「……」

「全然近づけない? なんだ? 一歩も動いてない? 肩に何か」

 ちょうどその時、セブディと目が合った。

 セブディはそこでやっと気づいたようだ。俺が肩を掴んでいたから一歩もその場から動けなかったことに。

「おま」

 驚き、拳を振り上げたセブディ。

 俺はただセブディの左頬に拳をぶつけた。

 セブディはガレキを吹き飛ばしながら盛大に吹っ飛んだ。

 だが、丈夫らしい、手を抜いたとはいえほとんど形が変わっていない。

「や、待て。やめろ。今のなんだ。どんなスキルを使えばなんの詠唱もなしに俺様を吹き飛ばせる」

「気になるか?」

「話してくれるのか」

 真剣な表情でなんとか笑いを隠しているセブディ。相当嬉しいらしい。

「ああ。教えてやるよ。俺は親切だからな。俺はお前を殴っただけだ」

「へへっ。バカめ。相手に自分の手の内を教えるバカが……は? 殴っただけ?」

 俺は丁寧に教えてやったはずだが、セブディはわざわざ聞き返してきた。

 どうやら、丈夫なのは見た目だけだったようだ。

「そうだ。理解できないか? 殴るっていうのは」

「待て待て待て。そうじゃない。殴るってのが何か聞いてるんじゃない。俺様がただ女に殴られただけで吹っ飛ばされたって?」

「そうだ。七番手」

「なな」

 何か気にさわったのか、セブディの雰囲気が変わった。

 殴られた頬を押さえて立ち上がれない様子だったのが、急に下を向きながら何事もなかったかのように立ち上がった。

「俺様は七番手じゃない。俺様は八芒星の一番だ。エイトーンには負けない。負けてない。魔王様はそれを認めてくださる」

 どうやら八番手はエイトーンと言うらしい。

「そいつはどこにいる?」

「もう俺に勝ったつもりか? そうか、そうやって人間の分際で俺様を馬鹿にするんだな? 不快だ」

「うるさい。お前の事情は知ったことじゃない」

「こっちこそだ!」

 睨みを効かせてくるセブディ。

 俺も構えようとするが、足に何かしらの違和感。

「ベルトレット!? 邪魔をするな、大人しくしてろ」

 なぜ俺の足を引っ張る。俺を殺したが、ベルトレットだって勇者だ。魔王を倒すための行動を邪魔するとは思えない。

 ここでベルトレットを切り伏せるのは簡単だが、そうしたとして魔王を倒す意識が弱まるかもしれないのは俺としては望まない。

 勇者は対魔王の顔だ。ここでベルトレットが死ねば、国として次の動きまで時間が空いてしまう。

「離せ。離すんだ」

「俺がぁ倒す敵ダァ。アルカァ。横取りするなぁ」

「そんな状態じゃないだろ」

「魔王様は俺様に味方してくれている。人間。残念だったな。コンビネーションがなってないとそうなるんだよ! 俺を七番手と侮った罰だ」

 セブディが地面を蹴ると思いっきり俺に向かって突っ込んできた。

 遅い。死神より遅い。

「貴様もついてないよな。よもや勇者に邪魔されるとはな」

 神が馬鹿にするように言ってくる。

「うるさい。余裕ぶっこいてると俺ごと死ぬぞ」

「貴様が死ぬと?」

 態度はぶっきらぼうだが、俺のことを信頼してるのか。

 いや、俺の思い違いか。

「魔王様ぁ! 今私が魔王様の首を狙う人間を殺します」

「動けないくらいで負けるかよ」

「え」

 俺はセブディの突進をその場でかわし、その勢いで剣を振った。

 一撃をもってセブディはその場に倒れた。

「そんな、なんで」

「相手の手の内もわからない状況で突っ込むもんじゃねぇよ」

「ふっ、最後の最後に人間に説教されるとはな」

「エイトーンとやらの場所を話す気はないか?」

「俺様はエイトーンを好きじゃない。だが、お前らに話すことによるメリットはない」

「そうかよ」

「ああ、魔王様」

 セブディは灰となって消えた。

 どうやらエイトーンは自分で探さないといけないらしい。

「ああ! 敵だ! 人類の敵だ! とうとう勇者の手柄を奪った!」

 足元では瀕死のベルトレットがうめいている。

 ベルトレットをここまで追い込んだ相手だから、多少は強いかと思ったがそんなことなかった。

「この男を痛めつけているのは先ほどのやつではないぞ」

「そうなのか? まあ、そうか。さすがに弱すぎだもんな」

 なら、誰にやられたのかわからないが、とりあえず近くにまだ八芒星がいるならそいつの場所へ行こう。

「ベルトレット。お前につき合ってる暇はない」

「そうだアルカ! 俺のパーティに戻る気はないか? 遅かったが、今なら戻してやる。さっきの手柄を俺のにするならな!」

 ベルトレットはしつこく俺の足を掴んでくる。

 いや、俺の妹であるアルカの足か。その足を掴み膝まで掴もうとしている。

 これ以上這い上がってくるようなら決して容赦はしないが、そんな力もないようだ。足首より腕が上がってこない。

 ひとまず俺は足を掴むベルトレットの手を引き剥がした。

「誰がお前のパーティに戻るか。だが、戦う意志は尊重してやる。残って戦え。助かりたいならペクターを起こした方がいいんじゃないか?」

 俺はベルトレットに背を向け、仲間たちの元へと駆けた。

「おい! 待て! 悪かった! 手柄はアルカのものでいい! だから戻ってこい。俺を一人にするなぁ!」

 まずは一体目。ここにいるはずの八芒星は残り一体。

 次はどんなやつか。

第22話 最後の八芒星

 俺は街の中を走り回った。

 死神とベヒを担ぎ探し回った。魔王の部下、八芒星の残り一体であるエイトーンを。

 そいつは、思ったよりも早く見つけることができた。

「個人活動。どうしてだ。我々はグループだろう。魔王様はどうして個人活動にこだわるのだ」

 塀に腰かけ、何やらぶつぶつとつぶやいている。

 ベヒの言っていた通りなら黒い肌にツノの生えたあいつがエイトーンだろう。

 なんの話をしてるのか知らないが、巨龍と同時に攻めてきたせいか部下への被害も大きいらしく、近くに誰もいない。

「ベヒちゃん。しにが、シニー。下がってろ」

「なんでシニーは呼び捨て?」

「いいから下がってろ。怖いんだろ」

 ベヒが自慢げに胸張って叩かれているが、そんな子どもみたいなことやってる場合じゃないんだが。

 まあ、殴られたくらいじゃ死なないだろうが、見た目的に俺が嫌だからってだけだ。

「危ないから喧嘩ならよそでやってくれ」

「ラウルちゃんって優しいよね」

「ラーブもうるさい」

 雑談していたせいで、敵に気づかれてしまった。

 エイトーンはこちらを見るとすぐにこちらを見た。

「我々はグループ。そう! グ、ループ! 私の指揮に合わせて美しく踊れ、敵に合わせて華麗に舞え!」

 エイトーンは謎の棒を取り出すと急に立ち上がった。

 だが、セブディと違い突っ込んでくるわけではなく、その場で棒を振っている。

「なにしてるのかな?」

「確か、演奏会かなんかで見た気がする」

 勇者パーティなんてのに所属していると、生活するのがやっとだった子ども時代とは違い、さまざまな文化に触れることができた。

 その時、どこかの街で見たのが、真ん中に棒を持った、大きな金色の道具を持った団体。

 まさかあいつが道具や文化を広めたのか? 確かに、他の街では見聞きもしなかったような。

「演奏会? 会って集まりでしょ? ならなんで誰もいないの?」

「さあ? わからん」

 俺たちが不思議がっていると、奇妙なことに地面のガレキがカタカタと音を立て出した。

 次第に、ガレキは宙に浮き上がり、俺たちの周りを回り始めた。

 ガレキだけじゃない、砂、ゴミ、人、モンスター。近くにあるすべてのものが不規則に動く。

 俺たちの動きが奪われていないのはスキルの対象になっていないからか?

「十分な美しさ。十分な量。今だ叩け!」

 エイトーンの動きがより激しくなると、動かされていたものが俺たちめがけて降ってきた。

「タマミ! ラーブ!」

 神の移動が急なせいでまともな装備をしていない二人を庇うため、俺は勢いよく降りかかる様々なものを殴り飛ばした。

「あ、ありがとう」

「ラウルちゃん、サンキュ」

「言ってる場合か! くそ。これじゃキリがない」

 俺一人なら、こんな攻撃突き抜けてエイトーンを殴ればよかった。

 だが、タマミは強化はできても武闘派じゃない。ラーブもスキルは驚くものだが本体はそこまで丈夫じゃない。

「ラウル。シニーが守ればシニーちゃんって言ってくれる?」

「なんの話だ」

 死神が突然わけのわからないことを言い出した。

 ラーブのスキルは敵を手懐けられるのはいいが、性格が変わってしまうのはかなり厄介だな。

 いや、性格が変わらないと仲間になってくれないか。

 どちらにしろ今は関係ない。

「後にしてく」

「どっち!」

 急に叫ばれ、俺は、思わず黙ってしまう。

「ああ。言ってやるよ。それくらいでいいなら。だが、守るったってどうするんだ?」

「こうする。タマミ。シニーに力を」

「でも、シニーちゃんは子どもでしょ」

「シニーを舐めるな。あたしは死神だ」

 そう言うと死神は不敵に笑い。自分の体よりも何倍も大きなカマを出現させた。

 カマだけで二人を守れるものかと思ったが、俺よりも的確に襲いかかるものを弾いている。

「べ、ベヒもやる」

 死神に張り合うようにベヒもそう口にした。

「わかった。ここは二人に任せる」

 頷きを合図と受け取り、俺は物の嵐を突っ切った。

「ほう。一人で抜け出してくるとはな。薄情なのか、はたまた仲がいいのか。我々よりもグループなのか? もしくはただ追い出されただけの可哀想なやつか」

「なんの話だ」

「間抜け。グループの話だ。我々は魔王様に続くグループだ。人間ならそれくらい知っておけ」

「だからなんの話だ」

 グループだなんだって今関係あるのか?

 それになんで俺がそんなこと知らなきゃならない。

「いいか。懇切丁寧に教えてやる」

「いらない」

「は?」

「いらないって言ってるんだ。俺はな、今ものすごく機嫌が悪い。自分に物をぶつけられて痛かったからじゃない。仲間が窮地にありながら、俺だけじゃ仲間に何もできなかったからだ」

「はっ。そうか。裏切りを恐れる仲間に追い出されたか。なんと不恰好なグループだ。それならばやはり、我々魔王軍という美しきグループに所属する私が優しく教えてあげ」

「黙れ。お前はそれ以上グループについて語るな。何が言いたいのかてんでわからないが、俺の仲間を馬鹿にされてることはわかる。それ以上喋るな」

 未だ棒を振っているエイトーンめがけて俺は走り出した。

 そして、エイトーンが反応するより早く、俺はエイトーンを叩き切った。

「ぐあっ!」

 その場で倒れるエイトーン。

「あっけなかったな」

 八芒星最後の一体が倒れた。

 そのことが合図となったのか、空に四つの黒い柱が現れた。

「なんだあれ」

 四つの柱は急速に落下してきている。まるで俺を狙うように。

 さらに、俺は腰を後ろから引っ張られた。

 慌てて確認すると、物の嵐から脱出した死神が俺のことを引っ張っていた。

「お、おい。なんだよ急に」

「ダメだ。あれはダメだ。帰るんだ。ここで戦う必要はない」

 死神の様子からすれば、あの黒い柱はかなり危険なものってことなのだろう。

 単に、幼女になって怯えているって可能性もあるが、なんとも言えない。

 タイミングからして魔王軍に関係しているもの。

 俺は初めて見るが。

「ボケっとしてるな」

「いや、でも」

「帰るって? そんなつれないこと言うなよ」

「あ、ああ」

 何者かが現れると、死神は力無くその場にへたり込んでしまった。

 ニタリと笑った男型のモンスターは眠ったままの幼い少女を抱き抱えて空中に浮いていた。

第23話 一体目の四天王

 幼い少女を抱きかかえ、街のシンボルだったと思われる塔の残骸のような高いところから見下ろすモンスター。

 死神の怯えた様子を見るに黒い柱と関係があるんだろうが。

 そもそもあの女の子は誰だ?

「私のガーレインちゃんを返せー!」

 俺の隣までやってくるとラーブが大声で叫んだ。

「誰だよガーレインちゃんって」

「あの女の子」

「どこにいたよ」

「私がガレキを殴ったの」

 ラーブのスキル、物にも使えたのか。

 じゃなくて。

「お前は誰だ!」

 俺はガーレインをさらったやつに向けて叫んだ。

「俺か? 俺はそうだな。あんたらが探してた魔王」

「何?」

「その部下、四天王が一人ジャック・サイだ。いや、よくやるよな勇者さん。いや女勇者さんよ。今までの勇者がどれだけダメだったかわかるよな。よくて魔王様の部下の一、二体しか倒せてなかっただろ? それを一代で一気に八体も倒しちまうなんてな」

「俺は勇者じゃない」

「そうかそうか! じゃあ、さぞ勇者は優秀なんだろうな」

「知らん」

 俺は勇者について詳しくない。

 だから、ベルトレットがどんな生活をしてきたかほとんど知らない。今となっては知りたいとすら思わない。

 俺はタマミやラーブたちと魔王を倒す。妹を取り戻すために。

 サイが早々白状してくれてよかった。こいつは俺の敵だ。

 俺はサイに剣を向けた。

「おっと。そんなことしていいのか? こっちにはお前のお仲間のガーレインって子がいるんだぜ?」

「っ!」

 俺もガーレインなんて知らないが、ラーブの能力で変化させた以上これからの仲間候補だ。

 むやみに危険にさらすわけにはいかない。

「そこから一歩でも近づいてみろ。こいつの命はない」

 サイが鋭い爪をガーレインの喉元に当てた。

 なんとかして救出しなければならない。

 だが、このままじゃ打つ手なしだ。

「やり方がこすっからいぞ!」

「なんとでも言え! これでも俺はお前らを警戒してるんだ。こんなこと今までなかったからな。実力者だって認めてるんだぜ?」

「どーせそんなこと言って! 万年ドベの下っ端のくせに」

「おい、ラーブ」

「う、うるさいうるさい!」

 どうやら図星だったらしい。大声で叫んできた。

「お前らにはわからないだろ! 努力してやっと手にした俺のこの地位! もしかしたら明日には自分の立ち位置に別のやつがいるかもしれない恐怖! それに、今まで死ぬまで安泰だった四天王を倒そうとする人間! 俺はな! 魔王様が復活されるまで生きなきゃいけないんだ! どんな手を使ってもここを生き残らなきゃならないんだ!」

 ラーブのセリフはかなりダメージがデカかったようだ。想像以上に息を荒くしながら弁明してきた。

 大声を出したが、ガーレインは起きそうにない。

 ほっとしていると、サイは舌を伸ばしはじめた。

「ほら、いいのか? 色々言ってくれたが、こいつが危ないんだぞ?」

 サイは伸ばした舌をガーレインに当てた。

「キモ」

「何がキモいだ! もっとあるだろ! 怯えろ! 俺に恐怖しろ! 俺は四天王! お前らがさっきまで戦っていた八芒星のやつらよりも強いんだぞ!」

 実際、死神は呆然としたままなのを見れば実力の高さは簡単に想像できる。

 エイトーンよりも強いだろう。雰囲気から俺もそれは感じ取っている。

 だが、なんだろう。芯がない。

 エイトーンはサイより弱かっただろう。だが、芯が通っていた。グループを信じ、たとえ魔王がいなくとも、敵ながら信じる道を進んでいたように感じた。

 それに比べてサイは自分を守ろうとするばかりだ。

「お前、弱いだろ」

「誰が! 俺は強い! 見せてやろうか。見たいよな? そういうことだろ? 俺は強い。この中で誰よりも強い!」

 サイは羽を広げ飛び上がった。同時にガーレインを空に向けて投げた。

 人質をとっている自覚はあるらしく、ガーレインはサイの尻尾に巻きつけられた。

「見るがいい」

 何か続きそうだったが、俺は話半分にサイめがけてガレキを投げた。

「何っ!」

 正確に尻尾を切り離した。しかし、支えがなくなったことでガーレインが落下している。

 俺はそこで死神の肩に手を置いた。

「おい、シニーちゃん。今落ちてるガーレイン。あいつお前の妹みたいなもんだろ? 年上の兄弟なら妹を助けろ。でなけりゃ一生後悔するぞ」

「え」

「任せた。お前ならできる。俺は調子に乗ったサイを叩く」

 俺は笑顔で死神の背中を押してから、サイの腹を狙ってジャンプした。

「おのれ、羽のある俺に飛行勝負か! だが、あいつの命は終わりだな! 人間は飛べない!」

「俺は信じてるからな。仲間を」

「うるさい! どちらにしろお前の負けだ。デストロイ・」

「うるさいのはお前だ」

 サイが手を前に突き出し何かの構えをとった。

 俺は、何かが出るより早くサイの腹に拳をぶち当てた。

「うっ!」

「彼方へ飛べば倒したか確認できないぞ」

「それもそうだな」

 神の言葉で、俺は地面に向きを変え、サイを殴り飛ばした。

「うあっ!」

 うめき声をあげながら、サイは地面に激突した。

 空から見下ろすと死神が手を振ってるのが見える。無事ガーレインを回収できたようだ。

「動けるじゃん」

 俺はサイの落下地点に着地した。

 煙のせいでよく見えない。だが、どこかに何かがいることはわかる。

 目を凝らすとシルエットが二つ見えた。ん? 二つ?

 分身したのか。俺は反射的に構えをとった。

「ジャック・サイは魔王様に仕える四天王において最弱」

 何者かの言葉と同時にサイが投げ捨てられた。

 霧が晴れ顔が見えると、そこにはあやしいげな笑いを浮かべた女性のような生き物がいた。

第24話 四天王の部下を幼女に変えて

「ジャック・サイは四天王において最弱」

 仲間であるはずのサイをバカにしながら女性型のモンスターが現れた。

 サイと違い高いところから見下す癖はないようだ。

「お前は?」

「私はクイーン・ブビルナ。四天王です」

 やはり、と言うべきか。ご丁寧に名乗ってくれたのは新しい四天王。

 四天王という名前と柱の数を考えれば、黒い柱はそれぞれ四天王を呼び出すための道具のようなものなのだろうか。

 余裕があれば死神に聞いているところだが、今はそんな悠長なことしていられない。

「仲間なのに協力しないんだな。それに最弱なんて言うくらいだ、お前ら仲悪いのか?」

「それはそうでしょう。我々四天王は魔王様に仕えていることが共通しているだけです。お互いに協力関係はありません」

「俺みたいなのがいてもか?」

「あなたのようなはしたない女性は魔王様に会う権利がありません。私だけで十分です」

「お前らを呼ばなかったさっきのやつと同じじゃないか」

「私をジャック・サイと同じだと思ってもらっては困ります」

 どうやら、協力関係にないというのは本当のようで、他の四天王がやってくる気配はない。

 サイだけがハブられているわけではなく、後から手の内がわかった状態で戦うために、他の四天王を利用していることなのだろう。

 こちらとしては協力して出て来られるよりいい。

 俺が守れる範囲なんてたかが知れてるからな。静観決め込んでくれてる間に一体ずつ倒すまでだ。

「さあ、どこが違うのか見せてもらいたいところだな」

「私は部下を信頼していなかったジャック・サイとは違います」

 そう言うとブビルナは手を上げた。

 何かの合図だったのか、どこからともなく魔物の群れが現れる。

「ブビルナ様万歳!」

「ブビルナ様に栄光あれ!」

「ふふふ。魔王様に対してもでしょう?」

 嬉しそうに笑うブビルナ。

 エイトーンの物体操作とは違い、どうやら本物の部下をどこからともなく呼び出せるらしい。

「さあ、私の部下たちがあなたたちをたっぷり可愛がってあげます。まあ、あなたたち数人じゃどう転ぼうとなす術はないでしょうけど」

 ブビルナは余裕そうだ。

 油断しているのはありがたいが、油断させてしまうほどこちらが不利。

 サイの時もそうだが、エイトーンとの戦いも知っている様子だった。おそらくだが、協力はしてないが情報は共有されてるんじゃないか?

 だとしたら、おそらくこちらのタマミやラーブが、個人では弱いことを見抜かれているだろう。

 俺は急いで死神とともにラーブたちのもとまで戻った。今のところ欠員はいないようだ。

「ねえ、何あれ」

 最初に聞いてきたのはラーブだった。

「あれは二体目の四天王とその部下だ」

「なるほどね。あんなのが他に二体もいるわけだ」

「その通りだが、冷静に分析している場合じゃないぞ」

「まさかラーブさん。あそこに突っ込むんじゃないですよね?」

 タマミがおそるおそる聞いている。

「は? 突っ込む? 何言ってんだ?」

「ラウルちゃん心配しすぎだよー」

 ラーブは軽いノリで俺の肩を小突いてきた。

 え、俺が心配しすぎ?

 いやいや、ラーブの戦闘能力は低い。足がものすごく速い程度だ。スキルを考えても勝算はないだろう。

 弱っている死神や図体のデカイ巨龍、自我のないガレキならまだしも、四天王の部下。それも軍団として相手にするなんて無茶だ。

「やめとけって。さっきまでみたく俺が蹴散らす。ここでシニーちゃんとベヒちゃんに守っててもらえ」

「二人にはちゃんづけするんだね」

「ホント今そういうこと言ってる場合じゃないぞ」

「私、知ーらない」

「あ、おい! ラーブ!」

 ラーブはブビルナに向けて走り出してしまった。

 何やってるんだ。タマミのスキルがあると言っても、相手できるはずないだろ。他の相手を殴っている間に一撃もらってアウトだ。

「待て」

「待ってください!」

 俺を止めたのはタマミだった。

「なぜ止める? タマミならラーブが危ないってわかるだろ? だからラーブに聞いてたんじゃないのか?」

「そうです。わかります。わかりますけど、ラーブさんだって、もちろん私だってラウルちゃんが心配なんです」

「俺が?」

「そうです! 中身は男の子かも知れませんけど、今の体はラウルちゃんの妹のアルカちゃんのものでしょう? 無茶したら危険な女の子なのはラウルちゃんもおんなじなんです! だから、ラーブさんはラウルちゃんの負荷を少しでも減らすために行ったんですよ」

「俺のため……?」

 考えていなかった。

 そういえば今の俺は、アルカの体に魂を間借りさせてもらってるようなものだ。

 傷つくのは俺の体じゃない。アルカの体だ。

 俺だってアルカが無茶をするのは嫌だ。生きていた頃も本当はどこか安全なところでのんびり暮らしてほしかった。

 なるほどな。理屈はわかる。

「だが、それなら余計俺に任せてくれよ。これは俺の目的を達成するための行動だ。二人は手伝ってくれてるわけだろ? なら、気持ちはありがたいけど、二人を俺以上に危険な目に合わせるわけには」

 そこでタマミは俺の口に人差し指を当ててきた。

 そのままじっと見つめてくる。

「私たちだってラウルちゃんと同じ、神様から力をもらった人間なんです。少しは信じてくださいよ」

 後方で何やら大きな爆発がした。

 慌てて振り返ると、四天王の部下の大軍勢がいたはずの場所には小さな女の子の群れが出来上がっていた。

「私の部下に何をしたのです!」

 混乱しているブビルナがラーブに聞いている。

「まさか、あれを一人でやったのか?」

「二人ですよ。私の強化だってあるんですから。それに、少し離れてきたんですよ?」

 確かに集中すると今までより力が強まっているのがわかる。

 俺も新しいスキルに頼りきりだったせいで細かな変化を見落としていたようだ。

「わったしのスッキル! 私の細工! だんだん私を好きになってくれる女の子への変え方がわかってきたの!」

 なんだかとんでもない方向にスキルが成長している気がするんだが。

 もし元に戻ったとしてもラーブは怒らせないようにした方がよさそうだ。

「女の子に変える? バカなことを言わないでください! 変えた程度でこんなことになりますか! さあ、あの者を攻撃するのです!」

「あたしのママをいじめるな!」

「よーしよし。ありがとうね。いい子いい子」

「えへへ。ありがとうママ」

「何が起きているというのです?」

 それは俺も同じ感想だな。

「それじゃ行ってくるわ」

「話聞いてました?」

「ラーブじゃ決定打に欠けるだろ?」

 俺はできる限り足音を消せる最高速で移動した。

「くそう。こうなったら頭を叩くしか。リーダー格が消え」

「どこ見てる? こっちだこっち!」

 俺はブビルナに剣を振るった。

第25話 新しい幼女たちからの情報

 さて、四天王の二番手、ブビルナとその部下軍団を倒したわけだが。

「お姉ちゃんかっこいー!」

「さすがママのリーダー」

「あ、握手してほしいの」

 ニコニコ笑顔で俺のことを褒めてくる大量の幼女たち。

「ママー」

 褒めてくれるのはありがたいが、俺はママではない。ラーブと間違えてるんだろう。

 いや、別に幼女に囲まれても悪い気はしない。ラーブじゃないが子どもは好きな方だ。子どもたちのために魔王を倒そうとしていると言っても過言ではない。だが、俺自身は子どもをあやすのが苦手だ。

 正直、今もどうしたらいいのかわからない。

 戦場で子どもが逃げ惑わずに笑顔なのもおかしい。おかしいよな?

 俺は、避難させるべきなのかどうかも判断できずに棒立ちしてしまっている。

「お、おい。ラーブ。これだけスキルを使ったんだ。何か考えがあるんじゃないか?」

「ないよ」

「だよな。ってはあー?」

 ダメだった。何も考えなかった。

 くそう。さっきのブビルナと違い、どうやら次の四天王がすぐに来るわけではないようだが、どうにかしないといけない。

 そもそもまた人質を取られては厄介だ。

「まさか人質を心配してるの?」

「なんでわかった」

「ラウルちゃんってろ」

「違うからな!」

「まだ何も言ってないじゃん」

「どうするんだよこれ」

 今のラーブは頼りにならない。さっきまではいい感じだったのに。

 俺は頭をかかえた。

「ママ! ママ!」

 ラーブを呼ぶ一人の声。

 辺りを見回すと、俺がうろたえている間に、なんだか幼女にまとまりができているような気がする。

「どうしたの?」

「統率を任されていたあたしがみんなを整列させておきました」

 確かにラーブを呼んだ子の言う通り、幼女たちが列になって並んでいる。

「ママ!」

「なんでラーブが子どもみたいになってるんだよ」

「だってこの子すごいしっかりから」

「ママほどじゃないです」

 照れている。両方とも照れている。

 だが、そうか。死神の時もそうだが、記憶や能力はラーブのスキルを使った後も引き継ぐんだったか。

 これはチャンスかもしれない。

「一つ聞いていいか、な?」

 丁寧に、そう丁寧に。

 怯えさせないように気をつけないとな。

「なんです?」

「残りの四天王について知ってることを教えてくれない?」

「いいですよ。ただ、あたしたちが知ってることはそんなになくて」

「はいはい! 残りはキング・ドミニアーとエース・シクサルなの!」

「多分キング・ドミニアーが次に出てくると思う!」

 誰より先に言いたいのか、手を上げて何人かが声をあげた。

「みんな静かに! とまあ、名前と実力の順番くらいはわかってるのです。ただ、あたしたちはただのブビルナ様。あっ」

「いいよ。どっちでも」

「ありがとうございます。あたしたちはブビルナ様の部下です。命令で調査はしていましたが、あまり多くの情報は得られませんでした。他にわかることとすれば、例えば、キング・ドミニアーはとても大きいことです。攻撃は一番大ぶりな代わり強いかと思います。エース・シクサルは圧倒的な実力者です。一番四天王としての時間が長いですが、それ以上のことはさっぱり」

「そうか。ありがとう。参考になるよ」

「いえ、とんでもないです」

 この子、本当に俺よりしっかりしてるんじゃないか?

 しかし、キングってのが先なんだな。最後に出てきそうなもんだが。

 どっちかが俺の家族を殺したのか。それとも他のやつなのか。

 まあ、どちらにしろ倒さなければいけないんだが。

「今はママとラウル様、それにタマミ様の三人があたしたちの四天王です」

「一人足りないけどな」

 一人足りないと聞いて、死神とベヒがまた喧嘩を始めた。

 俺はいつものことになってきているからと放置することにした。

「しかしラーブ、他の四天王の情報も集められるような相手によく攻撃を当てたな。どうやったんだ?」

 何か今後の戦闘のヒントになるかもしれない。

 俺はラーブに戦闘のコツを聞くことにした。

「簡単だよ。攻撃される前に攻撃すればいいんだもん」

「簡単って言うけど、ラーブは元々戦闘職じゃないだろ。それに、モンスターを人間に変えるスキルとか信仰的に問題ないのか? 神官なんだよな?」

「問題ないよ。ね。神様」

「もちろん! 可愛ければなんでもOK!」

 そういえば俺たちには神がついてるんだったな。

 神が言うならなんでもありか。

 しかし、攻撃される前に攻撃するは真理かもしれない。

 食らうのは痛いしな。アルカを傷つけることになる。

 見切れるなら見切るか。

「私だってみんなを強化してるからね!」

「どうした急に」

 なぜかラーブに張り合おうとするタマミ。

「そりゃ感謝してるぞ二人とも。俺一人じゃどれだけボロボロになっても、アルカが傷ついてるなんて考えもしなかったかもしれない。それを気づかせてくれた二人には感謝してもしきれないくらいだ」

 俺の言葉を聞いて二人はぼーっし出した。

「なんだ? 俺何か変なこと言ったか?」

「どしたの急に。そんなこと言っても何も出ないよ?」

「そうですよ。感謝してもしきれないなんて、そうそう言うもんじゃないですよ」

「いや、俺はただ感謝しただけだぞ? なんでそんな反応するんだ?」

 まあ、二人のこれまでは知らないが色々あったのかもしれない。

 信仰は強いらしいが、それと何か関係があるのだろうか。

 それに、二人をダンジョンへ連れ去ったやつが、誰なのかもわかっていないし。

 魔王を倒すついでに情報を得られるといいんだが。

「まあ、さっきラウルちゃんがいいとこ持ってったのは許してあげる」

「あ、それ私も思いました」

「別にそんなことしたつもりは」

「私がやるってんだから任せればいいのに」

「そんなわけにはいかないだろ?」

「作戦会議やってるとこ悪いが、強制終了だ」

 幼女たちのリーダーの言葉通り、ガタイのいいやつがやってきた。おそらくキング・ドミニアーがだろう。

 まだ距離はあるが、すでに俺たちを見下すデカさ。家か何かのようだ。

「ワシはこの時が来るのを待ってたんだぜぇ? 戦いは心が躍るからな。まあ、まさか相手が女子どもだけだとは予想もしてなかったがな」

 少しくらい降参してくれることを期待してたが、やっぱり来たか。たとえ他のがやられていても俺たちを見て撤退する理由はないもんな。

第26話 ラウルの手柄は許せない勇者

 俺はなんとかアルカを追いかけ移動を続けていた。

 一人怯えて過ごすなんて俺にはできない。成果を奪われるなんて、考えただけで恐ろしい。

「いやー。すごかったです。感激です」

 突然、物陰から出てきたのは十歳にも満たないような子どもだった。

 こんな子どもが迷い込むくらいだ。事態は解決に向かっているんだろう。

 俺は引っ込んでろってか?

 変な柱みたいなのは浮いてやがるし。

 俺をバカにしやがって。俺は勇者だぞ。殺されかけようが何しようがそれは揺るがない。変わらない。

「アルカ。どこだ? アルカァ! お前より先に俺が魔王倒してやるからな!」

「本当にすごいです! 四天王を二体もやってしまうなんて。ってあれ、みんなは?」

「アルカが二人も四天王をやったって!?」

「だ、誰です?」

 そもそも、なんで子どもがいるんだ? いや、そんなこと今はどうでもいい。

 今大事なのはアルカが四天王を二体倒したことを否定しなかったことだ。

 そして、四天王なんてのがいるってことは、俺が戦ってたのは魔王の部下の部下。雑魚的だった。そういうことだろ? 

 そいつらを倒したから、やっと魔王の部下と戦ってる。それがアルカなんだろ?

「俺は何も知らないのにな! クソが!」

「あ、あの。なんのことです?」

「関係ないだろ」

「そうですね。それよりみんなを知りませんか?」

「誰だよみんなって。知るか」

 こんなガキ構ってられるかってんだ。

 俺は無視して進もうと腕を前に出した。

「ラーブ様にラウル様、あとタマミ様。他には」

「は? ラウル? ラウルなんていないだろ」

 これなら楽勝だな。同名の無名のやつなんか俺の敵じゃない。

「ラウル様をご存知ですか?」

 もしかしたら俺の知るラウルと同じラウルを知ってるのか?

 ならいいことを教えてやろう。

「まだいたのかガキ。ラウルはいないって言っただろ。あいつはな、俺が殺したんだ。生きてるはずないんだよ」

 しかし、わざわざ助けた子どもに自分の名前名乗ってるのか?

 いや、違う。俺が見たのはアルカだ。ラウルじゃない。なぜアルカがラウルの名前で行動してるんだ?

 それに、あのアルカは本当にアルカだったか?

「ラウル様は生きてますよ?」

 まるで俺の話を聞かないなこのガキ。考えの邪魔だ。

 アルカが本当にあるかだったかってやつだ。確か男のようだった気がする。が確証はない。くそ。わからん! 頭が働かん。

 確実に思い出せることがあるとすれば、俺がラウルを殺したこと。それに、人間を生き返らせられると言っていたやつらを処分するため、ダンジョンに放り込んだこと。

「大丈夫です? 気分が悪そうですけど」

「大丈夫だ」

 えーと、その時。ダンジョンに放り込んだ時だな。あの時は、周りの人間は俺たちの言うことを疑わなかった。おかげで本人に気づかれずに放り込めた。アレは楽な仕事だった。

 そうそう、それから嘘にハマりそうなやつらまでダンジョンに入れといたな。ま、今そいつらがどうなってるかは知らない。俺たち勇者パーティの手を煩わせたんだ。地獄で苦しんでることを願う。

 だが、これはアルカのことじゃない。クソ! なぜ思い出せない!

「どこへ行くです?」

「俺は四天王とやらのところにはってでも行くんだ。ガキ! そこをどけ! 邪魔だ!」

「無茶ですよ。そんな体じゃ何もできませんって」

 ガキが俺の背中に手を当てて止めてくる。

「うるさい! 離せ!」

「痛いっ」

 ガキのくせにいっちょまえに俺のこと心配なんてしやがって。

 俺はガキに心配されるほど落ちぶれてねぇ!

「ダメですって」

 今度は俺の前に仁王立ちか。

 そんなの関係ない。俺はまっすぐ進むだけだ。

「俺は、アルカの快進撃を止めないといけないんだよ! お前がラウルだなんだって言ってる理由は知らない! 俺が魔王を倒さないといけないことに変わりはない! 俺はまだ負けてねぇ!」

「きゃっ!」

 俺がガキの下を通ろうとした時、ガキがスカートの裾を押さえた。

 俺が中を見たと思ったのか?

「見るかクソが! 俺はガキなんか興味ないんだよ! さっさとどかないからそんなことになるんだ」

 イライラさせやがる。

 こんなところで時間を無駄にしてる場合じゃないんだよ。俺は。

 子どもと違って忙しいんだこっちは。

「命があるならさっさと家に帰れ。家がないなら親でも探してどっか行け!」

「痛い。痛いの」

 俺の通り道にいるのが悪い。邪魔なんだからどかすしかないだろ。

「やめ、やめて」

「なんだぁ! ロリっ子! 俺が悪いって言いたいのか? 俺は勇者だぞ! 身の程をわきまえろ」

 軽く足を掴んだだけだが、ガキはその場で転んで尻餅をついた。

 慌ててスカートを押さえている。

 だから見ねぇっての。いちいち反応してんじゃねぇよ。

「痛いよぉ。そんなに魔王軍のこと知りたいなら、話すから暴力振るわないでよぉ。話してよぉ」

「何? お前、魔王軍について知ってることがあるのか?」

「うん」

「さっさと話せ!」

 ガキは嫌そうだ。

 なんでだよ。お前が言ったんだろ。

「それとも、被害に巻き込まれたことにしてこの場で犠牲者になりたいか?」

 ガキは首を横に振った。

 自分で言い出したにも関わらず、ガキはしぶしぶと言った様子で口を開く。

 四天王とやらの知る限りの詳細。八芒星について。

 現在のラウルの戦績について。

 なぜ、アルカではなくラウルの戦績として語られるのかはわからないが、このままだと俺が前座で四天王を全て倒されてしまうということはわかった。

「おら、離してやるよ」

 ガキは足を押さえてからどっかへ走っていった。

「なんだったんだあのガキ」

 だが、ラウルを探していた。おそらくはあいつが言った方向にラウルがいる。

 わけがわからんが、それくらいしかヒントはない。

「やけに魔王軍について詳しかったが、どんなガキだよ」

 どちらにしろ、ガキがどうなろうと俺は知らない。

 俺が四天王を含め魔王軍の奴らを倒す方が優先だ。

「いいことを聞いた。黒龍の傷も少しは回復してきた」

 俺はその場でなんとか立ち上がり、ガキが進んでいった方を見た。

「いいかラウル。いや、アルカ。お前に魔王は倒させない。魔王を倒すのは、この俺だ!」

 俺は剣を杖代わりにして、一歩、また一歩と歩みを進めた。

第27話 三体目の四天王に間に合った勇者

「ワシはキング・ドミニアー。貴様らを倒す者だ」

 次に現れたのはやはりキングだった。

 しかし、情報が早いよな。あの宙に浮いている四つの黒い柱からはかなり距離があるように見えるが、どうなっているのだろう。

 あまり考えてなかったが、地面に突き刺さるではなく、ある一定の高さで浮遊したままだ。

 俺はドミニアーに対し身構えた。だがその時、どこかで聞いたことのある声が聞こえてきた。

「ふはははは! 間に合ったぁ! ちょうど四天王とやらもいるな。やはり俺は運がいい」

「ベルトレット!? おま、どうしてここに?」

 あいつ、まともに動けないんじゃないのか?

 ここまで歩いてこれるほど、体力が残っていたようには見えなかった。

 こういうところは仮にも勇者ってことか?

「そんなボロボロで何しに来た。おとなしくしておけよ」

「できるかぁ! ここから先は全て俺がやる」

 ベルトレットは杖代わりにしていた剣をドミニアーに向けた。

「なんだなんだ? 仲間割れか? 勇者とパーティメンバーと聞いていたんだがな」

 そこも知られてるのか。

 だが、俺がベルトレットに殺されたことは知らないのか?

「俺がベルトレットと仲間なわけないだろ」

「当たり前だ。俺に手柄を渡さないアルカなんか必要ない」

「はっ! そうかそうか。まさか仲間の方が先に勇者を切るとはな。だが、イキがるなよ。四天王をたかだか二体倒したくらいで調子に乗るもんじゃあない」

「もう半分じゃねぇか」

「まだ半分だ。それに、ジャック・サイもクイーン・ブビルナもワシに比べれば四天王になりたてのやつらだ。期待はしてたがまだまだ青かったな」

 青かったとか言ってるがコイツも一番四天王歴が長いわけじゃないんだろ?

 なんでこんなに偉そうなんだ。

 確かに情報通りだが、イライラするだけ無駄か。

「半分倒したのは本当なんだな。アルカ!」

 そうか。ベルトレットは俺のこと見た目でアルカだと思ってるのか。

 そういえばどうしてベルトレットは四天王の存在を知ってるんだ? 俺に隠してただけか?

「そうだ。俺が四天王を半分倒した」

「ふっ。確かに今ここにいる四天王のやつの言う通りだな。イキがるんじゃねぇぞ!」

「今そんなこと言ってる場合じゃないんだが」

 ベルトレットと会話している間もドミニアーは攻撃の機会をうかがっている様子だ。

 俺に攻撃してくる分には構わないが、タマミやラーブを狙われるとまずい。

 おそらくそんなことはもうすでにバレてる。

 死神たちがいるからすぐにはやられないだろうが、ベルトレットの邪魔でどうなるかわからない。

「俺を三下扱いする気か!」

 なんでベルトレットは俺に突っかかってくるんだ。そんなに手柄が大事か。

 それに、ここから先は自分でやるんじゃなかったのかよ。

「そんなこと言ってないでどっか行ってろ。安全なところで休んどけ」

「たわごとを。お前に何ができる。アルカ」

「……」

 ダメだな。早くどかさないとベルトレットが邪魔だ。

 わざわざ手を下すのは面倒だが、戦う障害になられてはたまったもんじゃない。

「おい。急に黙ってどうした。まさかアレか? ここにこて恐ろしくなったか? お兄ちゃん怖いよぉ。ってか? ふはは。いいざまってんだよ」

 動く。

「そんな調子じゃあ、スキってもんが」

「「邪魔すんじゃねぇよ!」」

「うぐあ!」

 瞬間移動のような速さで動き出したドミニアーに対し、俺は拳を当てた。

 同時に、火事場の馬鹿力とでもいうように、ベルトレットも剣を当てていた。

 ベルトレット、あいつ動けるのか?

 あんな状態で? 剣を杖代わりにして立っているのがやっとな状態で、切りつけたってのか。

 さすがに限界が近いのか、ベルトレットは片膝をついている。

「女とボロボロのどこにこんな力が……?」

 さすがに狙って放ったわけじゃないせいで耐えられてしまった。

「ベルトレット。どうやらお前はただの怪我人じゃないみたいだな」

「当たり前だろ。こんな時になって不思議と力が湧いてくるんだ。やっぱり俺は誰がどう言おうと勇者なのさ」

「そうなんだろうな。だが、まだ動けるのか?」

「ふ。すぐに動けるようになるさ。回復すればそこにくたばる四天王に俺がトドメを刺してやるよ」

 つまり、今すぐには動けないってわけだ。

「いや、ははは。そうか。そういうことか。なるほどなぁ」

 ドミニアーが何か勝手に納得したように、その場に倒れ込んだ。

 まるで、俺との戦いを諦めたかのように。

「魔王様、ひでぇことしやがるなぁ。だが、コイツは仕方ない。ワシは魔王様の部下でしかないからな」

「何言ってやがる」

「さあ、トドメを刺せ! ワシにここまでのダメージを与えたのはお前たちが初めてだ。後ろにいる女たちを犠牲にしたくなかったら、さっさとトドメを刺すんだな」

「言われなくてもやってやんよ」

 俺は剣を抜いた。

「待て、やめろ」

「ふっふっふ。まさかここまでの人間が出てくるとはな」

「俺がやるんだ。アルカ。お前は引っ込んでろ」

 俺はベルトレットにあっかんべーして剣を振り上げた。

「やめろ!」

「はあっ!」

 ドミニアーはよそ見した俺めがけて手を突き出してきた。

 タダでやられるつもりはなかったようだ。

 だが、ドミニアーの手には何も触れることはなかった。

「くっ! ははは! 貴様の連勝も次で最後だ」

 ドミニアーは俺の手で切り裂かれた。

「誰が」

「うわあああああ! ぐ、あ、ぐああああああ!」

 ドミニアーが何を悟ったのか聞き出したかったが、あの様子じゃ聞き出そうとしても無理だろう。

 死神なんかよりよっぽど強い。

 キングなんて言いながら、部下も連れずに一人で来たんだ。実力に自信がなけりゃできない。

 そして、エースと呼ばれるやつはドミニアーよりも強いのだろう。

「う……あああ。ああ……。ぐあああああ」

 よほど俺に三体目の四天王を倒されたのが悔しかったのか、ベルトレットは頭をかかえ地面を転げ回っている。

 あんなに苦しんでいるベルトレットの姿は初めて見る。

 だが、気にしてやる暇はない。三体目を倒したということは。

「あーあ。最後か」

 そう、四体目が姿を表す条件が整ったということなのだから。

第28話 ボロボロでも調子に乗ってる勇者

「ぐあ。ああ! あああ。はあ、はあ」

 苦しい。体が痛む。これまで以上だ。戦闘での怪我よりひどい。

 そして何より悔しい。アルカに、アルカにまた先を越された。

 俺はまだ四天王を一体も倒してないというのに。

「ぐ。はあ、はあ!」

 なんとか痛みを抑え込み、俺は拳を握り締めた。

 どういうわけかわからないが、力が戻っているにも関わらず傷はどんどんと痛みだす。

 回復したと思ったが、無理に動いたせいか途端に傷口が開いたようだ。

 まるで、中から何かが飛び出してくるような感覚がある。

「痛い。体が痛む」

「だから大人しくしとけばいいだろ」

「そういうわけにいかないだろ」

 最後の四天王も現れて、いよいよ魔王までの道のりも大詰めってところか。

 だが、さすがにこれ以上の愚行をアルカに許すわけにはいかない。

 俺は思うままを口にした。

「ここまでの流れは絶対におかしい! 陰謀だ! 策略だ! 誰だお前! アルカじゃないだろ!」

 俺の言葉にアルカはピクリと肩を動かした。

 当てずっぽうだったが本当だったようだ。妙な違和感の正体はこれだった。

 やはり、アルカは別人だった。見た目が同じってことは中身が違うのだろう。

 だが、中身が誰であろうと知ったことではない。ラウルだろうが他の誰かだろうが、俺に従わないのなら悪だ。

「反論がないってことは図星か?」

「……」

 すぐにそんなわけないと言えば済むことだが、アルカは何も言わない。

 思わず片方がつり上がってしまう。いかんいかん。こんな笑い方は俺に似合わない。

「喋り方もおかしかったしなぁ。それに、女、ばかり、連れて……」

 俺はそこでようやく、アルカについている女の顔をよく見た。

 俺のことを警戒しているのか、失礼にも目が合うと武器を構えられてしまう。が、どこかで見た顔のような気がする。

 おかしい。俺がアルカの集められるような冒険者の顔を覚えているはずがない。

 俺はもっとレベルの高いところで活躍してきたんだ。

 アルカ一人の活動で集められるやつなんて、どうせ程度の低いやつだ。

「おいおい。僕のことは置いてけぼりかい?」

「ちょっと待て四天王。今いいところなんだ」

 どういうわけか四天王から目を離さないアルカ。

 モンスターに発情してるのか? にしては目が怖いか。

 じゃない。今はあいつら。

「そうか! 思い出した」

 そうだそうだ。片方は信者の話を聞きながら、時折、人を生き返らせることができると嘘をついてた女。

 神官のくせに世間に嘘を撒き散らしていた。

 名前はラーブ・ロンベリアとか言ったか。

「で。ああ、ああ。なるほどね」

「な、何よ」

「強がらなくていい。そんなやつに連れられた災難だったな。神官、それに村娘」

「っ!」

 やっぱりそうだ。

 もう一人は神への信仰が強すぎて騙されやすそうだったやつ。嘘つく前に放り込んでおいた女。タマミ・ユーレシア。

 人に迷惑をかける前にダンジョンへ入れた二人だと言うのに、まさか生きていたとはな。

「どうして私の素性を?」

「どうしてだろうな。だが、俺に感謝すべきだ」

 さすが俺の記憶力。どおりで冒険者に似つかわしくない見た目をしてるわけだ。

 そして、やはりアルカは悪だった。

 勇者である俺の、素晴らしい世界平和のための作戦を邪魔するとは。決して許されない行い。

「誰があんたなんかに感謝するかっての」

 まあ、自分のことを真に理解している人間なんて俺くらいだ。

 わからなくとも仕方がないか。

 だが、ここまでのアルカの行動にも合点がいった。

「アルカ。お前、兄を生き返らせるために必死か!」

「そうか、ベルトレットから見ればそう思うか」

「違うのか?」

 なんだか含みのある言い方だが、そんなことは関係ない。

「俺の計画を邪魔してくれやがって。蘇生ができるなんて言ってる奴らをダンジョンから出したな」

 やっとアルカは俺の方をキッと睨みつけたきた。

 思わず、俺も新しく出てきた四天王も思わずのけぞってしまう。それほどまでの迫力があった。

 いやいや、迫力? あの女に? 冗談だろ。

 俺はただ伸びをしただけだ。

「お前が二人を危ない目に合わせたのか……!」

「おっと、勘違いするな。俺は世界に対する危険因子を人知れず排除していただけだ。その中にそこの二人が混じっていたにすぎない。悪いのはアルカ。お前の方だ。危険因子をこの世界に再び放ったこと。それがお前の罪だ。巨龍の暴走やら魔王軍の侵攻なんかもお前のせいなんじゃないのか」

「ふざけるなクソ野郎が。ベルトレット。お前どこまでクズなんだよ。俺を殺すところで止まっておけよ」

 どうやらアルカの中身はラウルらしい。だが、ラウルは間違っている。

「俺は何も悪いことはしていないぞ。世界は俺を中心に回ってるんだ。俺の行いは全て正しい。ルールはそこから始まってるんだよ」

 ここまで行ってもわからないのか、ラウルは俺に剣先を向けてきた。

 これは、この世界最大の罪を犯すつもりか?

「ベルトレット。四天王の前にお前からやってやるよ」

「はっ! これだから自分の目的のためにしか動いてない人間は嫌なんだよ」

 俺なんか世界平和のため、日々魔王軍の情報を集めていたというのに。

 そこら中を暴れ散らかして名の売れていた冒険者二人組だから、迷惑をかけないよう俺のパーティに入れてやったっていうのに。

 その恩も返すことなく俺に戦いを挑むのか。

「クソ野郎はお前の方だラウル」

「貴様が言うなぁ!!」

第29話 ベルトレットに怒る

 ベルトレット。こいつは生かしてちゃいけないやつだ。勇者だろうがなんだろうが知ったこっちゃない。

 ちょうど新しく出てきた四天王は、どういうわけか素顔が見えないようにフードを深く被っているせいで姿は見えない

 しかし、ベルトレットに待てと言われ動かないことから、巻き込むようにして同時に倒せばいいだろう。

 タマミやラーブをダンジョンへ入れたと知らなければ、魔王の後でもよかったが、今となってはムリだ。

「お前みたいな悪はここで打ち倒さなくてはならない」

 俺は剣を持った状態で出せる最高速度で移動した。

「俺が悪? はっ! 笑わせるな」

「それはこっちのセリフだベルトレット!」

 俺はベルトレットを真っ二つにするつもりで剣を振った。

 確かな手応え。先にあるだれもいない建物が崩れる。

 だが、剣先には布切れがわざとらしく引っ掛けてあるだけでベルトレットの姿はなかった。

 まるでふわりと風にでも飛ばされていなくなったかのような感覚。

 キョロキョロと近くを見回すが、ベルトレットは見当たらない。

「ラウルちゃん! 上、上!」

「上? なっ!」

 タマミの声に顔を上げると、まさしくふわふわと浮かぶ四天王。

 そして、その四天王にかかえられるベルトレットの姿があった。

 ベルトレットは抵抗しているようだが、四天王の方は動じる様子がない。

 もしかして仲間だったのか?

 どういうことだ。ベルトレットは勇者だ。攻撃するわけではなく、ベルトレットをかばうなんてどうかしてる。

「こっちだこっち。お仲間さん」

 四天王は俺に、手を招くように動かしながら言ってきた。

 なんだかイライラする動きに声色だ。

「最後がキングじゃないんだな」

 言い返してやろうと俺が口にすると、四天王はふっと笑った気がした。

「本当は魔王様が僕たちのキングだからね。僕がエースなのも、最後の切り札ってところかな」

 最後の切り札か。

 確かに、空中浮遊なんて技はなかなかできるものではない。

 実力者なのは確かだろう。

 それなら、そんなやつがどうしてベルトレットを守った?

「さて、言いたいことは終わったかな? じゃ、改めまして。僕はエース・シクサル。同士討ちするとは、人間の程度の低さが知れるよね」

 シクサルは名乗りながらかぶっていたフードをとった。

「…………!」

 あらわになったシクサルの見た目は、俺が一度として忘れたことのなかったモンスターの姿。

 人間と見間違うほどの美少年のような見た目。エルフのようにとんがった耳。

 唯一獣のような鋭い牙。

 そう。

「家族の仇ッ……!」

 俺が子どもの頃、村ごと壊滅させながらその痕跡すら残さなかったモンスター。

 ここまで戦ってきた四天王のことを考えると、人を直接攻撃する珍しい四天王だったのだろう。

 だが、珍しいかどうかなんてどうでもいい。

 痕跡が残らなかったのは、今ベルトレットをさらったような移動の速さ。突然消えたような能力。

「我の移動と同じような性質らしいな」

 神の助言。

 つまり、瞬間移動のようなもの。

「だよな。あの速さは場所ごと移動してないとあり得ない」

 今の俺は、ラーブみたいな異常なほど足の速いやつでなければ、反応する前に攻撃を当てられる自信がある。

 タマミのスキルもあるし、この自信は根拠があると言っていいだろう。

 だが、単に場所を変えられてしまえば、俺より速いと言うこともあり得る。

「どうやら僕のスキルについて、少し気づいちゃった?」

 シクサルは楽しそうに笑っている

 合ってるのか嘘をついてるのかわかりにくい。

 わかることは今突っ込むのは無駄足だろうということか。

「それとも、二人とも今残っている勇者とパーティメンバーだ。もしかして、気づいてる?」

「「何言ってる」」

 ベルトレットとハモリイラっとする。

 こうなってしまえば、一緒に犠牲になっても仕方ないよな。

「神」

「いいだろう。協力してやる」

 偉そうだが、力を貸してくれるらしい。

 俺は剣を構えた。

「なんだ。二人して無能か」

「それはあり得ない。俺は無能じゃないからな」

 しばらくおとなしくしていたベルトレットが突如動き出した。

 かかえられる時に剣を落としていたベルトレットができることなど体を揺らすことのみ。

 それも、シクサルが滞空するのにほとんど影響はなかった。

 だが、ベルトレットはシクサルに噛みつき出した。

 その姿は人間というよりも、まるでモンスターのような凶暴さだった。

「な、何してる。なぜ僕を噛むんだ。わかるだろう。今僕は君をあの子から救ったんだ」

「うるさい! 勇者である俺がモンスターなんぞに助けられる筋合いはない!」

「くっ! キングが気づいて僕が気づかないわけない。やはりこれは本物だ。人間のアゴでモンスターを噛みちぎれるわけがない」

 そう、あり得ない。

 モンスターの皮は丈夫だ。装備にできるくらいには。

 だからこそ、弱い人間は武器や魔法、スキルで対抗するのだ。

 それを今、ベルトレットは自分の歯とアゴで対処している。あんなのは人間の戦い方じゃない。

「や、やめろ! やめるんだ」

「嫌だね。どういうわけかわからないが、俺は今ものすごく血と肉に飢えてるんだよぉ!」

「いい加減に! なっ、速い!? こんなボロボロの体のどこに力が残ってるんだ」

 シクサルはベルトレットをつまみ上げようとした。

 だが、今まで腕から出られなかったはずのベルトレットは、突如シクサルの背中に回った。

 その後も、自力でシクサルを掴んだままベルトレットは文字通り喰らいついている。

 俺は二人同時に撃墜すればいいものを、ここまでの流れをただ見守っていた。

 かろうじて生きてる様子の怯えた四天王。楽しそうに四天王の体に噛みつくベルトレット。

「ハハッ! どうしてだ? 急に体の痛みが消えてく! 最高だ! 最高の気分だ!」

「や、やめてくれ! お願いだ! これ以上僕に攻撃しないでくれ!」

 この際どっちがやられてくれても構わない。倒れてくれるなら共倒れでもいい。

 だが、なんだ。この雰囲気。あれは本当にベルトレットだったのか?

第30話 最後の四天王にトドメを!

 ベルトレットに噛みつかれたことで、シクサルが浮遊力を失い地面に落ちてきた。

 砂埃が舞うが、そんなことお構いなしでベルトレットは噛みつき続けている。

「お前は本当にベルトレットか? お前は人なのか?」

 じっと観察していると、ベルトレットの噛みつき攻撃は激しさを一段と増しているように見えた。

 俺には四天王すら怯えさせるその姿が人ではない何かのように見えた。

 そう、それはまるでモンスターというより、モンスターそのもののように。

「俺がベルトレット以外に見えるか? 俺が人以外に見えるのか? ラウル。それともお前は、四天王との戦いを楽しいごっこ遊びか何かだと勘違いしていたのか?」

「違う。そんなことはない。だが……」

 いつだって忘れたことはない。俺は魔王を倒すのだと。

 失った家族の悲しみを他の人間にも味合わせないために。

 だが、だが。今のベルトレットを見ているとうまく言葉にまとめられない。

 うまく答えられない。

 これは本当に戦いと呼べるようなものなのか?

「や、やめろぉ! それ以上僕に噛みつくな!」

「やめるか! よこせ血肉を!」

 シクサルの抵抗を受けてもベルトレットはやめようとしない。

 ただの噛みつきで魔王の最後の切り札を自称する四天王、エース・シクサルを怯えさせる様子はとてもじゃないが勇者には見えない。

 そうは言っても、どれだけシクサルが人間のようでもモンスターということが拭えないように。

 ベルトレットもまた、体つきは人だ。たとえ、獣のような目つきで荒々しく噛みついていたとしても、人の形であることに変わりはない。

 モンスターを倒す者は、いずれモンスターになるってことか?

「……俺もいずれはあんな風に……?」

 途端、ゾクリと背筋を何かが這うような感覚に襲われ、鳥肌が立った。

 今まで正しいと信じてきたことが、もしかしたら間違っているのかもしれないという迷い。

「惑わされるな。現実を見ろ。先の敵は魔王、その部下である最後の四天王シクサルだ」

 後頭部の辺りからの声に俺は我に返った。

 そうだ。ベルトレットを倒すのは後でいい。

 タマミやラーブには悪いが。あいつはただの人間だ。魔王を倒してからいくらでも叩いてやる。

 その代わり、シクサルの移動手段を奪ってくれているのを利用させてもらおう。

「攻撃タイミングは」

「わかってる」

 俺は頬を強く叩き、シクサルとベルトレットを視界に収める。

 ベルトレットも四天王を倒すことに貢献できれば本望だろう。

 神に気づかされたのは腹立たしいが、俺は本来の目的を思い出せた。魔王を倒すこと。

 憎しみは一時的に置いておくことにしよう。

 敵は家族の仇だ。

「飛ばすぞ」

「ああ!」

 神の言葉を合図に俺の視界は真っ白になり、シクサルの目の前まで移動する。

「終わりにしてやるよ。両者共々! 散れ!」

「これで」

 さすが瞬間移動の使い手、神の瞬間移動にも対応していたようだ。

 俺の姿がギリギリ見えていたらしい。

「くっ! ふっ」

 だが、確実な手応え。シクサルはこれで終わりだ。

「巻き込んだつもりだったんだがな」

 辺りを見回してもベルトレットの姿は見当たらなかった。シクサルにくっついて噛みついていたはずだがどこへ行ったのか。

 咄嗟に避けたか、それとも俺からまもるためにシクサルが逃したか。

 いや、それならシクサルが逃げるか。

「くっ!」

 急にめまいがして、俺はその場でふらついた。

 地面のデコボコに足を引っかけバランスを崩し、世界が大きく回転した。

「うっ」

 何かにぶつかった感触。

 しかし、どういうわけか柔らかい感触。

「大丈夫? ラウルちゃん」

「全く、無理しすぎ」

 どうやらタマミとラーブが駆けつけてきてくれたらしい。

 意識はだんだんはっきりとしてくるが、二人に支えられている安心感からか力が抜けてしまう。

「大丈夫だ」

「大丈夫じゃないでしょ。立ててないじゃん」

 確かに、今の俺はだらしなくも女子二人に寄りかかっている。

「そうだな。さすがに疲れた。だが、ゆっくりもしてられない。四天王の現れ方からすると魔王はすぐここにやってくるはずだ」

「封印され、場所が把握できなかった謎も解けた。部下に人間への侵攻を任せていたということなのだろう」

「しっかし気になるな」

「何が?」

 タマミとラーブが不思議そうな顔を向けてくる。それはそうか。

 二人とも見ていないし、聞いていない。

「最後の四天王シクサルが俺に切られる時、驚いたかと思ったらすぐに笑ってたんだよ」

 それはまるで何かに安心したかのように。

「噛みつきから解放されるって思ったんじゃない?」

「そうか? でも、これから攻撃されるってのに?」

「そうは言うけど、モンスターの考えは理解しにくいし」

「シニーもか?」

「シニーちゃんは甘えん坊でしょ?」

「あ、甘えてないぞ!」

 顔を赤くして照れている死神。

 こいつ、死神としての威厳とかどこに置いてきたんだ。

 まあいい。それはそれとして。

「まだある。これで、って言ってたんだ。まだ何か続けて言いそうだった」

「それも、これで噛みつかれなくて済むってことじゃない?」

「可能性はあるが、なんだか納得できないんだよな」

「倒しちゃったんだし、考えても仕方ないでしょ」

 俺が疑問に思っていると、俺はラーブにずるずると地面に横にされた。

 力の入らない体では抵抗できない。

 俺、何されるの?

 そもまま俺の頭はラーブの太ももに乗せられた。

「いや、何して、いった!」

 なんとか立ちあがろうとすると、ラーブの拳が顔にめり込んだ。

 装備をつけたままのせいで、顔が痛い。

 鼻折れてないよな。

「な、何するんだよ!」

 鼻を押さえながら、俺は相変わらずラーブの太ももの上で叫んだ。

「小さくならないか」

「なるか! なってたまるか! なんで戦力を減らそうとするんだよ」

「いやぁ。こうでもしないとラウルちゃん休まないでしょ」

「気を遣ってくれるのはありがたいが、もうちょっとやり方や場所を選べ」

 いつ魔王が来るかわからないのに、横になるって色々おかしいだろ。

「大丈夫大丈夫。私のかわい子ちゃんたちがいるから。見張りもさせてるし、気づいたら知らせてくれるよ」

「いつの間にそんなことしてたんだ」

「ラウルちゃんが戦ってる間」

 くそ。

 知らぬ間に色々進んでる。

 なんか手玉に取られてる気がして悔しい。

 お。タマミがプルプル震えている。きっと一緒に怒ってくれるに違いない。

「タマミ! ラーブになんとか言ってやってくれないか!」

「ずるいです! 私もラウルちゃんに膝枕したいのに!」

「そうじゃない!」

 そういえば俺が改めて自己紹介した時もなんか距離感近かったな。

 アルカって俺より女の子にモテてた気もする。もしや、そういうことか?

 いやいや、ただ二人とも俺を気づかってくれてるだけだな。

「ラウルちゃんに膝枕は私のでーす」

「何言ってんだよ」

「うー! せめて、頑張ったねって頭を撫でてあげます。四天王を倒すなんてすごいです」

「何してんだよ」

 まあ、褒められるためにやってきたわけじゃないが、こうしてすごいなんて言われることは悪い気はしない。

 思えば俺を褒めてくれたのはアルカと昔のベルトレットたちくらいだった。

 これまでに助けた人たちからの声援はベルトレットに向けられ、俺に対してではなかった。

 たまには、こういうのも悪くないか。

「あー。ラウルちゃん笑った。素直じゃないなぁ」

「う、うるさい!」

第31話 勇者が放つ赤い霧

 気づけば空に浮いていた黒い柱もなくなっている。

 黒い柱自体も四天王の能力だったのかもしれない。

「誰も来ないな」

 四天王は八芒星を倒してからすぐにやってきたというのに、魔王は四天王を倒してもなかなかやってこない。

 今の俺のスキル、孤軍奮闘。その効果か、俺の傷はすっかり治り、どれだけ動いても問題ない状態になっていた。

 なっていたが、今度はタマミの膝に頭を乗せられ俺はじっとさせられていた。

 回復した今となっては正直恥ずかしい。

 避難が完了していて誰にも見られていないことがせめてもの救いか。

「ラウルちゃん照れてる」

「俺は男だからな? 女の子にこんなことされたことないからな。普通冷静でいられないから」

「今やっと中身が男の子って話本当なんだって思った」

「は? いやいや、嘘だろ?」

「ふふふ。どうでしょう」

 なんだか楽しそうだな。

 まあ、俺よりもタマミやラーブの方が息抜きは必要か。

 俺で遊ばれてるのは釈然としないが、気が休まるならいいか。

「でも、もし同性でも相当恥ずかしいだろ」

「そう?」

「ううん」

 お前らだけだよきっと。

 今は俺の方が少数派だから自信ないけど、タマミとラーブが珍しいんだよ。

 そう思いつつ、俺はタマミに体を預けた。俺があんまり緊張してたら二人の疲れも取れないだろうからな。

「ふうう!」

「来たか!」

 束の間の休息を破った声に、俺はすぐに立ち上がった。

 さすがに魔王の登場となれば二人とも俺を解放してくれた。

 だが、現れたのは荒々しく息を吐き出す四つん這いのベルトレットだった。

 俺たちを警戒するように睨みつけてきている。

「あいつ何してんだ?」

「グルルルルル」

 ベルトレットはまるで動物のように唸っている。

 目は充血したように赤く、目つきは鋭い。

 肌は浅黒く変色し、口元は赤く、鋭い歯をのぞかせている。

「こいつは本当に誰だ? ベルトレットの形をしたナニカみたいな」

 何度も見てきたせいか、かろうじてベルトレットとわかるが、自信はない。

 先ほどまでの戦いでも俺はベルトレットに違和感を感じていた。

 ベルトレットが俺をラウルだと見抜いたのも、ベルトレットが俺がアルカじゃない。そんな違和感をもっていたからだろう。

 だが、ベルトレットの中身が別人なんてこと考えられない。

 それは、ベルトレットを俺が殺した時、本人が否定していたことだ。

「お前は、誰だ?」

「グアア! アアアアア!」

 ベルトレットは突然喉を押さえながら苦しみ出した。

 悶えるようにその場を転げ回り、のたうち回り、この世の終わりのように動き回っている。

「モンスターなんて食うからそんなふうになるんだよ」

「ハガッ! アアアアア!」

 俺の言葉は耳に入っていないようだ。

 痛いのか苦しいのかどういう感情なのだろうか。

 そもそも、どうしてこうなっているのか俺としては全くわからない。

 こんな状態で俺の攻撃をかわせた理由も不明だ。

 ベルトレットに何が起きているんだ? って、今はそんな場合じゃないか。

「さて、魔王じゃなかったし、体を動かしておかないとな。次はとうとう魔王だからな。もしかしたらもういるかもしれない。警戒しないと」

「おい、待て。アレを警戒しろ。魔王はその後でいい」

 珍しく慌てた様子で神が俺に警告してくる。

「でも、アレってなに?」

「それだ。お前の仲間だったベルトレットとやらだ」

「ベルトレットが操られているってのか? 今さら?」

「それはわからないが早く!」

 ふむ。神はベルトレットを警戒しろと言う。

 まあ、確かに魔王との戦いの邪魔をされたら困る。

 それに一度は命を奪われた相手だ。

「先にやっておくか。……あれはなんだ?」

 苦しむベルトレットの体から赤い霧が放出している。

 ベルトレットがその場を転げ回っていることに変わりはないが、気づけばものすごい勢いで辺りが赤い霧に包まれ出していた。

 少し鉄臭い霧は俺たちの視界を徐々に奪っていった。

「アア! アア! アア!」

 俺が知る限りベルトレットのスキルに霧を出すようなものはなかったはずだ。

 あったとしてもこんな鉄臭い霧ではないだろう。

「なんの音?」

 タマミが不安そうに声を漏らした。

 よく聞いてみるとゴキッ。ボキッ。という骨が折れているような音がどこからともなく聞こえてくる。

 ボロボロになってベルトレットの骨が折れたのだろうか。

 だが、それにしては誰かが骨を折っているようにも聞こえる。

「一体何が起きてるんだ。ラーブ。見回りからの連絡は?」

「誰も戻ってきてない。多分、変化はこの辺でしか起きてないんだと思う」

「ってことは……」

 魔王はもう来ている?

 確かに、神が指摘した通り今の状況は尋常じゃない。

 それも、ベルトレットの苦しみが発端として起きている。

 もっと早くベルトレットに気づいておくべきだったか。

 いや、あいつは消えたと思ったら突然現れたんだった。

「また、音が」

 今度は骨の音とは違う、何かを引きちぎるような音。

 ブチブチと無理矢理引き裂くときのような聞いていて不快な音。

 思わず首を引っ込めてしまうような音。

 そして、何かのシルエット。

「誰かいるぞ。俺の後ろに下がれ」

 赤い霧の中に誰かの姿があった。

 歩いてくるのはベルトレットがいた方。

 まるでそいつが赤い霧を吸収しているかのように、辺りの霧は誰かに向けて動いていた。

「ふっふっふ。四天王を倒したのは貴様らか。いやはや、やはりと言うべきか。もっと早くに勇者以上の実力者は潰しておくんだったな」

 低い声を響かせながら首をコキコキと鳴らす大男。

 霧が晴れると、その大男は俺たちのことを見下ろしていた。

「信じられないって顔してるな。ベルトレットは誰にも操られていないはずだって。だが、あの時すでに中身が違っていたとしたら?」

「な」

「気づいていたのはお前の妹くらいだったか。その妹も今となっては、ククク。ハハハハハハ!」

「貴様」

「しかし、一人になっても現況にたどり着くとはな。恐れ入ったよ。さあ、戦いを始めようぞ」

 男、いや魔王は腕を振り上げた。

第32話 魔王襲来

 ベルトレットの姿はどこにもない。

 やはり、四天王が倒されたことで現れたコイツ、ベルトレットを装っていたコイツが。

 魔王。

「くっ」

 いきなり振り下ろされた拳は巨体の割に速かった。

 俺はそれをなんとかかわし、すぐにタマミとラーブの二人を連れて魔王から距離を取った。

「し、シニーを置いてくな!」

「ベヒも!」

「強いんだから多少はいいだろ。早く来い!」

 ヨタヨタと後に追いかけてくる二人。

 だが、魔王の攻撃の対象にはなっていないのか、二人が狙われることはなかった。

 魔王は拳を見つめたままの状態で固まっている。

 どういうことだ。

「さすがにかわすか」

「当たり前だ」

「やはり体格が変わっているせいか体が動かしづらい。少し話をしよう」

「誰が!」

 俺が死神とベヒに防御を任せ魔王に向けて走り出すと、突然、地面から壁が生えてきた。

「話をしようと言っているのだ」

「誰がお前と話すかよ!」

 即座に拳で穴を開ける。

 だが、気づいた頃には壁が幾重にも俺の前に連なっていた。

「くそ」

 俺は全て壊すことを諦め、壁を登って魔王を見た。

「なっ」

 そこにはすでにガレキの山を玉座へと変えた魔王が鎮座していた。

 頬杖をつき、こちらに冷ややかな目線を向けている。

 この場の支配者は自分と言いたげな態度。

 実際、壁を瞬時に作り出し、玉座まで作った能力は俺が今まで戦ってきた敵とは桁違いの速さだ。

「あぁ。居心地が悪かった。魔王としては恥晒しだったな。やっと出てこれた。いや、出させられたか? 細かいことはいいか。とにかく礼を言うぞ。ラウル」

「……」

 魔王はベルトレットの中にいたようだ。

 口ぶりからベルトレットの中にいたときの記憶を引き継いでいるってことだろうか。

 つまり、単にベルトレットの中にいたわけじゃない?

「しかし、神が出てくることは想定外だった。安全な場所にこもり、魔王軍の頭である余を潰させないという策略はよかったが、魔王が自ら動き、成長する前の勇者を討つのはご法度だったか」

「勇者の死など関係ない。我々神は、人に力を与え魔王という存在を潰すシステムにすぎない。自然の一部だ」

「神が自然を語るか。確かに、神が行えば全てが自然だろうな。だが、勇者の姿をしていることは見抜けない無能らしいということはよくわかったよ」

「魔王程度で調子に乗るなよ」

「人間の力を借りずに動けないやつらがよく言う」

 魔王は俺を全く警戒していないのか玉座から動こうとしない。ベルトレットの中にいたから俺のことなど見抜いているということか。

 だが、これでベルトレットが変わった理由はわかった。

 思い返せば、いつからか俺に対しての態度が変わり、アルカも色々と言ってきていた。俺はそれをただベルトレットが厳しくなっただけだと思っていた。

 さすがに俺を殺したのはおかしかったが、それもベルトレットの行動だと思っていた。

 しかし、それら全て魔王の行いだったわけだ。他の仲間のベルトレットへの入れ込み具合といい、魔王が悪事を働いていたのか。

「タマミやラーブをやったのもお前か」

「当たり前だろう。万一勇者を生き返らされては困る。自身が勇者であり魔王なのだ。蘇生魔法など使われたらどうなるかわかったものではないからな」

 つまり、二人をダンジョンへ入れたのは警戒の末の行動だったってわけか。

 見抜けなかった俺のミス。

「今は気に病んでいる場合ではない。ただ目の前の宿敵のことを考えろ」

「ハッ! 笑わせる。人につかねばこうして余をあぶり出すことさえできなかった者が今さら何ができる」

 神は無力かもしれない。

「後ろの者たちを守るんだろう?」

「ああ」

 それでも俺はタマミやラーブ。彼女たちを守る。

 思えば俺は失ってばかり、守れなかったものばかりだ。

 ベルトレットだって、俺の知らないところで別の誰かに代わっていたのだから。

 だからせめて彼女たちだけは守ってやる。

「壁を壊すので精一杯なやつに何ができる」

「お前、弱くなってるだろ」

「……」

 魔王の表情が険しくなった。どうやら図星らしい。

「魔王軍との戦いの後、決まってベルトレットとしての様子がおかしかった。今思えば部下を倒しているからというのもあったんだろうが、部下の数がお前の力と関係してるんじゃないのか?」

「……」

「いや、正しくはベルトレットとして周りを見ていたが、ベルトレット自体をコントロールはできなかった。あくまで中身もかなりそれっぽい本物にするため、今のあんたは中にいただけだったんだろ」

「……」

「部下が減ることで魔王が力を失う。納得いく論理だよな?」

 魔王の表情からどんどんと余裕がなくなっていくのが見える。

 ベルトレットも育ち切っていなかったとはいえ、勇者は勇者だった。

 人当たりが良く、誰にでも好かれ、そして誰より強かった。俺がアルカと二人じゃなきゃ戦えない中、ベルトレットは一人でも強かった。

 そんなベルトレットが力を失っていた。何故か、今日だけでもかなり苦しんでいた。

「変身を維持するのにも力を使っていたんだろ。しかし、動かずに部下の勝利を待てば、また人員は補充されると、そして静かに寿命を待ち、また次の勇者に成り代わる」

「その通りだ」

「後は、何?」

「その通りだ」

 魔王が、認めた?

「貴様の言う通り、余は勇者の姿を保つことに力のほとんどを使っていた。加えて、部下の減少で力を失っていった。だからこそ、勇者の体を修復するのに力を回せなかった。途中、黒龍なんぞに余の力を使話せられた時から、勇者として戦えなくなっていた。あの時は焦ったものだ」

「黒龍。じゃあ、この街の惨劇も」

「余が元凶だろうな」

 グッと拳を握り締める。

 だが、飛び込むスキはない。突っ込むなら話を終え、満足したその瞬間。

「勇者はクズだが力は強かった。変身した余が再現することは難しいほどに。それでも、力を失ってなお部下たちを倒していくことは想定外だった。貴様らを侮っていたようだ」

「気づくのが遅いんだよ」

「そうかもな。しかし、余はほとんど無傷だったのだし、居心地だけはよかったのかもな」

「確かに、お前に成り代わってからのベルトレットはクズだった。それはお前が演じていたからだ。お前がベルトレットを語るなよ」

「余はいわば本人だぞ。本人に語れないなら誰が語っていい? 余は貴様なんぞよりよっぽどベルトレットに詳しい」

 優越感からか、それとも言いたいことを言ったからか、魔王は椅子に深く腰かけ笑みを浮かべた。

「うっせぇ。魔王が勇者を語るなって言ってんだよ!」

 俺は右の拳を突き上げた。

 体に力が漲る。

 タマミのスキルが発動した証拠だ。

「うおおおおおお!」

 足場にしていた壁が崩れるほど、俺は強く踏み込んだ。

 眼下にあった壁が俺を邪魔するように上に伸びる。だが、それら全てを体当たりで貫く。

 ベルトレットはクズだったが、こいつが入る前は俺も憧れるような、誰もが憧れる好青年だったんだよ!

第33話 魔王の使う勇者の剣

 眼前に次々と現れる壁。

 それらは俺の体当たりで面白いほど簡単に吹き飛んでいく。

「もろい! もろすぎるぞ魔王!」

「ふんっ!」

 一段と高く厚い壁を作られたのか、俺の視界から光がさえぎられた。

 だが、そんなことは全く関係ない。

 拳を突き出し穴を開け魔王へと一直線に進む。

「俺は、自分が殺されるまでベルトレットのことを信じていた。俺が殺されたあの時も、本当に話があるもんだと思ってた。俺と同じように魔王に対抗する英雄。勇猛果敢な人物だと疑わなかった」

「それが、余だ」

「違う! お前は後釜だ。ベルトレットじゃない」

「はあっ!」

 横から突き出てくる岩を俺は粉々に粉砕した。

 ダメージはないが、体勢を崩したことで魔王への狙いが狂う。

「くそ」

 様子をうかがうために玉座を見るとそこに魔王の姿がなかった。

「逃げた?」

 俺の知るベルトレットなら強敵を前にしても逃げなかった。

 その姿は堂々とし、男なら誰でも憧れるようなかっこよさがあった。ただ平和のため、一時的な武力として戦っていた。

 しかし、魔王に変わってからだろう、ベルトレットは権力のために戦うような素振りが増えた。

 そう、実を言えば俺だってベルトレットの変化に少しは気づいていた。だが、認めたくないじゃないか、憧れの存在がだんだんとクズになってく姿なんて。

 そんな俺だからきっとアルカの忠告を素直に聞けなかったんだ。

「こっちだ。逃げるわけなかろう」

 魔王は不敵に笑いながら仁王立ちしている。

「お前は俺から全てを奪った元凶だ」

「そうか。それがどうした。興味のわかない話だ。今、勇者について語ることにどんな意味がある。それよりこっちの方がよっぽど面白いぞ」

 魔王はどこからともなく剣を取り出し、抜き放った。

「何……?」

 魔王が持っていたのはただの剣ではない。それは、使い手を選ぶ、使う人間を選ぶ剣。

 勇者の剣。

 俺では抜くことのできなかった剣だ。

 それを魔王はいともたやすく抜き放った。

「お前がどうしてそれを」

「当たり前だろう。余が勇者であり魔王なのだ。剣が余を認めるのは当然の通りだろう」

 魔王の言葉通りなのか、勇者の剣は黄金色の輝きを放っている。

「だが、これでは余にふさわしくない」

 剣はすぐに形を変えた。

 魔王の手と一体化した根本は禍々しい黒に、刀身は紫色でおどろおどろしい溶けたようないびつな形へと。

「なっ……」

 代々選ばれし人間に使われてきた剣が魔王の手に渡ってしまった。

「あり得ない話ではない。魔王が勇者の中にいたことは事実だ。今は受け入れるんだ」

「そんな」

 神が言うなら、魔王は勇者の剣を使いこなせるってことか。

 剣が使い手を勘違いしてるってのか?

 確かに、勇者の剣は使い手に一番なじむ形へと姿を変えると聞いたことがあるが。

「フハハハハ! とうとう余にふさわしい姿へと変わったな剣よ。どうだ。余にピッタリな装飾だろう。素晴らしいと思わないか」

「……らん」

「何? 嫉妬か? もっと大きな声で言わないと聞こえないぞ」

「くだらないって言ったんだよ!」

「なんだとぉ!」

 俺の言葉が気に入らなかったのか、魔王は顔に青筋を浮かべ怒号を轟かせてきた。

「まだ聞こえなかったか? なら何度でも言ってやるよ。お前のやってることはくだらない。それは勇者の剣だ。くだらない使い方をするな」

「人間。それが最後の言葉と思え」

 魔王の表情から感情が消えた。

 剣を構えたかと思うと、魔王の姿が見えなくなった。

「来るぞ。前だ」

 神の言葉を受け、俺は咄嗟に後方へジャンプ。

 ほんの少しして俺のいた場所に正確に剣を振り抜いた魔王の姿が現れた。

「ふむ。四天王を倒しただけはある。拳をかわしたのはまぐれではなかったようだな」

 再び剣を構えると魔王は言ってきた。

 魔王から会話していた時のような余裕は感じられない。

 だが、全くスキがない完璧な構えのように感じられた。

「どう動く。余に攻撃を当てるか?」

 俺が息を吸おうとした時また魔王は姿を消した。

 消える時と出てくる時、瞬間移動とはまた違う移動のような気配。

「左、さらに上だ」

 俺は右に転がり込んだ。

 魔王は左から斬りかかり、そして上から降ってきた。

「二連撃もかわすか。こうなれば天性のものだな。だが、防戦一方。このまま攻撃をかわし続けるか? それがいつまで続くか」

「ふっ」

「「次で決着をつける」」

 どうやら魔王も同じ考えらしい。

「貴様、何か考えがあるのか?」

「そんなもん決まってる。俺が攻撃を当てるんだよ」

「どうやって」

「それをバラすバカがあるか。神は黙って見てな」

「それも、そうだな」

 俺は剣を静かに構えた。

「面白い。本気で余に一撃くらわせるつもりか。今のところどこからも当てられていないというのに」

「その通りだな。だが、それがどうした」

「……」

 ムッとした表情で魔王は構えた。

 どうも感情に飲まれやすいやつらしい。こいつはやりやすい。

 今回は消えるまでも時間差があった。

 そして、無限にも感じられる静かな時間が流れる。

「下から壁、上、下。後ろだ」

「ふんっ!」

 やはり、壁は出せるか。俺を押し上げ、自分と挟み撃ちするつもりだな。

「はあっ!」

「なっ」

 俺は上からの一撃をかわし、魔王の右腕を切り落とした。

「そいっ!」

「バカな。腕が」

 下からの一撃をジャンプでかわし、左腕を切り落とす。

「終わりだ」

「ふっ。見事」

 背後からの体当たりのお返しに首を切り落とす。

「うっせ、バーカ」

第34話 魔王を倒した報酬

 俺は剣についた血を振り落とし、頬についた血を拭う。

 ボトッと大きな音を立て魔王の首が地面に転がった。

 魔王の手には勇者の剣が握られている。もう原型をとどめていない勇者の剣が。

 きっと元に戻らないのだろう。だが、これでベルトレットの無念も報われたはずだ。

「俺の勝ちだ」

「……」

 返事はない。

 だが安らかな笑顔を浮かべている。

 俺にやられて驚いたというよりも、安心したような顔をしている。

「なんでこんな顔してるんだよ」

「魔王の方も貴様を認めたんじゃないか」

「魔王に認められてもな」

 俺は一応王様への報告も考え、魔王の亡骸を持って壁を降りた。

 地形はボコボコにされてしまったが、この国には優秀な人材が山ほどいる。修復にそう時間はかからないだろう。

 そう言えば、魔王の方もって他に誰が認めたんだ。まあいいか。

「お」

「まあ待て」

「なんだよ」

 今も警戒しているタマミやラーブに声をかけようとすると神が俺を止めてきた。

 俺は仕方なく黙って待機することにした。

 もしかしたら魔王が復活してるかもしれないわけだし。

「まず我から言葉を送らせてくれ。魔王討伐ご苦労だった」

「……」

 俺は思わずまばたきを繰り返してしまった。

 魔王討伐。

 そうだ。俺が魔王を倒したのか。さっき確認していたが現実感がなかった。

 改めて神から言われるとやっと魔王を倒せたことが現実なんだと思えてきた。

「お、おお! あいかわらず姿は見えないが倒したぜ」

「貴様との約束だ。願いを叶える。初めの願いから変わりないか?」

 そうか。ここで叶えるのか。

「ああ。俺の妹、アルカを生き返らせてくれ」

「わかった」

 俺からは見えないが、なんだか神がうなずいた気がした。

 神が何かしたのか、どこからともなく光の粒がそこら中に現れた。

 それらは不思議と温かく懐かしい感じのする粒だった。

 バラバラだった光の粒は一箇所へ集まるとすぐに人の形へと姿を変える。

「あ、あぁ」

 見間違うはずもない俺の妹アルカの姿だ。

 光の粒は俺の見慣れたアルカの肉体へと変わった。

 なんだか違和感があるが、違和感なんて後だ後。アルカの復活が大事だ。

 俺は前から倒れてくるアルカを優しく受け止めた。

「アルカ。よかった。アルカ」

 実際に触れると、思わず涙が込み上げてくる。グッと我慢しようとするが、今さら止められない。泣き顔をさらすなんて兄失格だな。

 でも、アルカが生き返ってくれてよかった。

 長いようで短かった魔王討伐までの道のり、それを達成できたのもアルカを生き返らせたい思いがあったからだ。

 話をしよう。ここまでの話を。

 やはり、家族は俺にとって何より大切なものだったんだから。

「アルカ。俺な」

「ちょ、ちょっと何するの!」

「……え?」

 意識が戻ったのか、アルカは俺を突き放した。

 突然のことに理解が追いつかない。

 どうしてだろう。それに目線の高さが全く同じような。

「誰? わたし? どうして。まさかそういうモンスター?」

「ま、待て待て! 待ってくれ!」

 構えようとするアルカを止め、俺は頭を押さえた。ショックのせいか、視界がおぼろげになる。

 全身から急に力が抜け、膝からその場に崩れ落ちる。

「……お、おい神。話と違うぞ」

 そう言おうとしたが、震えでまともに声が出せない。体にうまく力が入らない。

 頭が真っ白になる。なんだ。何も考えられない。

「モンスターじゃないの? じゃあ、そっくりさんってこと? というか、わたしなんで生きてるんだろ。確かおにいを生き返らせるために……」

「……記憶喪失じゃないのか?」

「うん。わたしは自分を犠牲にして神様におにいを復活させてもらった」

「そうか! やっぱりアルカなのか! じゃあ、俺が誰かわかるんじゃないか?」

「もしかしておにい?」

「そうだ。ラウルだよ!」

 立てない俺にアルカは抱きついてきた。

 だんだんと意識が戻ってくる。

 よかった。アルカが生き返った。

 魔王も倒せた。

 これで俺はようやくゆっくり暮らせるんだ。

「でも、おにい。わたしになってるよ? これはどういうこと?」

「えーと」

 アルカに指摘されて俺は自分の体を確かめる。

 そして、目の前のアルカと見比べる。

「ある。な、いった!」

「何してんの!」

「いや、だって俺の体に戻ってないから」

 声もそういえば高いままだ。

 体が戻ってないなら、そりゃ目線がアルカと同じ高さなわけだ。

「俺の見た目アルカのままじゃねぇかあああああ! おい! 神これはどういうことだ」

「神様いるの?」

「ああ。俺の首から生えてくるらしい」

「もっと言い方を選べ」

「俺には見えないんだから仕方ないだろ」

 驚く様子のアルカを見れば、神が現れているんだろうとわかる。

 だが、俺には見えないから本当に説明する気があるのかはわからない。

「我は」

「お前の紹介はいいんだよ。先にこの俺の見た目の方について言うことがあるだろ」

「誰が魔王を倒したら貴様の見た目を戻すと言った?」

「はあ?」

 俺はてっきりただの脅しとして俺をアルカの見た目にしたんだと思っていた。

 だから、魔王を倒せば同時に戻ると思っていた。

 だが、このクソ神。アルカを生き返らせることだけを魔王討伐の報酬にしていたらしい。

「おい。人のことだまして神なのってんじゃねぇよ」

「だましたかどうかは人間の間での話だろう。我は約束通り貴様の妹を生き返らせたぞ」

「神は魔王を倒すシステムじゃなかったのかよ。ちゃんと願いを叶えろよ」

「一応確認はしたぞ。それに、魔王だけを倒すシステムでもない。貴様のような使えるやつはそうそういないからな。まあ、次の目的を達成すれば考えてやらんでもないが」

 つまり、俺はまた魔王級の敵を倒さないと男に戻れないってわけか?

「えーと。よろしくね。お姉ちゃん」

「アルカまで……」

「よかったじゃないかお姉ちゃん」

「神ィ!」

 どうやら男に戻りたければ旅を続けろと言うことらしい。

第35話 魔王を倒したが?

 日は落ち、星々が輝いている。まるで魔王討伐を世界が喜んでいるようだ。

「ならば今一度問おう。ラウル。男に戻りたくはないか?」

 偉そうに後頭部から話しかけてくる神。

 俺は少しイライラするが、アルカがいるせいか神に怒りをぶつける気はない。

 そもそも、俺の目的は叶えられた。

 アルカを見ると、少し寂しそうな顔をしている。これは決まりかな。

「アルカが戻ってきたし、今すぐ男に戻りたいってことはないかな」

「そうだろう? なら……おい、少し待て。今なんて言った?」

「お? どうした? 動揺してるのか?」

 珍しく神が俺の言葉を聞き逃したらしい。

 新しいおもちゃを見つけた時のように思わず口角が上がる。

 こんな面白いことなかなかないぞ。

「おいおい。神様? 人間に動揺させられるとはどういうことですか?」

「まさか貴様に女装へ」

「ちげーわ! そうじゃねぇから! 俺が男に戻るより、アルカと一緒にのんびり暮らす方が大事なだけだから! それに、お前当初の目的果たしたんだからもういる理由ないだろ。なんで帰らないんだよ。まだ面倒なのいるってのか?」

「みっともないぞ。神をバカにするなど」

「いいから質問に答えろよ!」

 あー。暑い。ここ暑いわ。顔も熱いし。

 マジでビビったわ。急に変なこと言うから。

「神、まだ面倒なのがいるのか?」

「その通りだ」

「は? 本当か? 俺で遊ぼうとしてるんじゃなく?」

「ああ」

 俺はてっきりこの世の悪は魔王だけだと思っていた。

 死神はダンジョンから出てこない。被害が出るとすれば冒険者だ。冒険者ならば仕方がない。

 もちろん、魔王がやったように一般人を入れるなら話は変わってくる。

 だが、悪意の範囲を人間にまで広げたら、それは確実に俺の出る幕じゃない。

 俺は首に神経を集中させた。

「どんなのだよ」

「邪神だ」

「それ、お前らの問題だろ。自分でなんとかしろよ」

 神様は神様同士でなんとかするんだろう。

 魔王についてはこの世界のことだから人間に干渉してるんであって神のことは神がやってくれって話だ。

「なんで神の問題まで持ち込んでくるんだよ」

「そう思うことも無理はない。だが、この世界に魔王のようなモンスターが現れるのは邪神のせいなのだ」

「ほう。つまりあれか、死神みたいな自称神ってことか」

「いや、そうではない。邪神は実際に我々と同じ神だ。だが、力を与える対象が人ではない」

「なに?」

「わかってきたか? そう。我々が人に力を与えるように、邪神はモンスターに力を与え、魔王のような強大なモンスターへと変える。それが邪神の力だ。いくら魔王を倒そうとも邪神を倒さなければ魔王は現れ続ける」

「……」

 つまり俺は、一時的に魔王を倒しただけで、放置すればいずれ邪神が新たな魔王を生み出し、俺と同じような被害者を出てしまうってことか。

「うーん」

 だが、やはり神の次元の話は神が決着をつけることのように感じる。

「別に俺じゃなくてもいいんじゃないか?」

「そうだな。貴様はそう思うかもしれん。だが、邪神はこの世界に現れている。力を与える先がモンスターだからなのか、我々と違い実体化している。今は力を制限されているようだが、力を与えることはできるようだ」

「アルカはどう思う?」

「わたしは正直、姉妹に憧れてたから。おにいが嫌じゃないならもう少しお姉ちゃんでいてほしい、かな」

「え」

 邪神をどうするか聞いたつもりだったが、そうか。

 寂しそうな顔は俺が旅に出ることじゃなく男に戻る方だったか。

 まあアルカがそう言うなら、より男に戻らなくてもいいことになりそうだが。

「家族を生き返らせるのでも構わないぞ。我なら形がなくとも蘇生ができる」

「いや、それはいい。な、アルカ」

「うん」

「どうしてだ?」

「アルカは少し事情が違うだろ? 神の力なんてのよくわからなかったしな。けど、今さら生き返らせるのは命を冒涜してる気がして嫌だ。それに、今さら巻き込みたくないし」

「そうか。ではどうする? 他の願いにするか?」

「なんでそもそもやる前提なんだよ。俺は勇者でもなんでもないし、これから先俺より強いやつが現れると思うぞ。そいつに任せたらいいじゃないか」

「それは限りなく可能性が低い。勇者が倒れ勇者の剣が使えなくなった今、一番強いのは貴様だ。これから先も貴様以上の存在が現れるとは限らない。我は貴様のスキルと肉体の相性がこれまでの勇者以上だと踏んでいる」

「買い被りすぎじゃないか?」

「そんなことはない。事実、魔王を倒したではないか。邪神は封印されている。倒すのは今がチャンスなんだ。貴様としてもこれ以上魔王の被害は出したくないだろう。我は貴様の心を信じているぞ」

 信じている、か。きっと今までの神なら俺に対しそんなことを言わなかった。

 魔王を倒したことは、神も評価しているのかもしれない。

 せっかくアルカと再会できたんだ。俺が無理にやることじゃない気がするが。

「なあ、神」

「なんだ」

「男に戻るってのじゃアルカの期待に答えられないらしい。だから代わりに男にもなれるってのはどうだ?」

「それくらい容易い。その条件ならばやるのだな?」

「ああ」

 確かに、俺が無理にやることじゃないかもしれない。

 だが、俺が目指していたのは、決して魔王討伐だけではない。

 自分でわかる範囲の人間が同じ目に合わないようにすること。

 封印だけではダメで邪神にトドメを刺さないといけないのなら、それがもし俺にできることかもしれないのなら、やってやろうじゃないか。

「アルカ。今の俺はアルカの姿だ。少なくとも邪神を倒すまではこの見た目だと思う。それでも、一緒についてきてくれるか?」

「あったりまえじゃん! お姉ちゃん一人で行かせるなんてできないよ」

「ははは。お姉ちゃんか。まあ好きに呼んでくれ」

 楽しそうに笑うアルカ。

 本当はどこか安全なところにいてほしいが、おそらく俺のスキルは元に戻っている。アルカがいなければ俺は何もできないだろう。

「そんなことはないぞ」

「神様、何が?」

「ラウルの心を読んだのだ」

「それじゃ」

「ああ。スキルは孤軍奮闘のままだ。その代わり、アルカのスキルはラウルとの距離により能力が上下する阿吽の呼吸だ」

「は? どうなってんだよそれ」

「ラウルはこれまで通り戦えるよう調整してある。アルカもラウルがいれば戦える。悪くないだろう」

「だって。よかったね。お姉ちゃん」

 よかったのか?

 俺が疑問に思うなか、アルカは俺の左手にある魔王の体を払い除け、ギュッと握ってくる。アルカにとっては俺が女の子だということがよかったのだろう。

 本当に姉妹がほしかったんだな。

 そんなアルカに俺は苦笑いを浮かべることしかできなかった。

「ん?」

 俺はふっと右手に視線を向けた。俺の持つ魔王の首が急に動いた気がしたからだ。

「ふふふ」

 いや、気のせいではない。確実に動いている。言葉を発している。

「いやはや、神を手懐けるとはな。なかなか面白い人間じゃあないか」

 魔王は首だけの状態でも流暢に言葉を発していた。

第36話 魔王の最後の言葉と続く敵

「今の話を聞く限り、慣れない体だったのだろう。本当によくやるものだ。褒めて遣わす」

 突如震える魔王の頭、俺でも神でもアルカでもない声。

 聞き覚えのある声の正体は、やはり死んだはずの魔王の声だった。

 倒した後、一度確認したがその時は反応がなかった。

 今まで首を持っていても生きている感覚は感じなかった。全く微動だにしていなかった。

「死んだフリくらい余にとっては造作もないこと」

「そうか。変な特技だな。だが、首が繋がってなくてなんで喋れるんだよ」

 今の魔王はすでに頭だけとなっており、とても生きているとは思えない。

 仮に生物なら活動を停止していなければおかしな状況じゃないか。

「余はもう戦うことはできないさ。だが、まだ話くらいはできる。何せ仮にも魔王だからな」

 事実、魔王の傷が回復している様子はない。あくまで最後の力を振り絞っていると言ったところか。

「言いたいことがあるなら早く言ったほうがいいぞ。どうせもう長くないんだろ」

「貴様は優しいのだな。では面白いことを教えてやろう。それは、余もまた魔王を封印するカギの一つにすぎないということだ」

「カギ?」

「そう。余は魔王だが、最上位の存在ではない。余も四天王たちと同じような立ち位置ということだ。余はあくまで魔王であって大魔王ではない」

 ニタリと気持ち悪く笑う魔王の首。

 こいつが魔王軍のナンバーワンじゃないのか?

「それじゃあ死神の言ってたことが間違ってたってのか?」

「死神から情報を聞いたか。ならその情報は正確ではないだろう。死神程度の存在は余までしか認識していないはずだからな。ハッハハハハハ!」

「嘘だろ?」

「嘘なものか。いや、嘘のようなものか。何せ魔王であって大魔王じゃないのだから。まあ、貴様らからすれば信じたくないことだろうな」

 ベルトレットになり代わってまで姿をくらましていた魔王が本物じゃなかった?

 まだ上の存在がいるってのか。

「いや、もしかして大魔王ってのは邪神のことか? 神の言っていたアレか?」

「違う。邪神の封印は魔王を倒したことで解けるようにはなっていない。そもそも魔王は倒したはずだ。大魔王なんて存在、我は知らないぞ」

 ってことは、大魔王とやらは神も認識してない何かってことか。

 おいおいおい。こいつはまずいんじゃないか?

「クックック。神も知らないか。いや、知らないよな! 人間に力を与えるだけの神が知るはずもない。四天王たちを倒さなければ、余の正体を暴くことさえできなかった神が、大魔王様を認知できるはずがないのだ」

 神が魔王を認識する前から存在したモンスター。

 噂に聞いたことがある。太古の時代。人間もモンスターも今よりも強力な能力を持っていたと。

 蘇生魔法はその時代の名残で条件が揃っていれば使える伝説の魔法だと。

 しかし、いくら太古の魔術師でも寿命で死んだものを蘇生することはできなかったらしい。

 そうして、今では太古の魔法はそのほとんどが忘れ去られたと言われている。が、もし仮に今も生きている太古のモンスターが存在したとしたら?

「どうだ? わかってきたか? 今自分たちが置かれている状況を理解したか?」

「神、勝算は?」

「わからない」

「フハハッハ! わからないか。神がわからないか。それはそうだ。見たことも聞いたこともなければ実力を測りようがないからな。興味の湧かないほど小さなモンスターのことなど知る由もないだろう。なぜなら大魔王様が最初に行ったことこそ、余を生み出し自らを別空間に封印することだったのだからな。記録など残っていようはずもない」

「悔しいが魔王の言う通りだ。我々は魔王を脅威と認識してから対処するようになった。それもこの魔王じゃない、他の魔王が邪神によって生み出されてからだ」

「邪神。力を与えてくれたことには感謝しているが、いつぞや封印されていたな。なるほど、余以外にも力を与えていたか」

「それはそうだろう。だが、最初からそれほどのことができるモンスターならば、おそらく邪神が生まれた瞬間から関わっていたのだろう。我々が全く知らないことも頷ける。が、四天王が構築される以前、勇者が現れるより前の太古の時代には貴様を追い詰める実力者もいたんじゃないのか」

「残念だがそんなことは起こらなかった。聞かなかったか? 今までは八芒星がやられる程度だったと。時代時代の実力者、その最前線のレベルが八芒星だったのだ。もし仮に倒したとしてもより強力な四天王が現れる。誰も超えられるはずがない」

「ふっ」

 俺は思わず笑ってしまった。

 八芒星が時代の実力者、その最前線だとわかったからだ。

 警戒していた俺の体も、魔王の言葉を聞いて安心している。

「何がおかしい」

「あの程度で最前線のレベルと抜かしていたのかと思ってな。そりゃ魔王まで勇者の皮をかぶりたくもなる」

「負け惜しみか。大魔王様の実力は余の比ではないぞ」

 俺は負け惜しみを言う魔王の頭を転がした。

 丸い頭は面白いほどよく回る。

「名前すらない魔王の親玉なんて怖くもなんともない」

「そうだな。余は名乗っていなかった」

 魔王は自分の歯をブレーキがわりにしたのか、グッとその場で止まった。

「余はジョーカー・ウランク。エース・シクサルに続くもう一つの切り札にすぎない。余の命も残りわずか。この命が果てる時、余の魔力の爆発と共に大魔王様がふ」

「喋りすぎですわ」

 魔王の頭を踏み潰しながら何者かが突如空から降りてきた。

 ふわりとゆっくり降りてきたように見えたが重々しく魔王の頭を踏み潰していた。

 だが、魔王の頭はまるで最初からそこになかったかのようになんの形跡も残していない。

 俺の足元を確認してみると魔王の体までもどこかへ消えてしまっている。

「初めまして」

 貴族の娘のような裾がふくらんだスカートを身につけた少女は丁寧に俺に頭を下げてきた。

「神、そして神の従者よ。お初にお目にかかります。ワタクシは現在の魔王、ウランクの言葉を借りれば、大魔王をさせていただいているヨーリンというものです」

 登場から早速魔王を一瞬で消してみせた大魔王。

 カールした金髪、黒くヒラヒラした服に裾のふくらんだスカート。薄く開かれた目は赤い。今見せた挨拶も育ちのよさそうな雰囲気を漂わせている。

 今まで見てきたモンスターの中で一番人間に近い姿、いや人間そのものの姿をしている。

 だが、まず俺は言いたいことがある。

「誰が神の従者か!」

 俺は決して神の従者なんかじゃない。

「あら、違うんですか?」

「違うわ! 俺は神と契約してるだけの人間だわ!」

「そうですか。では神の契約者よ。今までとても面白いものを見せていただきました。ウランクが余計なことを話したせいで既にご存知かと思いますが、ワタクシは別の場所からあなたたちの奮闘を見せていただきました。どうやら本当に中身は男の子の女の子なんですね。双子と言ってもいいくらいに妹さんに似て可愛らしい」

「ねー。お姉ちゃん可愛いでしょ。ってそれは自画自賛みたいか」

「おい。アルカ? 色々言いたいことはあるが、アレは大魔王だぞ?」

「でも、女の子だし、まだお話中みたいだし」

「そうは言うが……」

 魔王なんてのが、じゃあ今から戦いましょうか。なんて言ってくれるとは思えない。

 いつ油断をついて攻撃してくるかわかったもんじゃない。

「そう緊張しなくて大丈夫ですよ? 別にすぐに命を取ろうってんじゃありませんから」

 突然力が抜ける。なんだかものすごくヨーリンに甘えたい気分になる。

 もういっそモンスターを許してしまってもいいんじゃなか。

「違う! 俺は何を!」

 咄嗟に前に飛び、俺は自分のいた場所を確認する。

 魔王があやしげな笑みを浮かべながら手を動かしている。

 確かに俺の首元に撫でられたような感触がある。

「今、何をされたんだ」

「おそらく精神汚染。洗脳だろう」

「俺がタダで魔王を許せるわけがないからな」

「あら、別世界では殿方には百発百中でしたのに。あなたには効かないんですね。女の子になっているから? それともモンスターが許せないから? 果ては神の力?」

 おそらく神の力か。何にしてもこいつは危険だ。

 音もなく動くとよくわからない攻撃をしかけてくる。

 別世界とやらでも活動していたことを考えると、遠方から人さらいでもやってたのか。

「どうやらただただお話しするだけじゃ警戒は解いてもらえないみたいですね」

「誰がお前と話なんかするか」

 俺は即座に剣を構えた。

「待て」

「なぜだ!」

「大魔王の様子がおかしい」

 神の声に俺は動きを止める。

 ヨーリンはなぜか手で顔を隠し始めた。

 俺は思わず顔をしかめた。

 特殊なスキルでも使っているのか、骨が軋むような音が聞こえてくる。

「こんなものかしら?」

「な」

「嘘」

 ヨーリンはすぐに顔を明らかにした。そこにあったのは。

「俺?」

「おにい?」

 そう俺の顔。

 声は変わらずヨーリンのものだが、顔はこれまで俺が毎日のように見ていた俺の顔に変わっていた。

 見間違うはずもない。今のヨーリンの顔は俺の顔だ。

「なんのつもりだ」

「なにって。ただ、楽しんでもらおうと思っただけですわ。どうかしら?」

「こんな状況で楽しめるか」

「そう。まあ、時間をかければ体も声も変えられるんですけど」

「へー」

「アルカ。そんなものに惑わされるな」

「でも、普通にお話ししたいみたいだよ? お姉ちゃんも一緒に話そうよ。ガールズトークしよ?」

 おかしい。アルカはこんなにモンスターに対してオープンだったか?

 いや、違う。そんなはずはない。アルカだって俺と同じく家族を殺されている。そう簡単に受け入れられるはずもない。

 そこで俺は違和感に気づき鼻と口を押さえた。なぜか先ほどまでと空気が違う。

「へー。気づくんですね。でも、こっちも効かないみたい。あなた、やっぱり特別なの? それともそこのアルカちゃんにはまだ神がついていないからかしら?」

「済まない。気づくのに遅れた。アルカにも我々の神から誰かをつけておけば」

「反省するだけ成長してるってことだ、神。偉そうなだけじゃなくなっただけ、俺はお前を信用できる。倒して呼べばいいってことだろ?」

「ああ。後からでも精神汚染はなんとかなる」

「ならよし」

 俺は腕を広げ口角を上げた。

「大魔王。お前、本当に一体目か? オリジナルは他にいるんじゃないのか?」

 ベルトレットにしてもそうだったが、自分のやり方に自信を持っていて芯のないやつに効くのは、自分の存在が揺らぐことのはずだ。

 しかし、ヨーリンは笑みを崩さない。

「そうかもしれませんね。でも、興味ありません。あなたはどう思います?」

 ヨーリンの顔が元に戻っている!?

 動きが目で追えていない。

「バカな」

 まだ何もされていないはずが、俺の剣にヒビが入った。正確に真っ直ぐ縦にひび割れている。

 どうして今?

 俺はまだ動こうとすらしていないのに。

「強制的にお話ししようと思ったんです。武器がなくなれば会話しかできないでしょう? なので、壊しておきました。無理しても本気じゃ戦えないはずです」

「くそ」

 確かにヨーリンの指摘通り、俺の剣はもう、一本の剣として使うのは無理かもしれない。

「ワタクシも別に人の命に意味がないなんて思っていなんです。ただ、必ずしも人間が好きなモンスターばかりじゃない。部下の暴走は許していただけませんか? それに、みんなワタクシのペットになるのなら全て丸く収まると思うんです」

「誰がペットになるか。それは遠回しに死ねって言ってるようなもんだろ」

「ダメですか? 全てを管理されて緩やかに衰退する。死ぬまで安泰ですよ?」

「じゃあ、俺みたいなのはそこでどうなるんだ?」

「死にます。ワタクシに刃を向けるなど極刑です」

「なら受け入れるわけないだろ」

 俺はアルカを気絶させ、ラーブたちのところまで瞬時に避難させると、改めてヨーリンに向き直った。

「なかなかに早いんですね。戦えるっていう意思表示ですか?」

「ああ。俺は戦うさ」

 俺は剣の具合を確かめる。

 まだ少しはもつ。

「その剣、まさか使うつもりですか?」

「もちろん」

「正気か?」

「当たり前だろ。心が読めるなら、それくらいわかってるはずだ」

「だが」

「いつだって戦いってのは一発勝負なんだよ」

「果敢に攻めてくるなんて人間としてかっこいいです」

「負ける気がしねぇ!」

 魔王のように地形を絡めてのように使う気はないのか、俺の加速に対しヨーリンは体勢を変えない。

 俺は容赦無く切り払った。

 今出せる全力の力で。

「くっ」

 だが、簡単に両手を使い防がれてしまった。

 まるで手刀を二刀流のようにし、剣を防いでいる。

 やはり一撃では無理か。

「素晴らしい攻撃ですね。人間として極限に達している。ワタクシの力も加われば、誰よりも強いモンスターになれますよ?」

 どうやら勝ちを確信しているようだ。俺は思わず笑ってしまう。

「受け入れてくれるんですか? モンスターになるなら極刑は免除してあげます」

「悪いな。俺はモンスターにならない。そもそもこの剣は元々アルカと俺の二人用なんだ。一撃で終わるようにはできていない」

 俺はヒビ割れの部分で剣を二つに割り、追撃。

「うらああああああああ!!!」

 二撃目をヨーリンの胴に入れた。

「なっ」

 ヨーリンが初めて表情を崩し、力なくその場に崩れ落ちた。

第37話 大魔王との戦い

「神、そして神の従者よ。お初にお目にかかります。ワタクシは現在の魔王、ウランクの言葉を借りれば、大魔王をさせていただいているヨーリンというものです」

 登場から早速魔王を一瞬で消してみせた大魔王。

 カールした金髪、黒くヒラヒラした服に裾のふくらんだスカート。薄く開かれた目は赤い。今見せた挨拶も育ちのよさそうな雰囲気を漂わせている。

 今まで見てきたモンスターの中で一番人間に近い姿、いや人間そのものの姿をしている。

 だが、まず俺は言いたいことがある。

「誰が神の従者か!」

 俺は決して神の従者なんかじゃない。

「あら、違うんですか?」

「違うわ! 俺は神と契約してるだけの人間だわ!」

「そうですか。では神の契約者よ。今までとても面白いものを見せていただきました。ウランクが余計なことを話したせいで既にご存知かと思いますが、ワタクシは別の場所からあなたたちの奮闘を見せていただきました。どうやら本当に中身は男の子の女の子なんですね。双子と言ってもいいくらいに妹さんに似て可愛らしい」

「ねー。お姉ちゃん可愛いでしょ。ってそれは自画自賛みたいか」

「おい。アルカ? 色々言いたいことはあるが、アレは大魔王だぞ?」

「でも、女の子だし、まだお話中みたいだし」

「そうは言うが……」

 魔王なんてのが、じゃあ今から戦いましょうか。なんて言ってくれるとは思えない。

 いつ油断をついて攻撃してくるかわかったもんじゃない。

「そう緊張しなくて大丈夫ですよ? 別にすぐに命を取ろうってんじゃありませんから」

 突然力が抜ける。なんだかものすごくヨーリンに甘えたい気分になる。

 もういっそモンスターを許してしまってもいいんじゃなか。

「違う! 俺は何を!」

 咄嗟に前に飛び、俺は自分のいた場所を確認する。

 魔王があやしげな笑みを浮かべながら手を動かしている。

 確かに俺の首元に撫でられたような感触がある。

「今、何をされたんだ」

「おそらく精神汚染。洗脳だろう」

「俺がタダで魔王を許せるわけがないからな」

「あら、別世界では殿方には百発百中でしたのに。あなたには効かないんですね。女の子になっているから? それともモンスターが許せないから? 果ては神の力?」

 おそらく神の力か。何にしてもこいつは危険だ。

 音もなく動くとよくわからない攻撃をしかけてくる。

 別世界とやらでも活動していたことを考えると、遠方から人さらいでもやってたのか。

「どうやらただただお話しするだけじゃ警戒は解いてもらえないみたいですね」

「誰がお前と話なんかするか」

 俺は即座に剣を構えた。

「待て」

「なぜだ!」

「大魔王の様子がおかしい」

 神の声に俺は動きを止める。

 ヨーリンはなぜか手で顔を隠し始めた。

 俺は思わず顔をしかめた。

 特殊なスキルでも使っているのか、骨が軋むような音が聞こえてくる。

「こんなものかしら?」

「な」

「嘘」

 ヨーリンはすぐに顔を明らかにした。そこにあったのは。

「俺?」

「おにい?」

 そう俺の顔。

 声は変わらずヨーリンのものだが、顔はこれまで俺が毎日のように見ていた俺の顔に変わっていた。

 見間違うはずもない。今のヨーリンの顔は俺の顔だ。

「なんのつもりだ」

「なにって。ただ、楽しんでもらおうと思っただけですわ。どうかしら?」

「こんな状況で楽しめるか」

「そう。まあ、時間をかければ体も声も変えられるんですけど」

「へー」

「アルカ。そんなものに惑わされるな」

「でも、普通にお話ししたいみたいだよ? お姉ちゃんも一緒に話そうよ。ガールズトークしよ?」

 おかしい。アルカはこんなにモンスターに対してオープンだったか?

 いや、違う。そんなはずはない。アルカだって俺と同じく家族を殺されている。そう簡単に受け入れられるはずもない。

 そこで俺は違和感に気づき鼻と口を押さえた。なぜか先ほどまでと空気が違う。

「へー。気づくんですね。でも、こっちも効かないみたい。あなた、やっぱり特別なの? それともそこのアルカちゃんにはまだ神がついていないからかしら?」

「済まない。気づくのに遅れた。アルカにも我々の神から誰かをつけておけば」

「反省するだけ成長してるってことだ、神。偉そうなだけじゃなくなっただけ、俺はお前を信用できる。倒して呼べばいいってことだろ?」

「ああ。後からでも精神汚染はなんとかなる」

「ならよし」

 俺は腕を広げ口角を上げた。

「大魔王。お前、本当に一体目か? オリジナルは他にいるんじゃないのか?」

 ベルトレットにしてもそうだったが、自分のやり方に自信を持っていて芯のないやつに効くのは、自分の存在が揺らぐことのはずだ。

 しかし、ヨーリンは笑みを崩さない。

「そうかもしれませんね。でも、興味ありません。あなたはどう思います?」

 ヨーリンの顔が元に戻っている!?

 動きが目で追えていない。

「バカな」

 まだ何もされていないはずが、俺の剣にヒビが入った。正確に真っ直ぐ縦にひび割れている。

 どうして今?

 俺はまだ動こうとすらしていないのに。

「強制的にお話ししようと思ったんです。武器がなくなれば会話しかできないでしょう? なので、壊しておきました。無理しても本気じゃ戦えないはずです」

「くそ」

 確かにヨーリンの指摘通り、俺の剣はもう、一本の剣として使うのは無理かもしれない。

「ワタクシも別に人の命に意味がないなんて思っていなんです。ただ、必ずしも人間が好きなモンスターばかりじゃない。部下の暴走は許していただけませんか? それに、みんなワタクシのペットになるのなら全て丸く収まると思うんです」

「誰がペットになるか。それは遠回しに死ねって言ってるようなもんだろ」

「ダメですか? 全てを管理されて緩やかに衰退する。死ぬまで安泰ですよ?」

「じゃあ、俺みたいなのはそこでどうなるんだ?」

「死にます。ワタクシに刃を向けるなど極刑です」

「なら受け入れるわけないだろ」

 俺はアルカを気絶させ、ラーブたちのところまで瞬時に避難させると、改めてヨーリンに向き直った。

「なかなかに早いんですね。戦えるっていう意思表示ですか?」

「ああ。俺は戦うさ」

 俺は剣の具合を確かめる。

 まだ少しはもつ。

「その剣、まさか使うつもりですか?」

「もちろん」

「正気か?」

「当たり前だろ。心が読めるなら、それくらいわかってるはずだ」

「だが」

「いつだって戦いってのは一発勝負なんだよ」

「果敢に攻めてくるなんて人間としてかっこいいです」

「負ける気がしねぇ!」

 魔王のように地形を絡めてのように使う気はないのか、俺の加速に対しヨーリンは体勢を変えない。

 俺は容赦無く切り払った。

 今出せる全力の力で。

「くっ」

 だが、簡単に両手を使い防がれてしまった。

 まるで手刀を二刀流のようにし、剣を防いでいる。

 やはり一撃では無理か。

「素晴らしい攻撃ですね。人間として極限に達している。ワタクシの力も加われば、誰よりも強いモンスターになれますよ?」

 どうやら勝ちを確信しているようだ。俺は思わず笑ってしまう。

「受け入れてくれるんですか? モンスターになるなら極刑は免除してあげます」

「悪いな。俺はモンスターにならない。そもそもこの剣は元々アルカと俺の二人用なんだ。一撃で終わるようにはできていない」

 俺はヒビ割れの部分で剣を二つに割り、追撃。

「うらああああああああ!!!」

 二撃目をヨーリンの胴に入れた。

「なっ」

 ヨーリンが初めて表情を崩し、力なくその場に崩れ落ちた。

第38話 敗北の大魔王。突如の変身

 荒々しい息を吐きながら大魔王ヨーリンは俺を見た。

「さすがウランクをしとめただけありますわ。ワタクシを身動きできなくさせるなんて。これまで太古の時代から一人もいませんでしたのに」

「封印されてたからだろ。にしてもしぶといな」

「当たり前だ。アレは本物の魔王、大魔王だぞ」

 俺はヨーリンに対し一撃を入れた後も、初めて使う双剣を使い、連撃を放った。

 だがまだ言葉を発する余裕があるらしい。

 これまで、片方はアルカに任せていたから、多少動きに無駄があったせいかもしれない。

「ふふふ。警戒を解かないんですね」

「まだ何してくるかわからないからな」

 魔王とやらは首と胴を切り離しても死なない種族なのかもしれない。

 いまだに信じられない。

「信じられないと言った顔をしてますね。ですが、ワタクシにとって姿形は重要ではありません。どうでもいいものです。たとえどれだけ小さくなろうともワタクシはいずれ元の形に戻れるでしょう。ほんの少しでも力が残っていれば」

「それは死なないってことか?」

「どうでしょうね。ですが、ただ自分を封印していたら、こうしてすぐにあなたと戦えるわけがないと思いませんか?」

 つまり、こいつは死なないってことでいいのか。封印もただ神の干渉できない場所にいただけってことだろう。

 じゃあ、俺はどうやってこの魔王を倒せばいいんだ?

 いや、ヒントはあった。こいつはいずれって言った。

「なら、お前を潰し続ければそのいずれってのはやってこないってわけだな。お前が俺たちのペットになると約束なら潰さずに済ましてやるが、まだやるか?」

「まさか。ペットは勘弁願いたいです。けれどワタクシはもう戦うことはできません。形が元に戻るのと、力が元に戻るのは話が違いますから」

「どうやら本当らしいな。初めて現れた時より明らかに力が弱まっている。変な芸を見せ油断するからそうなるのだ」

「もうどうしようもなくなってから神は助言をくれるんですね」

「神なんてそんなもんだよ」

 俺は力なく笑うヨーリンに笑いかけた。

 こいつはもう力をなくし尽きない命でただ時間を過ごすだけだろう。

 力が戻らないというのなら、できる限り無力にしてしまえば、俺がいなくなっても問題は起こらないはずだ。

 少なくともヨーリンが原因では。

「力を奪えるだけ奪ってそれでも話したいってんなら話し相手くらいにはなってやるよ。それだけしても話したいってのは狂うぐらいそうしたいってことだしな。それに、部下の暴走って話も信じてやるよ。だから俺のペットになれ」

「優しいんですね。ほれてしまいそうです。いえ、ほれました。そこまで熱烈にアピールしてくれる人なんて初めてで、なんて言ったらいいか。そんなに大事にされるなんてワタクシ……」

 ヨーリンは顔だけで器用に頬を赤くしている。

 俺はポカンと口を開けてしまった。

「いや、条件聞いてたか? これからボロッボロにされるんだぞ? それにほれたって言うけどただの話し相手だぞ?」

「ワタクシこれまで人と話したことがなかったんです。今の話し方も間違っていないか心配で、できればそういう作法も教えていただきたいです」

「だから、力を奪ってからだぞ?」

「ええ、わかってます。わかってますわ。けど、そうですね。それだときっと、形が戻る頃にはあなたと話せない。だからワタクシ、決めました」

「何を」

「今の体でも何もできないわけじゃないんです」

 その言葉とともにヨーリンは頭と体が水のように変わってしまった。

「何っ! 逃げる気か」

「いいえ、ワタクシにとって姿形は重要ではないのです」

 ヨーリンは水になったまま俺に降りかかってきた

 咄嗟にかわそうかと考えるが間に合いそうもない。

 決死の覚悟ですぐに攻撃体勢を取り、両手の剣で水を切り裂いた。

 だが、手応えが全くない。

「やられた。俺は何をされた」

 変化はない。

「どういうことだ?」

 俺はハッとして振り返った。おそらく水は俺をすり抜け背後へ回った。

 しかし、そこにも水溜りすらなく、移動した痕跡すら残っていない。

「くそっ。どこへ行った? まだ変身する力がある状態で逃したとなったら大変なことになるぞ」

 姿が全く見えない。

 もしかしたら透明になることもできたのかもしれない。

 果ては俺の背後に回った移動法か。

「こんなところまで来て」

 俺は地面を殴りつけた。

 ヒビ割れを作ったところでヨーリンが出てくるわけもない。

 大魔王を取り逃がした。こんな失態許されるはずがない。

 しかし。

「フハハハハ! 余は満足だ! おっと、取り乱してしまいました」

 近くからヨーリンの声が聞こえてきた。

 だが、どれだけ近くを探しても姿は見えない。

「うふふふふ。ワタクシとても満足ですわ。意中の殿方と一つになることができたんですもの」

「どこにいる。わざわざ言い直して余裕ってか」

「ここですよ? ワタクシはあなたの影の中です」

「影?」

 俺は月に照らされてできた俺の影をのぞき込んだ。

 よく見ると見つめ返してくる赤い目がある。その目はおそらくヨーリンの目。

「なっ! なぜこんなところに!」

 俺は慌てて立ち上がると影を踏んだ。が影が消えることはない。

「そんなことしてもワタクシはあなたから離れませんわ」

 酔っているような声は聞こえてくるというのに、影は俺の動きに合わせて形を変えるだけでそれ以上の変化はない。

「これはどういう仕組みだ?」

「わからない。だが、大魔王が貴様の影になったということに間違いはないようだ」

「間違いはないようだって。それじゃ、こいつはずっと俺についてくるのか?」

「その通りですわ。影の姿になったのではなく、影になったのです。これから先一生一緒にいられるようにね。一緒に人生を楽しみましょう? あ・な・た」

 俺は背筋を虫に歩かれた気がして思わず身震いした。

「正気か?」

「もちろんです」

「影になったってことは、俺がいなくなったら」

「もちろんワタクシは消滅します。ですが、思い人のいない生に何の意味があります?」

 確かに。と思ってしまった。

 大切な人間が犠牲になって自分だけ生き残るなんてのは虚しいだけだ。それは俺も味わった気持ち。

 狂っているが、理由はわからないが、俺がこのヨーリンの大切な人になってしまったらしい。

「本当に姿形はどうでもいいんだな」

「当たり前です。ワタクシはワタクシですから。もちろん、あなたが元の姿に戻られてもワタクシはあなたを愛しています」

「はあ」

 神がいるだけでもうるさいというのに。

「ん? ちょっと待て、一生一緒って言ったか?」

「はい」

「影から出てくることはできないのか?」

「それはそうですよ。誰かの影になるなんて試したこともありませんし、残りの力、全てでやらせていただきましたわ」

「待て待て待て待て!」

 神は帰るからいいが、大魔王とずっと同居?

 本当に一生一緒?

「あんた人の体に何やってくれちゃってんの?」

 俺は思わず叫んでいた。

第39話 大魔王に愛されて、俺の体は……

「愛してますわ。あなた」

「へいへい。あんがと」

「口だけじゃありませんから」

 影になったヨーリンの足元からくる猛烈なアピールが鬱陶しい。

 愛してるなんて言ってくるがヨーリンは大魔王、モンスターの元締めだ。

「俺はとりあえず王様に魔王討伐の報告をしないといけないと思うんだ」

「貴様がそう思うならした方がいいんじゃないか? 焦っても邪神が討伐できるわけではないしな」

「そうだった」

 大魔王なんてのが間に割り込んで忘れていたが、邪神も今や俺の宿敵だった。

 それでも俺は、ガレキの山となった街を見つめながらやっと大魔王も倒せたのだと実感しその場にへたり込んだ。

 ヨーリンが影から出てこないと知ると体から力が抜けてしまった。

「あなた。大丈夫ですか? 疲れてますの? どうしましょう。体がないので癒してあげることができません」

「何するつもりだよ。って言うか、そのあなたってのやめろ」

「ではなんと呼べば?」

「ラウルでいいから。あなたってなんか変な感じなんだよ」

「わかりました。ラウル様。大丈夫ですか?」

「大丈夫だよ。お前に何かやられるような状態じゃない」

 ヨーリンはさっきから、ずっとこんな調子で話しかけてくる。

 まあ、長いこと一人だったならわからないではない。それに、自分がこそ正義って感じだったから、今は俺と話すことが大事なんだろう。

 そうだ。やっと戦いが終わったんだ。アルカのことを任せっぱなしだったし、タマミとラーブのところへ行かないと。

 まともに説明しないでヨーリンと戦ってしまったからな。

「ワタクシもいいですか?」

「なんだよ。今考えを整理してるところなんだが」

「ワタクシもお前じゃなくてヨーリンという名前で読んでほしいです」

「わかったよ。ヨーリンね。めんどくさいな」

「ありがとうございます!」

 表情なんてわかるはずないが、何だか物凄く笑顔になった気がする。

 影も若干薄くなったような。

 いや気のせいか。影が薄くなるなんてないだろ。

 それで、そうだ。まずはタマミとラーブに報告だな。

「少し待ってくれ」

「何だよ今度は神かよ。あんまりうるさくするのはやめてくれないか? ヨーリンはテンションが高くてずっと独り言ぶつぶつ言ってるし、それで神まで邪魔するってどうなんだ? 俺だって一人で考えたい時もあるんだが」

「いや、それはすまないと思っている。しかし、大魔王を無力化させておいて何も与えないのはどうかと考えてな」

「何? 何かくれるの?」

 神は黙り込んだ。

 考えているのか何なのか。何しているのか見えないから物凄くもどかしい。

「男に戻れる力を与えようかと」

「マジ? じゃあ、邪神は?」

「それは倒してもらわねば困る。貴様もだろう?」

「だよなぁ。邪神は邪神で倒さないとだよなぁ」

 となると大魔王討伐の報告はカーテットあたりに任せようかな? 多分生きてるだろうし。

「それじゃあ願いは変わらずか?」

「もちろん」

「準備はいいな?」

「ああ」

 俺は尻を払って立ち上がり目をつぶった。

 目をつぶっていてもわかるほど強い光が俺を取り囲むのを感じた。

 アルカが戻ってきた時のように俺の体に変化が起こっているのだろう。

 だが、期待して待っている俺の体は全く変化した気がしない。

 光が収まっていないが俺は目を開けた。

「全然戻ってないんだけど!? しっかりやってる?」

「すでにやっている」

「本当か? 何も起こってないぞ」

 光ったはずだがアルカが出てきた時のようには俺の体は変化していなかった。

 てっきりすぐに戻るもんだと思っていただけに拍子抜けだ。

「おい。何も起きないぞ」

「待て、落ち着け」

「落ち着けるか! なんだって俺が戻れないんだよ。だましたな!」

「違う。そんなはずは」

「ワタクシがいるからではないですか?」

 影から声がした。

 冷静になったのかヨーリンが口を挟んできた。

 影に大魔王がいると神の力を使えないのか?

 確かに普通の神は人間にしか力を与えられないって言ってた気がするし。

「痛っ!」

 突如右足に痛みが走り、俺は飛び上がった。

 見てみると俺の右足とすぐ近くの影から煙が上がっている。

 俺の体は戻らないってのに何が起きてるんだ?

「乗っ取りは無理なようだな」

「乗っ取りじゃありませんわ。そもそも今のワタクシにそんな力は残っていません。できることはラウル様に力を貸し与えるくらいです。しかし、影がワタクシになったせいで純粋な人間として扱われていないのかもしれません。きっとワタクシが原因です。申し訳ありません」

 なんだか影が一段と暗くなった気がする。

 見るからにしょぼんとしているのがわかる。

「だまされるな。相手は大魔王だ。何をするかわかったもんじゃないぞ」

「そう言うけど、俺としては願いを叶えられない神様ってのも信じにくいんだが」

「くっ」

「そうですわ! 約束を破るなんて神としてどうなんですか?」

「いや、ヨーリンもヨーリンだからな。入ってこなきゃ無事だったんだし」

「大魔王が悪い」

「神が悪いに決まってますわ」

「勝手に人の体を使ってにらみ合いするのはやめてもらおうか」

「そうだな。大魔王なんて相手にしている場合じゃあない」

「わかりましたわ。ラウル様の頼みです」

 はあ。やれやれだ。

 ひとまず今の話を整理すると、ヨーリンがいると神が力を使うことができず、俺は男に戻る力を手にすることができない

 加えて、神がいるせいでヨーリンの力を俺が貸してもらうこともできない。

 こっちは正直神のさじ加減な気もするが。

「お前ら人間を何だと思ってるの?」

「魔王を倒すための協力者。今は邪神に対してか」

「ラウル様は大切な思い人」

「他は?」

「どうでもいい生命体」

 どっちもろくでなしだな。

「とりあえず、ヨーリンを影から外に出せない以上、神の力と大魔王の力を両立する方法を探さないとな」

「すべての問題を解決する方法はすでに思いついているぞ」

「そういうの早く言えよ」

 神が不敵に笑っている。

 見えないところでテンションが上がっているが、これもヨーリンが同居している影響だろうか。

「大魔王の力もいくらかは邪神から与えられたもののはずだ。邪神がいなくなれば力は弱まり、我の力を使うこともできよう。また大魔王の力が弱まれば、我の力に妨害されずラウルに貸すことも通り抜けられるだろう」

 ヨーリンはこれでも神の力に弾かれるほど強力ってことか。

 何だかいいように神に話をもっていかれている気がするが、全て解決できるねぇ。

 胡散臭いが他に方法はない、か。

「邪神討伐。やってやんよ!」

第40話 邪神の居場所はどこだろな

 俺は途方に暮れていた。

 結局邪神も倒さなければいけなくなってしまった。

 ひとまずタマミとラーブにも事情を説明し、アルカが目を覚ますのを待った。

 今のところヨーリンは悪さをしていない。むしろ比較的印象はよさそうだ。

 相変わらずのコミュ力でヨーリンとも仲良くなったラーブ、洗脳のようなものの影響か古くからの知り合いみたく仲がよさげなアルカ。

「まあ落ち着けよ」

「でも、これだとラウルちゃんのあられもない姿も見られるってことでしょ?」

「いや、男の裸見たって仕方ないだろ」

「今は違うでしょ!」

 などと言ってなぜかタマミだけは不機嫌だった。

 話し相手になってやると言ったから、俺としては雑に扱えないし怒ってくれるのもいいかもしれない。

 とはいえ本題は邪神だな。

「倒すぞとは言ったものの、何からやるかな」

 正直に言ってヒントはなかった。

 どこに封印されているのかについても、神は知らぬ存ぜぬで役に立たない。

 場所が移ったとか漏らしていたが、詳しいことは話そうとしない。

 口が軽そうなラーブの神もそこに関しては同じだった。おそらく本当に知らないんだろう。

 なら。

「なぁ、邪神はモンスターに力を与えるんだろ?」

「そうだ」

「ならシニーちゃんは何か邪神について知ってるんじゃないか? なんてったって死神と呼ばれるほどのモンスターだろ?」

「聞いてみたらいいんじゃないか?」

「シニーちゃん。何か知らないか?」

「シニーは知らない。ダンジョンのモンスターは興味なかったんじゃないか?」

「そうか」

「それはそうだ。そもそもこの死神の年齢からして邪神が封印される前に現れた個体には見えぬからな」

 先に言え。

「失礼な! シニーはこれでも」

「わー! シニーちゃん。ミステリアスな女の子はそう簡単に年齢を明かさないものだから!」

 ラーブが死神のしゃべるのを邪魔をする。

 もしかしたらヒントになるかもしれなかったが、仕方ない。
 
 知らないって言ってたんだから、聞けても同じだと思おう。

「それより神、さっきからいらない情報ばかりでアイデアとかないのか?」

「それは人間の特権だろう? 我は力を与える存在ではあっても答えを教える存在ではないからな」

「何の話だよ」

 神って知らせを与えてくれるんじゃないのか? 個体差か?

 しかし、これじゃどうしたらいいか一向にわからない。少なくとも、神と話していても解決しないってことだ。

 そういえばこの神、万能じゃなかったな。

「おい」

「ヨーリン。ヨーリンは邪神について心当たりはないか?」

 俺は神を無視しヨーリンと話すことにした。

「残念ですがないですわ。引きこもっていた時期が長いので邪神については何も、ワタクシが引きこもる前に力を与えてくださったのかもしれませんが、それだとあまりにも昔過ぎて思い出すのが面倒ですわ」

「ま、思い出しといてくれると助かる」

「ラウル様のためならなんでもします」

 何だか影が熱くなった気がする。

 そんなに気合い入れなくてもいいんじゃないか?

「それにしても、力の源を知らないのって怖くないのか?」

「全く。ワタクシの力がどこから来ているのか、はっきりわかるほうが難しいと思いますし」

「それもそうだな。そもそもヨーリンは影武者作ってまで引きこもってたわけだしな」

 外のことなんて、ましてや邪神のことなんて調べるつもりもなかったんだろう。

 一番近そうな死神にヨーリンまで知らないとなると、地道に足で調べるってことになるのか。

「そういえば、ワタクシは外に出ることはありませんでしたが、ジョーカー・ウランクはこの世界で動いていたわけですし、何か知っていたのでは?」

「つっても倒しちゃったし……」

 何かが引っかかり俺は少し黙り込んだ。

 魔王軍を滅ぼしたようなものだが、魔王と近しい誰かがまだいたような。

「そうか。ここ最近のこととは言え、魔王がベルトレットを乗っ取っていたんだ。俺とアルカ以外の三人なら何か知ってるかもしれない」

「そうですわ! きっとそうに違いありません!」

「ヨーリン。このことに気づかせるためにわざとウランクの話を?」

「いえ、違います。ワタクシはただ、ウランクなら知っていたかもと思っただけです。これはラウル様のお手柄ですわ」

「そうか?」

「そうです。素晴らしいです!」

 理由なくほめられていた時はしっくりこなかったが、こうして納得できる理由でほめられるとヨーリン相手でもなんだか変な気分になる。

 が、今はそれより善は急げだ。

 ちょうど魔王討伐の報告も任せようとしていたところだし丁度いい。

 三人とも気絶していたし遠くには行けていないだろう。

 俺は今の仲間たちを引き連れて、元仲間たちの場所まで移動した。

 起きていなければ動いていないはずだ。

「ベヒはあの子たちを大人しくさせておくから」

 そう言ってベヒは暴れる巨龍たちを大人しくさせていた。

 すぐに戻ってきたが、どうやら巨龍の中でも結構偉い巨龍だったらしい。

 姿が変わっても命令に従うとはなかなかだ。そうは見えないけど。

「さて、見つけた」

「……」

 と言ってもカーテット、リマ、ペクターの三人からは返事はない。

 気絶しているだけだといいが。

「おい。起きろ。戦いは終わった。起きるんだ」

「なんです? おはようです」

「ん。アルカ? そんな喋り方でしたか? 女の子ならもっと丁寧な話し方を」

「そうです。神も、おしとやかな女性を気に入ります」

 どうやら三人とも気を失っていただけらしい。

 話す元気もあるようだ。さすがは元勇者パーティのメンバー。

「今はそんなこと聞いてるんじゃない。知ってることを洗いざらい話してもらおうか!」

「知ってることです……? 一体何のです……?」

「そうですわ。もっと詳しく話していただかないと」

「それより、どういうことでしょう。アルカが二人いるのはどういうことでしょう。おお。神よ。どうか冷静な判断力を」

 くそ。俺のことをおちょくるとは結構元気みたいじゃないか。

 しかし、そんなことしてる場合ではない。

 俺は何も元仲間たちとダラダラ話をするために来たのではない。

「俺のことはいい。説明は後だ。とにかく今はお前ら」

「おにいはどいてて」

「あ、アルカ?」

 俺は不意にアルカに押しのけられた。

「おにいはこういうの苦手だったでしょ? 話とか人を見抜くのとか交渉とか。大丈夫。わたしだってできることはあるから。ここはわたしに任せて。神様と作戦会議でもしててよ」

「おう。じゃあ頼む」

 そういやそうだった。

 俺は参謀向きではない。

 もちろんできないとはいわないが、どうやって実行するかやりながら考えてしまう。

 当たって砕けろの精神だ。

 それに比べてアルカはどちらかと言えば一歩引いて物事を考えられるタイプ。

 動く前に考え、俺のブレーキになってくれていた。

「ラウル様はここまで最短経路で来ていたのが素敵でしたよ」

「おう。ありがとな」

 まさかヨーリンにフォローされるとは。

 と言ってもアルカも大人になったな。俺がいなくても一人で色々できるんだもんな。

 アルカが話すと、元勇者パーティのメンバーは、アルカが二人いることに対しての混乱がなくなったのか落ち着いた様子だった。

「魔王に操られてたでしょ? そこで聞きたいんだけど、魔王の親玉邪神について何か知らない?」

「あたしは知らないです」

「邪神? いえ、アルカの言う通り、操られていたんでしょうけど、ベルトレット様の様子がおかしくなってからの記憶が曖昧なので邪神がどうこうなんてのはさっぱり」

「すみませんがわかりません」

「そもそもここはどこなんです?」

「それすら覚えてないの!?」

 元勇者パーティまで誰も邪神について何も知らない様子だった。

第41話 大魔王ヨーリンの妖術

 カーテットもリマもペクターも邪神については何も知らなかった。

 三人ともベルトレットの様子がおかしくなってからの記憶が残っていないらしかった。

 そのせいで、どれだけ情報を引き出そうとしても、俺たちの知っていることしか出てこなかった。

 最悪ウランクを生き返らせることができれば、邪神について聞けるかもしれない。

「無理だ。魔王は既にいない。それより忘れたのか大魔王に消されたことを」

「そうでしたわね」

「そうでしたわねって。あれどこやったんだ?」

「ワタクシの世界です。でも、この体じゃ移動できません。ラウル様に力を貸せばできると思いますが、邪神を倒さないとワタクシの力を貸せないのでしょう?」

「ぐむむ」

 つまり、魔王から直接情報を引き出すことは困難と言うより、今は無理ということか。

「それにしても、人は不便ですわね。記憶は消え去るものではなく取り出せなくなるだけですのに」

 ひんやりとした冷気を俺は足元から感じた。

「何が言いたい?」

「……」

 ヨーリンからの返事はない。

 だが、次の瞬間、ほんの一瞬だけ、俺の影が元勇者パーティの三人の影を飲み込んだ気がした。

「ダメかー。三人なら邪神について知ってるかもって思ったんだけどなー」

「邪神、邪神です?」

「あれ、邪神って。確か魔王城の地下で……」

「ええ。ベルトレット様と一緒に行った魔王城の地下で何かあったような」

「は? お前ら知らないんじゃないのかよ!」

「突然思い出したです。あたしどうかしてたです。二人ともごめんです」

「そうです。こんな、こんな仕打ちあんまりじゃない! 謝って許されると思ってないけど、謝らないと気が済まないわ! 本当にごめんなさい」

「あ、あ、過ちを犯してしまいました。どうか。どうか許してください。今は神ではなくラウルとアルカに祈りを」

 様子がおかしい。邪神について思い出しただけじゃなく、他のことも突然思い出したようだ。

 三人とも、泣き、喚き、おえつを漏らしながら、すがるように俺とアルカに頭を下げてきている。

 これは人間が思い出した時の反応ではない。

 俺を殺した時のことを三人は思い出したと言うのか。

 ふっ。と怒りが湧いてくる。そうだ。俺は一度この三人とベルトレットに殺されたのだ。だが、その怒りをすぐに収めた。ここで怒りをぶつけても何も解消しない。俺はあくまで冷静に対処しよう。一生後悔して生きてもらう。それが最善のはずだ。

「お、おにい。どうする?」

 アルカが震えている。

 血が滴るほど強く握り拳を作って、アルカはこちらを見てきた。

「手の傷をタマミに治してもらえ。こっからは俺に任せろ」

「うん。ごめんね。止めるのはわたしの役割なのに」

「大丈夫だ。俺の方が少しだけ長く向き合ってきたからな」

「お願い」

「任せろ」

 アルカが十分離れたのを見てから俺は三人に向き直った。

「知ってること全て話せ。それと、カーテットお前は魔王討伐の報告、後の二人はこの街の復旧に努めろ。勇者パーティなんだろ? それくらいやれば俺のことは許してやる」

「わかったです」

「当たり前じゃない」

「それでいいなら」

 覚悟がすぐに決まったらしい。

 話の中身はまず、邪神の封印場所は魔王城の地下であるということ。

 次に、そこまでにはさまざまなトラップがしかけられているということ。

 最後に、邪神は封印されながらもモンスターの方からいけば力を与えられ、自分たちもそこでより強力に洗脳されたということだった。

「よし、だいたいわかった。行け」

 三人はすぐに動き始めた。

 一段落ついたところで俺は地面を見た。

「ヨーリン。何かしたか?」

「大魔王としてラウル様のためにできることをしたまでです」

「どうして協力してくれるんだ?」

「決まってるじゃないですか。ワタクシの思い人だからですよ。あんまり言わせないでください」

「ありがとな」

 俺はポロッと素直に感謝の言葉を述べた。

 なんか、今までで一番足が熱い気がする。

「ど、どうした」

「わ、ワタクシは別に照れてなんか、いませんからね!」

 なんか言葉おかしくないか? ま、いいか。

「……感謝がこんなに嬉しいなんて。え、ワタクシどうにかなってしまいそう」

 小さく色々しゃべっているしヨーリンは大丈夫だろう。

「しかし、魔王城には何もなかったはずだが?」

「魔王もいないとか言ってたっけ? それも行ってみればわかるだろう。祈りがないとわからないんだろ?」

「それもそうか……」

「あの。最後に一ついいかしら」

 リマが戻ってきた。

「なんだ?」

「この街に勇者の剣を抜ける方がいたんだけど、ラウルの知り合いかしら?」

「いいや? ベルトレットじゃなく?」

「もちろん。だって、おじいさんだったもの」

 謎の老人について気になったため、俺たちは街を出る前に少しだけ調べてみることにした。

 昔の勇者が何か知っているかはわからない。

 だが神が。

「会ってみるもの一興だろう」

 と言ったことで探してみることとした。

「お主か。ここの事態を治めたのは」

「え、はい」

 しかし、その老人は突然俺の背後に現れた。

 どういうわけか、俺以外の誰もついてきていなかった。

「アルカ? みんなは?」

「大丈夫。仲間たちは無事だ。だが、お主と直接話がしたかったのでな」

「え? 俺と話を?」

 そもそもどうしてこの老人は俺を知っているんだ。

 俺は一度も会ったことがないはずなのに。

「とうとうワシ、いえ私の役目は終わったのですね」

「ああ」

 老人は神の言葉を聞くとかすかに笑顔を浮かべた。

 神の存在に驚くでもなく、神の声をまるで懐かしんでいるように笑っている。

 どう考えてもただならぬ関係だが、俺は口を挟めなかった。口を開けなかった。

 途中、封印や邪神という単語が出てきたせいで、おそらく勇者の関係者なのだろうと思ったが、神と老人の関係は結局最後まで掴めなかった。

「今、邪神が封印されている場所はわかるか?」

「申し訳ありませんが分かりません。私たちで封印したことは覚えています。ですが、今どこにいるかまではさっぱり。動かされたということしか」

「かまわない。もういいぞ。年だろう。余生を楽しめ」

「ありがたいお言葉。そうさせてもらいます。少年。君はいい目をしている。魔王となった勇者の代わりは君しかいない。期待しているよ」

 返事をしようと思った時にはもうそこに老人はいなかった。

 代わりにアルカの顔が目の前にあった。

「え、ちょ。おにい! 近い! 何、え、何? 嘘」

「……」

 慌てた様子で顔を赤くするアルカに俺は瞬きを繰り返してしまった。

「何もしないの? 大丈夫? スキル使ってまで急に顔を近づけるのはよくないよ。ほら、わたしももう小さい子どもじゃないんだし、みんなの前だし」

「そうだな。すまない」

 アルカが何を気にしているのか理解できないが、俺は戻ってきたらしい。

 あの老人は誰だったのだろう。

 わからないが、老人は邪神の居場所を知らなかった。

 それなら今俺がやるべきことは明確になった。

「魔王城を目指し邪神を倒す! そのための準備をできる限りやろう!」

 俺は装備の点検から始めることにした。

第42話 邪神の封印場所へ

 漆黒の城壁に包まれ、嵐が吹き荒れる中でも堂々たる迫力を放つ魔王城。

 魔王が俺たちの場所まで勝手に現れてくれたおかげで、俺が今まで目にすることのなかった場所。

 実際に来てみると、ただならぬ雰囲気に身構える自分がいる。

 この中で勇者を待ち構えていた方がよかったんじゃないかとすら思えるほど威圧的な城。

「これからここを攻略するのか」

 俺は喉を鳴らした。

 本来は上に上り詰めるのだろうが、今回は地下を目指す。

 魔王がいないとはいえ、一体何があるか想像もつかない。

「その必要はありませんわ」

 口を挟んできたのはヨーリンだった。

「ワタクシを誰だと思っていますの?」

 ヨーリンが自信たっぷりな声を出す。

「今は俺の影だろ?」

「ラウル様の影。本人の口から言われるとワタクシ溶けてしまいそうです」

 影なら溶けてるようなものだろ。

 じゃなくて、これじゃ話が進まない。

「大魔王だろ? でも、ずっとこっちにいなかったんじゃないのか?」

「ふふふ。ワタクシの許可なく誰もこの魔王城を改築なんてするはずないでしょう。トラップも全て把握済みですが、そんな不安な場所をラウル様に通すわけにはいきません!」

「なんだよ。入れてくれないのか?」

「そうではないです。ただ、その恥ずかしいのですが、このような時のためにワタクシの部屋があるのです。……本当はラウル様と二人だけで一夜を共にしたかったんですけど……緊急時です。皆様を招待させていただきます!」

「おっしゃ! どうやって入るんだ?」

「待て、これ自体が罠という可能性も」

「つっても真正面から行って疲弊するより、ヨーリンを頼った方がいいだろ? せっかく尽くしてくれてるんだ」

「尽くしてるだなんて、そんな。ワタクシはただ良妻であろうとしているだけで」

「案内できるなら案内してくださいよー」

 雑な物言いで、つまらなさそうにタマミが言った。

 信心深いだけに神と同じくヨーリンを信じていないらしい。

「ラウルちゃんが信じるなら私も信じるけど、大魔王でしょ? 口だけなんじゃないですか?」

「いいでしょう。そこまで言うなら連れて行って差し上げます。皆様、ラウル様の後ろに続いてください。ラウル様は右に五歩。それから左に七歩」

「待て、そんな細かい指定で動くのか?」

「そうです。ここから正確に移動しないと、たどり着けない場所にあるのです。ジョーカー・ウランクも文句を言いながらでしたがやってくれました」

 よくわからないが、俺はヨーリンの言う通り、一歩刻みで移動を続けた。

 疑い半分で歩いていたが、気づいた時には室内にいた。どうやらヨーリンの言葉は本当だったらしい。

 俺が連れてこられたのは、ただベッドが置かれただけの簡素な部屋。

 使われていなかったはずだがホコリひとつない綺麗な部屋だった。

 部屋の管理に魔法でも使っているのだろうか。ま、大魔王だしな。

「うおっ!」

 続々と後ろから流れ込んでくる仲間たちに背中を押され俺はその場でよろめいた。

「こんなことって」

 皆口々に驚きの言葉を発している。

「これ、あの場所に直接行くんじゃダメだったのか?」

「ダメなんですよ。それじゃ色々な人が入ってきてしまうでしょ? ワタクシはワタクシだけが入れるようにしたかったので、工夫したんです。特殊な条件を満たさなければ入れないようにしておきました。今の体では直接この部屋に来ることもできませんし、いざと言う時のために準備しておいて本当によかったです」

「誰も入ってこなかったのか?」

「ええ。荒らされた形跡もありませんし、大丈夫ですわ。それより、早く内装を整えたいです。こんな見た目じゃラウル様をおもてなしできませんし」

「影じゃおもてなしなんてできないだろ。それに、ここじゃなくてもいいだろ。魔王を倒したとはいえ、あんまり魔王城に長居したくないからな」

「そうですね。そうなればラウル様の家で」

「いつかな」

 ヨーリンが期待しているところ悪いが、俺は今のところ家を持っていない。

 これから俺が家を持てるかって話だ。

「私も招待してください!」

「私も私も! ラウルちゃんの家、気になる。ね。いいでしょ? アルカちゃん」

「え、えーと」

 タマミとラーブの要求に困った様子で俺に視線を向けてくるアルカ。

 俺はそこで咳払いをした。

「今、家のことはどうでもいいだろ! 後だ後!」

 全員の無事を確認してから俺は影を見た。

「邪神はここの地下らしいが、どうやって行くんだ。ヨーリン」

「ご案内は任せてください。ワタクシやウランク用の通路は安全ですからね」

 本当にヨーリンのための通路だったらしく、トラップの類を踏むことなく俺たちは地下までやってきた。

 ヨーリンの部屋を出ると、魔王がやられた情報が伝わっているようで、城内は騒がしかったが、俺たちのもとまでやって来るモンスターはいなかった。

 となると、この邪神の封印は、魔王がベルトレットの体を使い、特別に動かしたことになりそうだ。

「これが邪神の封印か?」

「ああ」

「こんなのが封印なのか?」

 俺にはただの岩にしか見えない。

 神が何か言いたげな気配を放っている気がするが、油断するなってことか?

 だが、俺の質問に答えたのは神ではなかった。

「オレサマが邪神だと知らないのか? 客か? おい、ウランク。どこにもいない? 誰だキサマ。人間なのか?」

 少し驚いた様子で邪神は喋り出した。

 封印は完全ではないようだ。

「おおっと、ヨーリンもいるようだ。そうか。とうとう人間への同情をやめ、自分で征服する気になったか。ウランクめ、待たせおって。切り離されて久しいなヨーリン」

「誰かと人違いなのでは? ワタクシはあなたのことを知りません」

「そうかそうか。ということは、子か孫か。そりゃ太古の時代から生きているモンスターなどいないよな」

「ワタクシはワタクシのままですが」

「別世界へ逃げた拍子にオレサマのことを忘れたのか?」

 勝手に話を進める邪神。

「なんの話だ。俺抜きで話を進めるな」

「済まなかったな。キサマが今、神にそそのかされている人間か。それにしても神が多いな。正義、愛、知恵。あの時の勇者たちと似たようなメンツだな」

 やはりあの老人は勇者だったのか?

 それに、一度この邪神と遭遇している。神と一緒に。

 あの老人や仲間が邪神を封印したってことか。

「知っての通りだろうが、オレサマは人に対してキセキを起こすことができない神。モンスターにしか力を与えられないことで邪神なんて呼ばれている」

「モンスターを使って悪さをするから邪神なんて呼ばれるんじゃないのか?」

「その通りだが、それの何が悪い?」

「は?」

「迷惑をかけて何が悪い? オレサマは他の神から特別悪い扱いを受けてきた。そんな俺が人程度に迷惑をかけて何が悪い。人間が苦しむ? 知ったことか。キサマ、魔王は倒したんだろう? 目標を達成したということだろう? 素晴らしい。よかったじゃないか。どれもこれもオレサマが人間に目標を与えてやったおかげだ。何も悪いことはしていない。悪いというのはキサマらの価値基準に過ぎない。むしろ感謝してほしいくらいだ」

「邪神はどうやって倒す? そもそもどうして封印なんかできてる?」

「貴様と同じような状態さ」

 つまり、何かモンスターについて力を与えているってことか。

 封印したのはモンスターだけで、邪神に封印はできなかったと。

「キサマらはこれを封印だと思っているのか? おめでたいやつらだな。こんなものいつでも解けたさ。オレサマが今話せているのがその証拠」

 岩の塊だった邪神の封印から粘着質の液体が染み出してきた。

 それがスライムだとわかるのにそう時間はかからなかった。

「意識のないスライムは、オレサマが直接操作できる最高の存在であり太古からオレサマのしもべでもある」

「スライムごときを乗っ取って何ができる?」

「気をつけろ。我々はスライム相手に封印することしかできなかったんだ」

「なに?」

「そう。ただのスライム相手に、神と勇者でさえ封印しかできなかった。なら、オレサマがさらなる力を与えればどうなるだろうなぁ! ぎへゃひゃひゃひゃひゃ!」

 汚い笑いをあげながらスライムはみるみる変化していった。

「神をいじめる神ってのは神としてどうなんだって話だよなぁA!」

第43話 邪神が操る最強のスライム

 邪神の封印から染み出してきたスライムがブクブクと肥大化していく。

 それが邪神によって与えられた力の影響なのか、明らかに元のサイズより大きくなっている。

 最弱モンスターと言えど、邪神なんて神がついているなら油断は禁物だ。

 それに、形が変わるのはかなり厄介だ。

「くらえ!」

 殴り飛ばすことで、スライムは空気とともに消えた。

 しかし、残った部分が俺の攻撃よりも早く大きくなってしまうせいで、殴ってスライムを限りなく小さく潰しても、他の部位が大きくなってしまって意味がない。

 力を抑えて殴れば、邪神の力か硬さで攻撃が通らない。

 もし中途半端な力で殴ってしまえば、スライムが二体目として増殖を開始することだろう。

 そう思うとこれ以上うかつに殴れない。

「クハハハハ! どうしたどうした! 痛くもかゆくもないわ!」

「どうしたら……」

 ヨーリンやウランクのように、力で勝負をしかけてくるなら、俺のスキルで戦えたが、スライムとなるとどう戦えばいいかわからない。

 これまでのスライムなら、攻撃しているだけで体力を使い果たし、活動を止めてくれた。が、邪神が操っているならそうはならない。

 つまり、事実上不死身。

 神が封印しようとし、俺に倒させようとする気持ちもわかる。

「神! 何か手は?」

「我ではどうにも……」

「ふっふっふ。もしかして私のスキルを忘れたのかな? ラウルちゃん」

 ラーブが楽しげに笑っている。

「そうか!」

「ラーブちゃんなら、スライムを攻撃して女の子にしちゃえば!」

 タマミも気づいたらしい。

 確かに、俺の攻撃よりも今の状況なら有効かもしれない。

 ラーブのスキルを使ってしまえば、スライムだろうと女の子にしてしまう。

 神に効くかはわからないが試してみる価値はある。

「そういうこと。だか」

 ラーブがいい終わるより早く、ラーブはスライムに飲み込まれてしまった。

「え……?」

 タマミの顔から笑顔が消える。

 そりゃそうだ。

 邪神が操っているのだから、単純に対処さえできればいいと思っていた。

 だが、スライムの雑食性は失われていなかったわけだ。

 ラーブはスライムの半透明な体の中で気を失った様子でぐったりしている。

「おい! 状況整理中に攻撃してくんな! ズルだろ! お前思いやりとか知らないのか!」

「そんなものは知らん! そもそも状況整理中だろうがなんだろうが交戦中なら攻撃するものだろ。ルールなんてあると思う方がおかしいだろう」

「くっ! その通り」

 ラーブにさっさとスキルを使わせておけばよかった。

 でも、ラーブのテンションなら、説明したがったら説明するよな。俺がすぐに頼めばよかったのか。

 何にせよこれで、ほぼ唯一だと思われる対抗手段を奪われた。早くも絶体絶命だ。

 仕方なく迫ってくるスライムを弾き飛ばし対処するが防戦一方。

「キャッ!」

「アルカっ!」

「ああっ!」

「タマミ!」

「うわ!」

「シニーちゃん!」

「ぶゎ!」

「ベヒちゃん!」

 俺を残して仲間たちはスライムに囚われてしまった。

 心なしか魔法耐性のない服を着ていたラーブの服が、すでにスライムに消化され始めている気がする。

 ラーブ本人は神がいるから大丈夫なようだが、このまま戦闘が長引けば俺の方が精神的にもたない。

「これでも神に認められた人間か?」

「くそっ! 俺が前に出るはずが仲間ばかり囚われて」

 ラーブが一人囚われた瞬間から、俺はスライムを全力で殴れなくなっていた。

 スライムを殴り飛ばせば仲間にまで被害が及ぶかもしれないからだ。

 俺は無事だが、それも部屋をスライムが満たすまでだ。このまま有効打が打てないとなると時間の問題。

「スライムのくせに強すぎだろ。こんなスライム初めてだ」

「相手をスライムだと思う必要はない。あれは邪神だ」

「そうかもしれないが……」

「ワッハハハハハ! 無様無様! 長年封印されてきた意趣返しだ!」

 それ、俺は関係ないんだが!

「このままオレサマに食われるがいい!」

「それは最悪だ!」

 みんなどうにか耐えてくれ。

 俺もこのアルカの体で使う力に慣れてきた。

 アルカやみんなが神から与えられた力で耐えられることを信じて。

「俺はみんなごとスライムを全力で殴る」

「正気か?」

「ああ。殴った後に回復させる。死ぬよりいいはずだ。これ以外、俺のスキルじゃどうにも」

「その必要はありませんわ」

「ヨーリン?」

 戦闘が始まってからここまでダンマリを決め込んでいたヨーリンが口を開いた。

 俺は藁にでもすがる気持ちで聞いてしまう。

「本当か?」

「ええ。ワタクシなら、スライムの弱点がわかりますわ」

「だが、どうやるんだ?」

「簡単ですわ。ただ、ラウル様を苦しませることになりますから。ワタクシとしては心苦しのですから」

「アルカたちを助けられるんだろ? やるに決まってるじゃないか」

「お優しいんですね」

 影から慈悲にも似た暖かい感覚がある。

 俺を利用している様子はないが、ヨーリンは一体何を考えているんだ?

「ふっ! とっさに何を話しているかと思えば、オレサマの弱点がわかると? ヨーリン。その人間をだましオレサマに差し出すつもりか?」

「いいえ。ワタクシはラウル様を裏切りません」

「ならオレサマに弱点があると? ありえない。オレサマに不可能はない。オレサマに弱点はない。オレサマは完璧なモンスターを生み出せる最高の神。邪神様だ! スライムだろうとキサマらに勝ち目はないィ!」

「そのおごり、後で後悔しますわよ」

 ヨーリンは余裕しゃくしゃくといった様子で、不敵に笑っている。

第44話 ラウルの体に入る神と大魔王

「ラウル様の体をお借りします」

 ヨーリンが言った。

「……は?」

 俺はすっとんきょうな声を漏らしてしまった。

 スライムの対策が俺の体を借りる?

「いやいや、それなら必要ないだろ。どういうことだよ」

「ワタクシの力をラウル様に使っていただくためです」

「それは神ができないって。それに俺の足が痛んだだけだったじゃないか」

「ここに来るまで考え続けていたんです。どうしたらラウル様に力を使ってもらえるかって」

 仲間を飲み込んだスライムをヨーリンの力なら対処できるってのか?

 確かに、俺の力じゃどうにもできない。

 だが、ヨーリンはできないと決まったことに対してどうやってできるかを考えていたと?

「神様。神様はラウル様の体を常に確認していますね? 自動的に」

「ああ。精神汚染スキルや毒の類を防ぐためにな。それくらいならば我ら神でもたやすい。条件がなくとも叶えられる奇跡だ。だが、邪神を倒すほどの奇跡となるとそれ相応の条件がなければ与えられない」

「なら!」

 思わず声を上げてしまう俺に、影であるヨーリンは冷静になれとでも言うように冷たくなった。

「ラウル様にそのような犠牲を払わせるつもりはありません」

「じゃあ、どうするってんだよ」

「神様とワタクシでラウル様の体を半分に管理するんです」

「何言って」

「なるほど。それならばどちらの力も干渉せず、大魔王の力を使うことも可能かもな」

「はぁ?」

 かもってだけで俺の体を試しに使ってみようっての?

「無茶言ってくれちゃって。俺の体よ?」

「確かに、体をわけて管理することは可能なようだ」

「聞けよ!」

 こいつら全く俺の話を聞こうとしないじゃねぇか。

「俺はどうなるってんだよ」

「なら聞くが、他に貴様の妹たちを助ける方法があるのか?」

「それは……」

「そうですわ。ラウル様、ワタクシと神様の意見が珍しく合致しているのです。次にこのような場面が来ることはないかもしれません」

「お前らの言う通りかもしれないが」

 確かに、俺は対処法を思いついていない。

 ラーブのスキルを使うという、わかりやすい解決策を見つけたせいで、想像力が働いていない。

 なら、今回の作戦をやるべきなはずだ。俺は俺を犠牲にしてでも仲間たちを助けるべきだろう。

 これまでだってそう考えてきたじゃないか。

 仲間が傷つくよりかは俺が傷ついた方が、まだマシだ。丈夫なのが俺のスキルの取り柄なんだ。

「ワタクシだってラウル様の体にスキルを与えるだけです。体の支配権を奪ったり、意識を奪ったりまではしません。と言うよりできません」

「我もそのような真似ができるなら、どこぞの子どもに対し力を使い肉体を支配して好きなように世界を作り変えているわ!」

「わかったよ。だが、色々と気持ち悪いだろ。もう少し準備を、くっ!」

 今回の回避はギリギリだった。

 攻撃に対して甘い対処を繰り返していたせいか、スライムの大きさが気づけば部屋の天井に届くほどになっている。

 前の俺ならもうすでに潰されていただろう。

 俺のスキルが一人でも発動するようになったからこそ、アルカが囚われていてもなんとか対応できているが、それも時間の問題。

「楽しそうにおしゃべりとは、随分と余裕だな。仲間がオレサマの体内に囚われているというのにお構いなしか。白状者め!」

 邪神はスライムの体で器用に俺のことを笑っている。

「……」

「どうした、図星で何も言い返せないか。絶望したか? 心が折れたならそうだな。いい条件を与えてやろう。一度オレサマに飲み込まれろ。そうすれば神もヨーリンも切り離し、ただの少女として世界に放ってやる」

「そうか。俺だけ助かるためならそれもいいかもな」

「だろう? どうだ。クズ人間。安穏とした市民としての生活のため、戦いを捨て仲間も見捨て、全てを諦め、オレサマに屈服するか?」

「いいや、断る!」

「なに?」

「神、ヨーリン。やってやんよ! 力を貸せ!」

「その言葉待っていたぞ」

「その言葉待っていましたわ」

 神とヨーリンの言葉が口々に響き渡った。

「あぁっ!」

 ヨーリンが初めてスキルを貸そうとした時のように右半身が焼けるように痛い。

 だが、その痛みは一瞬だった。

 すぐに、痛みがなくなると体の内から力が湧き上がり、満ち満ちるのを感じる。

「「「ダークアンドライト」」」

 自分の体が自分以外の意思で動かされているのがわかる。

 神とヨーリンの意思が同時に混ざり合うような不思議な感覚。

 まるで夢を見ているようなはっきりとしない意識。

「これは……」

 気づけば服装や肌、髪の色まで変わっている。

 左半身は白く童話に出てくるような天使のような見た目。髪は透き通るような金髪になり以前よりも伸びている。

 右半身は浅黒く焼けた肌に鋭い爪、必要以上に布地の少ない、警戒するように教わる女悪魔のような見た目。髪は以前よりも黒くツヤがある。

 両肩の辺りからは何か慣れないものが生えているような感覚があるが、これは一体なんだ?

「できるものだな」

「思った通りですわ」

「ちょっと待て、声帯は一つのはずなのにお前らの声で俺の口を動かすな。かなり気持ち悪い」

 話そうともしてないのに口が動くのはとても変な感じだ。

 それに、視覚も意識もだんだんとはっきりしてきたが、ほとんど自由に動かせない。

 支配されないんじゃないのか?

「我慢してくれ、我も貴様の体を十分に動かせぬのだ。かなりの練習が必要なのだろう」

「申し訳ありません。ですが、この状況を切り抜けるには十分なはずです」

「見た目を変えたからって今更何ができるというのだ!」

 スライムは勝負を決めにきたのか、体を伸ばし逃げ場もなくし、俺を押し潰しにかかってきた。

第45話 邪神スライムの対処法

「それでどうやってスライムを倒すんだよ」

 無事に俺の中に神とヨーリンが入ってきたが、今のところ体がうまく動かせないだけだ。

 これではただやられに行ってることになってしまう。

 それに、今回の攻撃は逃げ場がない。

 こうなると回避できるものではないため、次の一撃で決めなければ、俺もスライムに囚われ、邪神を止めることはできないだろう。

「フハハハハ! キサマを倒し世界を神の管理するこの世界を壊す! 人は全て絶望させる!」

 邪神が叫んでいる。声で鼓膜が破れそうだ。

「いかに邪神でもここからは出られませんわ。だからこそ大人しくウランクに力を与えていたのでしょう。ワタクシの城はそういう場所です」

「知っておるわ! だからこそキサマらのような養分を吸おうとしているのだ。ヨーリンの力があればこの城もオレサマの手中に収まるのだからな」

「だってよ?」

「大丈夫ですラウル様。動きさえ遅ければ、ワタクシ弱点を作り出すことができるのですわ」

「オレサマに弱点などないわぁ! オレサマのスライムは無敵なのだぁ!」

「なるほど。これでもですか?」

 俺の意思とは関係なく、のしかかろうとするスライムに向けて俺の右手が突き出された。

 まるでスキルの使い方を知っていたように。

 すぐに、目の前まで迫ったスライムに右手が触れる。

 岩ならばこれで止められるだろうが、相手はスライム。形を変え、俺を飲み込もうとするが。

「ごぽっ!」

 驚いたようにスライムが一気に引っ込んだ。

 俺も同時に驚いた。スライムが右手の触れた場所から一気に蒸発してしまったからだ。

「これがワタクシのスキル『ウィークネス・セッティング』ですわ」

「な。バカな。触れればキサマのことも吸収できるほどに大きくなったはず。何が起きた。なぜだ。なぜそこまでの力が残されていた!」

「言ったじゃないですか。ワタクシは相手に弱点を作れると」

 ヨーリンの言う通り、俺が触った部分が弱点となったらしく、蒸発した場所からはスライムが大きくなることはなかった。

 つながりが悪いのか、空いた穴が閉じることもない。

「う、嘘だ」

「嘘ではありません。ラウル様のように速くてワタクシでは対処できない方ならまだしも、デカくて鈍くてそれでいて攻撃が効かない相手なんて、ワタクシの絶好の餌食ではないですか。おーほっほっほっほ」

「俺の口でその笑い方はやめてくれ」

 慣れない体の変な動きに、少し恥ずかしさを覚える。

 俺はそんな変な育ち方をしたわけじゃないんだが。

「そうですか……」

 ヨーリンがしょんぼりすると、俺の方まで気持ちが沈む。

 体一つってこういうことか。

「その力、元はオレサマがキサマに与えたものだろう。魔の王。さらにその王でありながら、どうして人なんぞに協力する」

 それはそうだ。今の状況を考えれば俺をだましてスキルを使わせないこともできたはずだ。

 邪神の問いかけに先ほどまでとは打って変わって気分が高揚してくる。

「そんなの決まってるじゃないですか!」

 俺の頬が熱くなる。体がくねくねと動き出す。

 なんだこれ。

「ラウル様がワタクシの思い人だからですわ。相手が人間だろうと好きになってしまったのです。それならラウル様の味方をするのは当然のことでしょう?」

 どうやら行動を操作できなくとも、俺の行動が神やヨーリンの感情に左右されるらしい。

 動きを止めることはできるが、俺がヨーリンの照れを耐えないといけない。

 全くもって変な気分だ。

「おのれヨーリン! いや、くっふっふふふ」

「何がおかしい」

「今、キサマはとんでもない失態を犯したことに気づいていないのか?」

「失態?」

 ヨーリンの照れを俺が我慢したことか?

 いやいや、そんなの失態にも入らないだろう。

 じゃあ、なんだ? スライムは蒸発して分裂していない。

「キサマは今、スキルの弱点を自ら話した! それが失態だ!」

 弱点? そう思った瞬間、突然スライムが収縮を始めた。

 邪神は仲間たちを無造作に吐き出した。

 俺は慌ててアルカたちを速やかにキャッチし安静にさせる。

 服が溶けかけていて目のやり場に困る。じゃない!

「くははっ! 残念だったな。これでキサマらに勝ちの目はない」

 何がしたいのか、スライムはゆっくりとだが確実に小さくなっていく。

 その変化は大きくなる時よりも明らかにゆっくりだ。

 俺は邪神のやりたいことはわからなかったが、神やヨーリンのスキルを着々と把握していた。

 体が一つになった時にはわからなかった感覚がより鮮明に、そして解像度を上げてスライムを認識していた。

「危険だ! おそらく限りなく小さくなることで、ここから出られずともやられない道を選ぶつもりだ」

「ワタクシたちに気づかれずにくっつき外に出るつもりかもしれません」

 神とヨーリンが口々に警戒を述べる。

 完全に口以外の支配権が俺に移ったことで警戒させることしかできないようだ。

「気づいたところでもう遅い! オレサマの体の変化は加速する! 今や誰も止められるものはいない!」

 確かにスライムはどんどん小さくなっていた。

 だが、先ほどヨーリンのスキルを使って叩いた場所は全く大きさが変わっていなかった。

「なぜだ。小さくなれない。くそっ。なぜだ」

「弱点を攻撃されたんだ。回復に時間がかかって当たり前だろ。だから俺は慌てなかったんだ。そもそも大魔王にスライムが攻撃されたんだぞ? すぐに回復できると思っていたのか?」

「なっ!」

「おごったな邪神。モンスターに力を与えたとしても人とモンスター、相互の利益を得る道を選べたはずだ」

「くそがっ! 神がオレサマに説教垂れるな。ヨーリンこちら側につけ!」

「ワタクシはラウル様に迷惑をかけるのはごめんです」

「クソゥ!」

「終わりだ」

「嫌だ! 死にたくない! 離れろ。スライム。離れるんだ」

 神のようにスライムから邪神が出てくることはない。直接の支配はかなりの接着率のようだ。

「これで終わりだ」「ですわ」「決まりだ」

「お、おのれえぇぇぇぇぇ! …………」

 全身が弱点となった邪神は俺に殴られると灰すら残さず消えてなくなった。

第46話 邪神を倒した報酬

 邪神はスライムとともに消えてなくなった。

「はは。やったな。邪神を倒せた……うおっ」

 視界が回る。

「痛っ」

 安心したせいか、慣れない変身の反動からか、俺はその場に倒れ込んでしまった。

 急に体が重くなりどっと疲れが押し寄せてくる感覚がある。

 気づくと俺の体は元のアルカの姿に戻っていた。

 俺の姿ではないのに、元の姿ってのも変な話だが、今はこれが元の姿だ。アルカの姿になっていることに少し慣れてきてしまっているのかもしれない。

「お疲れ様ですラウル様」

 影に戻ったはずのヨーリンは俺の足から影の姿のまま這い上がってくる。

 そういえばさっきヨーリンが俺の中に入ってきた時、影がなかったような。

「って、おい! 何俺の体に入ってきてるんだよ! 邪神との戦いは終わったんだよ!」

「いいじゃないですか、将来夫婦になるんです。戦いの疲れを取ることくらいワタクシに任せてください」

 邪神がいなくなり力が弱まったせいか、神が俺の体から出ていっても、ヨーリンは俺の体に入ってこれるようになったらしい。

 俺の方にも痛みはないし、この方がいい。

 これでスキルをいつでも借りられるわけだが、油断すると体を自由にされるのか。

 操作できないとか言っていたが、やはりヨーリンの感情に俺の体が左右されるらしい。

「おい。俺の体を使ってナニしようとしてるんだよ」

「何ってお身体をマッサージして差し上げようとしているだけですわ」

「なら、異様に胸に手を近づける必要はないだろう?」

「大胸筋からマッサージしようかと」

「胸揉みたいだけだろ! やめろ! これは俺の体じゃなくてアルカの体なんだからな!」

 俺の抵抗で一時的にでも納得したのか、腕が俺の胸に近づくのは止まった。

 よかった。わかってくれたようだ。

「恥ずかしいんですか?」

「恥ずかしい?」

「マッサージして声を漏らすのが」

「何言ってんの?」

「乙女なんですね」

「うるさいな。そういう問題じゃないだろ」

「でも、このお身体はラウル様のものでしょう?」

「まあ、そうだが……」

 なんとも難しい。

 見た目がアルカなだけで俺の体。

 そもそも、俺は一度死んでいるわけで。

「細かいことはいいんだよ! ダメなものはダメ! 夫婦になりたいんだったら相手の気持ちも考えて場所と節度は守ろうぜ」

「わかりました。ラウル様がワタクシを妻と認めてくださったので今日のところはこれくらいにしておくとします」

「妻だと認めたわけじゃないけどな」

 ヨーリンが俺の体から出ていった。

 ひとまず、スキルを貸すのも影になるのも邪神の影響はなかったということで安心していいのか?

 それとも与えられたものはもう邪神がいなくなっても使えるってことか?

「何にしても俺のことより、まずは仲間のしんぱ」

「妻って何!」

 勢いよく俺の肩を掴んで揺らしてきたのはタマミだった。

「え」

「ラウルちゃん! 妻って何? ラウルちゃんって女の子と結婚してたの?」

 今までで一番の迫力でタマミは俺を揺さぶってくる。

 スキルで強化しているみたいだ。頭がガンガンする。

「いや、してないけど。ヨーリンが勝手に言ってるだけだよ」

「なぁんだ。そっか。よかった」

「よかった?」

「あ、別に特別な意味はないから!」

「そうか? 何にしてもタマミは元気そうだな」

「うん。元気だよ」

「だが、わかったから手を離してほしいんだが」

「あ、ごめん」

 興奮していたのか、顔を赤くしたままタマミは歩いていってしまった。

 まあ、妻がいて女になってたりしたら色々問題ありそうだしな。

 タマミは信心深いらしいしその辺、気を遣ってくれたってことか。

「どしたの? ラウルちゃん」

 今度はタマミの言葉で起きたらしいラーブが話しかけてきた。

「邪神は俺が倒しておいた。ラーブは無事か?」

「うわっ! 服が溶けてる。これがスライムの力……」

 ラーブはじっと俺のことを見つめてくる。

 俺は思わず目をそらした。

「あえて肌を露出させるのはやめてくれないか?」

「別にそんなことしてないけどなー。ラウルちゃん照れてるー。今は女の子同士だから大丈夫だと思うけど?」

「俺の中身は男だし、そういう問題じゃないだろ。無事かどうか聞いてるんだ。装備はまた今度準備してやるから」

「つれないなぁ。あっ装備は可愛いのね」

「へいへい」

「それと私は大丈夫だよ。ベヒちゃんもシニーちゃんも大丈夫そう」

「目を覚ましてないみたいだが?」

「体が小さいのとラウルちゃんよりショックが大きいかったのか疲れ切っちゃったみたい」

「そうか」

 寝て回復するならいいが、とりあえず今は寝かせておくとするか。

「おにい」

 タイミングをうかがっていたようにアルカがやってきた。

「アルカは大丈夫か?」

 こくりと頷く。

 よかった。俺はここまでで一番ホッとした。

 やはり、アルカが無事なことが俺にとって何より大事だ。

「神様。おにいは」

「ああ。そうだな。約束通り、男に戻る力を与えてやろう」

「いいのか?」

「いいに決まっているだろう。本来は大魔王討伐の時点で与えるべきだったが、与えられなかったからな。望みは変わらずか?」

「ああ。俺に男にも女にもなれる力をくれ」

「お、おにい」

「大丈夫だよ。時々、この姿になってアルカと遊んでやるから。姉妹のふりってのが俺にできるかわからないけどな」

「うん! ありがとう」

「準備はいいか?」

「ああ」

 空間に光の粒が舞うのを見て、俺は目を閉じる。

 すると今回は明らかに体に変化を感じる。

 暖かな感覚とともに背が伸びる。筋肉が戻るのを感じる。

 髪が短くなる。

 全身の変化が終わると、俺は目を開けた。

 アルカの姿より見慣れた、男の時の俺の姿。

「やっと男に戻れた」

 声も戻っている。

「おにい!」

 抱きついてくるアルカを俺はしっかりと受け止めた。

 スキルのせいか力は変わった気はしないが、今の姿の方がアルカを守れる気がする。

「おーおー。いいねぇ感動の再会ってやつ? 人類ってのも面白いよなぁ。こうやって一喜一憂してさ。それに、あんな勇者にすがってんだから、終わってるってもんだよな。滅んでしまえ」

 どこから入ってきたのか背丈に似合わない大ぶりのカマを持った少女が俺の前に立っていた。

第47話 元勇者パーティを急襲する者

 アルカの姿をしたラウルの命令で、あたしたちは勇者パーティとして自分達にできることをしていたです。

 魔王討伐の報告はあたしのスキルによりすでに済ませたです。

 報酬はラウルたちに譲ったです。

 きっと後日ラウルは国をあげて魔王討伐の労を労われるだろうです。

 そんなこんなで街の修繕のため、あたしカーテット。そして、リマにペクターの三人は、方々に迷惑をかけたことを謝りながら作業していたです。

「ベルトレットを出せ」

 その日の作業を終え、借りている宿屋で休むところだったです。

 突然、どこからともなく少女が部屋の中に立っていたです。

 背丈はパーティの中で一番小さいあたしより低く、髪はオレンジ色で後髪が斜めに切りそろえられているです。

 服装に目立った特徴はなく、どこかの村の女の子らしいです。でも、どこかで見た気がします。

「聞こえなかったか? ベルトレットを出せ。お前ら勇者パーティなんだろ?」

 しかし、喋り方はどうにも粗野でとても可愛らしい女の子のものには思えないです。

 何より驚きなのは、本人が扱えるのかわからない大振りのカマを持っていることです。

 本物のアルカから聞いた、死神の女の子シニーにそっくりです。

 あたしたちは顔を見合わせ、正直に話すことにしたです。

「ベルトレット様はもういないです」

「何? いない? 見えすいた嘘をつくな。仮にも勇者だぞ? 寿命でもないのにそう簡単に死ぬか! 聞き方を変える。ベルトレットはどこにいる!」

 そう言われてもいないものはいないです。

 邪神を倒しに行く前にラウルたちから聞いた話によると、ベルトレット様の痕跡は何も残されていないみたいです。

 つまり、死んだ証拠はないです。

 こうなると証明しようがないです。

「チッ。ダンマリか」

 少女が少し横を見たです。

 その時、どこかで見たことがある気がした理由がやっとわかったです。

 右頬の特徴的なあざ。本人の話では生まれた時からあるというあざ。

 その子はベルトレット様と一緒にダンジョンへ落とした女の子だったです。

「どうした。人の顔をよく見て。いや、オレのことを思い出したってことか? そう。コイツはお前らが殺そうとした女の子ども。その一人だ」

 でも、この子はこんな喋り方じゃなかったはずです。

 今思えばどうしてそんなことしてしまったのかわからないほど、いい子だったはずです。

 それに、どうして他人事のようなんです?

「不思議そうだな。自分のことを語っているのに他人事なのかってとこだろ。そもそもオレだって自分でも何をしているのかわかっていない」

「ならどうしてこんなことになってるです」

「簡単なことだ。オレがコイツを殺した時、特殊な体質だったんだろうな。オレはコイツの体に肉体ごと吸収された。倒された相手を自分に封印するスキルの持ち主だったってわけだ」

「それならダンジョンで大人しくしてるはずでしょ?」

「ところがそうはならなかった。オレだってこの体をエサに冒険者を倒そうとしたがそうはできなかった。オレは今コイツの記憶に突き動かされている」

「それでワタクシたちを見つけてここまで?」

「ああ、そういうこった。ま、オレとしては人を殺せるなら誰だろうと構わない。復讐だろうがなんだろうが、コイツの願いを叶えることが人殺しにつながるならそれでいい。なんてったってオレは死神だからな。どうだ。殺そうとした相手に殺されるなんて絶望的だろ? いいネタをもらったもんさ。イヒッヒヒヒ」

 自称死神は少女の見た目をしながら、悪逆外道のような笑い声をあげているです。

 でもその表情はどう見ても楽しそうな少女の笑顔です。それが、余計に不気味さが増しているです。

 どうやら、この子は中身が死神の勇者パーティ狩りらしいです。

 今までもそんな人たちはいたです。

 あたしたちの扱いがいいからと、嫉妬して金を巻き上げようとする人たちです。でも、そんな相手にあたしたちは一度も負けなかったです。けど。

「おいおい。どうした? 勇者パーティでありながら本当に心の底から絶望しちゃったっての? なっさけねー。ゲヒャヒャヒャヒャ」

 少女の顔が少女のものとは思えないほど不気味に歪み出したです。

 本当に中身が死神のものだと信じないといけないようです。

「狙いはベルトレット様です?」

「いいや?」

「それならアタシしたち全員?」

「そうに決まってんだろ? 勇者パーティ全員だよ。ここにいない男も女も全員、最終的には俺が命を奪ってやる」

「ですがそれは不可能だと思われます。神もベルトレット様を生き返らすことはできないようでした」

「神だ? 死神を前に神の話を出すか。そうかいそうかい。勇者ってのもしょうもないやつなんだな」

 やれやれといった様子で少女は首をすくめたです。

「ま、いいや。まずはお前らからだ。ベルトレットを出さないってんならサイナラだ」

「「「え?」」」

 ドサドサと続け様に重い音が部屋に響いたです。

 あたしの目の前でリマとペクターの二人が血を流して倒れたです。

 気づいた時には、自分の体にも強烈な痛みが走ったです。今ではもう床板を見ているです。

 どんどんと床板が赤くなっていくです。

「おめでたいやつらだよな。自分の役割ってのを全うしないなんて。余計なことするからこんなことになるんだよ」

「……」

「喋れないよなぁ。喋れなくしたからなぁ」

 あたしは他の二人より、痛みへの耐性はあるはずです。意識はまだあるです。

 ただ、それでもこのままだとまずいです。

 この程度の傷ならペクターが回復できるはずです。

 でも、そのペクターに動く様子がないです。

「さーてと。他にも仲間がいたんだったなぁ? そいつらならベルトレットを出すか? ただ一緒にダンジョンに入れられた時いなかったな。コイツらに嫌われてるのか? 噂レベルでも勇者パーティなら見たってやつがいるだろ」

 少女はそこで姿を消したです。

 瞬間移動。テレポート。

 高位の魔法を少女の体でいともたやすくおこなっていたです。

 肉体が変わっても実力はそのままです?

「……ペクター。しっかりするです」

 ペクターはあたしの声に反応しないです。

「……ラウル。逃げるです」

 きっとこの声はラウルには届かないです。

 それに、あたしたちのしてきたことは、ラウルから信頼されなくなって当然です。

 でも、ラウル。あなたはあたしたちの仲間です。

 せめて妹を守って、あたしたちの分まで……。

「…………」

第48話 死神は勇者を求めラウルを脅す

「さて、ベルトレットを出せ」

「うおっ! もしかして、死神か?」

「なぜわかった」

「なぜって……」

 そりゃ、シニーと同じようなカマを持ってるからだが、言っても伝わらないだろう。

 俺は一歩前に出て仲間たちの前に立った。

 邪神を倒し男に戻った俺と、その仲間たちの前に、大ぶりのカマを手にした少女が姿を現した。

 年のほどはタマミよりも幼そうに見えるが、こんなところにやってくるということは、ただ者ではないだろう。

「シニーがどうかしたか?」

「いや、シニーちゃんの知り合いかなって」

 思わずシニーを見ていたのか、シニーが俺に首をかしげながら聞いてくる。

 しかし、シニーは新しく現れた死神を見ても首をかしげたままだった。

「知らんな。こんな女の子ども」

 そんなもんか。

 ただ、そんなシニーのことをどう思ったか、死神はシニーの首にカマを当てた。

「知らないはこっちのセリフだ。オレは、そうだな。死神に名前はないが、アリスとでも名乗っておこうか」

 シニーは首元にカマがあるにも関わらず、動じる様子もなくアリスと名乗った死神の目をじっと見つめ返している。

「お前、死神でありながどうして人間に肩入れする? この状況、オレと協力してこの場にいる人間を全員殺すという考えはないのか?」

「ない」

 即答だった。

「なぜだ。勝てないとでも言うのか?」

「それもある。けど、それよりシニーはラウルにほめられるとなんだか胸があったかくなる。それがいいだけ。だからシニーはラウルに肩入れする」

「ハハッ。冗談を」

「……」

「まさか本気で言ってるのか? それがダンジョンで人を殺し、死神と恐れられたモンスターのセリフか?」

「そうだ」

「チッ。ガキみたいなこと抜かしやがって」

 アリスは怒りに任せて一気にカマを振り抜こうとした。

 俺はアリスのカマを握って動きを止めた。

「なっ!」

「落ち着けって」

「チッ。ますます面倒だ」

 アリスはそこでカマをしまった。ひとまずこの場でシニーを殺す気はなくなったようだ。

「せっかく死神に会えたんだ。協力関係を結べると思ったが、そうもいかないか」

「カマは面白そうだった」

「うるせぇ! オレは他の死神と話がしたかったわけじゃないんだよ」

「そうだ。どうしてお前はここに来たんだ?」

 俺が聞くと、アリスはクッククと笑いをこらえるように、少女のものとは思えない声を漏らした。

「痛めつけても話さないみたいだしな。シニーとか言ったか? コイツはさらっていく」

「おい。目的は結局シニーかよ」

 シニーを抱きかかえると、アリスは宙に浮かび出した。

 抵抗するシニーだが、アリスはその手を離す様子がない。

「49日後までにベルトレットを用意しろ。死んでるなら生き返らせろ。お前らの中にはそれができるやつが一人くらいいるんだろ? お前ら全員を殺したらベルトレットにたどり着けなさそうだからな。勇者が本命だ。用意できないってんならコイツは力づくでも奪い返せ。ま、勇者のいないお前らには不可能な話だろうけどな。ゲヒャヒャヒャヒャ!」

「随分待ってくれるんだな」

「死神のシャレ」

「うるさい! オレはコーロントにいる。目的の日を一日すぎるたび、善良な市民を一人ずつ殺していくからな!」
 
 そんな捨てゼリフを残してアリスは姿を消した。

 動けなかった。

 油断していたせいか、それともアリスのスキルなのかわからないが、跳べば届く距離だったのに動けなかった。

「スキルだろう。我も今のは何かわからないが、少なくとも我がすぐにどうこうできないということは精神性ではなく肉体的なスキルだ」

「ならばワタクシの出番ですね。ラウル様に代わってワタクシがあの死神と戦って差し上げます」

「そもそも、あのアザは殺した者を封印するアザ。おそらく封印したものの死神に乗っ取られたのではないか。単純に戦ってどうこうって話では……」

「また、ベルトレットのせいってことか。いや、ウランクが悪いのか。って、その前に、行けるかどうかだろ。コーロントってどこにあるんだ? ベルトレットはもういないんだ。力づくで奪い返すしかない」

「シニーちゃんなら一人でも戻って来られるじゃないの?」

「まあ、それも少しは思ったが」

 不思議そうにラーブが聞いてくる。

「薄情!」

「ラーブが言ったんだろ」

「冗談だって」

 ケラケラ笑うラーブ。

 全く、今はシニーのピンチだろうに。

「アイツは仲間だ。それに、自分で抵抗できないんじゃ戻ってくるのも無理だろ? で、どうなんだ? 何か知らないか?」

「……」

 しかし、俺の質問に対しなぜか誰も返事をしない。

 もしかして、誰にも知られていないような場所なのか?

 俺もそんなに地理が詳しい方じゃないから人のことを責められないが。

「我から言えることは一つ。魔王の部下にならなかった荒くれモンスターたちの巣窟。その最奥にあるダンジョンの名前ということだ」

「なら、ヨーリンが何か知ってるんじゃないのか?」

「ええ。多少は。ですが、神様の言う通り、誰一人ワタクシの部下ではありません。場所しか把握していないと言っていいでしょう。ウランクが説得を試み失敗しています。道中話の通じる方々はいないと思った方がいいでしょう」

「なら、神の移動は?」

「残念だが人の話を聞かないようなやつらの居場所だ。誰も神に祈ったりはしない。自分か他の何かを狂信的なまでに信じている。我の力で立ち入れる場所ではない」

 ということは、自らの足で目指さないといけないわけか。

 だが、どこにあるのかを知っているなら大丈夫だろう。

 期日までは多少時間がある。邪神討伐の疲労もあるだろうし、情報を整理してからシニーを助け出そう。

 できるだけ早い方がいいが、シニーは女の子の前に死神だ。簡単にくたばるようなやつじゃない。それは俺がわかっている。

「焦っても仕方ない。じっくり目指すことにしよう。まずは休息が俺たちのやることだ」

「なら、ワタクシとベッドで」

「あの部屋全員入らないだろ。って思ったけど、帰るよりはあそこが近いか。俺男だぞ?」

「大丈夫大丈夫。おにいはほら、わたしの姿に戻って。ヨーリンさん。お風呂とかある?」

「もちろんです」

「お、おい。なんで乗り気なんだよ」

 まあ、疲れて元気がないよりはいいか。

 俺たちは予想外にも魔王城で一夜を明かした。

第49話 誰とシニーを助けに行くか

 邪神を倒した直後、死神アリスによってシニーがさらわれた。

 期限までにベルトレットを連れて来なければ、シニーや他の人間の命が奪われるらしい。

 しかし、ベルトレットはいない。こうなれば力付くしかないが、幸い期限までまだ時間がある。

 焦ってしくじっては元も子もないため、俺たちは十分な休息をとることにした。

「さて、全員起きたな」

 俺の体は神の力によって、好きなタイミングで男にも女にもなれるようになった。

 昨日はあたかも今回の件に巻き込むような形で話を進めてしまったが、仲間たちには正直に話すことは昨夜から決めていた。

「シニーの救出について話したいことがある」

 俺の呼びかけにみんなは顔を上げた。

「どしたのラウルちゃん。改まって」

「まあ聞いてくれ」

「別にいつでも聞きますけど」

 みな、俺の様子を見て、不思議そうに顔を見合わせている。

「シニーの救出は俺と行きたい人が来てくれ。ヨーリンからの話で危険なことはわかっている。みんなが大事だからこそ、危険な目に合わせたくない。だから無理について来てくれとは言わない」

 そもそも、今まともな戦闘ができるのは俺とアルカだけだ。

 ベヒは時と場合によるし、ラーブはスキル頼り、タマミは完全にサポーターだ。戦えたシニーはさらわれてしまった。

 ここまでの敵はなんとかできたが、邪神との戦いではスライムに大きな怪我をさせてしまった。

 俺の信頼がなくなっていてもおかしくはない。

 しかし、タマミもラーブも笑顔のままだ。

「水臭いですよラウルちゃん」

「え?」

「そうそう。私たちのことを気遣ってくれるのはありがたいけど、私たちだってシニーちゃんを助けたい気持ちはおんなじなんだから。ね?」

「うん」

「ベヒも! ラウルの力になる」

 みな強く頷き、俺のことをまっすぐ見ている。

「そう、なのか?」

「そこまで疑われると心外だなー」

「そうそう! 他人を頼ることは悪いことじゃないですよ」

「ベヒも一人じゃ弱いから。みんなに助けてもらってた」

 どうやら俺が信頼されていないというのは、俺のただの思い込みだったらしい。

「じゃあ、頼りにしてるぜ」

 本当に嫌われていても傷つかないように、自分から予防線を張って、自分を守っていたのは俺の方だったようだ。

「おうともさ! サポートは私に任せて」

「私だってここまで戦ってきたんだからね。私のスキルも役に立ってきたでしょ?」

「ベヒもできることはやる」

 三人とも俺のことを信頼してくれているようだ。

 冗談のように叩いてくるというか。

「いや、あはは。くすぐったいって。何してんのさ」

「「「変なこと言ったバツ」」」

 そうだった。今はアルカの姿だった。女子ばかりという状況にアルカの提案でアルカの姿になったんだった。

 色々と体の長さが違うからか攻撃以外には特に弱い。

 そのせいか、いつもよりなんだかくすぐったい気もする。

「ちょ、やめ。あは、は、話はまだ終わってない」

「お、おにい!」

 アルカが割って入ってきてくれたおかげで、俺は三人のくすぐりから解放された。

 危うく笑い殺されるところだった。

「ありがとな。助かったよアルカ」

「ううん。おにいは私のお兄ちゃんだから!」

「ん? 当たり前だろ。急に何言ってるんだ?」

 まだ考えがまとまっていないのか、アルカは俺から目線をそらしながら何かを考えている様子だった。

 どうかしたのだろうか。

「何かあったのか?」

「い、いや、その。おにいとこんなに仲のいい女の人、今まではいなかったから。勇者パーティではみんな少し距離感があった気がして」

「ああ。確かにな。途中からはベルトレットに夢中って感じだったしなぁ。俺、今までモテて来なかったからなぁ」

「違うの! そうじゃなくて」

 アルカは必死に手を振って違うことをアピールしてくる。

 けれど、俺がモテなかったことは事実で、そこを否定されるとさすがにお世辞がすぎる気がする。

 まあ、兄にお世辞を言うってのもよくわからないが。

 そんな様子をラーブがニヤニヤしながら見ていた。

「ラーブからも言いたいことがあるのか?」

「別に? ただ、ラウルちゃんの妹ちゃんってかわいい子だなーと思って。お兄ちゃんを取られちゃうんじゃないかって心配なんでしょ?」

「ち、ちが、違います! おにいが誰と仲良くしてようといいです!」

「それってなんか冷たくない?」

 妹の兄離れってこうやって勝手に進んでいくんだな。

「お、落ち込まないでおにい。わたしはおにいのことが嫌いってことじゃなくて、おにいはおにいで自由だからって意味で」

「そうか?」

 ぶんぶんと首を縦に振って誠意を伝えてくるアルカ。

 まあ、俺も妹にどうでもいいと言われて傷つくような年でもないか。

 いや、やっぱりちょっとショックだ。

 俺は俺で自由だからって言われてホッとしてる。

「ありがとな」

「うん!」

「二人とも本当に仲良いんだね。嫉妬しちゃうくらい」

「まあな」

「ハイ! 他に家族もいませんから……」

「大丈夫! 私たちを家族みたいに思ってもらっていいから。ね、タマミちゃん」

「もちろん!」

「ありがとうございます」

 アルカもだいぶ仲間たちと打ち解けたようだ。

 勇者パーティにいた時は俺に警告を出すほどパーティメンバーを信用していない様子だった。

 確かに、結果としては途中からベルトレットが魔王に乗っ取られていたのだから、アルカの判断は間違いじゃなかった。

 俺のために気をすり減らしてくれていたのだろう。

 アルカが何を言おうとしていたのか俺にはよくわからなかったが、大丈夫だろう。

「べ、ベヒも!」

「わかってるよ」

 焦ったように言ってくるベヒの頭を、くしゃくしゃっと撫でてやると、ベヒは照れたように笑っている。

 ついてきてくれると言うのなら、その言葉に甘えよう。

 仲間がいた方が心強いのは事実だ。

「仲間がいなければ、仲間を探す必要があったのだぞ」

「魔王軍で行っても言うことを聞かないのです。ラウル様の実力でも協力者は必要だと思いますわ。ワタクシのような」

「神もヨーリンも忠告ありがとな」

 俺は本当にいい仲間を持ったようだ。

「休んだらシニーちゃんを助けに行こうか」

「「「「オー!」」」」

 仲間たちの声を聞き胸が熱くなるのを感じた。

第50話 死神の居場所、コーロントへ

 ボロボロだった装備も整え、俺たちは死神アリスを目指してコーロントへと向かった。

 俺が使う防具を用意するのが一番骨が折れた。まさか一人で二セット用意することになるとはこれまで考えもしなかった。

 アルカの姿でここまで来てしまったが、どうしたものか。

 少し不安になりながらも見えて来てしまったのは、魔王城やこれまで戦ってきた八芒星の領地とは違い、荒れ放題の土地だった。

「壊された街ってより、ただ住んでるだけって感じだな。モンスターすらいるのかどうか怪しいぞ」

「何かしらの文化とかもない感じ?」

 ラーブが辺りをウロウロし出した。

「生活とかってどうしてるんでしょう?」

 タマミも不思議そうに見渡している。

「ベヒは大穴」

 ベヒは自慢げに言った。

「巨龍だったんだっけ。そうだよね。巨龍なら規模が違うから仕方ないけど、普通モンスターってゴブリンとかでも集まってればもうちょっと家っぽいものがあるよね?」

 アルカが俺に聞いてきた。

「ああ。勇者パーティとして活動するそれ以前から見てきたモンスターならもっと生活感があった」

「だよね」

 すでに怪しさ満点で、今見ている場所にはとてもじゃないが生活している形跡を見て取れない。

 砂漠に少し手をかけたようなそんな状態だった。

「うわっ。崩れてきた。ひぇーぼろっち」

 壁のようなものに触れたラーブが慌てて俺のところまで逃げてきた。

 触ると崩れるような家じゃとてもじゃないが住むことはできないだろうな。

「なあ神、本当にモンスターは住んでるのか?」

「気配はある。そもそも感じているだろう」

「まあな。俺たちのことをうかがってるのはわかる。そこそこ実力はあるみたいだが」

 少し先で道をふさぐようにその巨体を横たわらせているやつらが複数見える。

 果たしてすでに姿を見せて様子をうかがっているようなやつの実力はどの程度のものだろうか。

「ヨーリン。そもそもここにいるやつらは四天王よりも強かったのか?」

「そうですね。荒削りなのでここから先でも場所によって実力にばらつきはあります。中には、四天王よりも強いモンスターもいました。もちろんワタクシより強いということはありませんが」

「じゃ、大丈夫だな」

「もちろんです。ワタクシをほれさせたラウル様の向かう先に敵はいません」

 実力的にって話だったんだが、ヨーリンが興奮するだけでも俺の力が増幅しているようだし、いいだろう。

「みんなは俺の後ろに下がっておくように、タマミ、念の為みんなにスキルを発動しておいてくれ」

「全力でやるね」

「頼む。背中はアルカに任せた」

「おにいと一緒なら負けないよ」

 二人の様子を確認をしてから、俺は巨体に進み出した。

「ちょっとー私たちはー?」

「ベヒたちはー?」

 ラーブがベヒの肩に手を乗せている。わざとらしく口を尖らせながら二人が聞いてきた。

「二人はつかず離れずの位置にいてくれ、ラーブもベヒちゃんも俺が戦って相手の戦い方を知ってからのが動きやすいだろ?」

「確かに」

「わかった」

 ラーブの応援軍団は邪神の時から街の防衛を任せてあるため今回もいない。

 さて、明らかに邪魔してるやつらの場所まで行くか。

「おっと。おうおう! 人間。ここがどこだかわかっての来たのか?」

 少し近づこうものなら、巨人が大声で怒鳴りつけてきた。

 巨人と言っても頭が見えているし俺の三倍くらいしかない。巨龍と比べれば俺たち人間と大差ない。

 それに、今はアルカの姿だから男の俺ならもう少し小さく見えたことだろう。

「ギャハハハハハ! ビビって声もでねぇか。ちっせぇなぁ。誰か可愛がってやれよ」

 黙っているのを怯えていると判断したらしく大声で笑われる。

 十分離れていてもよだれが飛んできそうな汚い笑い方が不愉快だ。

「おいらがやるよ。かわいこちゃーん。おいらのおもちゃになってくれるのかなー?」

 のしのしと一歩一歩地面を揺らしながら巨体が近づいてくる。

 ゆっくりだが歩幅が大きいせいですぐに俺の目の前まで来てしまった。

 対処法を考えていなかった俺は、歩いてくる巨人を反射的に叩いてしまった。

「あ、やべ」

 気づいた時には、巨人はすでにボロボロな壁だったものにうずくまっている。

 場が凍りついてしまった。

 こういう時は、えっと。

「あー。ごめんなさーい。ハエが近づいてきたのかと思ってー」

 女の武器。できるだけかわいく振る舞う。

 らしい。

「テメェ! おれの部下をよくもやってくれたな! 全員でぶっ飛ばすぞ」

「オウ! 調子に乗ってんじゃねぇぞメスガキ!」

 ダメでした。

 慣れないことはやるもんじゃないね。

「俺は多分メスガキじゃないぞ」

「ウルセェ!」

 話が通じない様子。

 伸びてくる大量の腕。

 しかしその一発一発はどれも簡単に目で追うことができる。

「楽勝だな」

 俺は思い切り腕を振り上げた。

 その風圧で巨人たちはひっくり返り、落下の勢いで地面に刺さってしまった。

「さあて一発目! ってもう終わりか?」

「おにい。やりすぎ」

 アルカが苦笑いでこっちを見ていた。

 巨人だけでなく建物のようなものまで壊してしまったらしいが、絡んできた荒くれ以外、ここに住んでいるモンスターもいなかったようだ。

 向こうから突っかかってきたんだし、問題ないだろ。

「ここで足止めくらう理由もないし、次行くとするか……」

 気にしないようにしていたが、すでに視界に入ってきてしまったため、俺は無視することができなかった。

「ラーブ。一応聞いておこうか」

「何?」

「誰それ」

「今の人たちから案内役に一人。ガラライちゃん!」

「ああ。そう」

 怯えた様子の女の子。赤ワインのような髪色をしている。

 荒くれ巨人だった頃と同じようにやぶいた布を胸と腰に巻いているだけの格好をしている。

 かなり怯えた様子でこちらを見ている。

 どうやら荒くれをスキルで女の子にしたようだ。全く気づけなかった。

 まあベヒが子分にしているようだし大丈夫だろう。

「さて、気を取り直して次に行くとしますか」

第51話 コーロントでの初めての休息

 かわいそうなほど貧相な見た目をしている案内役のガラライ。

 気にしないようにしてきたが、どうしても気になる。

 今は戦い相手も聞いてた通りの、会話ができないやからばかりのかなり面倒な道のりを案内させている。

 荒くれをラーブのスキルで女の子にしたせいか、ラーブが言うように俺が子どもに弱いのか見ているこっちが申し訳なくなってくる。

 だが特に貸し出せる装備もない。

「はー。疲れたー」

 ラーブが寄りかかってくる。

「自分で立って歩けないのか?」

「歩けるけどー。疲れたー」

 ラーブはあからさまだが、他のメンバーも準備を整えてきたとはいえ、慣れない場所のせいですでに疲労が溜まってきたのが目に見えてわかる。

 こんなところに人がいるはずもないし、装備も休みもどこか安全なところで考えるしかないか。

「ん? なんだアレ」

 遠巻きに見てもこれまでと雰囲気が違うのがわかった。

「サキュバスじゃない?」

 一応聖職者なだけあり、悪魔にも詳しいのかラーブが言った。

 尻尾や羽根の様子からしておそらくサキュバスなのだろうが、モンスターの実力としてはコーロントには不相応な気がする。

 よほど特殊な個体なのだろうか。

 ガラライの方をちろりと見ると、ラーブに隠れながら話し出した。

「力が全て、力さえあればなんでもできる。私たちの集まりはそうやって小さな集団で生活してます。ここはその一つ、サキュバスが集まるような場所です。男相手なら多分敵なしです」

 なるほど、力が弱くても男なら勝てるせいで生き残れているのか。

 つまり、男子禁制ってことか。

 まあ、チャームとか厄介そうだし、引っかかると一生エサにされるわけか。

「ですが、女性相手ならいがみ合う必要もないので人間相手でも友好的です」

「遠回りするか」

「どうしてですか? 私たちなら問題ないかと」

「ガラライちゃんもこう言ってるよ? ラウルちゃん。せっかく休めそうなところなんだよ?」

 タマミの言い分ももっともだ。

 ここまで戦闘が連続しているせいで体力消費が激しい。

 全員疲労困憊だ。

 だが。

「俺は絶対ここに入りたくない。身の危険を感じる」

「チャームなら我がいることで無効だぞ」

 神が言ってくる。

「そうです。サキュバス程度にそそのかされるラウル様ではありません!」

 ヨーリンまでもこう言ってくる。

「おにいはそもそもこんな時にぴったりのスキル持ってるじゃん」

 アルカが言いたいのは俺の変身だろう。あれはスキルと呼んでいいのかわからないが。

「別に俺がアルカの姿にもなれるのはこう言う時のためじゃないから」

 俺に抗議するようにベヒが眠そうに座り込んでしまった。

「ベヒ疲れた」

 元々巨龍だったとはいえ、今はただの幼い女の子。

 戦闘が続けば誰より疲れるか。

「ラウルちゃんって仲間のためって言いながら結構自分本位だよね」

「ぐぬぬぬぬぬ」

 永年自分本位のラーブに言われるとかなり悔しい。

「仕方ねぇ! サキュバスの村くらい入ってやってやんよ! 休めるってんなら休もうじゃねぇか!」

「行くのなら人伝で聞いた話ですが、サキュバスに対しては人間なら年下として甘える感じがいいらしいです」

「アドバイスありがとよ」

 俺が笑いかけると、ようやく少しは安心したようにガラライが笑い返してくれた。

 しかし、甘える? 甘えるってどうしたら。

「おにい、おにい」

 俺はアルカに呼び止められ、少し耳を傾けた。

「あ、あの」

「はあい?」

 今の俺はアルカと二人。

 大人っぽいサキュバスのお姉さんに今日の寝床を求めて声をかけた。

「お、わたし今日泊まる場所がないの。お姉さんに優しくしてほしいな?」

 顔がゆであがるように熱くなるのを感じる。

 これでいいのか。アルカ。なあ!

「いいわよ。うちへいらっしゃい」

 いいのか?

 さっそく家まで案内されるとそこはいかがわしい雰囲気。

「ここまで来られる人間の女の子なんていつぶりかしら。勇者のツレくらい?」

「へ、へー」

 ダメだ。このキャラクター。俺には無理だ。

 座り方も自由が効かないし、なんか落ち着かない。

 アルカの見た目でも今まで男のままでやってきたから全然できない。

 女の子って大変だ!

「もうげんか、むっ!」

 慌てた様子のアルカに口をふさがれた。

「……おとなしくしてて。女性には友好的って言ってもバレたらどうなるかわからないでしょ」

 俺はコクコクとうなずき、せめて黙っておくことにした。

「ねえ」

「はい?」

 俺の代わりに答えてくれるアルカの声に緊張感が帯びている。

「あなたたち実はかわいらしい男の子だったりしない? この辺、男のにおいがすると思わない?」

 舌なめずりをしながら、なまめかしい吐息を漏らしてサキュバスのお姉さんは頬を赤く上気させている。

 え、俺アルカの姿だよ? バレてるの?

「わたしたちは双子でお兄ちゃんいるから。ね?」

 なんて答えたらいいか慌てる俺にアルカは肘でついてくる。

「う、うん!」

「そうなの? うーん。確かに二人も男の子が目の前にいるにしてはにおいが薄い。確かに兄弟って考えると納得だわ」

 サキュバスのお姉さんは納得でも、俺はビミョーな気分なんだが。

「ごめんなさい。変な態度をとって。これがサキュバスの本能なの」

「いいえ。大丈夫ですよ」

「そう言ってもらえるとありがたいわ。その代わりと言ってはなんだけど、ここでゆっくり休んでいってもらっていいからね。この先にどんな用事があるのかは知らないけど、ここからが過酷だから」

「ありがとうございます」

「あ、ありがとうございます」

「ふふふ。かわいいお客さんね」

 気づくと寝てしまっていたのか、朝だった。

「……ひっ」

 俺は慌てて布団を抱き寄せた。

 今までそこまで寝相が悪かったことはなかったが、相当寝相が悪かったのだろう。

 俺は何も着ていなかった。

 だが、なんだろう。ものすごくスッキリしている。

 今までの人生で最高の目覚めだ。

「んー! おはよう!」

「お、おはよう」

 俺は思わず目をそらす。

 アルカも服を着ていなかったからだ。

 そして、アルカはそれを気にする様子もない。

 兄妹とはいえ気にするもんじゃないか?

「目が覚めた?」

 サキュバスは裸エプロンで何やら準備をしている。

「装備は手入れさせてもらったわ。朝食も食べてって」

 結局、至れり尽くせりやってもらってしまった。

 他のところで休んでいた仲間たちも存分に休めたようだった。

 結果としては無駄な戦闘も避けられ、回復もできた。案内役の装備まで用意してくれたようだ。

 だが。

「絶対来ない! 二度と!」

 十分離れてから俺は大声で叫んだ。

「ちょっと楽しそうだったよ? おにい」

「う、うるさい!」

 とにかく先を急ぐことにした。

「……いずれ会うお姉様方によろしくね。って聞こえないか」

 手を振るサキュバスのお姉さんが何か口を動かしている気がした。

第52話 迷子の森、死神の策略

 サキュバスの村を出てからしばらく歩き続けているが一向に景色に変化がない。

 森に入ってからか同じような木しか見ていないせいかもしれない。

 もしかしてここに来て道に迷ったか?

「ここさっきも通らなかった?」

 案内役であるガラライとともに先頭を歩く俺にラーブが後ろからどついてきた。

「痛っ。俺に当たるな」

「少し飽き飽きしてさ」

「まあ確かに同じところな気はしてたんだがな。ガラライこれはどういうことだ?」

「さ、さあ? 私にもわかりません」

「さあって……」

 案内役であるガラライがわからないとなるとこの森からの脱出方法がわからない。

「ちょっと待っててくれ」

 俺は一度高く飛び上がってみた。が。

「俺たちどっちから来たんだ?」

 サキュバスの村がどこにあったかわからないほどで、見渡す限り森だった。

 そこまで深いところまで歩いたつもりもなかったが。

「これは幻覚か?」

「いや、幻覚ならば我の力で防げているはずだ。これは森にしかけられたワナだろう」

「なるほどな」

 俺は着地してから仲間たちに状況を伝えた。

 仲間たちに混乱が広がらないように努めたが難しいだろう。

 さっそく視線はガラライに集中してしまった。

「……!」

 怯えた様子でガラライはラーブの背中に隠れ、顔だけ出すような姿勢になった。

 今回はしっかりラーブになつくスキルは発動しているようだ。

 だが、今のラーブは森の中で嫌気がさしているのか、あまり守ろうという気配を感じない。

「ガラライちゃん。どうしてこんなことになってるの?」

「だ、だって……」

 ガラライは黙ってしまう。

「話せないこと?」

 首を横に振るガラライ。何かを恐れつつもガラライは口を開いた。

「言いにくいんですが、実は、私たちの仲間は誰もここまで来たことがないんです」

「え!?」

「もっと言えば、みなさんと会った場所から動いたことすらないんです。魔王軍相手に勝てたから調子に乗って、でもコーロントでは一番弱くて、でも外からの相手なら楽勝で勝てて、調子に乗ってたんです。ごめんなさいぃ」

「マジか」

 俺たちをバカにしていたあの調子の乗り方で、外からの相手にしか勝っていなかったのか。

 こうなると、相手にしたのも魔王軍の下っ端だったのだろう。

 それでも勝ったことは事実で自信だけつけてしまった。

「だますつもりはなかったんですぅ。でも、言い出せなくてぇ」

 泣きそうな顔でガラライは言ってくる。

「いい、いい。気にしなくていい。別に強さだけが全てなんて俺も考えてない。ラーブが案内役とか言ったから、俺も役割を押しつけてしまった」

「私のせい?」

「そうじゃない。元々は死神がシニーちゃんをさらったことが悪いんだ」

「そう、ですか?」

「ああ。だからガラライは気にしなくていい」

 俺の言葉を聞いてベヒがガラライの頭に手を伸ばした。

「いい子いい子ー」

 ガラライはビクッと体を震えさせたが、敵意がないことがわかると力を抜き表情が笑顔になった。

 先輩としてなのか、ベヒもガラライを落ち着かせようとしてくれているようだ。

「ギャハハハハハ!」

 かわいらしい高い声に似合わない笑い方が遠くから響いてくる。

 聞き覚えのある嫌な声だ。

「死神アリス」

「覚えててくれたかー。まあ、ここにいるってことはそういうことだよな。ベルトレットの姿は見えないが? まさか蘇生役がこのコーロントにいるってのか?」

「いいや?」

「なら、まさかオレに勝ってあの女を取り戻すつもりなのか?」

「そうだと言ったら?」

 アリスは無表情になった。

「ギャハハハハハ!」

 そしてすぐ、腹を抱えて笑い出した。

「笑える冗談はよせ。あの時動けなかったお前らに何ができるってんだよ!」

「ならシニーのところまで連れてけよ。今すぐぶっ飛ばしてやる」

「誰が真っ直ぐ招待してやるかよ。そんなこと一言も言ってないだろ?」

「このやろ!」

 そもそもコイツが約束を守るなんて保証はない。期限前でもシニーは危険かもしれない。

「来れるもんならここまで来るといいさ!」

 宙にぷかぷかと浮いてアリスは挑発してきている。

 余裕しゃくしゃくといった様子でスキだらけだ。

「ベヒちゃん」

「何?」

「俺が離れれば戦闘能力はベヒちゃんが一番だ。少しの間みんなを任せたぞ」

「はーい!」

 俺はベヒの元気な返事を聞いてからしゃがみ込み、勢いよく死神アリスめがけて跳び上がった。

「とった!」

 一瞬で胸ぐらを掴み、俺は笑みを浮かべる。

「さあ、白状してもらおうか。もうお前のスキルは効かないからな」

「キャハ! こわーい。でも残念。これは身代わりでね」

 ぽんっ! 音を立てて白煙が上がると死神アリスの姿はなかった。代わりに俺の握っていたものは女の子のお人形に変わってしまった。

 浮遊を相手に任せていたせいで俺はその場にとどまれなくなった。

「な、落ちる。飛行はできない」

「任せてください」

 ヨーリンの声かけも虚しく、俺のことを掴み出す何かが無数に現れた。

「手? 引っ張られてる!?」

「ギャハハハハハ! 大魔王の助力も無駄無駄ァ!」

 ヨーリンが何をしようとしていたのかわかるより前に空がどんどん遠くなっていく。

「表にあるものが全てじゃない。裏にこそ真相があるもんさ。せいぜいあがきな。オレの用意した部下たちの裏の世界を」

 その言葉を最後に人形から放たれていた魔力は消え、完全に動かなくなった。

 アリスからの魔力が何かの引き金になっていたのか、手の引っ張る力が強くなった。

 手は俺を穴に吸い込もうとする。

「ラウルちゃん!」

「おにい!」

 そこに追いかけてこようとする仲間たち。

「来るな! すぐに戻る!」

 俺は大声で仲間たちを制止した。

「私は行きます!」

「ガラライ?」

 俺の制止も聞かずガラライは俺の胸に飛び込んできた。

第53話 謎の手に招かれた地下

 謎の手に引っ張られるまま、俺とガラライは地下へと連れてこられた。

 今いる場所は日の光がほとんど届かない暗がりだ。そのせいでよく見えない。

 どうくつのようだが、ここはなんのための場所なんだ。

 一応遠くも見えているのは、おそらく神の力のおかげだろうか。

 さて。

「おい。どうして俺についてきた」

 案内役としての役割を押しつけられていたガラライが、びくりとして俺の方を見た。

 しかし、俺を探すようにキョロキョロと近くを見回しているのを見ると、俺よりも周りが見えていないのだろう。

「え、えーと……どうしようなんて言おう」

 どういうわけか答えに困っている様子だ。

 考えがあってきたんじゃないのか?

 ここについては知っているとか。

「……そ、そうだ。こほん! へっ! そりゃ、ここで共倒れになりゃ倒された仲間に顔向けできるからな!」

 なるほどそういう腹づもりか。

「ということは俺にやられる覚悟で来たのか。それで人目につかないところに来るとはなかなか肝が据わってるな」

「あ、ち、違います。ちょ、ちょっと待ってください。止まって! 止まって!」

 ガラライは本気で焦った様子で、ぶんぶんと振っている。

 少しずれた方向だが俺に止まるように言っているんだよな。

「違うのか?」

「じょ、冗談ですよ。あはは。場を和ませようとしたんです」

「ならもうちょっと内容を考えてくれよ」

「すみません」

 がっくりとへこんでいるところを見ると、どうやら本当に気を紛らわせようとしてくれたみたいだ。

「私だって勝てないことくらいわかってます。共倒れすら無理だってことも……。ただ、男として、このまま任された役割すら果たせないのは嫌なんすよ。それこそ仲間の元へはもう戻れない私のやれることだと思うんです」

「ふーん。その見た目で?」

「ら、ラウルさんに言われたくないです!」

 気を紛らわせようとしてくれるだけはあり、多少は俺に対しても恐怖はなくなったらしい。

「あっ」

「大丈夫だ。うっせぇって思ったけど、それくらいでいい。ラーブがスキルを使った相手ってのは大体そんな感じだ」

「ありがとうございます」

 俺としてもここに一人で来るよりは気持ち的に楽だ。

 他にも幸いなことに、サキュバスから与えられたスカート状の防具も気にせず使ってくれているし。

 不安なことがあるとすれば戦闘力ぐらいだ。

 その辺にほっぽり出すこともできないし。

「だが、ゆっくり話している時間はなさそうだな」

 地面についた時は離れていた手が再び近づいてきた。

「ぶん!」

 と空気を震わせて俺の目の前を引き裂いた。

「ほぼ素手とはいえ結構な勢いなんだな」

 間一髪、ガラライを抱えて後ろに下がったからよかったものの、当たっていたら俺は無事でもガラライが危なかったかもしれない。

「ぺしぺしって叩いても直接なら弱いな。攻撃特化か」

 一本一本は造作もないが集まってくると厄介だ。量によっては身動きが取れなくなるとわかっている。

 ヨーリンの力で弱点を作り出しても、結局一本ずつ相手にしているのと同じだし。

 そもそも奥から伸びている様子で実際の総数も把握できていない。

「くっ! はっ! くそ。キリがないな」

 仕方なく伸びてくる手をはたき落とすが次々と手はせまってくる。

 このまま相手していたらいつまで経っても脱出できない。

 それに、なんだか変なところを狙ってきている気がする。

「どうする? 何か対策はないか?」

「このまま持久戦をすればいいんじゃないか?」

「そんなのラウル様には似合いません。パーっとやりましょうパーっと」

「俺には派手な技ってのもない気がするんだが。本体みたいなのがあれば話は別だが」

「あの。今のってどなたと話してるんですか?」

「その話は後だ」

 さっきよりも手の数が多くなっている気がする。

 続々とやって来る手に押されているのか、量もスピードも増している様子だ。

 段々とはたくコツを掴んできたが、それでもこのままの調子では手が俺たちを囲む方が先な気がする。

「ガラライ。しゃがんでろ」

「は、はい!」

 俺はガラライがしゃがんだのを見て、拳を突き上げた。

「ふん!」

 少し手を吹き飛ばすことには成功したが、荒くれたちより頑丈らしく、これだけでくたばるような手はない。

 スピードアップして俺に近づいてくるだけだ。

 気持ち悪いが、神とヨーリンの力を借りて戦うしかないのか?

 そう思っていると突如としてガラライが手の群れに向かって走り出した。

「お前、何やってる!」

 今までは俺の後ろで守られていたが、急にどうしたんだ。

「まさかこの手に何かスキルが?」

「いや、こいつらは量にモノを言わせるタイプのモンスターだ」

「じゃあ、一体」

「こ、ここは私がなんとかしますから。ラウルさんは先に行っていてください!」

 ガラライは威勢よく言った。だがその体は震えている。

 案の定微妙に手の方向からもずれていたが、どういうわけか手はわざわざガラライの方向に進行方向を変更し集中し出した。

 なるほど。バラバラにくるなら相手するのは手間だが、これなら……。

 ああ、いける。

 俺は考えをまとめガラライの頭に手を乗せた。

「え?」

「下がってな。ここは俺に任せろ」

「でも」

「心を入れ替えたってんなら、お前はもう仲間だ」

 驚いたように俺のことを見上げてくるガラライ。

「はい!」

 その返事とともに手はスピードを上げ一直線で俺に対して、いや、ガラライに対して突っ込んできた。

第54話 増殖する手の対処法

 任せろと言って俺はガラライを後ろに下がらせたわけだが。

 実際のところ特別な対処法を思いついたわけではない。

 ただ、大きな声を出した時に、手が一直線に集まってくることに気づいただけだ。

 神の力で地下でも先まで見えるからわかったことだろう。

「ふん!」

 俺はひとまず剣を抜き放ち、近くの手を切り伏せた。

「……? もしかして持久戦を?」

「いいや」

 まとまった手を切り伏せたことで少しの間、手が来るのが止んだ。

 どうやら、ある程度の量はあるにしても限度があるようだ。

 再びやってきた手は一つ一つ対処してきていた時には気づかなかったが、規則性を持って俺たちの方へと順番に迫ってくる。

 やはり、無限ではない。

「ふっ! はっ!」

 声を漏らすだけでも手は俺に向かってやってくる。体が動く音だけでもすぐに感知して手は俺をおそってくる。

 目がない代わりに光のない場所でも敵を把握できる能力を持っているようだ。

「くそっ。やめろ!」

 だが、そっと下からこられると、足や腕を掴まれ桃に指を這わせられる。そこにどんな意味があるのかはわからないが、気持ち悪さに思わず感情的になってしまう。

 まるで蜘蛛が足元から這い上がってくるような嫌悪感だ。

「いやらしい手つきだ」

 とても手だけとは思えない。本体がどこかにあるはずだ。

 アルカの体を辱めやがって。

 かといってすぐに男に戻るわけにもいかない。

 装備は地上に置いてきてしまっている。

「この。離れろ!」

 声に反応しているとわかったが、気づいたとしても少し準備が必要だ。

 バラバラだとどうしようもないから、どこかで様子を見てまとめて戦ってしまえばいい。

 全てを一気に集めて切ってしまえば決着はすぐそこだ。

 後方確認。

 ガラライも俺から十分離れることができた。

 注意は全て俺に向いている。

「準備は整った」

 あとはガラライがやっていたように俺への注意を一直線に集めればいい。

「ふん!」

 拳を振り上げ、俺は手を吹き飛ばした。

 今はこれで十分。

 俺は一歩引いてから息を吸い込んだ。

「かかってこい!」

 暗がりを反響する俺の声。

 だが、手は一斉に一直線で俺に向かって猛スピードで迫ってくる。

 ゆったり探るような雰囲気は全くなく、俺を攻撃する目的で真っ直ぐと、まるで木の幹のように密集してやってくる。

「うおおおおおお!」

 俺はその手の塊を一刀両断した。

 まとまっている頑丈さは俺に対しては無意味だ。

 おそらく強敵に対し、決着をつけるための機能なのだろう。

「分析している場合じゃない」

 腕のような部分を適度に切り離しながら、俺は手を根元に向かって全速力でかけた。

 走りながらでも切っていく。

 効果があるのか知らないが、ダメージが入っている時の方が、次が出てくるまでのスピードが遅かった気がする。

「見えた」

 予想通り、手には本体となるような部分があった。

 モンスターではなく、手というモンスターのコアになるような部分だろう。

 光る球のようなものが手の根元に、壁に埋まる形で設置されていた。

 そこからは今にも新しい手がそこから生えようとしている。

 ダメージを入れているおかげか、なかなか手の形ができるまで時間がかかっているようだ。

「残念だったな。動けなくて。アルカの体に不用意に触った罰だ!」

 まあ俺の体でもあるのだが、そんなことはどうでもいい。

 俺は思いっきり剣を振りかぶると光る球に叩きつけた。

 球は剣がぶつかるとすぐにヒビが入り、粉々に跡形もなく砕け散った。

「ふっ。よしやり!」

 球から出てこようとしていた手にもトドメを刺し、俺は急いでガラライの元までかけた。

「大丈夫だったか?」

 近くを見回すが手が復活した様子はない。

 少しずつ手の方も形が崩れ消えていくようだった。

「はい」

 ガラライは戸惑った様子で返事をした。

 まあ、敵を倒し冷静になった状態で色々と思うこともあるだろう。

 俺としては仲間と言った手前、ガラライに対し雑な扱いはできない。

 理由も説明せずに戻れば、ラーブからどんな扱いを受けるかわかったものではない。

「あの……ありがとうございました」

「いいんだ。その代わり、できることは頼むかもしれないから覚悟しとけよ」

「もちろんです!」

「クックック。仲のいいこった。第一ステージクリアおめでとう」

 どこからともなく、くぐもった声が響いてきた。

 聞き覚えのない声だ。

 それに死神アリスの声とは似ても似つかない男のような声。

「誰だ?」

「第二ステージといこうか」

 俺の質問を無視し、声は言った。

 すると遠くの方で何かが崩れる音がした。

 手のコアがあった方向だ。

 だが、第二ステージなんて言っているが付き合ってやる義理はない。

「帰るぞガラライ」

「え、今の流れで帰るんですか? でも、どうやって……」

 俺はニヤリと笑いかけガラライを抱え上げた。

「え、え。急に何を?」

「こうするんだよ!」

 俺は唯一うっすらと光の差し込む上を見上げた。

 俺たちが落ちてきた場所だ。

 そう、俺は今から跳び上がる。

 足りなければ壁を蹴ってでも這い上がる。

「ヒッヒヒ。そんな簡単に返すと思ってるのかい?」

 笑い声とともに再びくぐもった声が響いてきた。

第55話 脱出成功……?

「このくらいの高さ壁もあれば楽勝だ」

 俺とガラライが落ちてきた穴。俺はその壁を蹴り、上を目指していた。

 壁面さえあれば一度で跳び上がれなくとも登ることは簡単だ。

 あとは手みたいな邪魔さえなければってところか。

「本当に帰るならやはり対策しないを出さないとねぇ」

「ここまでは順調みたいですけど、返してくれないみたいですよ?」

「大丈夫だ。表に出てこないやつを恐れていても仕方ないだろ」

「そうかもしれないですけど……」

 ガラライは心配性らしい。

 俺は落とさないためにも強く抱きしめた。

「このまま行くぜ」

「舐めたこと言ってくれるねぇ」

 どうやって話しかけているのか知らないが、登り始めても声は聞こえてくる。

「おっと、もうそこまできたか。そこを越えるともうダメだよ?」

 そこというのがどこだかわからないが、おそらく壁に引かれた赤い線のことを言っているのだろう。

 何がダメなのか知らないが、俺が相手のルールに合わせてやっていたのは手が邪魔で帰れなかったからだ。

「悪いが、意味のないルールに従うほど俺もバカじゃないんでね」

「そうか。なら、ペナルティ!」

 赤い線を超え壁に足をかけた瞬間、俺の足が何かに掴まれた。

 また手かと思ったがそうじゃない、これは。

「ゴーレム? なんでこんなところに」

「フヒッ。いい反応いい反応。壁にゴーレムなんて驚くよね。でもそんなこと簡単、楽チン。逆らったバツさぁ!」

 ゴーレムはかなりの力で俺の足を掴んだまま離さない。

 骨が折れる心配はないが、このまま抵抗しないと身動きが取れない。

 ここから先毎回ゴーレムに捕まるとなると時間がかかりすぎる。

 それに、ゴーレムの大きさも今のと同じサイズとは限らない。

「あーあ。最初から言うことを聞いておけばよかったのになー」

「ガラライ。無事か?」

「はい。私は大丈夫です。でもラウルさん、足が」

「俺は大丈夫だ。心配するな。ガラライが無事ならそれでいい」

「ここからどうするんです?」

「そればっかりだな」

「すみません」

「いや、いい。対処法は大事だ。ならわかるな。しっかりつかまってろよ」

「は、はい!」

 返事をし俺につかまったガラライを見てから、俺も再度ガラライをしっかりと抱える。

 それから、自由になっている方の足を壁に蹴りつけゴーレムを破壊すると、掴んでいたものがなくなり俺は空中に放り出された。

「ここでワタクシの出番なわけですね」

「そうか。飛行を任せろみたいなこと言ってたな」

「はい。覚えていてくださり光栄です。ワタクシ嬉しいです。とても嬉しいので早速」

「おっと。止まれヨーリン」

 俺の足を登ってきていた影は俺の指示で動きが止まる。

「どうしてですか?」

「飛んだからと言って安全に脱出できるとは限らない。そもそも俺たちは森から出られなくなってたんだ。どこの誰だかわからないがこいつに聞いた方が早いはずだ。おそらくだが死神とも何かつながっているはずだ」

「ご名答! でも、気づいたところで何ができる? ゴーレムには対処できたようだが落下の衝撃に耐えられるのか?」

 そんなの簡単だろ。

 両足を地面につけ俺は両足から着地した。

「なっ」

「驚くところじゃないだろ」

「さすがですラウル様」

 さて、着地は済んだ。

 警戒しながら上を見ると、ゴーレムの現れた場所には穴ぼこができている。

 どうやら戻れないように触った部分がゴーレムになるだけでそれ以上の機能ではないようだ。

 蹴れば壊せたが集団で襲ってこられたら手よりも厄介だったかもしれない。

 少なくとも敵を把握できていない状況で無理に脱出は避けた方がいいだろう。

「進むということでいいんだな」

「もちろんだ」

 神の確認に俺は頷いた。

「やっとその気になってくれたかぁ。遅いよぉ」

「いざという時は私をおとりにしてください」

「まだ言ってんのか。そういうのはいいから、観察して何か気づいたら教えてくれればそれで十分だ」

 謎の声を無視して俺は歩き出した。

「え、でも」

「ガラライ、ボサっとしてんな。遅いと置いてくぞ」

「は、ハイッ! い、いや、待ってください。私見えないんですよー!」

「そうか」

「なっ、なっ!」

 毎度のように変な反応をするガラライに俺は苦笑いを浮かべてしまう。

「手を握ってれば迷うことないだろ」

「こんな歳になって手を握ってもらうなんて」

「仕方ないだろ見えないんだし。それに、その見た目じゃ歳なんてわからないだろ」

「そ、それもそうですね」

 俺はガラライの様子を確認しながら崩れた壁の方へと向かった。

 確かに光る球のあった壁は粉々に壊れており道が開けていた。

 俺が光る球を壊した時は先がある様子はなかったが、どうやら仕掛けがあったようだ。

「空気が変わった?」

「わかるのか?」

「なんとなくですけど。それに、何か聞こえません? 見えてないからかもしれないですけど」

「音?」

 ガラライに言われ、俺は耳をすませてみた。

 確かに何か聞こえる気がする。

 手が動いてるのとは違うねちゃねちゃと粘り気のある音。

「どうやらここにいるやつは趣味の悪いことをしてくる相手らしいな」

「お褒めにあずかり光栄だよ」

 褒めてないがな。

 さて、みたくはないが、俺は先にいる存在に目を凝らしてみた。

第56話 オクトパスの第二ステージ

 暗がりから聞こえるねちゃねちゃという気持ち悪い音。

 張り付いては離れるような、吸い付きと離れる音も聞こえてくる。

 壁が壊れた先に進んだことで見えてきたものは、大きくふくらんだ頭に突き出た口、無数の足を持ったモンスター。

「あれはなんですか?」

 ガラライが俺を見上げながら聞いてくる。

「おそらくはブラッドオクトパスかその仲間のモンスターだろう」

「ブラッドオクトパス?」

「オスはその吸盤についたトゲによって他の生物を傷つけ、血を吸う特性を持っているモンスターですわね。イカに似た特徴を持ってますわ」

「ああ。解説ありがとうヨーリン。しかし、遭遇したのはこれが初めてだ」

 噂には聞いていたが、かなりデカい。

 天井が高く、広々とした場所だから自由に体を動かしているのだろうが、もっと狭ければ逃げ道はなかったかもしれない。

 図体だけならガラライの元の姿よりも大きいんじゃないか?

 案の定ガラライの手を握る力が強まっている。

「あの、あれがどっちかわからないですけど、メスだった場合は?」

「メスの吸盤にはトゲがないので代わりに」

「そんな話はいいだろ。ここはモンスター学の教室じゃないぞ」

 ヨーリンたちを注意してから、俺はタコを見上げる。

 警戒しているのかコチラをジッとみているようだが、すぐに攻撃してくる様子はない。

「出方をうかがってるのか?」

 どうやら知能の高い個体らしい。

 正直、変な手と戦った後で触手とやり合うなんて勘弁願いたいんだが。

「私にできることはありますか?」

 ガラライがギュッと俺の手を握りながら聞いてくる。

「そうだな……」

 俺はそこで少しの間考えた。

 ベヒはなんだかんだ巨龍の説得をしてくれたし、シニーはカマを取り出して戦えた、身体能力だってそこそこ高かった。

 クイーンの部下たちは今も魔王軍に破壊された街で活躍しているだろう。

 これまでラーブの餌食になったやつらは何かしらの強みを元から持っていた。

 だが、ガラライはただの荒くれ。力は強いが、それなら俺で対処できてしまう。

「なあ神」

「なんだ?」

「こんなに力になりたがってるんだ。ガラライに神から力を与えてやってもいいんじゃないか? 最初の一つはタダっぽいじゃん」

「ふむ」

 考えるように黙り込んだ。

 ラーブが姿を変えたとはいえ、分類はモンスターだからってことなのか?

 確かにモンスターには力を与えられないはずだが。

「そもそもできるのか?」

「今は人だ。できる。できるが……」

 神は言葉を詰まらせた。

 どうやらガラライに力を与えることを渋っている様子だ。

 そりゃ、元モンスターなんだしな。

「仕方ない。ガラライ。お前はここでジッとしてろ。タコの足がきたらすぐに逃げていい」

「でも」

「いいか。上が見えるところで叫べ。それでお前を殴ったラーブってやつの着地さえ成功させれば、あとは攻撃させればなんとかなるはずだ。もっともこれは最終手段。あんまりラーブの力に頼ると管理が大変だからな」

「わかりました。ラウルさんはどうするんですか?」

「俺はあのタコをなんとかする。神が考えを変えてガラライに力を与えてくれるなら頼むが、こればっかりは仕方ない」

 そこまで言うと、俺たちの攻撃の意思が伝わったのか、タコが急に動き出した。

「ブルルルルルルゥ」

「痛っ」

「痛いっ!」

 俺とガラライがつなぐ手にタコは触手を叩きつけてきた。その後、触手がガラライを包み込んだ。

「ガラライ!」

 暗がりのせいで反応が少し遅れた。

 まるで会話の内容を理解しているようなタコの行動に俺はタコを見上げた。

 弱い方から確実に一人ずつ倒すってか。

「今助ける!」

 俺は触手を全力で殴る。だが、弾けた触手の中にはさらに触手。

 加えて触手はいくら叩いても中が見えない。

 おまけに他の部分がすぐに回復していく。器用にダメージを分散させながら、中でガラライを動かしているのか。

 タコは全ての足を使いガラライを絡め取っているようだ。

 ヨーリンの言葉が正しいなら吸盤にあるトゲでガラライにダメージが。

「タコッ! 貴様ァ」

「ブルルルルル」

 俺を嘲笑うようにタコが息を漏らした。

 必死に殴るが、ガラライの姿は見えてこない。

 今から本体を殴ってもガラライは助かるだろうか。

「いや、迷ってる時間はない。やるしかねぇ」

「仕方ない」

 さらに四方八方から黒い液体が飛んできた矢先、神が声を漏らした。

 気を取られたが俺は難なく黒い液体をかわした。

 ブラッドオクトパスのスミだろうか。

「で、何が仕方ないって?」

 俺の質問に神が答える代わりに、俺の隣にある触手の球が突然中から光りだした。

 暗がりを照らし出し、タコの姿をはっきりさせるほどの強い光だ。

「なんだ。何が起きてるんだ?」

「ブブブブブル?」

 タコも怯えたように縮こまっている。

 慌てて触手を開き、ガラライを解放しようとしたが、それより早く触手は荷物を入れすぎた布袋のようにパンッと穴を開けて割れてしまった。

 驚いたように目を開けるタコ。

 そのまま、破裂は足の根元まで続き、タコ本体も一緒に破裂して黒いスミを辺りに撒き散らして消えてしまった。

「なんだってんだ?」

 雨のように降るスミをかぶりながら、俺は同じようにスミをかぶるガラライの方を見た。

 そこには首の辺りから青白い神を生やしたガラライの姿があった。

「お前はガラライか?」

「……」

 呆然とコチラを見つめたままガラライは返事をしない。

 まさか、モンスターだったせいで記憶を失っているのか?

「第二ステージへようこそ」

 俺の思考を邪魔するように先ほど聞こえたくぐもった声が聞こえてきた。

第57話 ガラライのスキルと第三ステージ

 今は第三ステージとやらよりもガラライの方が大事だ。

 俺は黙ったままのガラライに目を向ける。

「やっはっはっはっは!」

 ガラライの代わりに声を上げたのはガラライの首から生える青白い神。

 陽気な雰囲気でコチラを見ている。

 間に合った様子だが、それならガラライの様子は一体……。

 改めてガラライに目をやると、ハッとした様子で俺に気づいたらしいガラライと目が合った。

 もしかして、俺が見えているのか?

「ラウルさん!」

 俺の名前を呼びながら、ガラライは俺の方に走ってきた。俺の腰に勢いよくしがみついてくる。

 見た目が変わった影響のせいか、怖かったらしくその小さな体は震えている。

 俺は優しく頭を撫でてやった。

 すると、俺の腰をつかむ力が少し弱くなった気がした。

「どうやら無事だったようだな。暗闇でも見えているようだし」

「はい。全て神様のおかげです」

「なっはっはっはっは! そうでもないさ! 与えられる力は素質によるからね。それは元から君に秘められていた才能さ」

「ありがとうございます」

「はーっはっはっはっは! いいって、いいって」

 今回の神はやけにテンションが高い。

 神にも色々いるのはラーブの神を見て知ってはいたが、まさかここまでとはな。

 だが、今回ガラライも無事に切り抜けられたのは神のおかげもある。

 俺は後方に首を向けながら。

「ありがとな、神」

「戦力を失うよりは増強した方がいいと判断したまでだ」

「ヘヘっ。素直じゃないな」

 なんにしても、神が柔軟に判断してくれたからこそ俺もガラライも無事にブラッドオクトパスを倒すことができたのだ。

 この罠を仕掛けた人物の思うままに物事が進んでいるようでイライラするが、場所がわからないんじゃ姿を現すまで待つしかない。

「なんだ?」

 ドシンドシン、と低い足音が聞こえてきた。

 何かの移動の音にしてはかなり激しい。まるで地響きのようだ。

 それに、キュピーンなんて高く聞き慣れない音まで聞こえてくる。

「感動の最中のようだけど、まだ油断させてくれないみたいだよ。ここは警戒しようか」

 ガラライの神の言う通りだった。

 今回は俺たちが戦いに行くのではなく、あちらから俺たちの方までやってくる敵のようだ。

 赤い眼光をした、無機質な物体。圧倒的な質量を持つ巨大なゴーレムが姿を現した。

「くっ。なんだあれ」

 俺の脱出を妨害したゴーレムがおもちゃみたいに見える大きさだ。

 先ほどのブラックオクトパスでさえ俺たちの三倍程度の高さしかなかった。

 それが、今回のゴーレムは少なくともタコの倍以上はありそうだ。

 やけに広い空間だと思ったが、そう言うことだったのか。

 落ちるまでの時間がやたら長かったが、このゴーレムを使うためだったのか。

「丈夫さだけならワタクシよりも上のようですわ」

 影から情報を伝えてくるヨーリン。

「冷静な分析どーも」

 それはそうだろうな。

 今、目の前にあるゴーレムはそもそも岩の体でできている。

 単純に鍛えた体よりも強いそうなのは見ればわかる。

「新しい神様はどう思います?」

「わーお! って感じ」

 聞いておいてなんだが、わーおって。

「ガラライのスキルでどうにかならないか?」

「柔らかいものを一気に破裂させることはできますが、硬いものは無理だと思います。先ほどは、状況的に相性のいいスキルをもらいましたけど、私にはゴーレムに対処する力まではないみたいです」

「なるほどね。ってことは、今回こそは俺がやるしかないわけか」

「お願いします」

 ガラライに頭を下げられ、俺は改めてゴーレムを見上げる。

 地響きが起きるほどのゴーレムだ。全力で殴れば攻撃は多少効くだろうが、すぐに動きが止まるかどうか。

「踏まれたら終わりって感じだけど」

「それなら大丈夫だ。踏む力よりは貴様の方が強い。問題はどう倒すかだろう」

「だよな」

 有効な攻撃がいまいちわからない。

 小さいゴーレムを単純に破壊するだけなら蹴ればよかったが、一番上の部分が見えないんじゃ攻撃が届くのかも怪しい。

「そもそも壊してどうにかなる相手なのか?」

「壊すのなら全て壊せばなんとかなりますわ」

「どんだけ時間かかるんだよ」

 ゴーレムの相手なんてまともにやってきたことないし、巨大な相手との戦いも巨龍をラーブがスキルで対処してしまったせいで一度もない。

 今回もラーブがいれば効きそうだが。

「ラウルさん?」

「俺が弱気になってちゃ、仕方ねぇな」

 俺は頬を叩き、止まったままのゴーレムを見る。

 どうやら今は目元も光を放っていない。

 次に動くまで時間がありそうだ。

「ヨーリン。大魔王ならゴーレムの対策も何か知ってるんじゃないか?」

 大魔王ヨーリンのアドバイスを聞こうとした瞬間、高い音とともに目元が赤く光ると、ゴーレムは勢いよく拳を振り下ろしてきた。

「聞いてないぞ?」

 思ったよりも攻撃スピードが速い。

 ガラライを抱えて回避できたが、おそらくガラライだけなら回避はできていなかった。

「ありがとうございます」

「ああ。だが、今回も早々に決着をつけないといけないってことみたいだな。ヨーリン」

「そういうことなら、このヨーリン。ラウル様のため、喜んでゴーレムの対処法をお教えいたしますわ」

第58話 巨大ゴーレムの対処法

「それで何をすればいいんだ?」

 今、俺たちはゴーレムの攻撃を回避していた。

 拳が高速で降ってくるせいでゆっくりと作戦会議とはいかない。

 もっとも、かわせない攻撃ではない。問題はどう安全に対処するかだ。

 そのため俺は、ヨーリンからゴーレム討伐のアイデアを聞いているところなのだが。

「……」

 当のヨーリン本人は黙ったままだ。全く喋ろうとしない。

「お、おい?」

「いいですか?」

 改めて俺が呼びかけると考えがまとまったかのように話し出した。

「驚かないで聞いてくださいよ?」

「それくらいの時間はあったからな」

「では、こういう相手はバカ正直に戦うだけ損ですわ」

「いや、倒し方を聞いてるんだが?」

「ですから倒し方を教えているんです」

「でも、ゴーレムをどうにかしないとだろ?」

「ゴーレムではなく本体を狙ったほうが効率がいいってことです」

「なるほど」

 確かにその通りだろう。

 ずっと声はしているわけだし、どこかにこのゴーレムを操っている術者がいるはず。

 それは俺だってわかっている。操っているやつが倒れればゴーレムが動かなくなるそれもわかる。

「本当にできるのか?」

「ラウル様はすでにゴーレムを無視して縦横無尽に移動できています。近くに身を潜ませている相手を倒すなんて造作もないはずです」

「うーん。ずるくね?」

「相手は姿を現さないで戦っています。このことの方がズルいはずです。おそらくゴーレムはまともにやっても倒せませんし、せっかくならここで相手を一泡吹かせてやりたくはないですか?」

「言われてみれば確かに」

 となると、本当にゴーレムではなく声の主を倒せばいいのか。

 だが、それがわかっていれば始めから声の主を叩いて小さい方のゴーレムに邪魔されず脱出できた。

「でも、この近くに本体なんているのか?」

 今のところゴーレムを動かすことができるようなやつを見た覚えはない。

 そんなやつが息を潜めていられる場所も見当たらない。

 どこもかしこも壁、壁、壁。

 縦に掘られた後、横に掘られた洞窟といったところだ。

「そもそも近くに自分がいて、こんなに無造作な攻撃をゴーレムに指示できるか?」

 俺は先ほどから地面を走り、壁を走り、ゴーレムの攻撃をかわしていた。

 どこに対してであろうとゴーレムは拳を勢いよく殴りつけクレーターを残している。

 唯一、一番奥にあたる部分の壁に対してはなぜか動きが鈍るが、それだってほんの数秒の話だ。

「ガラライだってこんな攻撃はかわせない。正直、ゴーレムの操作をしながら移動できるような状況じゃないだろ」

「確かにその通りです。ですが、ラウル様もここらを全て見たわけではないはず」

「まあ」

「それに、操作能力は近ければ近いほど強力に操作することができます。逆に言えば、ここまでの巨体を動かすとなると、近くでなければできないはずです」

「なるほどな」

 そりゃバカでかい岩を動かすのは、俺だってできるがやりたくはない。

 となると、スキルで扱うにしてもそれ相応の力が必要ってわけか。

 なるほどなるほど。確かに納得のいく話だ。

 先ほどまで俺のいた場所を誤差なく殴っているのも近くにいるからこそ正確にコントロールできている証拠か。

 ヨーリンって俺に対する時のテンションがおかしな感じだったが、戦闘に関してはどこまでも冷静なんだな。

「さすがだな」

「それほどでもないですわ。でも、ラウル様次第です。どうされるんですか?」

「どうするんです?」

 ガラライまでも俺を心配そうに見てくる。

 体力の方は全く問題ない。

 あとはゴーレムをどう対処するか、そう、本体の居場所を見つけるだけ。

 心当たりはある。

 俺だってゴーレムの挙動が少し鈍る場所くらいは把握している。これでも俺の能力は全て強化されてる。目もいいんだぜ。

「ガラライ。さっきまでよりしっかりつかまっとけ。こっから飛ばす」

「やるんですね」

「ああ」

 返事をするとガラライが俺をギュッと強くつかむ。

「そう言ってくださると思ってましたわ」

 嬉しそうなヨーリンの声を足元から受け、俺はちょうどこの空間に入って来た位置に立った。

 今、ゴーレムが背を向けている場所。

 この場所の最奥に当たる壁を殴る時だけはゴーレムの動きが鈍っていた。

 怪しいとすればあそこ。

 ゴーレムのスピード的に、拳で潰してしまい背後に回られることなど考えてもいなかったのだろう。

「行くぜ」

「ハイ!」

「うおおおおおおお!」

 俺の叫びに遅れて背後からゴーレムの拳が地面に振動を伝える。

 俺は揺れる地面を蹴って跳び上がった。

「くらえ!」

 真っ直ぐにジャンプすると、ゴーレムが次のパンチを繰り出すより早く、俺はゴーレムが殴らなかった壁を蹴破った。

「は?」

 壁が壊れる音とともに人の声が聞こえてくる。

 他の壁とは違い、一段と薄かった岩の奥には、人が暮らせるだけのスペースがあった。

「な、なんだ! 無敵のゴーレムを倒すことなく無視してここに入ってくるなんて。ず、ズルだぞ! ルール違反だ!」

 つばが飛ぶほどの大声を出しながら子どもみたいな見た目の男が俺に対して言いがかりをつけてきた。

第59話 巨大ゴーレムの操作者をぶっ飛ばす

 暗かった洞窟とは打って変わり、蹴破った壁の先はやたらと明るい空間が広がっていた。

 子供部屋のようなそこにいたのは子どもくらいの背丈しかない男。ダボダボの白衣を見にまとい、大声を出した後の口を大きく開けたまま固まっている。

 動揺してゴーレムの操作をやめたからか、ゴーレムが動く音は聞こえてこない。

 どうやら、ヨーリンの言っていたゴーレムを操作する者は近くにいるという予想が当たっていたようだ。

「ふっふふ」

 突然、驚いた顔を歪めると、少年風の男が笑い声を上げ出した。

「なんだよ。予想外の出来事が起きて頭がおかしくなったか?」

「いいや。そんなことはない。ふっふふ」

 こらえられないとばかりに男は笑い声を漏らす。

「強がる女はいいぞ。はずかしめられ、悔しがる姿はとてもそそられる。そんな妄想をすると。ふっふふ」

「変態が!」

「ガフッふふ」

 我慢できず殴ってしまった。多分息の根は止まってない。はず。

 だが、最後まで笑うのをやめなかった。今も腹を殴られ気絶しているが表情はとても嬉しそうな笑顔だ。

 もしかしたら俺に殴られるのも嬉しいのかも。

 いや、これ以上考えるのはやめよう。

「最後はあっけなかったな」

「そうですね……あの、ラウルさん? もう降ろしてくれて大丈夫ですよ?」

「お、おう。悪い」

「いえ」

 部屋の熱さのせいか頬を赤く染めながらガラライは俺から降りた。

 そんな折、近くからゴーレムが崩れる音も聞こえてくる。

 どうやら名も知らぬ男が気絶したことで、ゴーレムが形を保っていられなくなったようだ。

 本体は全く張り合いがなかった。しかし、こいつは抜けられない森の脱出方法を知っている様子だった。

 これ以上直接触りたくないがどうやって地上まで運ぼうか。

「どうしたんですか?」

「いやな。こいつにどうやって道案内させようかと思って」

「それならいい話がありますわ!」

 ヨーリンが話に割って入ってきた。

 なにやら異様にテンションが高い気がする。

「なんだよ急に」

「ラウル様が直接触らずにこの男を運ぶ方法です」

「どうやるんだ? ヨーリンが運んでくれるのか?」

「いえ、ワタクシは影なので運ぶことはできません。ただ、ここで少し、先ほどのようにモンスター学を披露させてください」

「うん?」

 何か考えがあるのだろう。

 俺は黙ってヨーリンの話を聞くことにした。

 興味があるのかガラライはワクワクした様子で俺の影を見ている。

「ワタクシたちモンスターというものは、相手を倒した時、力を奪い強くなりますます。それが経験値、成長というものです」

「そんなの俺でも知ってるぞ。人間でもそうだ。まあ、自分の実力を正確に把握するのはスキルの相性もあるし難しいが」

「ええ、その通りですわ。常識です」

「で、それがどうかしたのか?」

「ワタクシと他のモンスターの違いがわかりますか?」

「大魔王だろ?」

「そうではなく!」

 大魔王という言葉にガラライがピクリとしたが、説明するのも面倒だ。

 とりあえずヨーリンの話に意識を戻す。

「じゃあなんだよ」

 俺が聞くとヨーリンはもったいぶるように笑った。

「聞きたいですか?」

「聞かないと話が進まないから聞きたい」

「ラウル様には特別に教えて差し上げましょう。ワタクシは倒した相手をスキルとして扱えるようになるのです」

「相手をスキル化?」

「そうです。試しに先ほど倒したブラッドオクトパスをイメージしてその男に右手を突き出してみてください」

「こうか?」

 疑問に思いながら俺は右手を突き出した。すると、手のひらからタコの触手が伸びてきて男を締め上げた。

「うおっ」

 驚きで思わず声が漏れる。

「これが、倒した相手をスキルにするってことか」

「そうです。さすがラウル様。ワタクシが言葉で教えただけですぐに使えるようになるなんて素晴らしいです!」

「でも、これ神的に大丈夫なのか? 体の一部がモンスターみたいになってるけど」

「影に大魔王がいるのに今さらだろう」

「それもそうか」

「そもそも邪神を倒した今、大魔王でさえ取るに足らない。貴様に対してしか何かをできないうえ、すでに貴様の一部だ。そんな大魔王のスキルなら、もう貴様のものだろう」

「そうですわ。ワタクシはずっとラウル様のために自分の力を使ってもらう方法を考えていたんです。ここまで長い関係でも信頼していただけないなんて」

「いや、そこまで長い関係でもないだろ」

 俺の影がひんやりとしている気がするが、今はそっとしておこう。

 何にしても、俺はどうやらヨーリンが俺の影に入ってからのモンスターをスキルとして使えるらしい。

 今回のスキルにしろ、神からもらったアルカになるスキルにしろ、俺の体がどんどん別物になっていく気がするが、まあいいだろう。

「さて、これで森を抜けるアテも見つかったしゴーレムも起動しないはずだ。帰るとするか」

「はい……あ、あの」

「どうした?」

 そこで言いにくそうにガラライが俺を見上げてきた。なんだろう。

「私はお役に立てましたか?」

 不安そうに聞いてくるガラライ。

 俺はガラライに対し笑みを浮かべた。

「タコを倒せたのはガラライのおかげだろ? ありがとな」

「ハイ!」

 俺の言葉にガラライは元気よく返事をし、心からの笑顔を見せてくれた。

 恐ろしやラーブ。荒くれだったやつをここまで変えてしまうとは。

第60話 穴の主を案内役に

「はあ。ひどい目にあったな」

「ですね」

 俺はガラライと新しい案内役を抱え、穴を抜け出てきたところだ。今回は言われるより早く降ろしたが、なんだか不満げに見える。

 ま出口のゴーレムは起動しなかったが、手との戦いといい、タコといいまともな相手じゃなかったからな。中での出来事を思い返しているのかもしれない。

 俺もなんだか今までの戦いで一番どっと疲れた気がする。

 まあ、森を抜けるために使えそうなやつを見つけたしよしとするか。

「ラウルちゃん!」

「おにい!」

「ラウル!」

 タマミとアルカ、それにベヒが俺のことを呼びながらやってきた。

 どれだけ時間が経ったのかわからないが、ずっと暗がりにいたせいで不思議と長いこと会っていなかった気がする。

「あれ、ラーブは?」

「あそこにいるけど」

 アルカの言葉に少し先を見ると、ゆっくりとした足取りでにらむようにこちらを見ているラーブの姿があった。

「なにしてるんだ?」

「なんか、二人とも仲良くなってない?」

 そう言うと、ラーブは俺とガラライのことを交互に見比べるように見てきた。

 俺はそんなラーブを前にガラライと目を見合わせてしまう。

「ほら」

「そりゃ、まあ、色々あったからな。悪いやつじゃないってわかったし」

「ええ。ラウルさんはとても頼りになる人です。尊敬してます」

「尊敬って」

「中でなにがあったのさ!」

「い、色々だよ」

 俺の体をゆさゆさと揺らしてくるラーブ。

 そんな状態でも、他のメンバーよりは俺を信頼してくれているらしいガラライは俺のそばにピタリとくっついている。

 もう離れてもいいし、さっきは降ろしてくれと言っていたがすっかり懐かれてしまったらしい。

 ラーブのスキルの効き目で徐々に見た目の方に精神が変わってきているのだろうか。

 俺もこのままアルカの姿でいると変わるのか? って、ガラライよりは長いことアルカの姿だし、神のおかげで大丈夫なのかもな。

「まあいいや。で、その子は? なんとかオクトパス?」

 俺を揺らすのに飽きたのか、ラーブが俺の右手を指差しながら言ってきた。

 いや、揺らしにくかったのか。

 俺はタコの触手を引っ込める。

「これはヨーリンのスキル。で、ラーブ。とりあえずこいつを頼む」

 俺はそう言って触手から出てきた新しい案内役をラーブに任せた。

 それはちょうどよく男が起きてしまったからでもある。

「なにをしていたっけ? ん? どこだここ」

「OK!」

 ラーブの返事を受け、俺たちは少し離れた。

 突然の出来事に男は混乱したように手を前に突き出す。

「ま、待て。おい待て! 何事だ」

 しかし、ラーブが待つことはなく、男は叩かれてしまった。

 有無を言わせず、光を放ちながら少年は幼女へと姿を変える。

 そもそもあのまま案内させることなんてあの性格じゃ無理だろう。

 大人しくさせるにはこれが一番いい手段のはずだ。

「さて、一段落したところで、こいつは死神の手下。名前は知らないがガイドと呼ぶことにしよう」

「おい。僕ちんには」

「そして穴での主犯で」

「無視するな」

「この先について知っているらしい、森の出方も把握しているようだ。使えると思って連れてきた」

「話を聞け! 誰も案内をするなんて言ってないぞ」

「さあ、この森の出方を教えてもらおうか」

「だから言ってないぞ。というか、さっきからなんだこの声」

 やっと気づいたのかガイドは喉を押さえながら驚いた顔をしている。

 可愛らしい声に可愛らしくなった見た目。

 だが、中身の変化がほとんどない。

 ラーブの方を見るが、知らないといった様子。

 これはどういうことだ?

「スキルの効き具合は人それぞれということだろう」

「なるほどな。で、話す気になったか?」

「嫌だね」

 俺は優しい笑顔を浮かべると拳を振り上げた。

「ごめんなさい。話します。だからその手を下げてください」

 よほど俺の拳が痛かったのか涙ぐみながらガイドは言った。

 俺は虫を払ってガイドを立たせると先頭立って歩かせた。

 言葉通り、ガイドは森の案内をしてくれた。そのため俺たちは森を抜けることができた。

 が、最後の最後でなぜかガイドがツタに絡め取られた。どうやらそういうワナだったらしい。

「このまま行くか?」

「やめ、助け、おねが」

 泣きながらガイドが言ってくる。

「当たり前だろ? 助けてやる」

 俺はツタの部分を綺麗に切り落としガイドに絡まったまま解放してやった。

「お前は利用価値があるからな。助けないわけないだろ?」

 ガイドは顔面を青くしながら必死に笑顔を作っているように見える。

「あはは。じゃあこの状態は冗談ですよね? ここのツタって僕ちんが作ったんですよ? さっきの手とかと同じようにいやらし」

「ははは。冗談じゃないさ。色々とやってくれたからな。心から信頼してると思ってるか?」

「ま、まさか本当に? こわ、怖いよ? それでも死神を倒そうとする勇者か?」

「ふっ。勇者なんていないさ。それに勇者なんかじゃないさ。俺はただの冒険者だ」

 俺の笑顔にガイドは再びゾッとしたように泣きそうな顔で俺を見てきた。

「なんかおにい悪役みたいだね」

 アルカの言葉にもう少し優しく接してやろうかと悩んでしまった。

「い、いいから案内しろ。歩けるだろ」

 俺は誤魔化すようにガイドを先に行かせた。

第61話 ガイドの案内、不穏な建物

 俺たちをワナにはめた主であり、死神の部下であるやつを案内役とした俺たちは、森を突破し、コーロントの道を進んでいた。

 案内役であるガイドの案内でたどり着いたのはいかにも怪しげな雰囲気を放つ建物。

 一本道を塞ぐように建っていた。

「おい。俺はできるだけ安全な道を通るように言ったはずだが? これが安全だって言いたいのか?」

 俺の言葉に先頭を歩くツタまみれのガイドは下を向いた。

 かすかに笑い声が聞こえてくる。

「ははは! はーはっはっはっは! バカが! この僕ちんが素直に安全な道を教えると?」

「なに?」

「どれだけ脅されようとも僕ちんは僕ちん。ちみたちには兄貴の実験台になってもらう」

「実験台?」

「そうさ。もうここに来た時点で負けは決まったようなものだ。残念だったな!」

「ほーう?」

 俺は指の関節を鳴らし一歩一歩踏み締めるようにガイドに近づいた。

 すると、ガイドはペタンと座り込み目に涙を浮かべ出した。

「ごめんなさい! 対策してほしくて言っただけなんです。冗談ですって! ここを通るのが一番安全なはずですから! なにがあるかなんとなくわかりますし!」

「そんな言葉信じると思うか?」

「本当なんです信じてください。黙って放り出すのは本当にやめてください!」

 見た目は子どもなだけあり、仲間たちからの視線が痛い。

 本当なのだとしたらガラライの時といい、冗談はもう少しわかりやすいものを言ってほしい。

 俺は仕方なく変態ガイドを拾い上げ建物に入ることにした。

 ガイドを信じているのではない。ラーブのスキルを信じているのだ。

「……?」

 全員が入り、扉を閉めた時、どこからか聞き慣れない音が聞こえた気がした。

 俺は振り返りノブを動かすがびくともしない。

「扉が開かない? おい、どういうことだ」

「えーと……ふ、ふっふっふ」

 また変な笑い方をするガイド。

 本当にどこかへ捨ててしまおうか。

「ここは入るとギミックを突破するまで出られないんすよ」

 正直にそれだけ言うと、今回のガイドは脅しのようなことは言ってこなかった。

 本当になにがしたいのかわからん。

 だが。

「戻っても仕方ないが扉くらい壊せばいいんじゃないか?」

「それはやめておいた方がいいですわ。余計に面倒なトラップが作動するかもしれませんし」

「そうなのか?」

「え、ええ。まあ、多分?」

 自信なさげに、そして、少し俺に聞かれたのが意外な様子で動揺しながらガイドは答えた。

 信じてやれば素直なのかもしれない。

 まあ、魔王城の管理者たる大魔王ヨーリンの言うことだし、ここは扉を壊さず先に進むか。

「それで、道は」

「見ての通り廊下が一本すよ」

 他の道もなさそうだし、再びガイドを前に出して俺たちは建物の中を歩き出した。

「あ、そういえば、この先は僕ちんにとっていいものがあったなー。確か」

「ほんと?」

「あ、おい! ベヒちゃん!」

 嬉しそうな声を漏らして走り出したベヒ。

「いや、そもそもベヒちゃんってキャラだったか?」

「え?」

 俺とベヒの反応に対しすっとんきょうな声を出すガイド。

 ラーブの力があっても面倒を起こすガイドをにらみつけ、俺はどうしたものかと考えた。

「グアアアア!」

「ひっ」

 ベヒの走っていった先から、なにかの声が聞こえると同時、ベヒの悲鳴が聞こえてきた。

 どたんと響く音。尻餅をついたらしい。

「くそっ!」

 俺は急いで走り出し、勢いよくなにかを殴り飛ばした。

 なんとも不快な感触。吹っ飛んだものはなんだったんだ。

「人型のモンスターのようでしたけど、なんでしたか? トドメを刺せていないようなので、ワタクシも把握できていないのですが」

「あれでトドメを刺せてないのか? しっかり全力で叩いたんだが」

 そこまで大きくなかったし、そこまで硬くもなかった。

 魔王軍にいた四天王のような敵でも倒せていておかしくないのだが。

「おそらくアンデッドだろう。貴様の力でどうにもならないとなると、生きていないか死なないかどちらかではないか?」

「ふむ」

 確かにゴーレムにしろ邪神にしろ生物なのかよくわからない相手だった。

 今回はアンデッド。となると、また面倒なことになってくる。

 それにこの腐臭一体だけじゃない。

 先ほどのアンデッドを殴ったのが引き金になったのか、どんどんと足音が近づいてくる。

「一体ならなんとかなったが、また大量の相手か。手なんかよりよっぽど面倒臭いんじゃないか?」

 俺の予想通り、建物の床がもこもこと膨らむと、突き破るようにしてアンデッドの群れが這い出してきた。

「ああ。あああ、あああ!」

 混乱したように目を回しながらベヒが声を漏らす。

 そうだった。それに、ここにはベヒがいるんだ。

 俺一人でどうこうという話でもない。

 全く、どうしてこいつらは勝手に飛び出すんだ。

「子どもだからじゃないか?」

「中身は子供でもないだろ。と言うか、もうそんなこと言ってる場合じゃなさそうだな」

 近くにいるのがベヒなら、そして、手ほどゆらゆらと宙を浮いているだけでもないなら、吹き飛ばして距離を取ることもできない。

 殴り飛ばすことはできるが、次々と増えているのを見ると、どんどんと意味がなくなっていきそうだ。

 そもそもあまり遠くへ飛ばしすぎるとタマミたちに被害が出るかもしれない。

 ん? いや。

「タマミのスキルにこいつらをなんとかできるのはなかったか?」

「あるだろうが、量が量だ。焼け石に水だろう」

「くそっ。穴の時より厄介な状況かもな」

 俺は額の汗を拭いつつも、不足のない相手に口角を上げた。

第62話 アンデッドへの対抗策はないが

 ぞろぞろと湧いてくるアンデッドに俺たちはいとも簡単に囲まれてしまった。

 俺たちみたいな、アンデッドからすると俺たちは格好のエサなのか。

 それとも殴ったのがガイドの言っていたギミックのスイッチだったのか。

「なににせよ。早速ピンチってわけだな」

「おにい!」

 遠くからアルカの声が聞こえてくる。

 心なしか、不安げな声に聞こえた。

「大丈夫だ! ベヒちゃんは無事だから!」

 俺は安心させようと声を上げる。

「そうじゃなくて! 二人ともそこから助かるの?」

「なに言ってんだ! そっちの方が大丈夫に決まってるだろ!」

 と虚勢を張ってみたものの。数が数だ。俺のスキルで相手できるのかわからない。

 一体の強い相手ならなんとかなるが、大量の相手となるとどんな相手かによる。

 今回のような相手は、腐っている体のせいかうまいこと殴れないし蹴れない。

 俺の方が謎のダメージを受けるばかりで、俺も特別な魔法剣を持っているわけでもないためこちらからの有効打がない。

 俺のダメージからすると、おそらくはただのアンデッドではなく、アンデッドのような何かなのだろう。

「まともに相手をするだけ無駄だろう。ギミックというくらいだ。突破方法を用意するからこそ強力な手段を用いることができているのではないか。必要なのは脱出方法を考えることだ」

「つっても俺は空飛んだりできないし、この状況で考えろったって……そうか、なにもベヒちゃんは守るだけじゃない。なあベヒちゃ」

「あ、あああ。あああああ」

「そうだった。混乱してるんだ。こんなにテンパってるんじゃダメだ。話を聞いてくれそうにない」

 もしかしたらベヒなら空でも飛べるのではないかと思ったが、この状況では無理そうだ。

 じゃあジャンプするか? いや、こんな状態のベヒを落とせば助けられない。

 数に限りがあるなら少しずつでも削って持久戦を持ちかけることもできたが、相手の体は少しずつ増えているような気がする。

 力押しじゃどうにもならないか。

「神、一応聞くんだが、敵の数はどのくらいだ?」

「ざっと数百はいるだろう。ここは広いんだな」

「んなこと言ってる場合かよ」

「いや、貴様たち二人以外を狙っていないのが意外でな」

「俺たち以外を狙っていない?」

 となると、俺たちの生命力を狙っているのではなく、殴ったのが原因で今の状況になっているのか。

「とりあえず、他の仲間たちは無事なようだ。そこは安心していい」

「そうか。ならよかった」

 だが、無事でも動かないところを見ると、ガイドはギミックについて知らないのかそれとも教えないのか。

 俺がギミックの突破方法を探る必要があるわけか。

 協力者がいなければいけないなら、実質脱出不可能な気がするが。

 きっと俺たちでもなんとかできるはずだろう。が。

「ええい! 考えるのは面倒だ。ここは一か八か」

 俺はそう言いながら俺に寄りかかる混乱したままのベヒに顔を近づけた。

「なっ、なに? ラウル。ちか、近い! なにするの?」

「いいからじっとしてろ」

「えっ、ここで? ラーブが言ってたアレ?」

 アレがなんだか知らないが、ベヒは気を失ってしまった。

 いや、急にどうしたんだよ。

 むしろ都合がいいか。

「ラウル様! なにをするつもりですか!?」

「お前までなんだよ」

「いや、だって幼な子に」

「こいつ巨龍だから。じゃなくて、今からヨーリンのスキルを使ってモンスターを召喚するんだ」

「ならどうしてそんなにお顔を?」

「抱き上げるだけだよ。召喚したらどうにかしてすぐに道を開ける。そこを俺たちが全速力で避難するんだ」

「なるほどなるほど」

「で、ラーブとタマミにバトンタッチ。二人の力でこいつらにスキルをぶつけていく。相手は大群だがラーブたちを頼る方が勝率が高いはずだ」

 拳で吹き飛ばせばベヒまで飛ばされる。

 かといってこのまま一体ずつ倒そうにも俺の攻撃じゃあアンデッドにトドメを刺せない。

 こうなればトドメを刺せなくとも問題を保留にできるラーブのスキルの出番だ。

「モンスター召喚。なら、ゴーレムを召喚して相手させればいいのではないですか?」

「ゴーレム? その手があったか」

 一人では無理でも複数なら。

 それに時間稼ぎをして考える時間を作れるかもしれない。

「はっ!」

 俺は声を上げ、ゴーレムを作り出した。

 俺に魔法の適性が薄いからか、ヨーリンのスキルで無理矢理作れたゴーレムは一体。

 代わりに俺よりは大きな体のゴーレムだ。

「いくぞ」

 俺はゴーレムとともにアンデッドをタコ殴りにしていく。

 浄化魔法なんてものはなく、ただ、俺の手数を増やした攻撃。

 途中から俺は攻撃手段を剣に変え、アンデッドにダメージを蓄積させていく。

「ふぅ」

「どうやら朽ちたようです」

「攻撃回数を確保できればいいわけか」

 もしくは踏み潰して圧をかけるか。

 俺はゴーレムの肩に乗り、指示を出したが、上から一息に踏み潰せばアンデッドの動きが止まった。

「まあ、どちらにしても気分は悪いが」

 気を紛らわせるため、少し遠くまで見てみる。

 確かに数は数百を超えているように見える。

 どうにも最初に殴ったやつだけ、こちらから離れ建物の奥へ向かっているように見える。しかも、その方向からアンデッドがこちらへやってきているようだ。

 殴り飛ばしたのは失敗だったのかもしれないが、今となっては後の祭りだ。

「ははっ。慣れないことをしたせいかちょっとキツイな」

 攻略をゴーレムだけに任せているが、ゴーレムだけでは倒せそうもない。

 俺も加わりたいが、ゴーレムの生成はタコの時より疲労が激しい。

「やっぱし、脱出してタマミの回復を交えながらゴーレムを量産する。無理ならラーブに任せよう」

「それでなんとかできそうだと分かったのは収穫ですわね」

「アルカ! タコの手で一気に道を開けてそちらへ行く!」

「待って!」

 俺の呼びかけにアルカが制止の声を発した。

「アルカ?」

「準備は整った。よく耐えた。ここは浄化魔法が必要だったのだ」

 神が変なことを言う。

「は?」

「わたしに力を!」

 アルカの力強い声が聞こえてくる。

 それと同時にアルカたちがいた方向から、まばゆい光が届いてくる。

 その光に思わず目を閉じるが、光はとても温かく、俺たちを包むような感覚があった。

第63話 アルカに心配される俺

 俺は温かい光に包まれ、ゴーレムを召喚した疲労感が和らいでいくのを感じていた。

 アルカの叫びとともに放たれた光は、今もなお俺たちを包み込んだままだ。

 ガラライのスキルは自分が取り囲まれているときにしか使えない技だったはずだ。つまり、今の状況では俺たちの助けにはならない。

 だが、この光は確実に俺たちの元まで届いている。

 おそらくアルカのスキルなんだろうが、こんなもの俺は知らない。

「なっ」

 足元のアンデッドたちが浄化されているのか、苦しむような表情に見えた顔が安らかな表情に変わっている。

 そしてアンデッドたちは次々に土に帰っていった。

 建物の奥を確認すると、最初に現れたアンデッドまでもが姿を消している。

 どうやら全てのアンデッドを浄化することができたようだ。

 俺は安全を確認してからゴーレムから降り、引っ込めた。

「おにい! 大丈夫? ケガはない?」

 焦った様子でアルカが走ってきた。

 俺の目の前までやってくると、ペタペタと俺の体をしきりに触ってくる。

 妹相手とはいえ、そこかしこを入念に触られると照れるんだが。

「い、いや。大丈夫。大丈夫だから」

 それになんだかくすぐったい。

 足元を特に触られているが、そんなところ意識したことないし、余計に変な気分になってくる。

 不満そうに口を尖らせながらアルカは手を止めた。

「ほら、大丈夫だろ?」

「でも、見えないケガとか」

 今度は背中側に回ると足元から念入りに俺の体を調べ始めた。

「そんな相手じゃなかったし、ほらベヒちゃんも無事だし俺も大丈夫だって」

「うーん。あれ? その手は?」

 手の状態に気づいたのかアルカが俺の手を取って言った。

「あ、ああ。これはアンデッドを殴った時のダメージだな。多少回復してるみたいだし、時間が経てば治るだろ」

「タマミちゃーん!」

「任せて!」

 アルカは仲良くなったらしいタマミを呼んだ。

 タマミはアルカの期待に応えるように、すぐさま俺の手を回復させた。

 みるみるうちに傷は癒え、ボロボロだった手は嘘のようにキレイになっている。

 アンデッドと戦う前よりキレイな気がするほどだ。

「ありがとな。なあ、治っただろ? さすがにもう大丈夫だって」

 治ってもタマミが手を離そうとしない。

 俺はどれだけ信頼されていないのだろう。

「二人とも大丈夫だから。俺はアンデッドにやられてないから」

「うん。私から見てもラウルちゃんは大丈夫そうだよ?」

「最後に聞かせて」

 なんだか泣きそうな顔でアルカが言ってきた。

 俺、なにかしたか?

「わたしのスキルでのダメージはない?」

「ない。けど、どうして?」

「そっかー。よかったー」

 やっと安心したようにアルカが笑みをこぼした。

「ヨーリンちゃんがくっついてるから、おにいにもダメージが入ったかもって思ってさ。心配したんだよ?」

「それはすまん」

 でも言われてみれば確かに不思議だ。

 浄化魔法が悪魔やアンデッドだけでなくモンスターにも効果があるのなら、俺に効いてもおかしくなさそうなのに、俺の体にはダメージがなかった。

「ヨーリンには浄化魔法は効かないのか?」

「もちろんです。今のワタクシは完璧に善良な市民であるラウル様の影ですから」

「そうか?」

「そうです! 邪神も倒されましたし、神にもモンスターとして認定されない以上、ワタクシはもうラウル様の影です」

 自信満々に言ってのけるヨーリン。

 まあ、そりゃ影なんだが。

「でも、現実を見るからにヨーリンには浄化魔法が効かないんだよなー」

「ラウル様! ありがとうございます!」

「いや、自分で言ったんじゃん。それにありがとうってどういう、はいはい。足が熱いから、落ち着いてくれないか?」

「もう! ラウル様ったら! イケメンなんですから!」

 浮かれて俺の話を聞いていない気がする。

 でも、見た目をほめられたことなんて今まであっただろうか。

 そこまで思って俺は今、アルカの姿のままだと気づく。

 アルカは男女どちらにもモテたのかな……。

「ヨーリンちゃんの言う通り、ラウルちゃんはかっこいいよー」

 遠くの方でニヤニヤしながらラーブまでもが言ってくる。

「バカにしてるだろ」

「ふふふー」

 笑って返事するラーブ。

 俺たちは完全に油断していた。

 わきあいあいとした雰囲気をぶち壊すような金属音が聞こえてくるまで。

「みんな下がれ」

 俺は一歩前に出て全員を後ろに下がらせた。

 アンデッドを片せば終わりだと油断していた。

 ガラガラと檻が開かれるような音がする。

「ガルルルルフシュー」

 そして、聞いたこともないような声が聞こえてきた。

「おい兄貴! おい! 兄貴!」

 ガイドの言葉に返事はない。

「この僕ちんがいながらキメラを投入するのか? 兄貴! 違うよな!」

 兄貴とやらに呼びかけ続けるガイド。

「そりゃないぜ!」

 返事がないことに涙目になりながらガイドは地に手をついた。

 あいつなんつった? キメラっつった?

 俺は急いで目を動かす。

 よく見ると、この建物には上の階が存在するようだ。

 そこから何かが真っ直ぐ、俺たちめがけて勢いよく走ってきた。

「キメラだ!」

 俺は仲間を警戒させるため大きな声で叫んでいた。

第64話 放たれたキメラ

 ライオンの頭、ヤギの体、ヘビの尻尾を持ち、蝙蝠のような羽を生やしたモンスター。

 そいつが俺たちに迫っていた。

 うわさによれば、その他様々な生物の部位を掛け合わせた個体もいるというモンスター、キメラ。

 荒い息を吐き、ケモノのニオイを漂わせながら、キメラは殺意を隠すことなく俺の眼前まで迫った。

「ぐっ、く!」

 力が強い。

「ハハハ! このままだと兄貴特製の改造モンスターに苦しむことになるぞ!」

 先ほどまでは怯えていたガイドが少し調子を取り戻している。悪い意味で。

 だが、今は振り向くことはできない。

 仲間たちを背に戦っている以上、むやみに仲間を危険にさらすわけにはいかないからな。

「どうした? 驚いてるのか?」

 自分の力が通用しない相手は初めてなのか、キメラは面白い顔で俺を見ている。

 改造された影響で知能が上がっているのかもしれない。

 今の俺はというと、二本に割った剣でキメラを迎え撃っていた。

 力だけでなく個体としても強い。

 今すぐファイアブレスを打ってこないことが不幸中の幸いだろう。打つつもりなら打たせないが。

「力だけなら今まで戦ってきた相手の中で一番だと思うぞ」

「ワタクシよりも強いと言うのですか?」

「肌で感じないか?」

「むぅ。意地悪なことを言われるのですね。わかりますとも、ワタクシだってわかってますとも!」

 ヨーリンが認めるようにキメラの力は半端じゃない。

 力だけは、か。

「だが、ヨーリンと違って速さはそんなに速くない」

「そうですわ。総合力じゃ負けてませんもの」

 何を張り合っているのか知らないが、まあそういうことだ。

 ヨーリンの方が強敵だった。

 素早さは反応できないほどではないからな。

 そんなことよりも、こいつを放って来たのがガイドの兄だということが問題だ。

「ヨーリン、神でもいい。こいつについて何かわからないか?」

「どうした。頭脳戦は妹に任せているのだろう?」

「この状況でゆっくりアルカと話せないだろ。俺一人が危険ならまだしも」

「ふむ。わかることはと言えば、貴様がわかることと同じだ」

 使えねぇ。

「貴様の心のうちは聞こえているのだぞ」

「ヨーリンは?」

「ワタクシにできる範囲で探っては見ましたが、外からはわかりませんわ」

「くそっ」

 このキメラを倒すことが何かのトリガーかと思ったが、そんなこともないのか?

「うっ」

「大丈夫ですか?」

「ああ、平気だ」

 俺たちが気楽に話しているように見えたのか、キメラの力が強まった。

 どうやら、舐められていると思って怒っているらしい。

 驚いた表情は怒りの表情に変わっている。

 冷静に表情の変化を観察しているとなんだかかわいらしく思えてくる。

 きっと普通に生活していればこいつも俺と戦うことなんてなかっただろうに。

「キヘハハハハ! このキメラは兄貴特別性のモンスター。改造モンスター中最高レベルのスピードとパワーを持つ。自信満々だった様子はどこに置いてきた?」

「それだけか?」

「それだけぇ? 今もなお押されているチミに何ができる? そんなことを言っていると、そのキメラを前に恐怖し無様に負け姿をさらすことになるぞ? キヘハハハハハハ!」

 俺も、ガイドのことは少しはわかって来たつもりだ。

 おそらく力を借りて戦う方がいいってことだろう。

 だが、パワーとスピードが最高レベルなら、俺が相手するのが吉。

 アルカの遠距離攻撃はおそらくこいつには効かない。こいつはアンデッドじゃない。

「相手は脳筋って話だったな?」

「バカにするな。ただの人ごときが敵うかってんだよ! ヒハハハハハハ!」

「ガイド。俺が何と戦って来たと思ってる」

 キメラの方も何かに気づいたように俺を押する力がさらに強まった。

 どうやら他にできることはないらしい。

 思わず口角が上がる。

 力で倒していい相手ほどラクな相手もない。

「無理やり改造されてお前も苦しかったよな」

「グルルルルルゥ」

 にらみつけてくる目は俺から決して目を離さないようにしている。

 どうやらやっと警戒され出したらしい。

 俺の方はお前を警戒しすぎだったようだ。

 ごめんな。

「ラクになれ」

 キメラはその場に倒れた。

「嘘、だろ……?」

 ガイドの驚くような声が聞こえてくる。

「嘘なもんか。見ただろ? その目で」

「そうじゃない。息を」

「うっ!」

 ガイドの言葉と同時、突然頭に激痛が走った。

 視界がくらみ、その場に倒れ込みそうになるが、俺はグッと踏みとどまった。

 キメラの血に毒でも含まれていたのか?

 しかし、確かめるより早くふらつきは治った。なんだったんだ?

「精神汚染スキルのようだ。キメラを倒したことで発動したのだろう」

「は? 結局しかけてやがったのか。だが、精神汚染は神がいれば大丈夫だったな。なら……どうしたベヒちゃん」

「……」

 俺の問いかけにベヒは答えなかった。

「おい。ベヒちゃん?」

「……」

 聞こえなかったわけじゃないと思う。

 二度も無視されることなんて今までなかったはずだ。

 先ほどの戦闘でのショックも回復したはずで、俺のことをぺしぺし叩いていた。

 今は俺のことをにらみつけてきている。まるで、今さっき倒れたキメラのように。

「グルルルルル!」

 ベヒの様子がおかしい!

 そこで俺は思い出した。ベヒには未だに神がついていなかったことを。

第65話 キスで鎮める

 キメラを倒してからベヒの様子がおかしい。

「グルルルルルル」

 先ほどから人の姿をしながらも、巨龍の本能を思い出したかのように俺に襲いかかってきていた。

 今まで見たことがないほどベヒが凶暴になっている。

「くそ。アイツだましやがったな」

 俺はベヒの攻撃をかわしながら後方の様子を確認した。

 だが、俺になにか言おうとした後で様子が豹変したらしく、ガイドは目を赤く光らせながら、よくわからない声を出していた。

 状況を整理するなら、ガイドもキメラに仕込まれていたナニカを把握していなかったのだろう。

 あれだけ力を自信ありげに伝えてきていたのだ。やられた時にどうなるかなど知らなくてもおかしくない。

 アルカたちは混乱している様子だが、幸いなことに、ツタが絡んでいるせいでまともに身動きが取れないらしく、脅威にはなっていないようだ。

「おい。ベヒちゃん。落ち着いてくれ」

「ガウガウ!」

 ダメだ。話が通じる様子じゃない。

 せめてガイドだけにかかればよかったのだが、ベヒにも神がいないため、こればかりは仕方がない。

 俺を含め、神のついている仲間たちが無事なことだけでもよかったと思おう。

「くっそ。あっぶな」

「どうした。防戦一方ではないか」

「ベヒちゃん相手に手荒な真似はちょっとな。それに、なんだかいつもより動きのキレがいいんだよ」

 凶暴化して逆に動きが洗練されるとはこれいかに。

 普段は怯えがちだから目立たないだけで、理性が飛んでいるとここまで脅威なのかと驚かされる。

 今は幼女の見た目をしているが、仮にも巨龍だったのだ。強くて当たり前か。

「ラウルちゃーん!」

「待ってくれ! 俺はベヒちゃんの相手するからそっちは任せた。どうせガイドはほとんど動けてないだろ?」

「うーん。わかったー!」

 まあ、アルカたちは数的にも有利。ガイド本体の力はそこまででもないし負けることはないだろう。

 さて、これでベヒに専念できるようになったわけだが、相手の見た目は女の子だ。

 どう傷をつけずに無力化するか。

 タマミやアルカが問題を解決できていないところを見ると、精神汚染も特別性ってことか。

「こんな精神汚染には一時的にしろ気絶させるのがいいんじゃないか?」

「そんなことを言葉にしている時点で、気絶させるほどの攻撃はためらっているのだろう?」

「そうだよ」

 ベヒはなんだかんだと俺たちとともに戦ってきてくれたやつだ。

 手加減をしても、ベヒの体がどこまでもつかわからない。

 だから容赦しなくていいというのは、本当にラクだ。

 こうして悩む必要がないんだから。

「どうしたもんかな」

 俺の声を聞き、足元からふっふっふと笑い声が聞こえてくる。

 ヨーリンだ。

「どうした? ヨーリンまでおかしくなられると、いよいよピンチなんだが」

「ワタクシはこの程度どうってことはありません。そもそもラウル様に効いていないものがワタクシに効くはずがないじゃないですか」

「そうかい。で、どうした? 素でおかしくなったのか?」

「違います。一応確認なのですが、今、ラウル様はアルカ様の姿ですよね?」

「そうだが。なにか関係あるのか?」

 俺はコーロントに来てから元の姿に戻っていない気がする。

 あれよあれよとここまで来てしまった。

 男の時のための装備がただの荷物だ。

 いや、そんなことを言いたいのではないのだろう。

「俺の姿が何か関係あるのか?」

「おおいにありますわ。それでは、ベヒちゃんさんに接吻してください」

「せっぷん? は? 接吻? なんで!」

 俺は驚きで動きがにぶり、ベヒから一撃を食らった。

 ダメージはさほどではない。

 だが、ベヒに殴られた心理的ダメージでとても痛い。

「それが、ワタクシのスキルを発動する条件だからです」

「男でもいいんじゃ」

「ワタクシが女の姿で使えたスキルですので、男の姿だと発動しないかと」

「でも、接吻?」

「はい。すれば100%の精度でこの状況を打破できると思われますわ」

 ものすごい自信だ。

 その自信がどこからくるのか聞きたいが、あんまり全力で叩かれると俺も悲しくなる。

「まあ! キスぐらいで済むなら? やってやろうじゃねぇか!」

 俺はベヒの攻撃をあえて受け、暴れるベヒを受け止めた。

 この行動にはベヒも面食らったのか、一瞬動きが止まり、いつものベヒの顔が見えた気がした。

 だが、すぐに凶暴なベヒの顔へと変わる。

「グルルルルルルル!」

 俺を威嚇するように、にらみつけてくる。

 俺はできるだけ素早く顔を近づけた。

「キャー!!!」

 ヨーリンの叫び声がうるさい。

「こ、これでいいんだろ?」

 自分から言い出しておいて、叫ぶとはどういうことだろうか。

 俺としては、ヨーリンのスキルを全て把握しているわけではないので、うまくいったのかよくわからない。

 だが、まぶたをぱちぱちとさせながら俺を見ているベヒは、先ほどまでの凶暴なベヒとは別物だった。

「よ、よかった。戻ったんだな」
 ヨーリンの返事も待たずに俺はほっと息を吐き出した。

 だが、ベヒは俺をじっと見たままだ。

「なあ、ベヒちゃん? 戻ったんだよな? 大丈夫ならそうだと教えてほしいんだけど」

 その瞬間。

「ラウル様! ラウル様ぁ!」

「な、なんだ。どうした!?」

 今まで見たことのない笑顔でベヒが俺に抱きついてきた。

 なんだろう、目が違う、どこかうつろというかなんと言うか。俺じゃない俺を見てないか?

 それにヨーリンが増えたみたいになってるんだが。

「お、おい。これはどう言うことだ?」

「アハ。ハハハ。ラウルさまぁ!」

 ほおずりしながら幸せそうな声を漏らすベヒ。

 どう見ても様子がおかしい。

「ラウルちゃんずるい!」

 遠くからはガイドから目を離し、俺のことを見ていたらしいラーブから嫉妬の言葉が聞こえてくる。

 いや、なんでだよ。というかどういうことだよ。

 状態からすれば魅了ってことなのだろうが、暴れられるよりマシ、か?

第66話 洗脳が効いてないのに気づいてないやつ

「よくもまぁことごとく僕ちゃんのアートを壊してくれたねぇ」

 ベヒが正気。いや、ベヒの暴走が止まってから、スポットライトを浴びながら低身長の男が天井から舞い降りてきた。

 アートとはキメラのことだろうか。

「あ、兄貴ィ! 助けてくださいぃ!」

 正気に戻ってるんだか戻っていないんだか。ガイドがそんな声を漏らした。

 ガイドの様子を見るに、今降りてきた男がこの城の主人なのだろう。

 兄弟らしいし精神汚染の効き方がおかしいのかもしれない。

「……」

 だが、ガイドの兄はガイドをチラリと見ただけで特に何も言わずに目線をそらしてしまった。

 それ以上何かする様子もない。助けるつもりはないらしい。

「あ、兄貴?」

「お前みたいな出来損ないは必要ない。それに、僕ちゃんにいたのは弟だ。妹じゃない」

「そ、そんな。兄貴ぃ」

 ガイドは弱々しくうつむいてしまった。

「少しかわいそうですわね」

「そうか? ヨーリンって優しいんだな」

「ラウル様ほどではありませんわ!」

「うーん……」

 まあ、大魔王だしそんなことないのか?

 魔物仲間的な視点だろうか。

 俺としても、ただの女の子が明らかにしょぼくれていたら、どうしたのだろうと思うし、共感が全くできないわけではないが。

「うーん……」

 ガイドは色々とやられたからなぁ。

「そこのツタが絡まった女の言うことはどうでもいいのさ! 僕ちゃんは発明家! 名を」

「兄貴そりゃないよ!」

「と言う。おい、被せるな。まあいい。聞こえただろう」

 聞こえなかったわ。

「以後お見知り置きを」

 いや、聞こえなかったわ。誰だよ。

 しかし、聞こえたと思っている発明家は、決まったと言いたげな様子でこちらを見てくる。

 決まってないよ。ふざけるなよ。

「もっとも、君たちは僕ちゃんのことを忘れられないだろうけどねぇ」

 ガイドと同じく低身長で、ブクブクと太った体に肉だけがついたような手足。しかもその手足はまっすぐに下ろせないのか、変な姿勢でこちらを見てきている。

 若いのかどうかはわからないがシワの寄った見た目。

 そして、よくわからない両目をつぶる仕草。

 とにかくインパクトはすごいし、人に言われれば思い出せるやつかもしれない。

 でも。

「なんで覚えてなきゃいけないんだよ」

 俺の素直な言葉に発明家は怒るではなくなぜか優しく笑いかけてきた。

 なんだろう、帰りたい。こいつと同じ空気を吸っていたくない。

「言葉遣いが悪いなぁ。でも、そんなとこもかわいらしいよ?」

 いや、知らねぇわ。そんな言葉が出てこない。

 なんだろう。ものすごく気持ちが悪い。

 背中で虫がはい回るような気持ち悪さで顔をしかめてしまう。

 今までに戦ってきた敵とは別ベクトルで強敵かもしれない。むしろ、今までで一番の強敵と対面しているとすら言える。

「急に黙っちゃって、本当にかわいいなぁ。食べちゃいたいくらいだよ。もしかして僕ちゃんを前に緊張してる? 洗脳のレベルを上げたら効きすぎちゃったかな? でも、大丈夫。すぐに慣れるよ」

 またしても発明家は俺に対してやんわりと笑いかけてきた。

 まるで子どもをあやすような態度でいたって優しく言ってきた。

 だが、その全てがどれも気持ち悪い。これがいわゆる生理的に受け付けないというやつなのだろう。

「……」

 俺はそんな発明家を前にポカンと口を開けたままにしてしまった。

 話が通じない。

 というか、話したくない。

 コイツはどこまでも自分の力を信じきっているのだろう。疑うということができない様子だ。

 おそらく洗脳ってのはさっきまでベヒにかかっていたやつだろう。自信がありすぎて解けたことも、効いてないことも理解していないらしい。

「なあ、俺洗脳されてるか?」

「ふふふ。キミが気にすることではない。しかも、聞いても理解できないだろう。だが、気になると言うなら説明しよう僕ちゃんは紳士だからね」

 多分、紳士は洗脳したりしないと思う。

 しかも、神に聞いたんだが、まあいいや。手の内を明かしてくれるというなら素直に聞いておこう。

「洗脳っていうのは、相手を思うがままに操るような力さ。僕ちゃんがキミたちにしているような、ね」

「そんなこ……」

 何かを講義しようとするラーブをタマミが止めてくれた。

 ナイス。と暗にサインを送っておく。あとで感謝の気持ちを伝えておこう。

「どうしたかな?」

「なんでもない、んじゃない?」

 こんなところでサキュバス村での経験が生きてくるとは、人生何が起こるかわからないな。

「そうか、話を続けよう。洗脳の話だったね。それはさっきのキメラに仕込まれてた。もちろん気づけなかっただろうけど、仕方のない話さ。そもそもアンデッドを越えられる女の子なんて今までいなかったんだもの、調整なんてしてないからね」

「なるほど」

「わかる? まあ、僕ちゃんはキミみたいな女の子を見つけて、洗脳したかったわけなんだよ。キメラは防衛であり、新しい防衛手段を得るための道具だったってこと」

「ふうん」

 言葉では冷静なつもりだったが、俺は足元から怒りが上ってくるのを感じた。

 キメラが道具? ペットではなく? 完全に趣味で作ったってのか?

 ただ、自分の好みのやつを探すために?

 一瞬、俺の真剣な表情が出てしまったのか、発明家が顔を青くして一歩後ずさったように見えた。

 いや、今さらだろう、何もすぐにはバレないようにしたが、隠していたわけでもないのだ。

「その顔、かわいいよ。キミは僕ちゃんのタイプだ。他の子もいいけど、できれば前線を張ってくれる子がいいんだ。君たちは女の子同士が趣味みたいだけど、洗脳してるから関係ないよね?」

「……」

 俺の無言をどう受け取ったのか、発明家は大きくうなずいた。

「さあ、僕ちゃんと踊ろうか。お嬢さん」

 発明家はまたしても俺に向けて両目をつぶってきた。

第67話 洗脳が効かなくて動揺する発明家

「ん? どうしたのかな? あれ、本当に洗脳が効きすぎるとおかしくなって動かなくなるのか? お、おーい。さっきまで僕ちゃんの話聞いてたよねぇ?」

 踊ろうかなんて言われてから、俺たちがいつまで経っても動かないでいると、発明家は不安そうに俺たちに話しかけてくる。

 発明家はスキだらけだが、面白いしもう少し見ておこうか。

「あれ? おかしいな。そんなはずはないんだけど、どうして僕ちゃんを尊敬し、敬い、命令に従わないんだ?」

 発明家は顔を青ざめさせ、わなわなと震え出した。

 いや、そんなことしたくないからなんだが。まあ、言ってしまってはつまらない。

 それからも、色々と命令してくる発明家だが、俺たちは黙っていた。

「ど、どうして!? 洗脳が解除されている!」

 少しして、ようやく自分の力が効果を発揮してないということに気づいたようだった。

 俺からすれば、そんなことはベヒの様子から気づいてほしかったところだ。

「どうしてって、なあ?」

 俺が仲間たちを見ると、みながうなずく。

 ガイドは知らないが、精神汚染は効かないのだ。

「ベヒはもうだまされない! ラウルさえいればいい!」

「それはどうかと思うけど。それに、ベヒを治したのは俺だからな」

「そう、だよ? ベヒをこんなことにしたのはラウルだよ? さっきのは、よかった……」

 何かを思い出すようにぽーっと遠くを見つめ出すベヒ。

「お、おい! やめろ! ほほを染めるな! 変な感じになるだろ」

「ええい! 僕ちゃん抜きでイチャコラしてくれちゃってぇ! ぶっ飛ばしてやる!」

「ほら、あいつ怒っちゃっただろ?」

「ラウルのあれはよかった」

 まだ言ってるのか。

 俺はそんなに特別なことをしたつもりはないが、ヨーリンのスキル、おそろしや。

 そんな、いつまでも発明家を警戒しない態度に、発明家は顔を真っ赤にして何かを叫んでいる。

 だが、ちょっと何言ってるのかよくわからない。

 何語だろうか。俺の知っている言葉ではない。

「カモン、ベイビー!」

 やっと聞き取れた言葉と同時に発明家は指をパチンと鳴らした。

 もしかしたら魔法の詠唱だったのかもしれない。

 しまった。てっきり変なスキルで操ることしかできないやつだと思って油断していた。

 俺はベヒと一緒に周囲を警戒した。

 タマミの能力強化も合わさり、今なら何が来ても対処できるような気がするが、特殊な魔法生物となるとその限りではない。だが。

「…………」

 いつまで待ってもなにも来なかった。

 この建物自体が変化する様子もなく、新しくオリが解放されるようなことも起きていない。

 本当になにも起こらない。

「ここにきてハッタリか?」

「違う! 僕ちゃんのウルトラスーパーハイパーギガンティックデンジャラスキマイラちゃんの召喚儀式をしたんだ!」

「うる、なんて?」

「カモン、ベイビー!」

 俺を無視してもう一度指を鳴らす発明家。

 しかし、またしてもなにも来なかった。

「そんな、来ない? どうして? ウルトラスーパーハイパーギガンティックデンジャラスキマイラちゃん! ウルトラスーパーハイパーギガンティックデンジャラスキマイラちゃん!」

 発明家が何度名前を呼ぼうとも、キメラが現れることはない。

「まさか、野生の勘がこいつらを警戒してるのか? こんな女だけのやつらを? ただの人の集まりじゃないか!」

 さすがに発明家が動きそうなので、俺は剣を構えることにした。

「く、くそう。脅しのつもりか? こうなったら……」

 やはりなにかを企んでいるらしい表情をする発明家。

 俺が様子をうかがっていると。

「どうもすみませんでした! 許してください! 僕ちゃんの弟を自称する女の子も許してー!」

 発明家は頭を下げてきた。

「は?」

 俺はあっけに取られて固まってしまった。

「いや、誰が許すかっての」

「スキあ、ギャッ!」

 発明家が攻撃に転じた瞬間、待ってましたとばかりに、俺より早くラーブが発明家のことを叩いた。

 発明家はみるみるうちに体を変え、太っていた名残か、ぶかぶかの白衣をまとった女の子になってしまった。

「つまらぬものを切ってしまった」

 切ってないだろう。

 そんな風に思っているとラーブが俺にピースサインを突きつけてきた。

「攻撃しようとしてたから反撃しといたよ」

 それに、こんな指示をした覚えはない。

 まあ、助かったのかもしれないが。

「いやぁ。鳥肌もののウザさだったね。こういうのは私も受け入れられないかな。うん。今なら多少マイルドになったけど……やっぱり思い出すと気持ち悪い!」

 最後の方が本音だろう。

 俺がいつまで経ってもトドメを刺さないで遊んでいるからということだと思う。

 まあ、気持ちはわかるが、姿が変わると必ずしも認識されないことを考えると、どうにか見た目を維持できた方が交渉材料にできたかもしれない。が、今となっては仕方がない。

「くそう! よくも! よくもぉ!」

 怒声を浴びせかけてくる発明家の声は、見た目に似つかわしく、かわいらしいものに変わっていた。

「ざんねーん。あなたはもうかわいい女の子なの。もっと女の子らしくしなくっちゃ」

 喋り方が相当嫌だったのか、さっそくラーブは発明家の矯正を始めている。

 効果があるかはわからないが、俺もマシになってくれるといいなと思う。

 虚しく響くその声の変化に発明家は悔しそうに地面を何度も叩いていた。

 だが、その音さえもペチペチと弱々しかった。

最終話 死神アリスの最期

 ラーブのスキルで言うことを聞かせることに成功した発明家に案内させることで、俺たちは死神アリスの言っていたコーロント最奥までたどり着くことができた。

 発明家は、くちた人間をアンデッドにして使ったり、キメラを洗脳して自分では戦わなかったりとずる賢いだけあり、いつでもアリスの寝首をかけるように準備していたらしい。

「こんな姿にさせられたのは、あの新しくやってきた死神のせいだ! もう、手心を加えてやらないからな」

 すねた子どものような様子の発明家が小石をけるのは、ラーブにとっては不合格だったようだ。

 今のしゃべり方が気に食わなかったのか、ラーブはさらなる矯正をかけているが、俺は無視して道を進む。

 まあ、ラーブは自分の意図したように発明家を変えることを楽しんでいるように見えるが、俺は発明家を信用していない。

 ラーブが言わせたからこそ今進んでいる道を使うことに決めただけだ。

 ラーブが嘘を言わせているようには見えないし、おそらく大丈夫だろう。

「なっ……」

 なんて思っていると、死神アリスの部屋にたどり着いた。正規ルートではないせいか、服装が前回魔王城で遭遇した時とは全く違う。

 なんというか、寝巻きっぽい。

 当たったらラッキー程度気持ちだったが、本当に到着できたならもうけものだ。

「正々堂々という言葉を知らないのかぁ!」

 キンキン響く声を出してくるアリス。

「そっちのやり方が正々堂々じゃないくせによく言うぜ」

 アリスの近くに控えるシニーは目がうつろだ。

 あれから正気を奪われたってことだろう。

 許せない。

「ふん! 元はと言えば勇者を隠すお前らが悪いんだろうがぁ!」

「隠していないんだがな。まあいい。ここまでのやつらは情報収集のために手を抜いて戦ってきたが、お前相手にその必要はない。全力でやらせてもらう」

「おい。まさか忘れたのか? お前一歩も動けなかったよなぁ?」

 確かに、魔王城では俺たちは一歩も動けずシニーをさらわれてしまった。

 だが、それも昔。

「能力を見切ってしまえばどうってことはない。タマミ」

「ハイ! 『フル・エンチャント』!」

 俺たちの体を虹色の光がほのかに包む。

 攻撃力や防御力だけでなく、身体能力その他もろもろ。俺のスキル、孤軍奮闘と同じように俺の全てが強化されているのを感じる。

「行くぞ、アルカ! 俺のもう片方の剣になってくれ。糸は任せた」

「任せておにい!」

 俺は剣を二つに分け、アルカに渡す。これが俺とアルカの本当の戦い方だ。

「なにっ」

 はりめぐらせようとする糸を俺と背中合わせになったアルカが切っていく。

 アリスの糸は見えないほど細いものだ。

 だが、俺を穴に落とした時の人形術まで見せてくれれば、能力が強化された俺たちなら視認することは簡単だ。

「う、嘘だぁ! ありえない。この細さ、この強度。見えるはずも切られるはずもない」

「技のタネを明かしすぎたのがお前の敗因だ」

「おのれ! おのれ、おのれおのれおのれぇ!」

 アリスは左後方に立つシニーへと視線を向け、そしてあやしく笑った。

 すぐさま、左手が伸びるも、俺とアルカは正確にその場所に剣を振り下ろした。

「ぐはっ」

 ボトリと重い音がした。

「シニーちゃんは使わせない。これで、ジ・エンドだ」

「く、子どもにする仕打ちじゃないな」

「お前は死神だろう。せめて安らかに眠ってくれ。死神を飲み込んだ少女よ」

 俺はアリスを切り倒した。

 だが、それでは終わらなかった。

 アリスの死によって、少女の体にあるアザ、殺した相手を体内に封印するアザの発動条件を満たされた。

「今度は俺の番、か」

「おにい!」

「大丈夫。わかってたことだろう? 誰かがこの役目を引き受けなきゃいけないんだ。この体がなくなるまで」

「でも」

「なら、俺が適任だと思わないか? 俺は、もう俺だけじゃない」

 そこまで言ったところで、俺の視界は黒く塗りつぶされた。

「うぅ」

 声が高い。いや、甲高い。アルカのものよりも高い。

 頭を押さえようとして目に入ってくる手は小さい。ふっくらとして、指が短かった。

 周りのものがものすごく大きく見える。

 当たり前だ。アルカの時よりも俺の体は小さくなっているのだ。

「目が覚めたか」

「ああ」

「今のラウル様もかわいらしいです! どんなお姿をされていても、ワタクシはラウル様を愛しています」

「わかった。わかったから」

「大丈夫? ラウルちゃん」

「私のスキル使ったみたいだね」

「もー。ラーブさん茶化さないでくださいよ」

「確かにそんな感じだな。でも、問題ない。はずだ」

 俺は神からもらったもう一つのスキルを発動させる。

 服の都合、アルカの姿になっておくが、やはり、俺への封印の効果は不完全だったようだ。俺は姿を変えられる。少女の中に封印されても、それは俺の一つの姿にすぎない。

「よかった。おにいはおにいだね」

「もちろん」

「ベヒはわかってた」

 ヨーリンのスキルを使った後から様子がおかしいベヒだが、今も頭を突き出してなにかを待っている。

「そうか。ありがとな」

 ベヒの頭を撫でると、少し落ち着いたように身を引いて笑ってきた。

 それから、なんとなくガイドと発明家にはデコピンを食らわせておいて、ガラライの頭を撫でてその場で立ち上がる。

 そして、俺は一つの影を探した。

「ラウル!」

「シニーちゃん!」

 シニーは正気を取り戻したようだ。

 俺の方に走ってきて、勢いよく抱きついてくる。

 アリスにさらわれてから、何があったかは知らない。

 でも、俺はこうしてシニーを助け出した。

 それからも俺はさまざまな無理難題を神やら大魔王様やらからふっかけられた。

 だが、頼りになる仲間たちやスキルによって、俺はそれらを難なくこなしていった。

「今日もお疲れ、おにい」

「ありがとうアルカ」

 なによりも、アルカが今も生きている。

 それだけが、俺にとって一番の救いだった。

(了)

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