橘玲「スピリチュアルズ」について、かなりマニアックな指摘
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「スピリチュアルズ」橘玲 2021幻冬舎
敬意を持って注目している橘氏の最新ハードカバー本です。相変わらず、名著級の本を量産されています。
日本において、一般に「スピリチュアル」という言葉は、オカルト風味があって、怪しさのある言葉です。ボクもそのような意味で多用していました。
実は心理学の領域では「スピリチュアル」という言葉を、無意識と魂を合わせた言葉として用いられているようです。まあ普通に翻訳して、精神ですかね。
この本は、現時点で科学的に判明している無意識のすごさと、無意識が織りなす人格の8つの要素について解説しています。
現在、脳科学や進化心理学や進化生物学などが驚くべき速度で進んでおり、新しい科学が出現しつつあるとのことです。このあたりの科学を、選挙やマーケティングに取り入れて、実際に効果が確認されているのだそうです。
脳科学と無意識、そして進化論について色々と注目して書いてきたボクからしたら、ほーらみろ、って思うのですが、一方で、やっぱり皆さん気づいていたかー、もしかしてボクは遅かったかーという感想でもあります。
現代心理学では、人の性格を5つの要素で表されるそうです。これを「ビッグファイブ」と呼び、従来の性格診断のレベルをはるかに超える精度があるようです。
以下がそのビッグファイブです。
・外向的/内向的
・楽観的/悲観的
・協調性
・堅実性
・経験への開放性
橘氏は、この協調性を同調性と共感力に分けて、さらに知能と外見を加えた8項目、ビッグエイトを提唱しています。特に「協調性」を、「同調性」と「共感力」に区別したことは、さすがの慧眼です。
人は他者と出会った時、無意識的にこれら8つの要素を注目するのだそうです。
・明るいか、暗いか(外向的/内向的)
・精神的に安定しているか、神経質か(楽観的/悲観的)
・皆と一緒にやっていけるか(同調性)
・相手に共感できるか(共感力)
・信頼できるか、あてにならないか(堅実性)
・面白いか、つまらないか(経験への開放性)
・賢いか、そうでないか(知能)
・魅力的か、そうでないか(外見)
それぞれの詳説については、なかなか刺激的でした。何度も読み返して、いろいろと人生やビジネスやnoteにも生かしていこうと思いました。
ただ本で違和感があったのは、同調性の分布はベルカーブではなくロングテールになっているという点でした。読んでいない人には何のことかわからないでしょうけど。(ベルカーブとロングテールについても、無理ゲー社会の書評に書いています)
アイヒマンの実験というのがあり、電気ショックで罰を与える人、それを指示する人、罰を受けて電気ショックが与えられる人(実際は与えられなくて演技する)に分かれて実験すると、罰を受ける人がいくら(演技で)懇願しても、罰を与える人の中には、指示に従って、電気ショックの電圧をどんどん上げてしまう人がいるとのことです。指示に従うことは、すなわち同調性が高いということで、同調性の
分布がロングテールになっているとのことでした。
しかし電気ショックなので、現実的には数百ボルトまでしか上げられません。ロングテールというなら、理論的には1000ボルトや10万ボルトまで上げられる人が存在するでしょう。となると同調性の高さは、高くなればなるほど意味の無い世界が広がっていることになります。電圧の大きさだけで、同調性の高さがロングテール分布と判断するのは間違っていると思います。
ここで同調性の高さを、意志の無さへ裏返すと理解しやすくなります。電圧の大きさ=意志の無さ、です。電圧が大きくなると、意志の"無さ"が、さらに"大きくなる"、ということを言い換えると、意志の大きさがゼロに近づくということです。
裏返すということは、電圧という数字の世界では逆数となります。電圧の大きさを逆数に変換するべきでしょう。逆数にすれば、電圧=意志の無さが、電圧の逆数=意志の大きさになります。
具体的には、100V、1000V、10000Vまで電圧をかけたような人は、同調性が高いのではなく、意志が、それぞれ0.01、0.001、0.0001のように小さいのです。
逆数にすると、ゼロに近づくがゼロという壁を越えることはできません。そして同調性の無い人の分布がゼロにたくさん集結するだけです。0.01と0.001と0.0001などが集まると、3や10の数値からしたら同じような値に見えます。このような場合、それを対数にするという操作が、自然科学では一般的です。
対数って何だっけという方は置いていきますが、説明は省いて例だけ挙げると、0.01と0.001と0.0001の対数は、底を10とすると、それぞれ-2、-3、-4です。10のマイナス2乗が0.01ということです。
電圧を対数にすると、正規分布ができるはずです。対数正規分布といいます。これもベルカーブです。橘氏は、同調性はベルカーブではないと書いておられましたが、文系の方には思いつきにくかったでしょう。電圧のようなリニアな数字だけで語ると、ロングテールに見えるという罠があるのです。
自然界には対数化したほうが、感覚的に合致する場合が多いのです。例えば、デシベルなど音の大きさは対数表示なのです。
マグニチュードもpHも対数です。逆効果な例かもしれませんが。
また、この実験を、指示に従う同調性の高さと理解するより、指示に従わない意志の強さを測る実験と捉えるほうが自然だと思うのです。
そもそも、現実的には一定以上の電圧をかけられないという、上限が存在する実験方法自体に問題があるでしょう。同調性がロングテールになるという結論を導くには、ふさわしくない実験だと思います。
とは言え、何度も読み返す価値がある本です。上記の部分だけ気持ち悪くて、書かずにおれませんでした。
それにしても、このようなマニアックな内容の文章を、いったい誰が読むのだろう。いくらnoteがニッチな世界向きだとは言え、さすがにここまで集中して読み進める人は皆無でしょう。その数も対数化してやれば、それほどではないかもしれないけれど。それではまた。
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