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初老老介護の自慢話 その2

認知症患者が作話(妄想の作り話)をするは自分の記憶の欠落を補うためらしい。
目の前の事象から想起される記憶がないから、話を創作してでも自分を外界と繋ぎとめておきたいのだろう。
本人は嘘をついているつもりは全くないようで、話ぶりからも本人にとっての真実を話しているかのように聞こえる。

それにしても母の作話は実に楽しい。
テレビに映るたいがいのことを母は体験したり考え出したりしている。
料理が紹介されていると、「ああ、私が言った通りに作っている」
何かすごい技術が紹介されていると、「私が考えた。この前100万円が振り込まれててびっくりした」
ブレイクダンスを見て、「私が日本で最初にやった」
動物が映ると、「なぜか私に動物が集まってくるねん。象も蛇もライオンも。みんな膝の上に座りに来るねん」「象もか!」「象もや」
大谷翔平がホームランを打つと、「私が教えた。いつも試合前に私に挨拶に来るねん」
トム・クルーズが崖からバイクで飛び降りると、「私もやったわ。この人に教えたった」
ディズニーランドを命名した、ラグビー日本代表のユニフォームをデザインした、SixTONESのダンスの振り付けを考えた、サザンの「真夏の果実」を作詞した(四六時中〜も好き〜と言って〜)
などなど。

だいたい「考え出した系」と「超人系」がほとんどで、たまに「国に言うてやった」という「世直し系」があるけど、女優をしてたとか歌手だったとかの「きらびやか系」がまったくない。
美女とかチヤホヤされるとかの普通に女性が憧れそうなものには興味はなく、男まさりに活躍したみたいな妄想がほとんどだ。
願望や憧れの対象が作話のベースになっているのは間違いないだろうけど、母の願望がその辺りにあったということは新鮮だった。認知症発症前にはそんなそぶりはまったく見せなかったのに。

そう言えば、いつの間にか問題児の親戚を更生させた作話はあまりしなくなった。
ボクがあまり良い顔をしなかったためかもしれない。
荒唐無稽の大ボラ話には「ホンマか!  すごいなあ」と大袈裟に感心していたのだけど、その親戚の話が出ると話を変えようとしていたし。

母が認知症になっていることに気付いたのは6年前、未使用のインスリン注射の薬液カートリッジを大量に見つけたのがきっかけだった。
いつもきっちり打っていると聞いていたのに、まったく打っていなかったのだ。
いろいろ問いただしているうちに、「病院の先生が、打たなくても大丈夫な身体だ、きわめて珍しい体質の持ち主だと言っていた」と言い出し、そんな訳あるかいとその医者のところへ行ったところ認知症が判明したのだ。
疑わないと医者も気付けないのかもしれない。

今回、家の物(たくさんある同じ物、未使用の物)を調べたり、親戚や近所の人の話を聞いていると、母の認知症は約25年前の60歳手前から始まっていたような感じだ。
先日も従姉妹から「そう言えば20年以上前に、おばちゃんが宇宙人にさらわれた話を聞いたことがある。冗談っぽくなかったし、変やなと思ってた」と言っていた。
その頃ボクはとっくに家を離れて、年に数回しか母には会わなくなっていたので、なかなか気付けなかったのだ。

たくさんある同じ物では特に掃除グッズが多い。
家を綺麗にしたいという思いはあったのだろう。しかし、買ったら安心するのか、買ったことを忘れるのか未使用の物ばかりだ。
おかげでしばらく掃除関連で買い物をしなくてすむ。

認知症と関係あるのかよくわからないが、この約1ヶ月で便失禁が3回あった。
預けていた施設からは大丈夫と聞いていたので、最初はショックだったけど、何とか慣れてきた。

その便失禁の3回目の始末の際に、重大なことに気づいた。
いや、身にしみて思い出した。

便を始末しようと、大量にあるゴム手袋から1組を取り出し、手にはめようとしたら入らない。
おかしいなと思って、サイズを見るとMサイズ。
何十組もあるゴム手袋を調べると、そのほとんどがLサイズだった。
前回はLサイズを使ったけど、今回はMサイズを手に取ったということだ。
そうか。
この大量にあるゴム手袋は、買ったことを忘れて何度も買ったものなんかじゃない。
これだけ常備しなければならなかったんだ。
つまりこのゴム手袋は、祖母の介護用だったんだ。

そうだ、この家での在宅介護は2回目だ。
1回目は祖母の介護だ。
母が祖母(本人にとって姑)を長く介護していたんだ。
たしか20年前から10年間くらいだ。もっとかもしれない。
そしてゴム手袋のLサイズが大量に余り、Mサイズが少なかったということは、父にも用意していたが父は使わず、母だけがゴム手袋を使っていたということだ。

祖母の介護は苛烈だったらしい。
失禁という生やさしい表現ではなく、便を漏らしてはあらゆるところへそれを塗りたくっていたそうだ。弄便(もてあそぶ便)という行動らしい。
おまけに祖母は厄介な性格だったので、デイサービスや訪問介護などからはことごとく断られて、24h365日の休日の無い在宅介護を強いられていたようだ。
そんな話を聞いても現実のものとは思えず、ボクは実家から距離を置き、そのことから目を背け、自由気ままに生きてきたんだ。

オカン。
ごめんな。
もう、やいのやいの言わへんから。
歯磨き粉を顔に塗ってても「何で塗ったん! 日焼け止めとちゃうで!」と怒らずに、笑ってすますから。

ボクが母の見えるところに歯磨き粉を置いてたのが悪いんだ。
3回も同じことをやらかしたら、反省しないといけないのはボクの方だ。

歯磨き粉でよかったと思わないとなあ。
祖母のようにとんでもないものを塗りたくるようになっても動じない覚悟はまだできてないしなあ。
うーん。たぶんこれも自慢話だな。それではまた。


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