ずっとちょっと静かな場所で

 お爺ちゃんと暮らしていた。
 両親が共働きで一人っ子の僕の、よき話し相手だった。
 この家は両親とお爺ちゃんと僕、四人が住んでいたけれど、でもほとんどお爺ちゃんと暮らしていた。

 僕を見る前に亡くなったお婆ちゃんは、少し僕に似ているらしい。訂正。僕がお婆ちゃんに似ているらしい。話し方と、目元。
 お爺ちゃんが嬉しそうにそれを言うたび、お婆ちゃんのことが好きなんだなぁ今でも、と思う。
 なんか恥ずかしくてお爺ちゃんの部屋にあるお婆ちゃんの写真を僕は長らく見ていない。

 お爺ちゃんは自分のことも他人のことも喋りたがりで、でもなぜだか聞き上手でもあって、まぁだから他人のことも喋れるんだろうけど、三軒隣の濱口さんの息子さんの近況まで僕の耳に入ってた。
 祐輔君、まさか僕が君の彼女のこと知ってるとは思ってないだろうな。ごめんね、うちのお爺ちゃんが。

 両親は、きっと僕よりお爺ちゃんのこと好きじゃない。というよりか、放っておいてた感じがする。僕が勝手に相手するし、ご近所付き合いはいいから。
 だからかわかんないけど、向かいの日野さんから「快君、養子だと思ってたわぁ」なんて冗談まで言われちゃったり。冗談ってことにしとくけど。

 だからね、こう、合点がいくんだ。
 三人になった家族の中で、僕が一番この役に適しているんだよ。
 久々に入ったお爺ちゃんの部屋は、記憶と違わず古ぼけた机と本と3分進んだ時計、一度も被っているのを見たことがない帽子と見慣れたコートが構成していて、ギリギリ息づいている、のかも。
 机の上には、お婆ちゃんの写真。
 曰く、僕が似ているらしい人。
 喋ったことはないけれど、お爺ちゃんが言うんだ、きっと僕みたいに喋るんだろう。それにしては笑顔が可愛らしい気がする。
 会ってみたかったけどなぁ。

 チクタクの音が、とても大きく聞こえる。飛び立つ鳥の音が、ちょうど心地よく聞こえる。風で揺れる網戸の音が、やけにおとなしく聞こえる。
 でも静かだ。ちょっとだけ、静かな場所だ。
 うーん、そうだなぁ。まだ、だな。

 お爺ちゃんが亡くなってぱたりと人と話さなくなった、なんてことはなく、それなりの月日が過ぎた。
 今日、この家は僕の自宅から、実家になる。
 だから全部、ぜーんぶ持っていくことにした。

 僕がこれから生きる場所が、ちょっと静かな場所であってほしいから。

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