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Review#9:52 Lovers (José Carroll)

とりあえず何も言わず、読みなさい。そんな本でした。

読んでいるときに何度もうっとりし、こんなカードマジックを演じてみたいなぁと憧れる、そんな本です。

それでも別に俺はいいや、という人は、まずこの映像を見てみてください。こんな素敵なマジシャンが書いている本なのだから、内容も良いに決まっているじゃないですか。(右はTamariz。左がCarroll)

確かに、本書で紹介されているトリックは、演じるには道具の入手の度合いや難易度がハードルが高すぎるきらいもありますし、現代から見ればハンドリングが少し古いと言われる部分もあるかもしれません。ただ、あのDai Vernonも著書の中で、スペインにはすげぇマジシャンがいる、といった中に、Ascanio、Tamarizに並べて名前を挙げています。それくらいのマジシャンの本です。もし、この本に書かれている手順をひとつでもマスターし、レパートリーに入れていたら、少なくとも日本では、一目置かれることは間違いありません。

本書を読みながら、この本のレビューを書くのは、私の貧弱な日本語力と語彙では非常に難しい、と感じていました。ですが、頑張って書いてみることにします。

José Carrollってそもそも誰やねん

一応、José Carrollって誰やねんという方もいると思うので、ご紹介しておきます。なお、Pepe Carrollという名前でも認識されています。

1957年生まれ、スペインのマジシャンです。どうやら、Tamarizとテレビに出ていたことで有名になったようです。1988年FISMハーグ大会のカード部門で優勝。2004年、46歳という若さで、心臓発作で亡くなってしまいました。そのため彼の作品はこの本くらいしか残されていないのです。(なお、この本はスペイン語版原著は1988年、1991年に2分冊で出版されています。)
もう少し歳を重ねていたらもっと素敵なマジシャンになっていたのだろうな、と思うと残念でなりません。Twitterでもつぶやいたのですが、彼のオリジナル作品の魔法感が非常に強いこともあり、Gabiが言うところのFictional Magicの概念をかなり高いレベルで体現できる存在だったのかもしれません。(細かい定義に照らすと、違うのかもしれませんが…。)

スペインマジシャン、生没年まとめメモ
・Arturo de Ascanio (1929-1997)
・Ramon Rioboo (1936-2021)
・Juan Tamariz (1942-)
・Rafael Benetar (1956-)
・José Carroll (1957-2004)
・Gabi Pareras (1965-2020)
前述の映像でタマリッツと共演してますがタマリッツより15歳も年下なんですね。

なお、名前のCarrollの部分は芸名であり、”Alice in Wonderland”(不思議の国のアリス)の作者、Lewis Carroll(ルイス・キャロル)から取っているそうです。オシャレや。

近年のスペインのマジックといえば、Tamarizや、このnoteでもよく取り上げるDaOrtizが目立つため、ガチャガチャして少々やかましいイメージがあります。ですが、映像をご覧いただくとわかりますが、そんなことはない上に、Carrollのチャーミングな笑顔と端正なルックスが印象的です。スペイン語はからっきしわからないですが(勉強中!)それでもそれは伝わってきませんか。しかも、彼が演じるマジックは、かのFred Kapsを彷彿とさせる、ちょっとお茶目だけどエレガントなものが多く、非常に観客を惹きつける力がある、そう思います。

Tamarizも絶賛の冒頭のエッセイが何よりも良い

本書の最初はエッセイから始まり、”CONFLICTS”(対立)について論じられています。Tamarizも序文で「この部分を読まなければ意味がない」くらいのことを言っていますが、かなり同意。というか、後段のトリックでこのエッセイで論じた主張に基づきトリックやセリフが構成されている部分があるため、読まないとよく理解できないはずです。そういう理由もあって、最初に掲載されているのでしょう。

エッセイの中では、マジックにおける対立の重要性や、サスペンスを高める方法などが詳しく説明されています。マジックの演技には、2つの対立が内在していることや、それらをどうコントロールするか(対立しすぎると攻撃的になりうるので、それを回避するため、対立する人を1~2名に絞る、とか)などなど。アスカニオのカバーとプレゼンテーションの概念とも密接な関係があるため、『アスカニオのマジック』を読んでいるとなおよし。(ここ以外でも結構出てきます)この「対立」を活用すると、最終的に「感動的な不思議」に至る、というのがCarrollの主張なのですが、"Conflict"と"Emotion"がセットでマジックには欠かせない、というのは、Tommy Wonderも言っていましたね。(Books of Wonder II の"Conflict and Emotion"というエッセイにて)
まぁ、このあたりの議論を今更言うなよ、と言いたくなる人もいるかもしれません。例えば、ヒッチコックを例にサスペンスを語るのは、現代では結構「あるある」ですもんね。ただ、その原理が、非常に高いレベルでルーティンに反映されている、という意味で、後段の作品集は無視できないものだと思います。

あと、個人的にp.11の脚注(日本版オリジナル)が見逃せませんでした。Tamarizの理論に関するものなのですが、辞書を引いてさらに驚き。自分の中で思っていたのとは、少々意味合いが変わってくるものでした。この脚注に出会えただけでも価値がありました(笑)これは読んだ人だけの秘密にしておきましょう。

現象の素晴らしさが光る。実際に演じるハードルは高いけど。

あと何よりも、掲載作品の現象が素晴らしい。例えば、以下のようなものがあるんですよ。

  • 伏せたワイングラスの中に入ったカードのカラーチェンジ”Impossible Color Change”

  • カードが何度も鏡が反射したかのように変化する”Reflections”

  • 白い手袋が赤と黒に変化し、手袋を身に着けた手が交差して色が入れ替わるたび、目の前のパケットのカードの色が変わる”Red and Black”

  • 客のサインカードが気づけば客の手元のメモ帳の留具に通ってしまっている”Instructions”

  • 本当に食べられちゃったようにカードに穴が空いてしまう”Cannibals!”

  • 鏡に反射したカードの絵柄が、消えたり現れたりする”Through the Looking Glass”

などなど。いずれも、Wild CardやFollow the Leaderのようなクラシックなプロットをベースとしながら、Carrollの創造性とオリジナリティにより視覚的な美しさと感情的な魅力を付加する、そんな作品になっています。”The Unwary Cheater” (9 Card Monte) や”Reflections”が既にスペインでは多くの改案がつくられていることからも、魅力的なことがわかりますよね。それだけ後世への影響が強い。

そういう理由で、コンテストに出たかったり、オリジナルのマジックを作りたいという方には参考になるでしょう。(コンテストアクトも解説されています。)

あと、些末な感想ですが、当時にしてはCarrollはカード捌きを見せつけるスタイル、すなわちフラリッシュ的な動きが多いようにも思えます。TriumphとかSuit Appearanceとか特に。このあたりの使い方のバランスも良いです。

私のお気に入りは、”Red and Black”、”Suit Appearance”、“Through the Looking Glass”、”Cannibals!”、“Triple Tack…er”です。Through the Looking Glassはこんなのやられたら魔法と思ってしまうでしょうね…。Suit Appearanceは現代だとポピュラーな、特定スートのカードが番号順に出てくる現象です。これはCarrollのキャラクターを考えると確かにすごいハマるのもわかる。

”Cannibals!”と”Triple Tack…er”については、本とハンドリングやプレゼンテーションが異なるものの、映像を見つけたのでここに置いておきます。

さて、読者としては「演じてみたい!」となるわけですが、これがなかなか難しいのが、この本の最大の欠点です。

まず、技術的難度が高い。例えばいわゆるTraveller現象である”Travellers …Through The Case”は、かなり高いスライトの技術が求められます。現象として人気の高い9 Card MonteやReflectionsもなかなか難しく、おいそれと身につけられるものではないでしょう。

次に、素材調達やギミック作成が厳しい。日本語版は訳者の岡田さんによる別冊補遺があり、そこで日本で手に入れられる素材や加工方法が紹介されています!これはありがたすぎる。しかしながら、これを読んで「よし、ワイもやってみるやで~!」というマジシャンがどれだけいるだろうか。 「トランプスキャンしてAdobe Illustratorで変換したのちこの業者で彫刻依頼。そのあとこのスプレーでコーティング」という調子w
というか、ここまで検証した気合が凄まじい。岡田さんの愛と気合と根性が伝わる補遺です。本当にありがとうございます。そして、お疲れ様でした。

しかし、このデメリットを理由に、この本を読まないのはやっぱり、素直にもったいないなぁと思います。あと思い返してみてください、本読んでレパートリー入りするって、数冊に1トリックくらいじゃないですか。だから、別にいいんですよ、レパートリーに入らなくても(笑)
そして何より、トリックの有用性よりは、「理論がどう演技構成に反映されるべきか」というケーススタディとして、自身の演技を省みる良いきっかけになることが、本書の価値だと思います。

何より、なかなか英語版が手に入れにくかった”52 Lovers”が、素晴らしい装丁の本で読みやすい日本語で読めるんですよ。しかも、間違っていた図が修正されていて、豊富な脚注、補遺も追加されている。となれば、これを読まない手はないでしょう?

日本ではこのサイトからしか手に入れられないようですので、ぜひ。私が手に入れた際には、グラシン紙のブックカバーがついていました。”The Glass Wall”という掲載作品にグラシン紙は必要ですのでそういう点もありがたい!

※提灯記事感が強いですがなんももらってませんよ(笑)この本を紹介することで、日本のマジック界の底上げに繋がるな、と思っています。


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